第15話 捜索
洋館を後にすると里の中に下りていった。
自動車が一台何とか通れるくらいの畦道のような道はアスファルトの肌をしていなければ今が二十世紀である事を信じることが出来ない程で見渡す限り水田が何ヘクタールも横長に続いている。平坦な場所は行きに通った役場付近と水田が広がるこの辺りだけだった。
村人の家々は水田に疎らに配置されている。
この村には川の支流がふたつほど入り込み、北には左右対称の小高いふたつの丘が見える。ふたつの川の流れは丘の裏側に見える山の中に水源があり洋館は右側の丘の上にある。日が暮れる前に左側の丘の上に陣取ろう。
左側の丘の上からなら全貌が見渡せるから。
夜を待って行動に移る。
しかし、それまでは村の中を歩き回って出来る限りの情報を引き出す事が先決だ。
あたしは平穏な村の中で一弥の聞き込みを開始した。
だが商店らしい商店はほとんど無い。
此処は先ほどのささやかな温泉街と個人経営の雑貨店と喫茶店などが数軒在るのみだった。
人々の対応は皆、自然で事件らしい香りは今のところ見いだせない。
一弥の足取りも洋館に入ると所まででパタリと足取りは途絶えてしまう。ただ、一弥が村人に語った話では洋館を訪ねる前に千獄谷を見てみたいと言っていたのを聞いた村人がいた。
千獄谷というのは、今から千年ほど前に起きた大地震で生まれた断層のことらしい。その時、地層が少なくても10メートルほど垂直にずれてしまった場所が村に伝わっている。
これは垂直変位量というものらしいが国内で最大級の直下型内陸地震である岐阜県本巣郡根尾村の濃尾震災(マグニチュード8.0明治24年発生)と比べると正確な数値は古すぎるため事実とは言い難い、がそれでも根尾村付近の水鳥に出現した垂直変位量約6メートルの水鳥断層崖と比べても引けは取らない。
一弥がどうしてそんな所に興味を持ったのかは不明だが、もしかしたら早朝から谷の方へ出かけたかもしれない。
それに村人の言を借りれば洋館がある双子の丘は大地震の前にはひとつの山だったという言い伝えがある。
それが何か、とても気に掛かった。
それに一弥は郷土資料館にも足跡があった。
閑散とした資料館に足を伸ばすと、役場から出張した受付嬢が十八日の午前と午後に幹也を目撃している。
読んでいた本は不明。
受付嬢は郷土史を調べに来たという一弥に郷土全史を進めている。
多分これが一弥の行方の鍵となるものだろう。大地震の資料を数枚コピーする。
それらを二つ折りにしてジーンズのポケットにしまう。
このあたりで静柰に連絡をするために携帯を懐から取り出すと圏外の文字が出ていた。
仕方なく目に入った役場の一階に設置された公衆電話から連絡をする。
「って感じだ。静柰」
「玲奈。中々の探偵ぶりだな。正直、驚いたよ。それにしても、大したものだ。それより黒沢にはあったか?」
「ああ、人の良さそうな執事だったよ」
「他に印象に残ったことはないか?」
「別に――ただ、奴は何か武術をやっているのか」
「別段聞いたこともないが」
「それなら静柰が知らないだけだろう……あれほど気配を消せる人間は見たことがないよ。まるで人形のようだった。訓練を詰んだとしてもあれほど完璧に気配は殺せないからね」
そう、呟くと静柰は少しの間――無言になった。電話が遠いからかと思ったがそうではないらしく焦った口調で今から、そこに行くから行動は控えろと言う。
高速で飛ばせば夜には着けるからと。
ああ――そうすると答えると電話が切れた。
でも、あたしは静柰の言うように控えたりしない。なぜなら洋館であった黒沢という執事は人じゃなかったからだ――。
完璧に気配を殺せる人間なんていやしない。
どんなに取り繕っても、普通の人間なら騙せるだろうが、このあたしがほんの少しも感じないのはあまりにも度が過ぎていた。
なら答えは簡単だ。
あれが人間じゃないと考えれば済むことだ。
あたしは薄気味悪く微笑むと受話器を置いた。
しばらくすれば夜が来る。
夜という闇は大概相手の領分だが、あたしにとっても深い闇は自分の領分だからだ。
それまでは宿で身を休めよう。
長い夜になりそうだから……。
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