第30話 千年前の夜

 それは杞憂だった。

 私が死ぬわけがない。

 あの夜と同じだ。

 あの千年前の夜と――。

 私は死ねはしないのだ。

 世の中のすべてを飲み込んだあの夜から私は永遠の中に眠れなくなった。

 私は唯のうつわに過ぎない。

 ――中に棲む恐ろしい何かの袋に過ぎない。

 それはこの世界を憎み殺されていったモノたちの墓標のようなモノだった。私は、それを閉じ込める永遠のうつわに過ぎない。

 それは偽りの永遠とも言うべき代物だった。

 だが偽りでも重なり逢い想い続ければ何かを産み出せるかも知れない。

 ――そう闇の中で空想した。

 だから御色那由他という影をこの世に産み出すことが出来た。

 それは初めて自分の内なる世界を、この世に投影したモノだった。

 それは本当に私が望んだモノだった。

 私が望んだのは自分自身の死だった。

 だから私を幾度も殺し封じ込めた御色という血筋から死を連れてこようとした。

 だが千年待って待ちこがれた死神は私を好きだと言った。

 私が美しいとこの世界の誰よりも恋しいのだと言った。

 私は狼狽した。

 私は醜い化け物だと正体を見せても彼は瞳を逸らさず私を見詰めていた。

 そのまま私を抱きしめると彼の体温が私に伝わり心の隙間が埋められたような気がした。

 この時、私は那由他という青年に恋をしていたのだろう。

 このまま永遠に私は生きていたかった。

 何度も彼を作り直して私の傍らに置き幸せに暮らしたかった。

 それは飽きることなく永遠に繰り返されるだろう。だが、そんな事をすれば私の想いも偽りになってしまう。

 それだけは嫌だった。

 ――出来なかった。

 それがどれほど魅力的でも例え結果的に永遠の幸福が得られたとしても、それは本物には成りはしない。

 本当の愛を見つけることが出来たのに。

 それが偽りから生まれたモノでは本物には成り得ない。

 だから私は生かされ続ける。

 死ぬことすら世界には許されない。

 けれど世界を滅ぼすことも出来はしない。

 滅ぼそうとすれば世の秩序が私を偽りの死で刻みつける。気がつけばまた私は元通りに何ごともなく唯の一人。

 知り合った人間は尽く消えて無くなる。

 人は時を超越できない。

 ――愛する人を作ることさえ許されない。

 永遠に独りぼっち。

 私は永遠に彷徨い続けるだけ。

 先ほどの白き幽鬼でさえ私を殺しきれなかった。あれほどの力、神々でさえ殺せる。あれほどの奇跡はもう起こせないというのに。

 結局、わたしはより強い死の力を求めてその能力を持ったモノに共食いをさせ生き残った最も強い方に殺されたかったのだ。

 それが本当の望みだったのだ。

 その為に私は真実の愛を捨てた。

 その為に那由他を産み出して殺した。

 私は人にはなれない。

 畜養にも劣る。

 そんなモノが輪廻の内に帰れるはずがない。

 六道輪廻からも外された外道なのだ。

 これからも哀れに生かされ続けるのだ。

 永遠に救われない。

 救われはしない。

 私は私の一番大切なモノを裏切ったのだから。

 次に目が醒めるのは何年後か、何千年後か、それとも何万年後か。

 その前に、この世など消えてしまえばいい。

 けれども本当は輪廻の内で人間として貴方と出会いたかった。

 那由他とふたりで同じ時間を暮らしてみたかった。

 貴方と生きてみたかった。

 ただ普通に過ごせれば良かった。

 けれど慎ましい願いさえ私の宿業では許されないことなのだろう。

 私はこの時、本当に悲しくて泣いた。

 本当に悲しかった。

 例えようのない悲しみが私の心を埋め尽くした。これほど悲しいことはない。

 私は深い闇の中で迷いながら泣いていた。

 何も見えぬ漆黒の闇の中で唯一感じられるのは誰かの温もりだけだった。

 その温もりを頼りにおぼつかない足取りは進んでいった。

 もうそれ以外に頼れるモノはなかった。

 永遠を想わせる時間を超えて私は輝く光の出口を見つけた。

 そこを抜ける。

 目の前には泣き続ける那由他の顔があった。

 あたたかいモノは彼の涙と私を抱きしめる身体から生じた体温が移っていたからだった。

「那由他。私は死ぬの?」

 彼は答えない。

 答えずに首を横に振る。

「そうなのね。これが死なのね」

 私はぼんやりと呟いた。

「違う。まだ大丈夫だ。璃瀬はまだ死んだりしない」そう那由他は続ける。

「それは駄目、私は貴方と一緒に人間として生きてみたい。だから殺して。もう偽りの生命を生きる事はしたくないの」

 そう私は力一杯目で訴えた。

「でも」

「那由他、おねがい」

 彼は涙を拭っていう。

「わかった。けど僕も一緒に行くよ。瑠瀬だけを死なせない」

「あなたは生きなくてはいけないわ」

「駄目なんだよ。僕も本当は死んでいた。だけど死ねなかった。君と同じだよ。だから僕も一緒に逝く」

 そう那由他は微笑んだ。

 それは嘘だった。

 彼の身体はもう。死の淵にいた。

 でも、それでも良かった。

 彼女が人として目覚めたのだから。

 本当に輪廻に戻れるのか真偽はわからない。

 だけど、それでも同じ消えるなら最後は心が綺麗な方が良いじゃないか。

 結果が同じなら僕はその方がまだ救われるような気がするんだ。

 最後は自分を納得させるために那由他は思ったのかも知れなかった。

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