愚か者は、おはようございますを使わない

夜空のかけら

愚か者は、おはようございますを使わない

 おはようございます。


 何気ないこの言葉は、朝だけしか使う言葉ではない。

 あまりなじみはないかもしれないが、いわゆる夜のお店で働いている人にとっては、夕方だろうが夜だろうが最初の挨拶は、これである。


 決して、こんばんわ とか おやすみなさい ではない。


 さて、なぜこんな話をしているかと言えば、目の前に正座している愚か者のことを糾弾したい。


 こいつ、最近夜のお店に入ってきた新米である。

 そして、こいつだけは おはようございます を使わない。

 何度言っても、そこはこんばんわを使う。

 郷に入っては郷に従うと言う言葉を知らないのか。


 「だから、うちではこんばんわって言葉は使わないの。おはようございますを使ってって何度言ったら分かるの」

 「え~、夜間営業なんだからこんばんわで合っているはず」

 「夜間営業って言うな。スナックなんだから、夜間営業以外はあり得ないでしょ」

 「でも、午後8時に始まって午前3時終了じゃないですか。お姉さんやマスターは午前4時上がりなのに、僕だけはなんで、午前5時なんですか」

 「私も同じだけど?」

 「ママは、別です」

 「なによそれ」

 「経営者だから、労働者じゃない」

 「…どういう括りなのよ。私も経営者じゃないわよ」

 「知らない。興味ない」

 「全くもう。話を最初に戻すけれど、こんばんわは使用禁止。出勤してくるみんなには、おはようございますを使いなさい」

 「嫌です」

 「はぁ、ここまで強情だと、店長に対処をお願いしないとダメか」

 「それ以外に、問題がないから解雇は無理だと思いますよ」

 「どうかしらね」


 このお店、勤務状況がかなり変則的で、シフトを組んでいる訳でもないのに、定休日以外は毎日出勤という人もいれば、月に1回しか来ない人もいる。

 店長というか、経営者はそれでもいいと言うくらいおおらかな人なのだが、お客様に影響があるならば容赦はしない。

 この新人、自分なりの考えてお客様と対応してしまうため、度々問題が起きていた。


 ちなみに、在籍しているお姉さんとこいつを合わせると8人くらいの従業員だが、約款に4人ほど役員として書かせてもらい、その人は“報酬”という名目で給料をもらっている。

 就業規則というものは、存在しない。

 労働契約も、月1回の人は時給制である。

 ただ、一応身内扱いなので、時給が600円…安すぎるが、現物支給もあるので問題ないらしい。


 「しばらく来なくて良いわ」


 店長の決断は、早くそれを新人に言い渡した。


 「謹慎ということですか?」


 当然、反発は予想していたが、店長の答えは意外なものだった。


 「シフトを組んだところ、あなたが出勤する予定のところを別の人が対応することになったから、あなたの仕事はないの。仕事がない人を来させる訳にはいかないでしょ」

 「出勤しなくても、給料はもらえるんですよね?」

 「働かないのに、給料なんてもらえるはずがないじゃない。しかも、あなたは時給で働いているの。もう忘れた?」

 「覚えていますよ。でも、おかしいじゃないですか、そっちの都合で仕事ができないなんて」

 「で?」

 「なんですか?」

 「あなた、社会人になっても学生気分が抜けないのね。おはようございますくらい言えないなんて、信じられない。もう一度、マナーや常識も勉強しなおしたら?そうだ、お休み中にそれを勉強して、レポートを出しなさい」


 「…ふん、辞めてやるよ、こんな店」


 結局のところ、この新人は、「おはようございます」を全く言わないまま、仕事を辞めてしまった。


 後日、同じような夜のお店に面接に行ったらしい。

 しかし、この店での話が伝わっていたらしく、どこも採用されなかったという。


 夜のお姉さんの一部は、別の夜のお店を掛け持ちしていて、そこから今回の話が伝わったという。


 我を通すのは、TPO(場をわきまえた言動)に反するのを知らなかったらしい。


 店長もママもマスターもお姉さんもみんなが、疲れたそんな日の出来事でした。

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愚か者は、おはようございますを使わない 夜空のかけら @s-kakera

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