第9話 雨宮神社へ

 二週間も過ぎた頃。

 まだ一弥は術が戻る兆候がなかった。

 それこで、玲奈は一弥を伴って一度、雨宮神社に連れて行くことにした。

 術師の母親と姉がいるからだ。

 そこで何かわかれば良いと思ったからだ。

 雨宮神社の最寄りの駅に着くと深紅のガブリオレビートルの中から誰かが手招きをしている。

 それは雨宮静柰だった。

 白いオックスフォード七分シャツに黒いスキニーパンツをはいている。

 髪は短く切りそろえられたショートボブで玲奈とは対照的だった。

 眼鏡をかけているが、顔は良く似ていて、薄化粧だけの飾り気のない美貌を振りまいている。

「藤倉一弥です。宜しくお願い致します」

「きみが藤倉一弥さんか、よろしく。噂は聞いているよ。玲奈の能力をずいぶん引き出してくれたそうだね。私がやっても中々引き出せなかった。それを一回本気でやっただけで引き出せるなんて、まったく底がみえないな。私もさ、できれば一度、業を見せて欲しいよ」

「静柰。一弥が戸惑ってるだろ。今回は治療をしに来ているんだ。まだ能力が戻ってないんだから、無理を言うな!」

「ふ~ん、もう呼び捨てってか、アハハあの玲奈がまるで女の子とはね。本当にウチに養子に欲しいものだね……って後の可愛い子ちゃんは誰だい?」

「あたしは藤倉彩加です。一弥を養子にとられるのは御免被るので、皆さんを監視に来ました。あしからずです」

「こら彩加、失礼だろ」

「なによ、迷惑を受けてるのはこっちの方なのよ。ああ、今年の夏は家族で遊びに行く予定だったのに……」

「彩加。謝りなさい!」

「ふん。絶対に謝るモンですか!」

「ふ~ん」

 静柰は頬を膨らました彩加を見て眼を細めてニンマリ微笑んだ。

 オープンカーは山の中を疾走していた。

 木々は流れ、時折みえる川沿いを登っていく。

 山麓に止まると、平たい場所があった。

 どうやら、雨宮神社についたらしい。

 此処には実家の藤倉神社と同じような空気があった。

 ただ違うのは神社の背には大きな湖があった。神社と思ったのは拝殿だった。

 本殿は湖に浮かぶ小さな島にあるらしい。

 橋は通っていないが、小さな小舟が見える。

 此処はあの舟で渡るらしい。

 そう彩加は考えを巡らせていた。

 一弥は玲奈に腕を引かれて、既に遠くを歩いていた。

「ねぇ。玲奈には手を焼いてるだろう」

 彩加に不意に声が届いた。

「ええ、正直困っています。正直どうした良いですか?」

 彩加は御神体の島から目を外さずに呟く。

「う~ん、玲奈は脳筋だからやっかいだぞ。まあ、ともかく一度倒せば一目置くから、どんな手段を使っても地べたに這いつくばせる事が出来れば勝ちだよ」

「どうすれば、あの化け物に勝てますか?」

「人の妹を捕まえて、化け物とは容赦がないな」

「すいません」

「いや、化け物って言うのは本当だよ」

「じゃあ、問題ないじゃないですか」

「まあ、そうともいうな」

 そう静柰は苦笑した。

「ああ、戦い方は正面だけじゃないよ。戦略戦術。術式。古来から人は力が敵わなければ知恵を使ったモノさ。良し、此処にいる間は色々な術式を教えてやろう。私はそっちの方が専門だからな」

「わあ、ありがとうございます」

 それは、この旅で彩加が初めて見せた本物の笑顔だった。


「いいかい一日一度は、私の所においで、そこで治療を行おう。君の住む場所は借りて置いたから、そこで生活しなさい。妹君は私が預かろう。何か不便があれば私に連絡をよこしように」

「ありがとうございます」

「あ、それから、きみは術式だけ駄目だという事だから、私の手伝いをして貰う。まあ、実戦はない後方支援だけだから。今の君でも充分勤まるだろう。万が一の時でも、君は体術の方も一流のようだからね。それに適度にはある程度の因果の場所に行くことが刺激になり術式の回復を助けることにも成るからね」

「ええ、わかりました」

 こうして、藤倉一弥は一夏を雨宮家で居候することになった。

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