最高の文化祭を作り上げたいって思っているから

 私の高校の文化祭は、2日間に分けて行われる。クラス演劇は1日目のかなり最初の方で、逆に軽音部のライブはオオトリ。つまり2日目のラストに体育館でフィナーレを飾る。ちなみにオープニングがスイ部だから対になるような形だ。ちなみにもう終わった。


「よし、それじゃあみんな準備はできてるな。始めるぞ」


 監督が小声でみんなに伝わるように言う。大丈夫。もう調律も終わってる。後はシーンに合わせて弾いていくだけだ。大丈夫。緊張しているわけじゃない。発表会も何度も踏んできたんだから。絶対成功するさ。


 ビー


 和馬が緞帳どんちょうを引く。舞台が始まった。役者たちが舞台に上がっていく。スポットライトが当たる。理彩がパソコンを操作して音響が響いていく。みんなが言葉を紡いで、劇を作っていく。

 そんな中で私は息を潜ませて、じっとしていた。物音を立てないように。大丈夫、大丈夫だ。


 舞台がどんどん変わっていく。役者が昇って降りて。大丈夫、私の出番はわかっている。まだ先だ。

 大道具係が暗転の間に運び出し、回転させ、組み替えていく。導線の邪魔にならないように端っこに避けていた。

 そうしているうちに、遅いと思った時間が終わる。私の出番が回ってくる。


「咲」

「うん。わかってる」


 バイオリンと弓を構える。その瞬間に、ぴちっと何かの型にはまったような、そんな気がしていた。

 合図にしていた台詞が耳を通り過ぎていく。


 きれいな音。自分が出したことが信じられないくらい。弓が手に吸い付くようで、何も考えなくとも音が流れ出す。

 久しぶりだ。この感覚。何も考えずに、感じるままに弾いてもピタッと頭の中に描いたものに旋律が吸い込まれていく。

 目を閉じて。耳を澄ませて。段々と情景豊かになっていく役者たちの台詞に任せるまま。

 調子がいい。めちゃくちゃ調子がいい。バイオリンを習っていたころでもこんな感覚になったのは数度しかない。決まって、ここでいい演奏をしたいと思った時だった。失敗しないじゃない。いい演奏をしたい、だ。今なら何でもかんでも弾ける気がした。

 いわゆるゾーンに入った状態。おっと、口に出したらゾーンがはじけるんだっけ。

 台詞の口調が激しく、ドラマチックになっていく。


「あれ、咲速くない?」


 速いさ。昨日よりもちょっとだけ。だけど、これでいい。これがいい。何も考えずにこうだって弾いていける。場面の盛り上がりに合わせて、私が作ったメロディーが決して主張せず、だけど観客の耳に届いていく感じがした。

 うっすらと目を開ける。自分の左手の動きに見惚れそうだ。

 まったく今日は調子がいい。文化祭に合わせてきてくれたのがうれしいくらい最高だ。というか、今日のこの演目だけじゃなくて、その後も続きそうなそんな好調だ。

 気づいたら歩き出していた。バイオリンを弾くのなら、もっと情緒豊かにと。

 ペースが変わる。ほんの少しずつゆっくりと。ビブラートをきかせて、激しくなっていくように。


 ヒロインが最後の一言を紡ぐ。そうして、ゆっくりと、ゆっくりと舞台へ倒れ伏していく。それを私が飾り付ける。スポットライトだけに照らされて、そしてシュルシュルという音がして緞帳が閉まっていく。一際長いバイオリンの音が閉幕を彩った。

 弓が下りる。パチパチと、いやそんなもんじゃない。例えるなら、ドドドドと言ったような、そんな体育館を揺らすようなスタンディングオベーションが叩き割らんばかりに聞こえてきて、ようやく演目が終わったことを理解した。


「咲、めっちゃよかった!」

「すごかった、ありがとう!」


 理彩と和馬から称賛される。正直に言って鳴りやまぬ歓声のせいで上手く聞き取れてなかったけれど。だけど、私のバイオリンを褒められているっていうことはわかった。

 上手く弾けた。これ以上ないくらいBGMとして観客の心に残った。ラストシーンをドラマチックに染め上げてくれた。これは、大成功だって言ってもいいはずだ。


「みんなのおかげだよ。大成功だね」


 私たちは舞台を見ていないけれど、だけど胸を張って言える。クラス演劇はとっても楽しくて、満足のいくものであった、と。



 *****



 その後の文化祭は私、麻希、理彩と実萌奈の4人で回ったり、あるいは軽音部の8人で回ったりもした。麻希が末広先輩のところに行きたいって言って暴走したり、柚樹と真琴のラブラブっぷりを見せつけられて連城が地団太を踏んだりしていた。私はアイスクリーム片手に笑ってたけどね。

 まだ、私の手の中にバイオリンを思う通りに奏でられた感覚が残っている。バイオリンだけじゃない。ベースだって、最近は触っていないコントラバスだってなすがままに弾ける気がした。ううん、実際に前日リハでは弾けた。風花雪月史上最高の出来だって言えた。

 明日のライブまで残りそうな実感があった。この感覚は、たぶん文化祭の間は消えない。それはたぶん、私がいい文化祭にしたいって思ってるから。和馬と、麻希と、理彩たちと、最高の文化祭を作り上げたいって思っているから。だから、この熱気が冷めないうちはこの感覚は失わない。そんな気がしていた。



 *****



 その翌日も、軽音部の8人で遊んでいた。直前のリハーサルはあるけど大丈夫だ。そこまでは遊んでいられる。私たちのクラスはクラス演劇さえ終われば結構暇だ。マジックを見に行ったり、教室のゲームで遊んだり。途中で2人組かける3たす2に分かれて遊びに行ったりもした。今の和馬は2人きりでも安心できるし、とっても楽しい。素直にそう思えたから。

 そして出番がやってくる。軽音部の1番手は新野先輩のところで、2番目が緑一色。すなわち私たち風花雪月は文化祭のグランドフィナーレを飾る。まあ、みんな見た目麗しい美少女だしねってことにしておく。


 体育館はとっても暑い。9月ももう終盤だというのに、熱気がこだましてきてる。


「うわあ、緊張してきた」

「大丈夫だって、夏のライブも上手く行ったじゃん」

「まあ、そうなんだけど」


 柚樹が緊張しているみたいだ。逆に私と深雪は一切緊張していない。私は今なら何を引いても成功させられるような、そんな気がしているしね。それこそパガニーニだって。流石に無理だけど。


「大丈夫だって。私と咲がついてる。柚樹も演劇見てたんでしょう?」

「まあ、そうだね」

「なら大丈夫だって。あれくらいのパフォーマンスはできるから。ね、咲?」

「むしろ、こっちが本番だからね。それを越えてやるって」

「そうだね。よし頑張る」

「まあ、元が地獄譜面だから多少失敗しても問題ないさ」


 柚樹がどっと笑う。おい麻希、私の書いた譜面に何か問題があるのか。いやたぶんありありだろうけど。


「大丈夫だって、これは成功するって最初から決まってるんだからさ」

「おう、行くぞ」


 和馬たちの3曲目が終わる。そうして拍手に包まれながら退場していった。舞台のそででハイタッチをかわす。


「それじゃあ、ちょっくらやっちゃいますか」


 おう、麻希。さあ、ようやく待ちに待った私たちの出番だ!

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