3『千代の恩返し』
少し毒舌気味ではあるものの。話しているととても楽しいナオとの会話もそこそこに、俺達は学校に着いたのだった。
住宅街のど真ん中にあるような、なんの変哲もない普通の公立高校。今日もいつもと変わらない、静かな一日が始まる――はずだった。
まさか、今日からモテ期が始まってたとは、夢にも思わなかった……。
俺とナオがクラスに入っても、挨拶してくるようなクラスメートはいない。
俺こと貫井八鶴は、暴力沙汰を起こしたヤンキー(超誤解)だし。
かたや亀井直実は、いつも女子の格好をしている下手な女子よりも可愛い男。
この並びで普通に話しかけてくるやつは、なかなかの勇気があるやつだと思う。自分で言うのもなんだが、俺とナオは気さくなので親しみやすいとは思うのだが。
まあ、今さら高校で友達を作ろうとは思わない。なにより、最近になって気づいたのだが、友達というのは多すぎても困るものなのだ。
一人か二人いれば充分。それが生涯の友であれば最高。それに俺は、アヤメという可愛い彼女がいる身。これ以上を求めたらバチが当たるぜ。
ちなみに、アヤメも同じクラスだったりする。
クラスの真ん中で、男女入り交じったグループに属しており、話を聞いて微笑んでいた。
今でもあの子と付き合っている、というのが正直信じられないのだが、俺は一体前世でどんな徳を積んだんだろう。
たまにちらりとこっちを向いて目が合うので、互いに秘密の微笑みを交換するのだが、こういう秘密の交際は、なんだかドキドキしていいものだなぁ。
そんな風にしみじみしていたら、予鈴が鳴った。ホームルームの時間だ。
教科書、筆箱、ノートを用意する。どうせ寝ちゃうのだろうが、勉強する意思を示しておくのが大事なのだ。
ハナからやる気ないので寝ました、よりも、やろうとしたけど眠気に勝てませんでしたの方が言い訳も立つし。
そうこうしていると、担任の森岡先生が入ってきた。現文担当で、いわゆる普通のおじさんという感じなのだが、俺が痴漢捕まえた時の誤解をクラスに言い広めてくれたり、その後もいろいろ相談に乗ってくれる、とても気のいい先生である。
「あー、みんな、おはよう。……実は、とても急な話なんだけどな。転校生が来ることになった」
クラス中がざわめいた。退屈な高校生活、刺激が一つでも多い方がいいもんな。
俺には関係ないのだが、しかし新顔がやってくるのはワクワクするね。
「よぉ、よぉ、やっちゃん」
と、俺の後ろに座っているナオが、背中を指でつつく。
ちなみに俺達は教室窓際の後ろという、最高のポジションを獲得している。内職し放題だよ。
「これで女の子ならさぁ、やっちゃんにもチャンスあるんじゃないのぉー。向こうはやっちゃんが学校で浮いてるの知らないしさぁー」
「チャンスあったからなんだっつーのよ。そういう興味は無し」
「いいのかよぉー高校でじゃないと、二度と制服デートはできないよぉー」
「うるせっ。んなもんどうでもいいっつの」
つーか、もう彼女いるから俺。
「さっ、それじゃー、入ってきてもらおうか」
なんだか俺達がくっちゃべっている間にも森岡先生はいろいろ言っていたようだったが、一切聞いてなかった。
森岡先生が呼び込むと、ガラリ教室の扉が開き「おぉー」という、感慨の声が教室を満たした。
俺も正直ため息が漏れそうになるほどだ。
赤っぽい茶髪を赤い花のヘアゴムでツインテールにしている。すらりと伸びた長身はまるでモデルのようであり、華やかという言葉の例になりそうなほどだ。
ぱっちり開いた大きな目。長くてふさふさのまつげ。
あまりにもすべてが整いすぎていて怖いほどだ。つーか、制服がコスプレに見えるほど大人びている。
「……ん?」
あれ?なんだろう。なんか、どっかであの子と会ったことあるか……?
いや、あんな可愛い子なら忘れないと思うし、なにより高校に入ってからは女の子との縁がないからなぁ。
俺がそんなことを考えていると、その赤い髪の女の子は、キョロキョロと教室を見渡し始める。
初めての場所だし、緊張すんのも無理はないよなぁー。
そう思いながら見ていたら、その子と目が合ってしまった。
っと、壇上にいるからとはいえ、見すぎたかなぁ。
でもなんか、あの子、こっち見て手ぇ振ってない?
いや、つーか、こっち来てない?
あれっ!?目の前に立ったよ!?
椅子に座っている関係上、彼女から見下ろされる形になっている。
つーか、教室全体がこっち見てて居心地が悪い。
「……えーと、なにか?」
「私の顔に、見覚えはありませんか?」
「え?」
ザワッ、と。教室の空気が変わる。
俺達の動向を見守る雰囲気になっているらしいが、正直なんにもわからないので恐怖に近い感情がある。
見覚えは……ないッ!
「お知り合い、でしたっけ?いや、ごめんなさい、知らないですけど……」
「……あぁ、やっぱり、そういう方なんですの」
と、転校生は嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
一体なんだ?俺が早く名乗ってくれないかなと思っていた、その時である。
彼女が俺に、キスをしたのだ。
「……ん!?んぅーッ!?」
ファーストキス!俺のファーストキスが!
なんでだ!なんでこんなことに!?
うわっ、でも、超いい匂いがする。甘い匂いだ。それこそ花のよう。脳髄が溶かされるような気さえする……。
抵抗する気力がなくなるような……。
俺の意識が溶かされそうになっていたとき、助けてくれたのは、頼りになるお友だち、ナオだった。
俺の首根っこを掴み、引き離してくれたのだ。
「テメーッ!なにやってんだ!?アタシでさえまだしてねーんだぞ!」
「なに言ってんだお前は!?」
俺は背後のナオにお礼を言おうとしたら、とんでもないことを言い出したのでかなりビビっていた。
「いや、つーか、なんだいきなり!なんで、いきなりキスなんだ!?」
俺は恐る恐る、アヤメの方を見てみた。
正直言って、一年ほったらかしにした炊飯器くらい見たくないのだが、見ておかなくてはどうしようもないだろう。
なぜか、アヤメはにこやかに笑っているが、口元が「どういうこと?」と動いていた。当たり前かもしれないが、めちゃくちゃに怒っているようだった。
怒りが一周して、笑いになってるのかもしれない。
どういうことなのか、そんなの俺も聞きたいよ。
なんだ、この謎い展開は。
「私は、杜若千代と申します。一年前、覚えていらっしゃいませんか?」
「いっ、一年前ぇ?」
一年前、ってーと……。
思い当たるのは一つしかないが、え?あれ、嘘、まさか……!
「あ、あの時、電車内で……!」
痴漢されてた子だ!
なんでこんなとこに転校してきてんだ?だってこの子、めちゃくちゃ偏差値高いお嬢様学校の制服着てたよな?
「はいっ!一年前、助けていただいた千代です!」
「鶴の恩返しかよ」
と、後ろでナオがボソッと言うので、俺は思わず吹き出しかけた。やめてくれる?今ちょっとした行動が命賭けだからね?
「あ、あぁー……そ、そうなんだぁ。一年前の杜若さん、そりゃどーも。えーと、偶然だね」
マジで意味がわかんねぇ。
俺はただ普通に登校してきただけだよ?
「偶然じゃありません。運命です!具体的に言うなら、この一年、ずっと探してました!」
「……なにそれ」
だってそんなもん、制服見れば――と思ったが、ウチの高校、制服に特徴ねえもんな。電車に乗ってるのなら、沿線上の高校、ほとんどが候補に上がるだろう。
多分、似たような制服はたくさんあるし、そこからたった一人を見つけ出すのは困難だ。
……いや、でも、俺には金髪というわかりやすい特徴があるよな?
「八鶴様に辿り着くまで苦労しました……さぞや噂になってるかと思いきや、誤解で歪められていたようで。お可哀想に……」
「いや、今の状況に比べりゃ屁でもないよ……」
アヤメから怒気が飛んでくんのはわかるよ?でも、なんでナオから飛んでくんのよ?
「あぁ、でもよかった。こうして、無事に会えたんですもの。貫井八鶴様に」
俺の名前もバレてーら。……なんか、結構気合いの入ったストーカーっぽいなこの子。
「い、いやぁ、会えてよかったね?じゃ、あの、席についてもらっていいですか?授業の時間だし?」
狙いがわからないので、俺はぼんやりしている森岡先生に変わり、杜若さんに指示を出す。
しかし、杜若さんの席イズどこ?
「あー、貫井。言いにくいんだけどな?」
やっと森岡先生も我に帰ったらしいが、何故か俺から目を逸らしている。すごく、嫌な予感。
「杜若さんの席は、お前の斜め後ろだ」
……森岡先生が悪いわけではない。
強いて言えば、俺の運が悪いのだ。
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