1『アヤメのお言葉』
そして、それから一年後。
痴漢事件による影響はある程度噂が沈静化したことで、ほぼ無くなった。
二年生になっても、クラスに新しい友達が一人もできないけど。
星峰さんだったり、学校の先生だったりが「貫井は痴漢を捕まえただけ」と言ってくれたのに、面白そうなことの方が広まるし根強い。
みんな多分、しこたま盛り上がった後に「なーんだ、違うのか」ってたりたくないだけなのだろう。
盛り上がったことそのものが、嘘みたいになってしまうから。
そんなわけで、俺こと貫井八鶴は、おせっかいの人助けで、学校から浮いてしまうハメになったのでした。
「……やっちゃん、可哀想だねぇ」
と、目の前でわざとらしく、ハンカチで涙を拭くような真似をしてくるのは、俺の唯一のお友達。
男なのだが「男の服は可愛くねぇ」と女子の制服であるセーラー服を着ている変わり者。
ツーサイドアップの黒髪は朝と風呂上がりに櫛入れをかかしていないから、男子とは思えないほどキューティクルが整っている。
なんと言ってもこいつは何故か、異様なほど可愛い。
見るものに魅了のビームを直接飛ばしてんのかってくらい蠱惑的な切れ長の目。ぷっくりとした唇は非常にセクシー。
あと、何故か甘くていい匂いがする。
本当に男なのか……?
しかし、それはさておいて、俺は何故か、今いきなりナオから同情された。なんで?
「え、なにが。今はお前の方が可哀想なんだぞ。はい、カウンタースペル。絶対障壁」
「うおっ! そんなもん伏せてたの!?」
俺とナオは放課後、部室棟の部室で遊ぶのが日課になっていた。
野球部が白球に命をかけるように、俺達のカードゲームもまた、部活なのである。
その名も『現代娯楽研究部』俺とナオの二人しか部員がいないものの、部活動にあまり熱心でないウチの高校からは「二人もいればいいんじゃない」と適当なことを言われ、一応部活として認可されているのだ。やってることはおもちゃで遊ぶだけなんだけどね。
「くそっ。アタッカー全滅か……いや、あたしが負けそうとかじゃなくて。やっちゃんは今のままでいいの?」
「ん? 何が」
「痴漢取っ捕まえたなんて、ヒーローじゃん。それを誤解されたまま、もう一年だよ。誰に話しかけられても怖がられて、線引きされてんじゃん」
「んー、別にかまやしないよ。いじめられてるわけでもねえし、友達なら一人いるし」
と、俺はナオに微笑んだ。
すると、ナオは外の夕焼けみたいに顔を赤くして、そっぽを向いた。
「……ったく。あんたってば、人目を気にしなさすぎなんだよ。知ってんの? あの噂」
「噂? なにそれ。あっ、シノビレックス進化。カシラレックスにしてエフェクトね」
「うわ、勝負かけに来た! じゃなくて! あたしとあんたが付き合ってんじゃないかって話!」
「何ぃ!? なんでそうなる!」
ナオのことは好きだが、それは友達としてだぞ。恋愛感情はゼロだ。
「そりゃ、基本一緒にいるからじゃない? あとほら、あたし可愛いし」
これを普通に言っちゃうのがナオのいいところである。よくも悪くも正直者。
「面白そうな噂が広まるもんなのよ。特にあんた、評判がよくないからね。そんなやつと女装してる男が付き合ってるなんて、笑い話にはもってこいなんじゃない。んで? なんとかしたいとは思わないの?」
「んー、お前が迷惑なら頑張るけど」
「別に。どーでもいいよ、あたしも。けどさ、やっちゃんは好きな人に誤解されたりとか大丈夫なの?」
「好きな人……」
そう言われて、俺の頭の中には何故か星峰さんが出てきた。あの痴漢事件以来、何かと俺を気にかけてくれる優しい人だ。
……ないなぁ。俺と星峰さんが付き合うなんて、可能性はゼロだろう。俺よりもいい男はたくさんいるし、星峰さんはそういう人と付き合うはずだ。
「それもないから大丈夫。言いたいやつには言わせておいていいんじゃない」
「ほんと、やっちゃんは強いねぇ。カードゲームは、そこそこなくせに。スペル発動、進化抑制薬。カシラレックスは破壊」
「げっ……」
俺はデッキのエースを、泣く泣く墓場に置いた。ニンジャ恐竜デッキはカシラレックスを中心に立ち回るのに……。
これが俺の日常。友達なんて、一人いればそれでいいのだ。こんなことになってるのも、きっと高校までだろうしな。
その後、お互いのプライドをかけた対決を最終下校時刻までたっぷりと堪能した。
今日は俺の負け越しだ。帰ってデッキを組み直さなくては。
ナオはカシラレックスに狙いを定めているから、もっとクリーチャー復活系のスペルを組み込むか……。
そんなことを考えていたら、校門の門柱に、一人の女子生徒が立っていた。
あれは……星峰さんだ。
俺はキョロキョロと辺りを見回すが、先に帰ったナオもいないし、そもそも最終下校時刻なので、星峰さんしかいない。
なら、いいか。
学校で浮いている俺が星峰さんと話すのは、あらぬ噂を呼びそうで遠慮していたのだが、誰もいないのなら挨拶くらい許されるだろう。
「やっ、星峰さん」
軽く手を挙げ、星峰さんの前に立った。
すると、彼女は俺を見上げ(頭3つ分くらい身長違うんだよね)て、笑顔を咲かせる。
「あ、よかった。貫井くん、まだ帰ってなかったんだ」
「うん。部活でね」
「部活? ……あぁ」
なぜか、星峰さんが少し、遠慮がちというか、悲しそうな、寂しそうとも言える顔になった。
俺が部活やってる話でなんでそんな顔になるんだろう。
「あの、亀井くんとやってる現代娯楽研究部だっけ」
「そそ。今日はカードゲーム大会だったんだ」
二人だけどね。
「カードゲーム、って。トランプとか?」
「いや、子供から大人まで大人気。『スター・エレメンツ』ってカードゲーム。アニメとかやってるけど、知らない?」
「あぁ、一応CM観たことあるかな」
「あれが面白くってさぁ。負け越しちゃったから、今日は早く家帰ってデッキ組み直さないと」
「そ、そうなんだ」
う、さすがに高校生でカードゲームやってる男に引いてるのか?
星峰さんの文化圏にはいなさそうだもんな。
俺は『スターツ』の話をこれ以上しないことに決め、話を変えることにした。
「ところで星峰さん、誰か待ってたの? もう最終下校時刻だし、暗くなったら危ないよ」
彼氏でも待ってたんだろうか。
でも中には多分、誰もいないしな。一番遅くまで部活やってる野球部が帰ってるんだし、残ってるのは先生くらいだろう。
「あぁ、うん。……貫井くんを待ってたんだ」
「俺ぇ? なんで」
「いや、その、一緒に帰ろうかなって」
「ええっ。やめときなよ、俺と帰っても、見られたら変な噂が立つだけで、恥ずかしいよ?」
「いや、それは、大丈夫。へーき」
と、なぜか両拳をキュッと握り、何か決意を固めているかのようだった。
「そか。んじゃあ、一緒に帰ろうか」
痴漢事件を助けてもらったことからわかるように、星峰さんの家は俺と同じ路線沿いにあるので、電車で一緒に帰れるのだ。
「う、うん」
俺たちは隣に並んで歩き出す。
星峰さん、少し小柄だから、ペースに合わせるのが若干苦労するけど、まあ、俺の身長がちょっとでかい(一八〇センチ!)のもあるんだよな。
そうして、俺たちは互いに帰ることになったのだが……。
正直、すげえ気まずかった。会話がない。
別に俺は星峰さんを嫌っているわけではないのだが。学校で浮いている俺を、陰ながら助けてくれたことが何度もある恩人だ。
しかし、全然彼女のことは知らない。
優しい人なのと、クラスでも高嶺の花で中心的な人気者なのはわかっているが、趣味とか交友関係とか、全然。
俺の趣味は子供向けのおもちゃだし、女の子と話せるような話題の引き出しは持っていない。
そもそも、高校入ってから女子とまともに会話したことがほとんどないんだよな……。
そうして悩んでいると、星峰さんの方から「あっ、あの」と、うつむいていたのに、いきなり俺を見上げてきた。
「ど、どしたの」
「いや、その……貫井くんって、直実くんと付き合ってるって、ほんと?」
「あ、そういうこと」
なるほど、その噂を確かめたくて待ってたのね。
色恋沙汰、それも最近話題の同性愛ともなれば、思春期の学生の興味を引くだろう。
「俺とナオは付き合ってないよ」
「……ほんとに?」
「うん。俺、一応異性しか愛せないし」
「でも、抱き合ってるとこ見たことあるよ」
うーん、どの件だろう。『スターツ』であいつが「パックで出たけどあたし使わないから」と「ダイミョウレックス」をくれたときには抱きついたことあるな。
逆に、俺があいつの欲しがっていたおもちゃを渡して抱きつかれたこともある。
「友達同士ならハグくらいするんじゃないの?」
「他にも、腕組んで歩いてるとこも」
うーん、どの件だろう。カップルで行くと安くなる、っていう店に二人で行ったことはあるが。金のない男子高校生にとって、そういうの非常に助かるんだよな。
あと、二人で遊園地にも行ったっけ。これもカップル割を使わせてもらった。男二人で遊園地に行くと周囲の視線が痛いのだが、ナオは可愛いので痛くなくて済む。つーか、男二人の方が遊園地は楽しい。女子と行ったことないけど。
「ふざけて腕組むときくらいあるでしょ」
「じゃあ、お姫様抱っこしてたのは?」
「すごい見てるな!? それは多分、ナオが捻挫した時だと思うよ!」
俺たち二人、学校でめちゃくちゃ目立ってるしな……。
片やデカブツ金髪。片やレベル100のオタサーの姫、みたいな感じだし。
そんなことしてりゃあ、噂にもなるか。ちょっと反省。
「……ほんとに付き合ってないの? 正直、付き合ってないとおかしいレベルだと思うんだけど」
「そう言われても……マジで付き合ってないよ」
期待に添えなくて悪いが、俺たちはお互いに「恋愛として好きだ」などと言ったことはないし、いやらしい気持ちで体を触ったこともない。
「そ、そうなんだ」
ホッ、とため息を吐く星峰さん。
……なんでホッとしたんだろう。
少し考えてみると、すぐにわかった。
なるほど、めちゃくちゃ簡単なことじゃん。
「さては星峰さん……ナオのことが好きなんでしょ」
「えっ、はい?」
星峰さんは俺のことを二度見し、俺が急に外国語を喋りだしたような驚きの表情をしていた。
「いやーわかるっ。ナオは可愛いし、女の子の趣味に理解もあるし。付き合うならいいと思うよ」
腕を組み、何度か頷く俺。でも、あれ?
ナオって男と女、どっちが好きなんだろう。さすがにそんなこと、気になったことないので、よく知らん。
「い、いや、亀井くんに恋愛感情はないよ?」
「えっ、そうなの。んじゃ、単純に興味本意?」
「うーん、と……それも違くて」
星峰さんは、何度か深呼吸して、立ち止まる。真っ赤になった顔で俺を見上げ、震える声で言った。
「貫井くん。私と、お付き合いしてくれませんか!」
それは、信じられない一言だった。
なんで、どうして。そんな言葉だけが。俺の頭には浮かんでいた。
いや、マジでなんで俺!?
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