自分が嫌になってしまう時がある
ヘタレヘタレって言いながら、私は和馬がヘタレじゃないことは知ってる。だって、告白なんて、そんな簡単にできるわけでもないから。少なくとも、私はあがっちゃうので無理だ。あ、和馬に告白するってわけではないよ。
失敗したら、あるいは嫌われてしまったら。2度と立ち直れなくなるかもしれない。ならいっそ、このまま、友達のままでいれば。そう思うのは、私だけじゃないはず。傷つきたくない、悲しみたくない。誰だってそうだ。和馬だって、きっと。
少なくとも、かっこよかった。私を心配してくれたり、いたわってくれたりした和馬はすごくかっこよく見えたんだ。ヘタレなんて、似合わないくらい。そもそも、あれは私が自分を守るために仕掛けた罠だし。
ヘタレっていうのなら、私の方がよっぽどだ。好かれているのも知っている。自分が、和馬のことが好きなのも。だけど、それを認められなくて、告白を受けようとしてない。逃げ回って、自分の首を絞めてる。
このままじゃ、いつか、嫌われてしまうかもしれない。いつか、溜まり切った水が、
イヤだ。嫌われたくない。そう思う。だけど、このままじゃ、嫌われても仕方がない。それだけのことを和馬にしてしまってる。そんな自覚がある。でも、だけど、どうしても受け入れられなくて、和馬に嫌われるかもしれない行動をとってしまうんだ。
そんな自分が嫌になってしまう時がある。今も、そうだ。
*****
「咲、先に行って準備してるね」
「私も日直終わらせたらすぐ行くから」
今日は私が日直だった。黒板を消して、日誌を書いて職員室まで持っていく。今日あったこと、か。何があっただろうか。とりあえず、体育の授業があって、プールの予定だったんだけど雨で中止になって、体育館で筋トレだったのは辛かったなあ。だけど、それは書くことじゃないし。髪の毛が大変とか書いとけばいいかなあ。あ、あと日本史の西田がなんか面白いこと言っていたらしいけど……、寝てたから知らない。
こんなもんでいっか。早く部活行きたいし。本格的に梅雨入りして、テスト勉強も大詰めです、と。一夜漬け派なんだけど。
「失礼します、1年4組の舞坂です。
「咲ちゃん、日誌できた?」
「はい、出来ました。確認お願いします」
担任の
「オッケーだよ。部活行ってらっしゃい」
「はい、失礼しました」
職員室を後にする。この時間だと、ドラム運び終わってるか、ちょっと微妙だな。職員室からなら音楽室の方が近いし、寄っていくことにする。リュックを担ぎなおした。ベースは麻希が先に持って行ってくれている。
今日はsqollさんの新曲を持って来た。我ながら会心の出来、なんだけどスコアがめっちゃむつかしい。これ、人間が演奏することを想定してないんじゃないかっていう感じ。音はほとんど拾えてるとは思うんだけど。たぶん、演奏はしないんじゃないかなとか、そんなことを考えてみる。
「あ、咲ちゃん。ちょうどいい所に」
「ちーちゃん、どうかしたの?」
「いつも長原先生って呼びなさいと言ってるでしょ」
ちーちゃんこと長原先生は吹奏楽部の副顧問である。私たちはドラムセットを音楽準備室に置かせてもらっているのだ。
「今日中庭練なんだけど、運び手が足りなくて。あと、グロッケンシュピールだけなんだけど、運ぶの手伝ってくれない?」
「私、ドラムセット取りに来たんですけど」
「それなら、もう運び出したみたいだよ。だから、お願い。授業で寝てたの見なかったことにするから」
「げ、バレてたんですか。わかりました、手伝いますよ」
でも数学の時間寝るのは仕方ないと思うな。だって、退屈だし。役に立つ気がしないもん。受験でヒーヒーいうのは目に見えてるけど。
「それじゃあ、前よろしくね」
グロッケンシュピール、つまり鉄琴を2人がかりで音楽室から持ち出す。音楽室があるのは3階だから、1階まで階段を下るのは大変だ。しかも、ちーちゃんはさりげなく大変な方を押し付けてきた。後ろ向きに歩くのはしんどいんだって。
「ちょっとのいてください、鉄琴通りますよ」
声をかけながら、階段を下っていく。やっぱり重いって。階段じゃキャスター使えないし、しかもすごく持ちにくいし。コントラバスも重かったけどさ。
階段を下ると、後は曲がり角に気をつけて転がしていくだけだから、後は楽だ。そう思っていたのに。
「いたっ!」
右に曲がろうとしたところで誰かとぶつかってしまう。吹き飛ばされて床にへたり込む。
「ごめん、大丈夫」
「はい、大丈夫ですっ!?」
声が上ずる。和馬だった。え、なんでこんなところを走ってたのさ。
「吹奏楽部の人だよね、人を探してるんだけど」
下を向いていたからか、和馬は勘違いしたらしい。だけど、それでピンと来てしまった。普段なら、もう部活が始まっている。なのに、誰かを探している。つまり、私だ。まさか、前に告白するって言ってたのを、今するつもりなのか。
それは、避けなければ。そう思ってしまう。ちーちゃんはぼうっとしてるし、なんとかなる。なんとか、別人の振りをして、誤魔化さなきゃ。
「1年4組の舞坂咲さんなんだけど、どこにいるか知ってますか?」
「えっと、舞坂さんなら準備室にいたと思うんだけど」
「ありがとう」
声色は、変わったのだろうか。でも、気づかずに去って行ってしまったのだから、たぶん私がその舞坂咲だということに気づいてはいないと思う。
「あれ、和馬君咲ちゃんを探してたんじゃないの?」
ちーちゃんの声がする。そして、ほっとすると同時に、罪悪感もこみあげてきた。
大して意味もなく、嘘を吐いてしまった。自分のことしか考えずに、後先も何も考えずに嘘を吐いてしまった。嫌われたくないのに、和馬を遠ざける。拒絶するような行動ばっかりとってしまう。受け入れられなくて、逃げてしまう。自分でも嫌な性格をしてるとわかってる。だけど、やめられないんだ。
涙は、見せたくない。こんな利己的な涙を見せられるわけがない。だから、何もないように取り繕って、嫌いなキャラを演じるんだ。それしか私に逃げ道がないから。
「いえ、違うみたいです。それより早く行きましょうか」
今、私はどんな笑顔を見せているんだろうか。きっと、すごくきれいだけど作り物で、造花みたいなんだろうな。
*****
「運んでくれてありがとうね。助かっちゃった」
「それじゃあ、私も部活に行きますので」
吹奏楽部のところから失礼する。やっぱり、あんまり肌に合わない。そそくさと退散させてもらうことにしよう。
音楽室から一番遠い階段を使う。本当なら、もっと近道があるんだけど、和馬に会いたくなかったから。一人でカツカツ上履きを鳴らす。寂しさが壁で共鳴していく気がした。
気を引き締めないと。
「ごめん、お待たせ―」
「咲遅いって。こっちはもう準備終わってるよ」
「ごめんごめん、すぐ調律するから」
カバーからベースを取り出して調律を行う。ギターと違ってベースは4弦だから、かかる時間も3分の2になるはず。あんまりそういうわけじゃないけど。
「あ、鞄の中にsqollさんの新曲、採譜したの入ってるから。すごい難しいけど一応見といて」
「ん、了解」
一番近くにいた柚樹が譜面を取り出す。そして、一目見て難しそうな顔をした。
「これ、キーボードですらきついって。麻希いける?」
「じゃあ、たぶん無理だね。というか、あの人の曲ってたいてい鬼畜なんですけど」
「私も採譜しててまじかと思った」
「一回試してみるけど、たぶん私これ弾けない」
やはり、麻希でも無理か。ちなみに私がこれを弾こうとすると、ベースで1か月練習してなんとか、ギターだと目が回りますです、はい。というかギターはほぼ弾けないし。FとGがマジきつい。
「それと、久しぶりに4人でカラオケ行かない? これやってて疲れた」
「うーん、深雪どうする?」
胸がチクッとする。疲れた、というのは嘘じゃないけど、本当の理由はそうじゃない。和馬と帰る時間をずらしたいのだ。ただ、今日は部活がある日だから一緒になってしまいそうで。だから、3人を口実に、避けようとしている。
「どうしよう。一応塾はあるけど、さぼろうかなあ」
「さぼっちゃえさぼっちゃえ」
「よし、さぼるか」
麻希は調子がいい。そして、心の中だけで3人に
そして何より和馬、こんな嫌なやつでごめん。逃げ出して傷つけるような私でごめん。
顔には出せないけど、でも手が震えてしまっていた。
「よし、それじゃあ決定。今日は歌うぞ!」
「あ、でもsqollさんの新曲は流石にまだだと思う」
「知ってるよ!」
柚樹が麻希に冷静にツッコミを入れた。少し、笑ってしまった。
*****
その日の晩、和馬からメールがあった。
『期末テストが終わったら、軽音部の男子と女子の8人で、どこかに遊びに行きませんか。咲から麻希さん達にも聞いておいてくれると嬉しいです。追伸、真琴は柚樹さんを気にしているようです』
「嘘!?」
てっきり麻希のことが好きなんだと思ってた。
というか、それはどうでもいいのだ。どうやら、私への話はそれだったらしい。勘違いしてしまっていた。早速3人にメールを送っておく。
私は一体何をしちゃったんだろう。てっきり告白かと思ってしまって、そして和馬から逃げ出して。真実を知ってしまえば絶対に傷つくようなことをして。嫌われたくないのに嫌われてしまう。逃げて逃げて逃げ続けて、自分が何をしているのかわからなくなってしまう。
性格が悪いって思われても仕方ない。だって、自分のことしか考えてなくて、周りの人を傷つけてしまっている。本当はそんなことしたくないのに、やめられない。
本当に、私は、何をしたかったんだろう。すごく、バカだなあ。
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