2『彼女持ちこそ男の華』
「……俺ぇ!? なんで!」
飛び上がるほど驚き、めちゃくちゃ叫んでしまった。住宅街だから近所迷惑かと思ったが、案外出てくる人はいないようだ。最近の住宅は防音設備がいいから……。
「な、なんでって言われても。その、一年前の事件から、話すようになって……それで、少しずつ、好きになっていったっていうか……。貫井くん、優しいし、一緒にいて楽しいし……」
どこが好きか面と向かって言われるのって、すごく恥ずかしいんだな……。
心臓が痛いくらい鳴ってるし、顔が熱い。
「いや、俺はやめといた方がいいよ……?付き合っててもいいことなんてないと思うし、つーか、星峰さんならモテるでしょ?わざわざ学校で浮いてるやつ選ばなくても、もっといい人はたくさんいるし、何より俺と付き合ってるなんて、また変な噂になるかもしれないし」
学校で一番好きになるべきじゃない男だと思うよ、俺。
「そういうのはどうでもいいの!」
「うぇっ!?」
星峰さんに腕を捕まれる。女子なのでそんなに力強いわけではないが、俺を逃がさないという意思を感じてしまい、動けなくなってしまう。
「そんなの、ほんとはどうでもいいと思ってるんでしょ、貫井くん。私もそう。でも、誰かに悪く思われるのが嫌だから、何もできなかった。だから、誰になんと言われても、自分を貫く貫井くんが好きなの」
「……今の、シャレかいィィィッタイ!?」
掴まれている肘に爪を立てられた。女の子の爪は凶器だ。すげー痛かった。
「人の告白茶化すなんてどういう神経!?」
「い、いや、ごめん、ふざけすぎたのは謝るよ。でも、ダジャレねじ込んだ星峰さんにも非があるんじゃ」
「わざとじゃないです!うっかりダジャレです!」
……なんか、一気に肩の力が抜けてしまった。
うん、確かに、星峰さんといるとのは嫌じゃない。俺を気遣ってくれる優しさも知ってるし、意外とユーモア溢れるのも知ってる。
それに、こういうのはフィーリングだと、俺は思う。
「……ありがとう、星峰さん。こんな俺でよかったら、よろしくお願いします」
そう言って、俺は頭を下げた。
ここまでしてもらっておいてなんだが、頭を下げた瞬間罰ゲームなんじゃないかという考えが過って、ちょっと怖くなった。
けど、それはとても失礼な考えだ。
事実、星峰さんが、俺を抱きしめてくれた時、すべてが本当だったとわかった。
「よかった……なんか、すごくホッとした。これから、恋人ってことでいいんですよね?」
「うん。これからよろしくね」
「うん。よろしく」
星峰さんは、俺の腰に回している手に、ギュッと力を込めた。なんだかとても大切にされているようで、すごく嬉しくなった。
だから俺も、この気持ちを伝えようと、抱きしめ返した。
い、いいんだよね?恋人、になったんだし。
「……でもさ、星峰さん」
「ん、どうしたの?」
俺は抱きしめていた手を離し、星峰さんの肩に置いて、胸に顔を埋めていた星峰さんを引き離す。
「付き合ってること、周りには秘密にしない? やっぱり、俺と付き合ってるのが知れるのは、星峰さんにとってよくないと思うんだ」
「……貫井くんが思ってくれるのは嬉しいけど、私は気にしないよ?」
「でもさ、俺と付き合ってるからって、星峰さんが変な目で見られるの嫌なんだよ。それで傷つくようなことがあれば……うん、すごく嫌だ」
これが俺の素直な気持ちだ。
俺はただでさえ世渡りというやつが下手だし、自分が学校内で周囲からどういう扱いを受けてるかわかってるつもりだ。
そういうやつが、星峰さんという人気者と付き合って、変な詮索をされるのも、あらぬ誤解をされるのもよくないことだ。
けど、人の口に戸は立てられない。
だから、最初から喋らない方がいい。
「……わかりました。貫井くんがそう思うなら、従うよ。でも、貫井くんはもっと自信をもった方がいいと思いますよ」
「自信とかじゃないって。立場を考えれば、ありえない話じゃないからさ」
少し納得していないようだったが、星峰さんは頷いてくれた。
周りに言うメリットが何もないし、俺も注目されるのは好きじゃない。それに、傷つくかもしれないことを、わざわざする理由もない。だから、できれば今のままで、秘密の時間を持っていたいのだ。
「大切にしたいんだよ、星峰さんを」
「……そ、そっか」
顔を赤くして、星峰さんはうつむいてしまった。
俺達は、そこから特に何かを話すこともなく、駅に向かい、電車に乗った。
そして、先に降りる星峰さんと手を振りあい、とても幸せな気持ちで家路についたのだった。
■
俺、初彼女できた。
これがどれだけの偉業か、男性にならわかってもらえるだろう。
いや、初は縁起が悪いな。次があるみたいじゃん。これが最初で最後だ!
と、思春期丸出しな事を考えながら、俺は電車に揺られた。
それもこれも、あの事件のおかげである。感謝――は、不謹慎だからしないが、俺はあの時痴漢されていた子に思いを馳せる。
元気だろうか、トラウマになっていないだろうか。電車には普通に乗れるだろうか?
そんなことを考えて、俺はなんとなく、手を合わせていた。
俺の波乱万丈な学園生活が、一週間後に迫っているとも知らずに……。
■
一週間後……。
俺と星峰さんのお付き合いは、おそらく順調だった。
おそらくというのは比較対象が無いからであり、俺には星峰さんに対する不満は何もない。向こうがどうだかは知らないけれど、俺はなんかもう、毎日が楽しくて楽しくて仕方ない。
ここで基本的な一日を紹介させてもらうと、まず俺は何度も言うように、学校へは電車通学だ。
前は一本早い電車で出ていたのだが、痴漢事件以来、なんとなく時間をズラしている。
さすがに一本遅れても五分とかの違いなので、学校につく時間そのものは変わりゃしない。
いつもの電車の、いつもと違う一番後ろの車両に乗り込む。そこは乗り換えで不便だから空いているし、俺達の高校の学生も乗っていない。
つまり……
「八鶴くん」
と、人の少ない社内、運転席とドアの間にある隅っこで、照れ臭そうに星峰さん――アヤメが、小さく手を振っていた。
家から出ると、特別な人が外にいる。そして、俺に笑いかけてくれるし、手を振ってくれる。
たったそれだけのことが、こんなにも嬉しいものとは思わなかった。アヤメを見ると、胸が暖かくなる。
「おはよう、アヤメ」
俺達に訪れた変化は、二つ。
一つ、名前で呼び合うようになったこと。付き合っているのだから、少しくらい恋人らしいことがしたい、というアヤメからの提案だ。
そしてもう一つが、電車の時間と乗る車両を合わせるようになったこと。
俺達は学校では、ほとんど話さないことになっている。
だから、こうして登校途中、知り合いがいない車内で話すことにしたのだ。
ちなみに、これもアヤメの提案。
俺としては、どこで見られるかわかんないから、これもやりたくはなかったのだが、アヤメから笑顔で
「一緒にいれないのに恋人の意味ってある?」
と言われたので、もっともな話だと頷いた。
そらー、確かにそうだ。今までと何にも変わんないよね、それだと。
「あれ? アヤメ、なんか雰囲気違うね。髪でも切った?」
俺がそう言うと、アヤメは驚いたように目を見開く。
「すごい、なんでわかるの? ほんとにちょっと切っただけだよ? 前髪と後ろ髪整えて、すいただけなのに」
「そういうの見つけんのは、得意なの」
俺の母と妹は、そういうのに気づかないとびっくりするくらい機嫌が悪くなっちゃうので、幼い頃から鍛えられた眼力というやつだな。
「……うーん。なんか、そういうのに気づいてもらうのは嬉しいんだけど、マメな男の人って浮気しそう?」
「俺はアヤメのことをしっかりと見てるだけだ!」
「あはは。冗談だよ、じょーだん。八鶴くんはそういうタイプじゃないの、わかってるから」
「そう言ってもらえてよかったよ……。つーか、俺はモテないから、浮気とかする気もないし、できないよ」
「どうかなー。八鶴くんって、モテ期とかあった?」
「人生で一度もなかったなぁ。女の子には縁がないもんで」
アヤメは……モテてそうだな。告白何回くらいされたの?とか聞いてみたいけど、それを聞いた瞬間断っていても機嫌が悪くなる気がするので、やめておいた。
「モテ期って、人生で三回来るって言うよ?」
「そんなもん、もうどーでもいいよ」
前は彼女がほしかったから、モテたかったが。アヤメという素敵な彼女が出来た以上、さらにモテても仕方がないからな。
「あっ、そうだ八鶴くん。今日、お昼時間取れない? 人気のないところで……」
ひっ、人気のないところ!?そんなとこで何する気だ!?
い、いや、付き合って一週間で、しかも学校では早すぎるッ!
俺のそんな不埒な妄想を消し去るように、アヤメは、鞄の中から可愛らしいうさぎが貼り付けられた巾着を取り出した。
さすがにそれを見れば、弁当であることはわかる。
「八鶴くん、いつも早弁してるから、お昼は購買か学食だよね? お弁当作ってきたから、もしよかったら……」
「うォおおおおッマジで!? 手作りのお弁当!?」
大声を出してしまったせいで、周囲の視線を集めてしまう。だが、そんなもん関係ねぇ!
俺は女の子の手作り弁当を食える男になったのだ!
その嬉しさに勝るものは何もない!
「や、八鶴くん……ちょっとうるさい」
苦笑する星峰さん。俺は頭を下げて、お弁当を受け取った。
「ご、ごめんごめん。いや、すごく嬉しくてさ……」
「喜んでくれるのは嬉しいけど、静かにしようね」
「あぁ、気を付ける。……ありがとうアヤメ」
「どういたしまして。それで、どこか人気の無い場所に心当たりある? 八鶴くんは、見られたくないんだよね?」
「あー、なら俺らの部室がいいよ。あそこは、昼にゃ誰もいないから」
「わかった。じゃ、お昼にそこで」
アヤメは小指を差し出してきた。一瞬、小指を詰めろとでも言われるのかと思ったが、普通に考えて指切りげんまんだよな。
俺はアヤメの小指に自分の小指を絡め、小さく指切りげんまんをした。
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ーますっ。指切ったっ」
と、二人で同時に、指を離した。その同時、というのがなんだか嬉しくなってしまい、俺は感動していた。
超、彼女持ちっぽい……!
冴えない高校生活でも、いいことしてりゃあ、いいことがあるもんだ……。
俺の日常にもナオ以外の華やかさが生まれたことにドキドキする。
これが最近の俺だ。最初に電車内で待ち合わせた日は、本当にいるかとドキドキしていたし……本当にいてまたドキドキしたものだ。
いや、ほんと、こればっかりは彼女ができないと想像もできなかった。
そして俺たちは、その後も他愛のないが楽しい話を続け、学校の最寄り駅につくと、車内から今まで互いに気づいていなかったかのように出て、別れた。
俺達は互いに、学校では知らぬ存ぜぬなのだ。
アヤメはそのまま学校に向かうのだが、俺はというと、駅前の円形広場で噴水を眺めながらぼんやりしていた。
なぜか、俺の唯一の友達と一緒に登校する為だ。
「おーいっ。やっちゃーん」
と、噴水を眺めていた俺に、手を振りながら駆け寄ってきたのは、当然と言えば当然だが、直実である。
「おはよう、ナオ。……なんか眠そうだな?」
「あぁ。昨日はさーっ、すげえ楽しみにしてるゲームのトレイラーが出てさーっ。最新ハードのグラで昔ながらのゲームやりたいっつーあたしには超ぴったりなやつ」
「へぇ? ジャンルは?」
「ミステリだよ。ああいうのいいよなー。今までは2Dでしかできなかったのが、3Dでできるんだぜ?」
と、眠そうではあるが、元気そうだった。
以前までは、一人で電車に乗り、高校の最寄り駅からはナオと登校するのが日課だったのだが、今では一度アヤメと登校を経由している。
うーん、ナオの見た目が美少女だから、なんだか浮気してる感があるんだよな。とはいえ、付き合ってるのはナオにも秘密だから、仕方ないんだけど。
「あー、学校めんどくせぇなー。今日はサボってさぁー部室でまた『スターツ』やろうぜ。あたし、今回は地球騎士デッキを作ってきてさー」
「それはいいな。俺もシノビレックスデッキから変えようと思ってたし、参考になるかも」
「変えんの? やっちゃんはビートダウン系があってるし、搦め手も取れるシノビレックスデッキは相性よかったと思うけどな」
「いや、どうせならいろいろ試してみてーしなぁ――って、いや、今日はダメだ!」
俺は指切り忘れたのか!?
昼にはアヤメと約束があんだぞ!
「なんでよ? あんた、学校に用事ないでしょーが。ぼっちのクセに」
「そりゃテメーもだろ! 互いにボッチ同士傷つけるな! ……じゃ、なくて。そもそも学校は勉強するとこだろが。カードゲームやるとこじゃない」
「は? アンタ一年の期末テスト悲惨だったでしょーが。つーか、アンタが勉強してるとこなんて見たことないのよねぇーッ」
「そ、そんな悲惨な状況で遊び呆けてるから、昨日母さんから怒られたんだよ」
「まぁー、確かに、怒られても不思議じゃないな」
「だろ? さすがに、怒られた翌日くらいはさぁ、誠意くらい見せたいじゃん」
「一理あるけどね。無駄な誠意見せても怒られるんじゃない?」
「無駄とはなんだ。俺の底力を見せてやるぜ」
「浅そう」
「やめて。泣いちゃう」
とまぁ、少し毒舌気味ではあるものの。話しているととても楽しいナオとの会話もそこそこに、俺達は学校に着いたのだった。
住宅街のど真ん中にあるような、なんの変哲もない普通の公立高校。今日もいつもと変わらない、静かな一日が始まる――はずだった。
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