第4話 18歳の夏

 藤倉一弥が18歳の夏。

 父親の基経から一通の手紙が届いた。

 雨宮家に用事を頼むとだけあった。

 一弥は内容を確かめたが、直接出向けばあとは問題ないようだった。

 ただ鬼祓いとして、『のぞめ』とあったので、得物を磨き念入りに仕度をした。

 だが、雨宮神社にはあの日以来行った覚えも記憶もなく、ただ書いてあった住所を頼りに地図確認すると明日からの旅の行程を思案した。

 雨宮神社は、この本条という土地からは四百キロは優に離れていたので、特急に乗るために最寄りの駅には朝早く出かけることにした。

 だが、その特急に乗るのにも半時は優にかかる。

 明くる日の早朝、朝靄の中で全身の伸びをした。

 まだ夜は明けていない。

 一弥は拝殿に向かい手を合わせると空を見上げた。

 空には宵の明星が見えた。

 それを確かめてから、正門より外に出るとゆっくりと山道を歩きはじめた。

 暫く道を下ると、遠くから一直線に伸びるライトが見えた。

 その後に続くエンジン音。

 漆黒の闇のような黒を基調とした流線型のボディフォルムは美しく鋭い刃を連想できた。

 それは一弥の前で停止した。

 バイクと同じ黒いライダースーツが長いブーツを地面に下ろして、おもむろに黒いフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。

 すると流れ落ちたのは漆黒の長い髪だった。

 それは美しい女だった。

 だが、切れ長の大きな瞳を細めると

「藤倉一弥か?」

 そう質問した。

「きみは誰?」

 そう聞き返した。

「もう一度、聞くお前は藤倉一弥本人か?」

「藤倉一弥本人だけど?」

「なら、すまない。命を貰いに来た――悪く思うな」

 女は言い終わる前に一弥に躍りかかってきた。


 まず光が見えた。

 直後に風切り音。

 それは一弥の傾けた顔の掠めるようにすり抜けていった。

 ――日本刀。

 考える前に体は女のサイドに回り込んでいる。

 そのまま身体を外側に反らせて仰向けに倒れ込むような体勢でステップを踏むと懐に右手をいれた。

 刹那、 一弥の腕が織り込まれた機械仕掛けのバネように一気に解放される。

 手には笹穂の手槍が白い光の帯を引いて女の横腹を必中の拍子で切り裂こうとする。

 だが手槍は女の得物の柄で追い落とされた。

 その反動を利用して逆に半回転すると、左手は逆手に蒼白い光を握っていた。

 今度は女の真後ろから背中を突き刺そうとしたが、既に女の姿はない。

 既に女の身体も先程の反動を利用して殺傷圏内から逃れていた。

 体勢を立て直した一弥は手槍をハの字にして間合いを取ると相手を鋭く見据えた。

「得物は手槍。それも二刀とはめずらしいな」

「お前は居合いか、でも、まったく見えないな得物も鞘も……」

「ふん。そこいらの奴らと一緒にするなよ。これでも物心つく前から真面目にやってるんだぜ。それなら、これぐらいの芸当は誰でも出来るだろう……よ」

 そう呟く終わる前に、女の背後から三つの光が一度に見えた。

 見開かれた一弥の瞳はすべてを確認したように動き、膝が流れるように落ち込むと刹那、身体が消えた。

 一弥の足元には深く刻まれた足跡だけが残った。

 女の姿も見えない。

 ただ、一弥の背後にあった杉の大木には三本の苦無いが突き刺さっていた。


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