攻勢が鳴りを潜めている

「咲、頼んでた曲できた?」

「昨日の今日でできるか。というかまだ1小節も書いてない」


 頼まれて一晩で完成ってsqollさん並みの天才でもきついんじゃないか。


「そりゃよかった。いろいろ注文つけたかったから」


 そういえばそんなこと言ってたなあ。そんなんだったら昨日帰ってすぐにベッドに倒れこまずに一晩で仕上げてやればよかった。無理だけど。

 学校についてとりあえずいろいろ機材準備して、そろそろ弾くかってなったところで和馬が訪ねて来た。昨日行く前に話した文化祭の3曲目について。というか、曲ができないと練習ができない。


「注文つけるって言われても。まあある程度は聞くけども。とりあえず言ってみて。それから考えるから」

「とりあえず、長調で。できる?」

「まあ」


 バラードって言われて切ないラブソングのイメージだったけど長調か。だいぶイメージを変えないとね。


「それと、アウトロは短めに。あ、バイオリンの音色中心で。ギターとベースはあんまり目立たないように」

「5つの果実もそんな感じだよね」

「あとコードは普通の使って」

「それじゃあ私の存在意義が」

「それはいいから」


 ショックだ。私はすごくよく不協和音のコードを使うのに。そういうのをカッコよく使いたくなるじゃないですか。


「というか咲ってすごくコード進行凝るよね」

「え、だって楽しいじゃん。腕の見せ所だし、そういうのをうまく使うのってかっこいいじゃん」

「前から思ってたけど咲って音楽理論に関してはバカだよな」

「酷い!」


 仮にも好きな人に向かってバカとはなんだ。


「だって、咲って自重しないでしょ?」

「それを言うなら、sqollさんだって似たような感じじゃないか」

「あの人は自分でバカと変態は誉め言葉だって言ってるから」


 なんだと。盛大な自爆。まあ確かにバカなことをしてるのは間違いないか。


「そういうわけだから簡単に弾けるのにして」

「わかりました……」

「とりあえずはそんな感じかな」

「とりあえずメロディーとコードできたら持ってくるね」


 はあ。まあ、今回ばかりは基本に忠実にやりますか。料理も基本が大事って言われるしね。


「私からも譜面簡単にしてね」

「了解です」


 深雪にも言われる。まあ、今回はバイオリン中心って言われたし、それとピアノで。ドラムはリズムを刻む程度にしておこうか。


「よし、それじゃあ練習始めよっか。文化祭まであと1か月だよ!」


 麻希が言う。よし、とりあえずはこっちの練習に集中しますか。



 *****



 海に遊びに行ったことでようやくスイッチが入ったのか、練習は結構真面目モードだった。ただその分疲れるのも速くてお昼ご飯食べてすぐ解散しようということになった。というか左手が疲れた。顎も痛い。

 まあでも、一番疲れてるのはボーカルやってる麻希だと思うけどね。ギター弾きつつってすごく精神使うし、それに何より声が枯れちゃう。途中飲み物買いに行ったりとかはしてたけど。カラオケでも3時間以上ぶっ通しは無理だ。


「和馬、私たちはこれで帰るけどそっちはどうする?」

「あれ、やけに速いな」

「まあ、ずっと通してたら、流石に麻希が声枯らしちゃって」

「というか、咲も声大変なことになってる」

「文化祭の曲1曲は私ボーカルだから」


 ボーカルって難しい。声が聞こえるように張り上げないといけないんだけど、その分制御するのが難しくなるし、すぐ枯れそうになる。カラオケで歌うのとは全然違うんだね。


「というか、咲ボーカルやるの?」

「うん。もう1曲は和馬がボーカル」


 真琴が意外そうに尋ねる。まあ、ボーカル麻希のイメージでしみついちゃってるしね。


「てことは次は柚樹がボーカルやったりするのかな」

「それもありかも。深雪がドラムやめちゃうと困るけど。何だったら柚樹用に曲書き下ろす?」


 真琴はちょっと期待してますね。まあでも、ほとんど全員がボーカルで切るっていうのもなかなか面白いかもしれない。ドラムできる人がもう1人いたらなあなんて。


「まあ、その時が来たら頼むけど」

「で、そっちはどうする?」

「こっちはもうちょっと練習していこうと思ってる」


 真琴が答える。ということは和馬と一緒には帰れないわけか。ちょっと残念。


 ……というか私は何を考えているんだ。2人きりになる機会はできるだけ少ない方がいいのに。これでいいんだ。


「それじゃあ私は帰って作曲してるから。またね」

「ああ、それじゃあ」


 和馬に手を振る。考えてたことは悟られなかったはずだ。

 さて、それじゃあ和馬に指示されたように曲作りますかね。



 *****



 その翌日、練習の後で和馬が部屋に来ていた。

 ……何やってるんだと思うけど仕方なかったんだ。どこまで出来ているか気になったって言われて。だけどデータは私のパソコンにしか入ってないから見せようと思ったら和馬に家に来てもらうしかなかったんだよ。バンドは結構真面目にやりたいと思うし。


「とりあえず、今のところこんな感じ。コーヒー淹れてくるしその間にでも見といて」


 そう言って部屋から抜け出す。とりあえずは逃げ出せたけどこの後どうするか考えてなかったなあ。階下からはバイオリンの音が聞こえてくる。そう言えば今日は母さんの生徒さんが来ているんだっけ。そう思って閃いた。


「母さん、ちょっといい?」

「まあ、いいけど」

「今日ちょっと作りたい料理があるの。夕飯いい?」

「いいよ」


 よし、オーケー。授業がある日は忙しいから、簡単に作らせてもらえると思ったけど、思った通りだった。これで、料理のためという名目で部屋にこもらずに済む。

 さて、何を作ろうか。今からだから結構手の込んだものができる。というか、付きっ切りみたいなのだといいかも。後は、せっかく和馬も来てるんだしってことで和馬の分も作ることになるかもしれない。となると、手は抜けない。いや、普通の料理でも手は抜かないんだけど。


「和馬ー、コーヒー淹れたてだから熱いよ」


 とりあえずコーヒーを持ってきて机に置いた。自分のに砂糖を入れてかき混ぜる。


「どう、適当に作ってみたんだけど」

「うん、すごくいい感じ。1番のAメロってもう1回入れられる? それとCメロも欲しいかも」

「大丈夫だけど、それやると結構長くなるよ?」


 5分越すかもしれない。今の時点で4分超えてるし。長いと弾くので体力が消耗するんだよね。それに、一応長すぎると文化祭の時間枠がオーバーするし。テンポをちょっとだけ上げようかな。


「大丈夫だって。それと、音数は変えてもいいよね」

「いいよ」


 せっかくなのでバイオリンのソロも入れさせてもらいました。コード進行はシンプルにせよとのお達しだったのでそこでちょっと遊んでみた。


「熱っ!?」

「自分で熱いって言ってたじゃん」

「あはは……」


 カップを置いてベッドに倒れこむ。そして気づいた。これ、はたから見てるとまるで誘ってるみたいじゃん。

 ガバッと起き上がる。和馬が不審そうな目でこっちを見た。


「なんかあった?」

「ん、いや特に」


 よかった。素面の和馬がそんな変なこと考えてなくて。


「それより今晩私料理作るんだけど食べてく? 食べたいもの作るよ?」

「それじゃあ帰って食べるので和食でお願いします」

「任せて……、って今なんて!?」


 つい聞き流していたけど聞き捨てならないことを言ったような。


「冗談だって。咲のご飯楽しみにしてる」

「ならよろしい」

「ところで、何かゲームでもする?」

「下で母さんバイオリンおしえてるからトランプか何かかな。あ、でも料理するから途中で抜けるかもだけど」


 そんなことを言っている間に和馬がトランプを取り出す。何度も部屋に来ているうちにどこに何があるか遊び道具とかは覚えられているからね。とりあえず罰ゲームはなしだ。あれは複数人でやるから面白いのであって、2人でやると自爆しかねないしね。


 結局、過度に心配していたからかもしれないけど、和馬は何もアクションを起こしてこなかった。



 *****



 もう、夏が終わる。曲は完成した。宿題も全部やった。

 あれから和馬は何度も部屋に来た。作曲を半分ぐらいやってるんじゃないかと思うぐらい。まあ私作曲ということでいいか。当然2人きりになる場面もそこそこあったんだけど、そのどこでもアクションを起こしてこなかった。

 前には待ち伏せされてたこともあったし、隙あらばっていう気がしていた。だけど、ここ最近は攻勢が鳴りを潜めている。私が気をつけているせいじゃなくて、和馬の手が止まっているせいだ。

 多少ならずも一緒に寝たのが罪悪感があったってことなのだろうか。そう考えてちょっと安心している自分がいる。

 サイテーだ、私。そんな罪悪感を使って和馬を留めようとするなんて。だけど、これでいいよね。和馬、ありがとう。返事は要らない。


 さよなら、夏。

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