ストラックアウト3枚抜き
不穏な会話を聞いてしまった。
と言っても、私にとって、なんだけど。
「和馬、これ片思いの曲だけど好きな人いるの?」
「まあね」
あのバカヤロウ。この声はドラムの
「知らないのか? こいつは中学時代から咲のことが好きなんだぞ?」
「咲ってあっちのベーシストの舞坂咲!? でも、ありえないとか言われてなかった?」
「僕も、ちょっと苦手。なんかちょっと、きつい気がして。あ、でも、
ガーン。
ちなみに
先ほど話題にちらっと上がった新野さんは、男女混合バンドのボーカル。あそこの空気が悪くて、去年は軽音部に入部した人が少なかったらしい。軽音部の先輩ってあそこと、末広先輩だけで、後は全員1年生だから。
「わかってないなあ、そこがいいんじゃないか。ツンデレってかわいいぞ」
私ツンデレちゃうし! あ、ツンデレ、なのか? そもそもツンデレって何だ。ヤバイツンデレがゲシュタルト崩壊してデレツンがあれでヤンデレが……。
「で、で、和馬。いつコクるの? ヘタレって言われてますけど」
「そのうちにしたいって思ってるんだけど、タイミングがなあ」
「じゃあ、今日の帰りにでもコクっちゃいなよ。もしくは明日!」
「さ、流石に今日はちょっと」
「じゃあ、明日な。報告待ってるから」
真琴! バッカ! なんてこと吹き込んでくれてるんだ。ここは1つ、無理やりにでも空気を。
コンコン
「ちょっと今、いい?」
「あ、ハーイ」
変わり身の早いやつだ。私もすまし顔を取り繕うけど。
「ベースのアンプの調子がよくなくて。真琴ちょっと見てくれない? 私機械音痴なんだよね」
「んじゃ、ちょっくら行ってくらあ」
和馬がなんで俺じゃないの、みたいな顔をしてたけど、今あんたに顔向けられるか! 心拍数2倍になってるんだから!
*****
ということがあったのだ。
「恥ずかしいって、真琴のあほんだらはなんてこと言ってくれたんだよ! マジで恥ずいから!」
ベッドの上を悶絶する。あれ絶対、アカンやつだって。今日は乗り切ったけど、明日告白してくるって。マジでどうしよう。学校休みたい。和馬と顔合わせたくない。幸い明日は部活ないし。
「でもなあ」
仮病使うのも忍びないんだよなあ。皆勤賞欲しいし。親が心配するし。授業……は別に出なくてもいいや。こういうことしてるから成績上がらないんだろうけど。
仮病が無理なら、風邪をひく、とかだけど。でも、そう都合よく風邪を引けるわけじゃない。決して私が馬鹿だから風邪をひかないわけじゃないけど。というか、病院キライ。何か都合のいいものがあればいいんだけど。
そう言えば、中学校の時に何かの本で読んだな。水断ちをすると、疑似的な風邪みたいな症状になるって。で、水を飲んだら元に戻るって。でも、一晩程度じゃ効果出ないよなあ。あ、なら、徹夜はどうだろう。睡眠がとれなくなると、体調悪くなるって言うし。保健室で寝たら治りそうだし。そうしよう。
そうと決まれば、後は何をして時間潰すかだよね。途中で寝落ちしちゃ意味がなくなっちゃうし、寝不足になりそうなこと、か。
「曲でも作るか」
ベッドから飛び起きて、パソコンの前に座ってインカムを被る。最近は楽器が弾けなくても曲が作れるから便利だよね。かといって深夜に鳴らすと近所迷惑だし。
*****
結局、曲はできなかった。あんな精神状態でできるかっつーの。と、さりげなく真琴のせいにしておく。途中から飽きてきて、気分変えるために採譜でもするかー、って思ったら気づいたらゲームの非協力プレイ見てました。なんでやねん。関西人ちゃうけど。
あ、でも完徹という目標は完遂しましたよ。その結果がこのざまだよ!
「あ、和馬だ。おはよー。今日も面白い顔してるね」
「ああ、おはよう。というかそのにへら笑いやめてくれない?」
「あ、ごめんごめん」
ちょっと精神状態がおかしいんだよね。
「ところで、和馬のとこってカバー曲やんないの? やるならスコアあげるよ。アレンジしてもいいし」
「俺はやってもいいんだけど、真琴と末広先輩がオリジナル派だから、たぶんやらないと思うな。俺も詞を書くの嫌いじゃないし」
「そんなー、じゃあ僕はこの気持ちをどうしたらいいのさ」
「ごめん、知らない」
せっかく採譜したのに、選曲から外れちゃったやつがいくつもあるのよ。それを有効活用してほしいって思っちゃダメ? もう1個の方は関わりたくないから、やってくれるのは和馬のとこだけなのに。というかいろいろ乱れてる。
「ところで、咲、お酒でも飲んだ? なんかおかしいけど」
「飲んでないよ。アルコール使ったものなんて食べてないし。あ、みりんってお酒?」
「お酒だけど、たぶん酔ってないな。それより、大丈夫か? 足元心もとないぞ」
「だいじょーぶらいじょーぶ」
あ、やべ。舌回らなくなってきた。右手で頬をつねろうとしてふと思い立つ。
「あ、ベースもバイオリンも家に置いてきた」
でも、もう駅着いちゃったんだけどな。今から取りに戻ったら間に合わないし。仕方ない。
「いや、今日部活ないじゃん。本当に大丈夫か?」
「あ、確かにそうだったね。そうそう。あ、麻希。おーい!」
駅で麻希と待ち合わせて学校に行くのが常だ。
「おはよう、麻希りん」
「おはよう」
「麻希、ちょっといいか? 咲が何かおかしい。でも、酔っているわけじゃなさそうだし」
「失礼な! おかしくなんてない!」
あ、いや、この場合はおかしいって言った方がいいのか。
「とりあえず、学校行こうよ」
「な、おかしいだろ」
「うん、確かにいつもよりテンション高い」
「それに、ベース忘れたとか言ってたし、さっき何もない所でこけかけてたし」
「それは、大変だね」
「ちょっと、聞こえてるからね! 行くよ!」
2人を放っておいて定期を取り出す。そのまま人の流れに乗って階段でホームに向かう。なんか頭がぼうっとするなあ。
「ひゃい!」
「ちょっとじっとしてて、熱測るから」
麻希の手がちょっと冷たい。おでこ気持ちいいな。
「ちょっと熱あるみたいだから、学校ついたら保健室行った方がいいよ」
「え、でも」
「俺も、行った方がいいと思う。風邪は引き始めが肝心って言うし。咲に体調崩してほしくないし」
「あ、はい」
なんでそうさらっと素敵なことを言えちゃうかな、もう!
「大丈夫、ちょっと休んだら午後からは授業出られるって」
結局、学校についたところで和馬と麻希に保健室に連行された。あ、でも計画通りか。
*****
頭が痛い。
絶対、眠りすぎたせいだ。だけど、体の調子は大分よくなった気がする。
「あ、起きたんだ」
なんで、お前が、ここにいる!
失敬失敬。冷静にならなくちゃ。
「だいぶ疲れてたんじゃない? 保健室に付くなり石みたいに眠っちゃったし」
「マジか、ありがとうね、和馬。ひゃん!」
「熱は、ないみたいだな」
い、いきなり顔近づけてこないでよ! びっくりしちゃったじゃないか! ていうか、これ熱出るから。別の熱出るから。
自分の顔を近づけて熱測るとか、そんな恥ずかしいことを当たり前にやらないでよ。
「そ、そう言えば今何時?」
「え、ああ。昼休みだよ。一応、サンドウィッチでも買ってきた。はい」
「あ、ありがと」
ベッドに座ったままもしゃもしゃとサンドウィッチを頬張る。うう、無言が痛い。
「いろいろと、ありがとね。午後からは私も授業出るから」
「いや、休んどけよ」
「え、でも」
「悪いこと言わない。疲れてるんだって。ノートなら取っといてやるからさ」
言えない。告白を受けないように徹夜したせいでこうなりましたなんて、罪悪感に襲われて、一緒に買ってきてもらったスポーツドリンク飲んでむせた。
和馬が弱った私の頭をくしゃくしゃってなでる。女の子の髪は繊細なんだぞ。繊細じゃない私が言えた台詞じゃないけど。
「ゆっくり休んでこい、な。咲が体調崩したら、俺も心配するんだから。だから、今は寝とけ」
「バカ」
下を向いた。声が震える。
「え?」
「あんたなんて、もう授業に行っちゃいなさいよ! バカ!」
布団をかぶってベッドに横になる。仕方ないなと言った様子で、和馬が出ていくのが分かった。だからツンデレって呼ばれちゃうのかな。
でも、こんな顔、見せられるわけないじゃん。赤くなって、涙がにじんで。でも、口はすっごくうれしそうに笑ってるんだよ? すっごく素敵で、和馬が素敵すぎて、抑えられなくなっちゃったじゃないか。心拍数は天井知らずだし、こんな顔見られたら、一発でわかっちゃうし。恥ずかしいよ。もう。
*****
夜、自室でノートを開いたら、すっごくきれいにまとめられていた。何これ、めっちゃわかりやすい。こんなノート初めてだよ。前のページに書いてある私の汚いことといったら。
というか、和馬。自分のノートと私のと、2つも取ったの? めっちゃ大変だったと思うのに。ちゃんと勉強しなくちゃいかなくなっちゃったじゃないか。
そして、極めつけは、生物のノートに書いてあったこれ。永久保存版になりそうなやつ。写真撮ってロックした。何でもかんでも器用にこなすんだから。こんなふうに、かわいいイラスト書いて、ふきだしに、『疲れたらちゃんと休憩すること!』だなんて。これ以上私をどうする気だ!
なんで、和馬はあれなんだろう。ストラックアウトで3枚抜きしたみたいに、的確に私の心をピンポイントで射抜いて行っちゃってくれるのさ。ますます和馬を好きになってしまう。もう。
和馬の、バカ。
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