第28話 白き幽鬼
私は普段立ち入らぬ当主の席に深々と座り自分の内に住み着いた異物に初めて気がついた。
それは恐ろしい形相で何ごとか叫んでいた。綺麗な瞳の奥に映る自分では無い何かが魅入った白無垢の清楚な女性は何故が完璧な存在に思えた。
彼女はただ美しいだけじゃなく、人という概念すら消え失せて研ぎ澄まされたひとつの美だった。
それは素人でも、一流の、それも神の気まぐれで創られたような必然が丹念に織り込まれた、この偶然の輝きというモノに、これ以上ない美を見いだす事ができた。
美しい。それは何度も心の中で連呼され見とれるほどに溜息が漏れた。
最高のモノを味わうときには、ごく単純な感想しか溢れてこない。言い換えれば他に 何も付け足すことがないから心の奥底から溢れるモノとは根源的なモノしか現れない。
それ以外を言葉にすればそれはすべて蛇足に過ぎない。そんな風に私は目の前でぼんやりと眺めていた。
まるで夢の中みたいに思えた。
その入り込んだ世界はゆっくりと時間が動き空気の流れ、光の流れすら見えるようだった。
その中で互いに同じ時間を享受しているのは目の前の白き麗人と私だけだった。
それ以外には世の中に誰もいないような気がした。
そして彼女は私を殺そうとしていた。
でも、それはそれでも良いのかも知れない。
私は人形のようなモノだから。
もともと世界には存在していけないモノなのだから、それなら例え消えてしまったとしても誰も悲しまないだろう。
誰も悲しまないのなら、私はもう何者でもない何時消えても良かった。
私はそれでも良いと思った。
目の前に白き麗人は現れて首を薙いだ。
その切っ先が触れた瞬間、私の記憶が垣間見え、あの人のことを思い出した。
それは世界に消え入るような輪郭で必死に私を呼び起こそうとしているようだ。
もう遅いのに――。
今更――何も出来やしない。
だが閃光のように脳裏に浮かぶのは那由他、御色那由他の姿だった。
そうだ。
彼を再生しなくては――。
そう思い目が醒めると白き幽鬼が放つ蒼白い刃は私の首を薙いでいた。
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