第22話 決着
――すまない。
本当はあなたもきらいじゃなかった。
むしろ好きなのだろう。
だからこそ、あなたは僕の手で完全に殺しきる。僕にはそれだけしか出来やしない。
璃世は俺に新しい世界をくれた。
彼女の為にどんなことだって出来る。
僕にとって彼女より愛しいモノは無い。
左の肩口から心の臓まで垂直に重力を利用して真上から振り下ろす。
見開かれた彼女の瞳は諦めにも似た悲愴な瞳に落ち込んでしまう。
純白の狩衣の肩口に刃がゆっくりと入ってゆく。
この戦いも終わり。
そう思った。
諦めた瞳は僕も同じだった。
あの人が僕に最後をくれるかも知れないと思ってみても結局自分に最後はやってこない。ふと瞳は白昼夢に入り手応えは空を切った。
万が一にも避けられない運命のような一撃は空を切り朱色の羽織は空を舞う。
――ゾクリとした。
血のような気配が脳裏に響く。
――こんなところにいてはいけない。
この魂の叫びのような感覚。それは本能、人間というより動物の、それよりもっと根源的な危険を予知する。五感を超えた第六感が奥底から叫び上がり瞬間、伝達は意識を超えた。身体は全身の筋を余らず使い上げて半身を引き上げる。
刹那に直下を何かが掏り抜けた。
――痛い。
酷く痛かった。
全身の末端神経まで研ぎ澄まされた感覚は
髪の先端を切られただけで激痛が走る。
ぶら下がったままの不安定な身体は高炭素鋼の糸を頼りに空に逃げおおせた。
もう――距離を取るしかなかった。
眼下に見える、ゆらりと立つ白い人影。
それは確かに先ほどの雨宮美琴に違いなかった。だがそれは輪郭に過ぎず、その総てが違っていた。
「――おまえは何だ?」
酷く乾く唇が枯れ果てた喉の奥から吐き出せたのは一言だけだった。
相手は答えず――ただ微笑んでいる。
錯乱する意識の中で自分が何か雨宮玲奈という入れ物のおぞましい人外の本性を呼び起こす何かに触れてしまったのを感じた。それは彼女の有形無形のありとあらゆる枷を解き放つ結果となり、それは蒼白い月光にてらされてまるで美しい人の形をした幽鬼のように成り果てて、音もなく気配も見せず、まるで死そのものが舞い降りたように思えた。
蜘蛛の糸のように張り詰めた、触れれば指の落ちる鋼の糸も今では唯の糸に成り下がり人には見えぬ結界も奴には通じまい。距離を詰められても意識もできないのだから――ならば奴は気儘に現れ気儘に殺し気儘に消え去る、まさに神出鬼没。
酷く冷たい白い風が疾風のように右腕に絡んで駆け抜けた、その風を振り払った僕の腕は綺麗に滑って奈落に落ちた。
――見えなかった。
それは神そのものの動き、捉えられるはずも、殺せるはずもなかった。
全神経を動員しても何も感じなかった。
――何も見えなかった。
コマ落ちのような結果が見えるだけ。
鋼の糸から滑り落ちて朱色の絨毯に音もなく落ちる。傍らには底に横たわる右腕が待っていた。
痛みもなく見事に切断されていた。
落下時の衝撃で全身が動かない。
負けたと思った。
――完全な敗北。
しかし、下された冷徹な瞳には情けなど無く無言で僕を見つめている。
僕は無言で微笑んでいた。
此程の戦力差、もはや戦いにすら成っていない。さあ殺すが良い。
僕は戦いに敗れたのだから、もう璃世のことも守ってやれないのだから。
たぶん璃世ですらこいつには勝てない。まるで世界自身に復讐された気分だ。
――さあ殺すが良い。
――さあ殺せ。
――さあ!
――さあ!
――。
だが、それは踵を返して進みゆく。
何故だ。
何故殺さない。
――僕は殺される価値もないのか……。
涙が流れ落ちると先にあるドアの閉まる音を聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます