第29話 慟哭

 あたしは気がつくと立ちつくしていた。

 手には短刀が握られていて見知らぬ女の首が落ちていた。

 あたしが正気に戻ったのは声がしたからだ。

「――玲奈だめだ」

 ――って一弥の声がした。

 けどすべては終わっていた。

 一弥の目の前で殺してしまった。

 自分のうちに棲くう制御の聞かぬ恐ろしいモノが私の中に棲くっている。

 これが私の本性。

 誰も幸せに出来ない――私に出来るのは殺すことだけ。

 私は御色那由他に殺される前に自分のうちに棲む悪魔に身を委ねてしまった。

 でも仕方なかった。

 あのまま殺されたら二度と一弥には逢えない。それなら私は自分を殺しても一弥に逢いたかったのだ。それで自分が自分で無くなってしまったとしても――それでも逢いたかった。

 私は泣いていた。

 一弥は私のことを許すだろう。

 たとえ人殺しだったとしても私のことを許すだろう。

 でもそれは間違いだ。

 一弥に甘えっぱなしだ。

 私がどんな事をしても一弥だけは微笑んでくれる――そう思って悪魔に身を委ねたのだ。

 結果は良かった。

 だが、それは偶々の偶然だった。

 自分自身が解らないなんて――どれほど恐ろしいことだろう。どれほど危険なことだろう。もしかしたら私は私の手で一弥を殺してしまっていたかも知れない。

 そうなったら私は私を殺してしまいたい。

 ――私は人をやめたくなかった。

 でも現実は、すべてを殺して立っていたのは私だった。

 一弥に逢えたのは嬉しかった。

 生き残ったのは嬉しかった。

 でもその為に私は人をやめてしまった。

 それでも一弥は私のことを好きでいてくれるのだろうか――。

 私は一弥の方を向けなかった。

 そのまま立ちつくすしかない。

 私の瞳からは感情がただ流れ落ちるしかなかった。

 本当は慰めて欲しかった。

 その胸に飛び込んで思いっきり泣きたかった――でも、今の私にそんな資格はない。

「あッ――」

 不意に私の身体は大きな両手に包まれて背に温かい体温が触れた。

「玲奈――もう。終わったんだ。終わったんだよ。だからそんな物は仕舞ってくれ」

「一弥――」

「怪我はないかい」

「うん」

「良かった」

「でも、あたしは殺してしまった」

「うん。それはわかっている――だけど仕方なかったんだ」

「それに玲奈――君は御色那由他を殺さなかったじゃないか。そう彼に聞いた」

 私は振り向くと那由他が左腕だけで彼女を抱きかかえて泣いている――首は何ごとも無かったように綺麗にくっついていた。

「――彼女は死ねないんだ。本当は死にたがっていた。けど俺には出来なかった――出来るわけ無かった。だから本当は彼女が死ねないなんて嘘だと思っていた。本当は何所にでも居る普通の美しい女の子だと信じていた。彼女の本当の姿を見せられても信じなかった。けど、それは違った――首が落ちても死なないなんて普通じゃない。でも俺にとって彼女はすべてだ――この世界よりも大切だ。だけど彼女の望みが死なら殺すしかないのか。他に方法はないのか誰か教えてくれ――」

 それは慟哭だった。

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