5『嘘を吐くコツ』

『じゃあ、先に行くけど。本当に大丈夫?』

『俺に不可能はない』


 首を捻るアヤメだったが、俺のことを信じてくれたのか、お弁当を持って教室を出た。

 よし……とりあえず、アヤメを脱出させることには成功。

 あとは、どうにかして俺も出るだけだ。


 けど、このお目々が夏の太陽に透かして見るビー玉みたいにキラキラしているお嬢さんからどうやって逃げよう……?

 なんでその目で俺が見れるのか、ちょっと君の世界を見せてほしい。


 俺のこと好きなのかな?

 ……好きなんだな。すごいなぁ。


 まあ、それは置いといて。

 こういうときに焦ってはいけない。自分の要望を100%叶えようとしては50%も叶えられないということはよくある。人生の嫌なところだ。


 相手の要望をできるだけ早く、ある程度叶えること。


 それこそが、ここを早く脱出する方法。


 考えろ俺! 今杜若さんが俺に何を求めているのか!


「あ、あー……そういえば杜若さん?」

「いやですわ、八鶴様。千代!って、呼んでください!」


 お、おおおおおお女の子を名前で呼ぶ!?

 それって付き合ってないとしちゃいけねえんじゃないの!?


 いや、待て……! こうやって女の子との会話で一々驚くな!

 これではとっても童貞っぽいぞ! 童貞は童貞と呼ばれるのを最も嫌う生き物だ。童貞は童貞と呼ばれないために、童貞っぽくない振る舞いを心がけるべき……!


 なんだかバカって言ったやつがバカ理論っぽいが、とにかく今、教室中の注目を集めてしまっているので、スマートな振る舞いが求められているのは確かだ。


 俺は驚きをチラ見せすらせず、ちょっと呆れた風を装い、


「わかった。千代って呼べばいいんだな」


 と、仕方ないなぁ的空気を漂わせながら言った。

 声上擦ってないかな。大丈夫かな。


「は、はい! 千代でお願いします!」


 なんだか好物の餌をもらった犬のようにテンションが上っている千代さん。

 だが、気にせず俺は話を進めることにした。俺は今、華麗に千代さんを躱すことを求められている。


「わかったよ、千代。で、お弁当だっけ。もらえるものは借金と病気以外はなんでももらうんだけど、今日はあいにくと、弁当があってね」


 嘘をつくならちょっと本当のことを混ぜるのがコツだ。そうすれば、嘘だとバレた時に誤魔化しが効く。


「まぁ、そうなんですか?」

「そう。俺にもお弁当を作ってくれる母さんがいるんだ」


 と、鞄から母さんの弁当を取り出した。

 普段なら二時間目の時点で早弁をしている俺だったが、極限まで腹を空かせてアヤメの弁当を最も美味い状態で食べたいという考えが意外なところで役に立った。


 普段俺が早弁をしていることが周知されている衆人環視の中で、弁当はまだ食べてないなんて嘘つけないからな……。


「でしたら、ご一緒してもいいですか? 八鶴様のことを聞きつつ、私のことも知ってほしいのです」


 俺はポケットに入れた手で、スマホを操作した。俺には便りになる彼女がいるのだ。

 画面など見なくとも、アヤメへの連絡はできる。


 彼女になった時の初連絡を何度も躊躇ったおかげで、手が覚えているから。


 人生は何が役立つかわからんぜ。

 俺はポケットの中で、アヤメに『俺に電話して』とメッセージを飛ばした。


 多分アヤメも俺からの連絡がないことに焦れていたのか、その電話はすぐにかかってきた。

 俺の着信音が教室に響き渡る。ちなみに最初から登録されていた着メロだ。


 俺みたいな地味男に取って、周囲に着信音がバレるの普通にめちゃくちゃ嫌だったが、仕方のないリスクだろう。


「ちょっとごめんね」


 と、千代に断りを入れてから、電話に出る。


『あっ、もしもし八鶴くん? 大丈夫……? 出られそう?』

「あぁ、うん。大丈夫、大丈夫。すぐ行くんで。ちょっと待っててください」

『わ、わかったけど。なんで敬語?』


 俺はその問いに答えず、ピッと電話を切った。


「ごめん。ちょっと用事入っちゃった。先輩から呼び出し食らっちゃったよ。今日は一緒にお弁当は無しで。ほんと、ごめんね」

「そ、そうですか……用事なら仕方ないですね……」


 シュンとしてしまう千代に、俺の心臓はコンクリートに叩きつけられたみたいな痛みを発していたが、こればかりは仕方ない……!

 リスクなくして、目的など叶えられるか!


 そうして、俺は颯爽と教室からの脱出に成功したのだった。


 胸が痛い。持病かな?

 というか、それよりも背後の教室から聞こえてくる外野の「なんだよあの態度はありえねー」的な声が切ない。もうすでに評判最悪だからいいのだが、俺としては彼女の顔を潰さないようにかつ、ある程度願いも叶えながら、目的を遂行する最善策だったのだ。


 たとえばあそこで「俺は彼女がいるからダメです」と言うのは、いくらなんでも転校初日で与えていいダメージを遥かに越えている。


 可愛いから周囲も慰めてくれるだろうが、俺の評判は多分、今よりもっと最悪になりかねない。


 俺は間違えていないはずだ。

 間違えていないんだから、大丈夫。


 平和な学園生活を送れるさ。


 祈るように一人呟き、アヤメの待つ部室に向かった。

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