第14話 卵の行方

 細く蛇行する黒い道を一匹の獣が駆け抜ける。風を纏う獣のハイオクタンの血液が体内を赤黒く駆け巡り、高トルクの心臓から漏れる鋼の鼓動と己の限界まで駆け続ける本能が極限まで削ぎ落とされた手足の寸分の無駄も無い細い銀の筋が悲鳴を上げるように重力を遮って軋む――鋼の獣は荒々しい息遣いの中で自己の疾走を妨げる総ての障壁に挑むように咆哮する――あたしはその獣の一部となって高出力で駆け抜け幾重にも風の壁を破った。

 それは滅多に付く事の無い傷跡を山中のアスファルトの柔肌に幾重にも刻んだ――時間を忘れるほどに走り込むと日射しが斜めに差し出す頃にあたしは一弥が連絡を絶った土地に来ていた。

 此処は何もない山の中の村里という感じで陸の孤島のような場所に思えた。

 せわしい都会とは違い空気が澄んでいる。

 山村にあるような老人と子供――若者は殆ど見えない――産業なども皆無のようだ。

 強いて言えば古くからある温泉が財産の全てだった。数件の温泉宿が村里の中心街を僅かに形成していた。

 あたしはその一つに宿を借りた。

 ――一昼夜走り続けてベットリと全身が汗臭い。

 昨日から着込んでいた黒革のライダースーツを脱ぎ捨ててゆっくりと浴槽に入る。

 全身の疲れが外に吐き出されるように湯の中に溶けてゆくと張り詰めた緊張も一気に抜けだしてゆく――逆に心地良いまどろみが頭に溜まり込んで湯気に包まれるように意識は白一色にとけ込んでいった。

 つかの間のまどろみを終えると先ほど仲居が用意した浴衣に着替えた。

 二階の部屋に通されて窓から外を見渡すと近くを流れる川のせせらぎが平和な村をかもしだしていた。

 しかし、この村は何処かおかしかった。

 だが此所に住まう人々には気にならないことのようだ――それらは、あたしの感に違和感としてベッタリと濃厚に貼り付いている。

 この村には敷居というのか境界というのか――巧く言葉にできないが、ひとつだけ思いつくなら此所は既に結界の中だと言うことだけだ。

 わかりやすく言えばもう誰かの腹の中という感じに近い。

 普通なら敵の腹の中に入ることはしないが、一弥が消息を絶ってから既に十七時間余り――このまま手を拱いているわけにもいかない。

 幸い――今はまだ日が高い。

 普通に考えれば、この状況でいきなり相手が仕掛けて来ることは無いだろう。

 なぜならこの村に入った時点で既に相手は先手を取っているからだ――焦って自分から仕掛けることはない。後は罠を張っていれば良い。巣に陣取る蜘蛛のように掛る獲物を待てばよいのだから――。

 それなら顔を晒しても堂々と正面から相手の懐に飛び込んだ方がまだ良い。

 夜中に忍び込んだら闇の中に葬られるのが落ちだろう。

 時を置かず部屋から立ち上がると動きやすい服装で宿を出た。

 あたしの足は、だだっ広い洋館に出向くと苦もなく高い厳重な門は開き――中に人の良さそうな執事が玄関さきに現れたので話を聞いた。一弥は朝早く屋敷を出発した――彼の話によれば朝食も取らないで何かに追われるように急いで山を下りていったらしい。

 例の卵は一弥が回収して帰ったのだという。

 あたしは話を聞き終わると客間に案内する執事を無視して踵を返すと門を出た。

 邸内は夜の内に探索をしておこう。

 どうやら主は留守のようだ。

 だって気配がないもの。

 朝方までは確かに何かが――いたようなベットリとした濃厚な気配があった。

 それは、あたしの好きな感じに似ている。

 おそらく一弥は危険な状態なのだろう。

 しかし、あたしはまだ見ぬ敵の姿を想像して不謹慎だとは思ったが――ひとり悦になり仄暗い笑みを浮かべた。

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