気持ちをすり替える
「咲―それじゃあ合わせてみてくれる?」
「了解!」
文化祭。それは、学生たちにとって年に一度、自分たちの
それに向けて私が今何をしているかというと、文化祭で発表するクラス演劇の音響係に抜擢されたのだ。まあ、作曲とかするし、音楽はできるけど、機械音痴なことにかけては右に出ることのいない私にそんなことを任せてもいいのかと心配になったが、やって欲しいのはクライマックスでのバイオリンの生演奏だけらしい。後は、理彩が全部してくれるそうだ。
麻希と実萌奈、それに真琴は舞台で演技をする。和馬はと言えば、
演劇のテーマは命の大切さ、らしい。ラストシーン、クライマックスの感動の高まりに合わせてバイオリンを即興で弾いて行けというおおざっぱな支持しか出されてない。まあ、やってやるけどさ。
でも、こうやってみんなで何か一つのものを作り上げるっていうのは楽しいな。ワイワイガヤガヤしながら、苦労していいものを作り上げていくっていうのが。
「咲、効果音のCDどこだっけ?」
「あ、ごめん渡すの忘れてた」
理彩や、麻希や実萌奈と、仲違いしたままじゃあきっとこんな風には輪の中に入り込めなかっただろうし、バイオリンの生演奏をつけるっていう話も出て来なかったかもしれない。もっと私から歩み寄るべきだったかななんて、そんなことを思う。
暗転と明転が繰り返されて。そして理彩や実萌奈が舞台に上がって折りてを繰り返す。真琴はかなりの端役だった。
「咲、そろそろ」
「あ、うん」
私の出番だ。それじゃあ、G線上のアリアでも弾くことにしようか。
*****
「おーい、音響。大道具手伝ってくれ!」
「ごめん無理! これから演技の方と打ち合わせ」
未だ完成していない大道具係の頼みを振り切って、演技をする人たちの方へ向かう。G線上のアリアじゃ長すぎた。大幅に尺が余ってしまった。どっちかというと足りない方が調整しやすいらしい。
「えっと、咲の方だけど、明らかに曲が長かった。もうちょっと変更することってできない?」
「んー。でも単純にペース上げるとちょっとおかしくなっちゃうかも。確か、1分くらい長かったんだっけ?」
「そうそう」
監督たちとそんな話をする。監督と言っても、クラス演劇の監督というポジションだけど。ちなみに七菜子先生は基本ノータッチらしい。
「それじゃあ、曲ごと変えた方がいいかもしれない。パッヘルベルのカノンとかどう?」
「カノンって、ミーレ―ドーシーのやつ?」
「そそ」
まあ、本来は違うけどそれで通じるからいいや。
「ちょっと弾いてみてくれる」
「わかった」
言うだろうと思って持って来たバイオリンを取り出す。さっき弾いたばっかりだから調律はしなくていいだろ。
パッヘルベルのカノンは結構簡単。でも、かなりきれいな旋律が出る。だからこういうのには合っていると思う。そんなことを考えながら、自分の奏でるバイオリンの旋律に身を任せる。
「こんな感じ。どうだった?」
「時間的にはぴったりかなって思うんだけど、卒業式くさい」
「マジか」
確かに卒業式で流れるけどさ。
「それじゃあ、咲が曲作ればいいじゃん。確か風花雪月の作曲担当って咲でしょ?」
「そうだけど」
「それがいいな。よし、それじゃあ。2分くらいの曲を作ってきてくれ」
「余計なことを抜かす口はどいつだ」
実萌奈の頬を引っ張る。実萌奈が余計なこと言うから、また一つ仕事が増えちゃったじゃないか。ベースとバイオリンの練習しなきゃだし、和馬がボーカルやる曲まだうまく合わせられてないのに。
「まあ、無理だったら仕方ないけど」
「わかりました、頑張ります」
大変だ。でも、大変だとは思うけど、やりたくないとは思わないのはどうしてかな。やっぱり、楽しいとか、せっかくの文化祭だから成功させたいとか、そんなことがあるのかもしれない。こうでなくちゃね。
*****
「よし、じゃあ和馬も来たことだし、合わせてみるか」
「了解」
放課後、地学室で文化祭ライブの練習をしていると和馬がやって来た。しかしよく考えてみると新曲だから練習するのも大変だし、なおかつ風花雪月と緑一色って練習日被っているから和馬ってすごく忙しいんだよね。まあ、私たちも忙しいんだけど。しかし誰だっけ、和馬をボーカルに据えようって言いだしたの。あ、和馬だ。
深雪がドラムを叩きだす。和馬がギターを奏でだして。
あれ? ボーカルが入ってないぞ? ここで入るはずだったんだけど。まさか歌詞完成してないのか。何をやってるんだと思いながらバイオリンの弓を滑らせた。
「オッケー、お疲れ。てか和馬歌詞完成してないの?」
「いや、せっかくだから最後まで秘密にしておこうと思ってさ。大丈夫、ボーカルの練習はしてるよ」
「なら大丈夫だけど」
え、麻希それで納得していいの? そりゃ、譜面通りに弾くだけだったら簡単だけど、情緒豊かに弾こうと思ったら歌詞があったほうがいい。まあ、いっか。クラス演劇の方も作曲という大仕事を請け負ったわけだし。
「それより、ここ大変なんだけど変えていいかな?」
「ふぇ、あ、えっと、どう変えるの?」
「こう」
和馬が渡した譜面に訂正したいところを書き込む。かなり簡単になった。まあ、ちょっと遅れてたような感覚もあったし。
「まあ、いいんじゃない。たまには簡単にっていう話だったもんね」
「よし、じゃあこんな感じで」
「あ、それじゃあ私もアレンジしてたところがあるんだけど」
和馬に続いて麻希も言う。それは気づかなかった。まあでも、譜面なんて所詮は道しるべに過ぎないしいいんじゃないだろうか。
それにしても。どうしてこう挙動不審になっちゃうかなあ。和馬はいつも通りなのに、私は上手く和馬と顔を合わせられない。麻希たちとは多少ぎこちなかったとはいえいつも通り喋れるのに。
だけど、和馬にはストーカー扱いしちゃった罪悪感もあって。流れ的に流されるまま話をしていたらいつの間にか和馬がちょっと怪しい人になっていて。
何もないって自分に言い聞かせようと思えば思うほど、余計に意識してしまう。大丈夫なんだ、2人の間には特に何の関係もな、今まで通りなんだって。そう思っても、和馬を悪者に祭り上げたということが重くのしかかるから。
「あれ、咲どうかした?」
「ううん、何でもない」
和馬だって何でもないことを望んでいるのだ。私が崩してどうする。
「よし、それじゃあもう一回やってみるか」
麻希が掛け声をかけた。
*****
「よし、これで大道具の方も完成!」
大道具係の声に合わせておおーという歓声が上がる。ちなみに私ももれなく歓声を上げた一人だ。間に合うかどうか微妙とか言われてたけど、間に合ってよかった。
「よっしゃ、これで準備は全部完了! 本番は任せるぞ!」
「任せとけ」
監督と主役の男子が固く握手を交わす。ちょっとBLぽい。
「あと、咲の方も上手いこと合わせてくれよ。バイオリンの演出期待してるから」
「大丈夫。一応これでも昔天才と呼ばれたことあるから」
なんて監督に言われたのは、これまで1回しかリハーサルで上手く行ってないせいだと思う。だって、演劇に合わせたのって初めてだし、台詞ってなんかリズムが取りにくいんだ。でも大丈夫なはず。さっきリズムはつかめた気がするから。
「よし、それじゃあ前祝にパーッと行くか!」
再びのどよめき。やっぱりそれが目当てか。私も行くけどね。
文化祭の準備はこれで終わり。すごく疲れた。文化祭に合わせて3曲作ったし、バイオリンとベースとボーカルといろいろ練習あるし、小道具製作にもちょっと参加していたし。もうくたくただ。今日は早く寝よう。でも。
でもとっても楽しかった。そしてとっても楽しみだ。麻希と柚樹と深雪と風花雪月のメンバーで練習して、和馬も入れてライブをやって。理彩と実萌奈と、監督とその他大勢と劇を作り上げる。何かをやり遂げたって感じがして、とっても充実感があった。みんなで、全員でやったっていうのが、私も輪の一員っていうのがすごく充実感を感じられる。
まだ終わりじゃないけどね。だけど、きっととても楽しい文化祭になるよ。
というわけでまずは打ち上げにゴーだ。
*****
「あー、疲れた」
「明日から文化祭なんだから、今日疲れてちゃダメだよ」
「とはいっても騒ぎ過ぎたしね」
和馬と2人、打ち上げ後の暗くなった街を歩く。家に両親がいるから和馬が送り狼になることはないはずだ。というか、流石に襲ってはこないと思う。
最近は和馬がとても大人しい。それはひしひしと感じていた。今も2人きりだけど、特に何かアクションを起こしてくるわけじゃないし、こうやって2人きりでも安心していられる感じがする。
気を入れなくてとっても楽なんだけど、少し、ほんのちょっとだけ寂しいと思ってしまう。ひょっとしたら、和馬に他に好きな人ができたんじゃないかって。そうなったら、和馬とこんな風に笑う帰り道も少なくなっちゃうのかなって。そう思って寂しくなった。
相変わらず私はサイテーだ。和馬の告白を受ける度胸もないくせに、和馬の心が離れていくのも嫌だなんてさ。理彩たちと喧嘩して、仲直りして。だけど、それでも変わってない。
「咲は明日本番だろ? 楽しみにしてるぞ」
「和馬の位置からじゃ何やってるか見えないでしょうが」
「そりゃそうだけどさ」
これでいいよ。これがいいよ。そう思っても、流出していく思いが止められない。
泣いちゃダメだ。泣いちゃ。
「咲、どうした?」
「ううん。ちょっと感慨深くなってさ。でもみんなでこうやって迎えられて本当によかった」
「だな」
気持ちをすり替える。そうやって嘘を吐く。また罪を重ねてさ。だけど。
「文化祭成功するといいね」
「成功させるさ、絶対」
だけどそう思っているのは本当だから。
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