第4話 鍍金の王様

「はぁ~。悪夢だ。これで家の前に猫でも捨てられてたら数え役満だ。言っときますけど、もう家には口うるさい猫が一匹いるんで間に合ってますよ神様」

 神様に愚痴の一つも言いたくなる。

木刀を持っているからと言う理由で、警察に連行されてあらぬ疑いを散々かけられた。

「あの警官全然信じてくれないんだもんな。まあ、持っている物が物だけに信じてもれえないのはわかるけどさ」

 取調べを受ける際に手荷物チェックをされたんだが、日頃から武器で身を固めているオレは危険な物が出るわ出るわ。

 学生証・序列一位特例証・銃険など、自分が武器を持ってもいい証明書を提示しても信じてもらえず、学校に確認をとってもらうことでやっと信じてもらえ開放された。

「たっく、オレが高能力者じゃないからって、なんでこうも信じてくれないのかね」

 雨が本降りになってやっとの思いで家までついた時には時刻が七時を回ろうとしていた。

 それでもオレの悲劇はまだ終わらなかった。

「なっ⁉ ……嘘だろ」

 捨てられているのが、猫の方がまだマシだった。

 ヘトヘトになりながら家までたどり着くと、雨に打たれたのかビショビショになって家のドアを背に座る橘の姿があった。

「遅いッ! 何してたのよ!」

「何してたって。お前こそ何してるんだよ」

「あんたが急にいなくなったから、先回りして待ってたのよ」

 あ、呆れて言葉が出ない。

 オレを見失ったらとっとと帰ればいいのに、この女は家をつきとめ先回りしてたようだ。

 ……それはともかく、今の橘は目のやり場に困る。

 雨で濡れて気持ち悪いのか、ブレザーを脱いでワイシャツ姿になっている為、ピンク色

の下着が透けて見えてしまっている。

 オレが下着を凝視しているのに気付いていないのか、橘は首を傾げていた。

「どうしたの。私をジッと見て。何か付いてる?」

「な、何でもない。いいからお前は早く帰────」

「ねぇ。とりあえず早く家に入れてくれない? かれこれ数時間もここで待たされてるのよ。風引いたらどうしてくれるの」

 お、落ち着けオレ。気を抜いたらぶん殴りそうだがそれはまずい。

この女には社会の常識ってものがない。こっちが落ち着いて大人の対応をするんだ。

「そうだな。ちょっと待ってくれ」

「早くしなさいよね。だいたいね、なんで私を置いて逃げ────」

オレは家に入りすぐさま鍵をかけ、インターフォン越しで会話をする。

「はぁッ⁉ な、なんで鍵かけるのよ! 私まだ入ってないんですけど!」

『誰が入れるかバカ! お前なんて一発で通報もんだ!』

 家に一切入れてやる気がないというのに、橘は諦めずドアを叩きながら抗議してきた。

「開けなさいよ! 開けないと酷い目に合うわよ───主に私が風邪をひいたりとかね!」

『知るかバーカ。すぐさま帰れ! 情けでタオルぐらいならくれてやる』

「嫌よ! ここまで来て帰れるもんですか! あんたの秘密を聞き出すまで絶対に帰らないわよ! だからここを早く開けなさい! そして温ったかいお茶を出しなさい!」

『御もてなしを要求されてるッ⁉ もてなすわけねーだろ! いい加減にしないと警察呼ぶぞ! あっ。オレ警察だった』

 それから五分ほど言い争いをしたのち、やっと橘はドアの破壊行為をやめた。

「いいわ。そっちがその気なら考えがあるわ。あんたは三秒後には私を招き入れてお茶をご馳走してくれることでしょう」

『はぁ? もう熱が出てきたのか? そんなことあるわけ────』

「キャーーーーーーーーー! 誰か来てッ! 変態が私にいかがわしいことを!」

『よし! 入ってくれ! すぐお茶入れてやるよ!』

 危うく、こいつのせいで本日二度目の警察の厄介になる所だった。

                    ◆

「へぇー、結構綺麗にしてるじゃないないの」

 橘は家に入るなり失礼なことを言っていた。

 そして、玄関に靴がオレのしかないことを不思議がって尋ねてきた。

「あれ? 誰もいないの? 家族は?」

「……一人暮らしなんだよ。まあ猫は飼ってるけど」

「えっ。猫っ⁉ どこどこ!」

 年頃の女の子らしく猫に興味があるのか、橘はキョロキョロと猫を探し始める。

「うちの猫はそんな可愛くないぞ。どっちかっていうと化け猫に近い」

「化け猫? あっ! いた! ほらほらこっちおいで」

 オレの言葉に一瞬戸惑ったようだが、目の前に猫が現れたので手を出しておいでおいでをしている。

 うちのペットであるルナは橘に気付いたのか、橘の方によってきた。

「こっちきた! うぁ~、全身が黒くて綺麗な毛並み。それで眼がお月様みたいに綺麗ね」

 ルナを抱き頭を撫でながら褒める橘に、猫であるルナ(・・)がお礼を言った。

「あら。ありがと。でも濡れた体で抱かれるのはちょっと嫌ね」

「……え? えぇーーーーー⁉」

 橘は驚いてルナを放り投げた。

「ちょっと。乱暴はやめてよね」

「おい。なんでお前は平然と喋ってんだ? 人前で喋るなっていつも言ってるだろうが」

「あら、ここに連れてくるってことは、私のことを話してるって思ったんだけど?」

 確かに家に誰かを連れてくるなんて、中々ないけど。

「連れてこようとして連れてきたんじゃない。勝手に待ち伏せされてたんだ」

「何それ? また厄介事に巻き込まれてるの? あー、やだやだ。あんた何かにとり憑かれてるんじゃないの?」

「お前それ以上言うと、晩飯抜きにするぞ」

「やってみなさいよ。動物愛護団体に通報するわよ」

 オレとルナの会話を見ていた橘は、尋常じゃないほど戸惑っていた。

「え? え? ど、どうゆこと? なんで猫が喋って」

「あー。話すと長くなるからルナの話はいいよ。それより、オレもお前もビショビショだからそれをなんとかしないと」

 説明が面倒だったので橘を適当に流すとルナが、ありがたいこと言ってくれた。

「ああ。そういえば、雨降ってきたからお風呂沸かしといたわよ」

「おっ。気が利くなルナ。おい、橘。仕方がないから先に風呂入れよ。嫌かもしれないけど、風邪引くよりマシだろ」

「えっ⁉ 今ので説明終わり⁉ ウソでしょ⁉ あの猫なんなのよ! ねーってばっ!」

 オレはゴチャゴチャ言う橘を風呂場に放り込んだ。

                        ◆

「う~ん。どうしたもんか」

 橘を風呂場に叩き込んだ後、オレは悩んでいた。

 橘をどう追い帰そうかじゃない。

 覗くか覗かないかだ。

 昨日会ったばかりとはいえ、昨日今日で散々迷惑をかけられた。

 だから、お礼に裸の一つでも拝んでも罰は当たらないじゃないか?

 着替えを洗濯機に放り込んどけと言った為、オレのジャージを持って行った際に、アクリル板越しではあるが、シルエットからけっこうなものを持っているのは確認している。

 オレなら見つからないことも、見つかった時のうまい言い訳を考えることも可能だろう。

 だが、万が一、億が一の確率で律さんの耳にでも入ってみろ。確実に骨の二、三本は持ってかれる。……いや冗談じゃなくマジで。

 しかし、女子が男子の家で風呂に入ってるってことは、覗くのをOKしてるってことじゃないか? いや! 逆に覗かなきゃ失礼にあたるだろう。なら行くしかないだろう!

 オレが覚悟を決めて風呂場のドアに手をかけた所でいきなり、玄関のドアが開かれた。

「真矢さんッ! どういうことですかッ!」

「そうですよねッ! やっぱりダメですよね! って、律さんッ⁉ ど、どうして⁉」

「どうしてもこうしてもありません! 今朝の転校生の話を聞いて飛んできたんです! ────あら? お風呂に入られる所だったですか? こ、これは失礼しました! あれ? でも中から音が?」

 お、落ち着けオレ! ここで橘のことがバレたら武戦うんぬんの前に律さんに殺される。

 脳をフルに回せ! 機転を利かせろ! お前の日頃の悪巧みは今この時のために!

「いやー、ルナが今風呂入ってましてね」

 ナイス! オレ!

「ああ、そうだったんですか。てっきり玄関に知らない靴があったので竜君でも来てるかと。……あれ? じゃあ、玄関の靴は誰のものなんですか?」

 ぼ、墓穴を掘った! 靴のことをすっかり忘れてた! いや、しかし今ならまだ!

「あー、いいお湯だったわ。あら? お客さん?」

 あっ、オワタ。

 何も知らない橘がオレのジャージを着て、現れた。

「……」

 橘の姿を見た律さんは、笑顔を浮かべたまま固まってしまった。

 ど、ど、どうしよう! こ、殺される!

「さっきから、うるさいわ。何があったの?」

 慌てるオレの目の前に救世主────ルナが現れた。

 ルナはオレ、橘、律さんの順に顔を見て状況を理解したのか何かを言うようだ。

 よしっ! 言ったれルナ! オレの無実を証明してくれ!

 オレの期待を一身に背負い、ルナは叫んだ。

「にゃー」

「ふざけんな! ルナ! テメー、いつもはうるさいぐらい喋るくせに何がにゃーだ!」

「だって、さっき人前で喋るなって言ってたわよね」

「い、今はいいんだよ! ほら! 喋っていいぞ! 喋ってオレを助けてくれ!」

 オレが何を言っても逆効果になる可能性があるので、ルナに託すしかない。頼むぞルナ!

「我輩は猫である。名前はまだない」

「オレがルナって名前付けってやっただろうが! 酒に酔わせて溺死させてやろうか!」

「真矢さん」

 オレがルナと言い争いをしていると、律さんが背筋が凍るような声でオレを呼んできた。

「ひとまず私は帰りますね。……一旦落ち着かないと、真矢さんを殺してしまいそうで」

「あ、あはは。そ、そうですか。それは即座に帰った方がいいですね」

「そうしますね。では、明日の朝に道場で待ってますから」

「え? 道場?」

 突然の律さんの申し出に戸惑うオレ。

「ええ。道場ならいくら暴れても、真矢さんを殺めてしまうことはないと思いますから」

「いやっ⁉ でも───」

「いいですね」

「……は、はい」

 律さんに強く言われ、言い返せなくなってしまった。

 オレの返事を聞けて、ひとまず満足したのか律さんは帰ってくれるようだ。

 しかし、ドアを開けた際に後ろを振り返り、とびっきりの笑顔でオレに言った。

「それではまた明日。────待ってますから」

ドンッ!

律さんは不吉な言葉を残し、ドアを勢いよく閉めドアを大破させて帰っていった。

「……」

「うぁー。すごい力。ねぇねぇ。で、あの人誰だったの?」

 残されたのは自体を飲み込めてない呑気な橘と、明日死ぬことが決定オレだけだった。

                  ◆

 明日、処刑されることから立ち直ったオレは、橘をリビングに連れて行き、一応約束なのでお茶をだしてやった。

「ほらよ」

「あ、ありがと。───ブッ⁉ ゲホゲホ。何これ⁉ コーヒーかと思ったらコーラ⁉」

「うちにコーヒーなんてもんはない。誰が好き好んであんな黒い液体飲むんだよ」

「コーラだって黒い液体でしょうがッ!」

「むっ。コーラとコーヒーを一緒にするなよ。……コーラは甘いだろうが」

「子供かッ⁉」

 文句を言いながらも橘は、なんだかんだでコーラを飲んだ。

「ねえ。お菓子とか出てこないわけ? ホント気が利かないわね」

 こいつマジか。……仕方がないとっておきを出してやろう。

「……悪い悪い。ほらよ」

「あら、可愛い形。味はイマイチだけど気に入ったわ。これなんてお菓子?」

「キャットフード」

「キャットフード? なんだか猫の餌みたい───って、まんま猫の餌じゃないッ!」

 そうです。それルナの晩飯です。

 舐めたことばっか言ってるから猫の餌なんか食わされるんだよ。

「あ、あんたね! なんで猫の餌なんて出すの! ってかあの喋る猫はなんなのよ!」

「ルナって名前の猫だ」

「可愛い名前ね。────ってそうじゃなくて! どうして猫が喋ってんのよ!」

 質問が多いやつだな。

 そして、その質問に対する答えだが一言で終わってしまう。

「知らね」

「はぁ⁉ 知らないの?」

「ああ、拾ってきた猫だしな。詳しいことは知らない。どうしても知りたきゃ、ルナに聞けよ。せっかく喋るんだし」

 まあ、聞いても答えないだろうけどな。

 そのルナはというと、暇そうにリビングでニュース番組を見て『世も末ね~』と独り言を言っていた。

まあ、喋る猫に言われちゃ世も末だろうよ。

「え? 本当に知らないの?」

「別にルナの過去なんて興味ないしな。使えるから飼ってやってるだけだ。あっ。いいふらすなよ。頭がおかしいやつに思われるぞ。……お前が」

 喋る猫がいたのよ! なんて教室で言ったら転校したてでぼっちコースましっぐらだ。

「ってか、ルナのことはいいんだよ。問題はお前だ。弟子にしてくれとか、後をつけてきたり、待ちぶせしたりして、一体何がしたいんだよ」

「あっ。そうだったわ。猫のインパクトが強くて忘れてたわ」

 おい。それでいいのかお前。

 お前がよくても、付きまとわれるオレはそれじゃあ困るんだよ。

 そう思っていたら、橘は急に真剣な顔になりまじめに話始めた。

「朝も言ったでしょ。あんたの弟子になりたいのよ」

「ならオレも言ったろ。そういうのは募集してないんだって」

 お前なんかに構ってる時間は一秒たりともない。自分のことで精一杯だ。

「それにお前ランクSなんだろ? オレのランク知ってる? 『 』ランクだよ『 』ランク。お前に教えられることなんか一つもねーよ」

 逆にオレが聞きたいよ。何食ったらランクSなんて怪物になれるのか。

 橘は下を向いて喋らなくなってしまった。

 それから、一分ほどたって何か決意したのか喋りだした。

「……つ、使えないのよ」

「使えない? 何が?」

「能力が」

 ああ、なるほど。才能に潰された口か。

 現代じゃ少なくなったが、昔まではよくいたんだよな。

 こいつみたいに神力の量が多くても能力があまり強くないやつや、能力が強くても神力の量が足りず使いこんなせないやつが。

 こういった事例は研究され、技術が進歩したから減ってきてるって聞いてたんだがな。

「こ、これでも色々やったのよ。病院に行って身体検査を受けたり、ランクが高い人を家庭教師に呼んだりして。……全部ダメだったけど」

「ダメだったのか」

「……うん。でもそんな時にあんたの噂を聞いたのよ! ランクが最低なのに武戦で勝ち続けてるやつがいるって!」

 ……まあ、変な所で有名だからなオレ。だからこうして変なやつに絡まれるだけど。

「あんなのこと調べられるだけ調べたわ。戦ってる映像も可能な限り集めたわ。学校で友達が少なくいじめられてたり。好きな物がコーラで家に帰ったら必ず飲む。血液型はA型で身長が170センチ。体重が────」

「ま、待て待て! 後半からおかしい! お前がオレをつけてたのは知ってたが、知りすぎてる! どこで知ったんだそんなこと!」

「え? 知らなかった情報は今日、ゴリラ顔のやつから聞いたわよ」

 あのゴリラヤロー! 明日会ったら保健所に突き出してやる。

 だが、今はこのストーカー女をどうにかしなければ。

「それでもね。私はあんたを見て思ったのよ。こいつはみんなから酷い非難されてるけど、勝ってることは確かだって」

「……」

「あんたの戦いを見てわかったんだけど、なんかいつも相手の動きがすでにわかってるんじゃないかってほどすごい動きしてるじゃない? だけど、ランクが最低レベルならそんな動きおかしいでしょ? だからきっと何か隠してるんだって」

 よく見てるなこいつ。大抵のやつはランクの低いオレがインチキしてるってだけで済ませてくれるんだがな。

「でね。あんたがみんなに隠して、すごい能力を持ってるじゃないかって思ったのよ。ほら、脳ある鷹は爪を隠すっていうじゃない」

「そうか? オレの場合は隠してるんじゃなくて深爪なだけだぞ。見てくれこれ昨日切りすぎちゃってさー」

 茶化す様に指を前に出すオレの手を、橘はつぱっねた。

「誤魔化してもダメよ! あんたが実はすごいやつなら私の才能を開花させてくれるんじゃないかと思ったのよ! だからあんたに頼んだのよ!」

「買いかぶりすぎだ」

 はぁー。家まで押しかけて来たんだ、オレが首を縦に振るまで帰らない気なんだろうな。適当に誤魔化してもまた来られても面倒だ、仕方がない。

「あのな橘。お前はオレがすごいやつだと思うから弟子にしてって言ってきてるだよな」

「そうよ」

「じゃあ、根本的な話をしよう。……オレは全然すごいやつじゃない。オレを調べてたんなら知ってるだろ。オレの噂とか」

「ええ。インチキだとかズルだとか言われてるやつでしょ? でもそれって他のやつらがあんたに嫉妬して────」

「全部本当だよ」

 謀略。策略。奇策。騙し。武器。薬。ルールに触れない範囲でなんでもやった。

そのせいで、他のやつらに白い目で見られるが、知ったことか。勝てばいいんだ勝てば。

一応、正直に話したが、橘は一向に信じようとはしなかった。

「嘘よ! それなら何の能力もなしに勝ってるってことじゃない!」

「そう。そこがミソだ。能力がなきゃ武戦で勝てるわけがない。だから、あいつは何か能力を隠して戦っている。────って思うよな普通? お前もそうだった様に」

 能力低い者は、能力が強い者には勝てない。この世界はそうゆう風にできている。

「だからオレと戦うやつは警戒する訳だ。あいつはどんな能力で戦うんだ? 前は武器で戦ってたが武器と関係がある能力か? 動きが読まれてる? 読心系の能力? って疑心暗鬼に陥るわけだ。そこにすきが生まれる。本当はなんの能力も持ってないのにな」

 1しかないものを5にも⒑にも見せる。詐欺師よくやる方法だ。オレの場合0のものを⒑に見せてるだけだ。

「で、でも、だとしたらあんたどうやって勝ってるのよ」

「それは戦いによって違う。う~ん。じゃあ昨日の戦いの話でもしてやろうか」

「昨日のって、『迅雷』の? あの光速の攻撃を避けてたやつ?」

「そうそれ」

 本当はこうゆうネタバラシはしたくないんだが、一度使ったやつだしいいだろう。

「まず試合の一週間ぐらい前に噂が流れた。『二ノ宮は迅雷を放つ時に、親指が曲がる癖がある』っていうやつが」

「え? そんな癖があったの? 気付かなかった」

「気付かなくて当然だ。そんな癖はないし、噂を流したのもオレだ」

「はぁ⁉ ど、どうゆうこと?」

 驚く、橘に順を追って説明していく。

「二ノ宮先輩は当然焦るだろ。この噂が相手に知られてるなら改善しないとって」

「えっ? 癖はないんでしょ? 改善もなにもないんじゃない?」

「ああ、癖なんてない。だけど癖を改善しようとすると、それが逆に癖になるんだ。案の定、試合の時には二ノ宮先輩が迅雷を放とうとする時に親指が不自然に動いた。だからオレは迅雷が放たれるタイミングがわかってたんだ」

 時間があればこんな癖もできなかっただろうが、直す時間は一週間だ。

 ない癖を直そうとしてそこに新たな癖が生まれてしまった。

「で、でも、発射されるタイミングがわかったからって、迅雷は光速で飛んでくるのよ? どっから飛んでくるかわからないじゃない」

「光速で発射されるから避けられない。だから無敵の様に感じられる迅雷だが、技ってのは必ず弱点があるんだよ。迅雷だって例外じゃない」

「弱点? 迅雷の?」

「迅雷は光速で飛んでくる。一瞬で相手の元まで攻撃が届く。───ってことはだ。その一瞬で迅雷をコントロールしなきゃならない。そんなことをできるやつは稀だ」

 動いている相手に照準を合わせ、尚且つ発射した後の刹那に光速の迅雷をコントロールすることができる演算能力を持つ人は、人類の中で一人いるかいないかのレベルだろう。

「二ノ宮先輩の場合は、それを補うために手を相手に突き出して照準を合わせてたんだ」

「そういえば、迅雷って手の平から出てたわね」

「つまりだ。迅雷は手の平から真っ直ぐしか飛んでこない。後は噂のおかげでタイミングはわかってるんだ。なら、撃たれる時に手の平の前にいなきゃいいだけの話だ。様は拳銃なんかと仕組みと同じだよ」

「そういうことだったの。……ん? ちょっと待ってよ! その言い方だとあんた拳銃は簡単に避けられるってこと⁉」

 一瞬は納得いった様な顔をした橘だったが、拳銃と同じって所に引っかかったらしい。

「まあ、マシンガンとか連射できるやつは別だけど、拳銃ってのは銃口から真っ直ぐに弾が飛んでくるんだ。だから注意すのは相手の指先。トリガーを引くタイミングに銃口を避ければ当たらないだろ」

 昼間にあった不良が拳銃を使った時にやったのと原理は一緒だ。

「あ。言っとくが拳銃を避けられるのは別にすごくはないぞ。何回も訓練すれば誰だって身に付くテクニックだよ」

武戦を戦ってるんだ。拳銃ぐらい避けれるようになってないと話にならない。

 話を聞いた橘は黙り込んでしまった。

 きっと藁をも掴むつもりでオレの元に来て、オレが偽者の強者。鍍金の王様であることにショックを受けてるんだろう。

 しばらくして、橘は重い口を動かした。

「……あんたは武戦の度にそんな姑息な手を考えてるの?」

「そうだよ。幾千もの策を備えて、どんな姑息な手だろうが勝ちに行ってる」

「威張るな! このインチキ!」

 ……まあ、そういう反応になりますよね~。

「恥ずかしくないわけ! そんな勝ち方して!」

「ぜんぜん~。こっちだって一応はルールの範囲内でやってるんだ。騙されたり負ける方が悪いんだよ」

「なによその悪役ゼリフ! こっちは最後の希望だと思って転校までしてきたのに!」

「オレに弟子入りするために転校してきたの⁉」

 行動力があり過ぎだろ。……いや、バカなだけか。

 橘は椅子から立ち上がり、帰り支度を始めた。

「もういい! あんたなんかに頼らない。他を当たるわよ!」

「他に当たる当てもないからこんな所まで来たんだろ。……はぁ~、折角ここまできたのと、似た境遇ってことで、一つ落ちこぼれの先輩であるオレがアドバイスをやろう」

 才能があっても使えない橘。才能もなにもないオレ。

 文字にすると似てないように思うだろうが、結局の所、無能であること変わりがない。

 だがそこで、慣れない先輩風を吹かせてしまったのが運のつき。

「あんたなんかに何が分かるのよ! 私はね皆に期待されてたの! 世界でほんの一握りしかいない才能をもって産まれてきたんだもの! でも蓋を開けば何もできなかったよ! それがわかった途端、みんな手の平を返した様な態度をとったわ!」

 今まで溜め込んだものを吐き出すような、橘の心の叫びだった。

「それでもね! 私は精一杯の努力はしたの! ……でもダメだったのよ! 何度も挫折を味わったし、みんなからは笑われたわ。───それでも私は諦めたくはなかったのよ! ここで諦めてしまったら私は……私は……」

「なんのために産まれてきたんだかわからないか?」

「ッ⁉」

 言おうとしたであろう言葉を先に言うと橘は心底驚いた様だった。

「お前がどんな事情を抱えてるかは知らないし興味もない。だけど一つだけ教えてやろう。上には上がいる様に、下には下がいるんだぜ」

 そのセリフの意味が分からないのか、橘は黙って聞いていた。

「まあ、そんな底辺の先輩からのアドバイスだ。まずお前の勘違いを正してやる」

「私の勘違い?」

 橘はなんのことだかさっぱりわからないといった様だった。

「お前は特別なんかじゃない。ましてや凡人でもない。ただの無能だ」

「わ、私は無能なんかじゃない! 私はランクSで───」

「使えてたらな。今のお前はさっきインチキと罵った、目の前の無能と同じだ」

 ああ、イライラする。こんなにイライラするのは久しぶりだ。

 本当ならこのまま帰せばいいだけだが、言わずにはいられなかった。

「まずは認めろ。自分が凡才以下の無能だってことを。認めないと何も変わらない」

「あ、あんたみたいなやつに言われたくないわよ!」

オレに言われたことがショックだったのか、橘は家から飛び出してしまった。

「いいの? 彼女放っておいて?」

「なんだ聞いてたのかよ」

 気が付くと、隣にはルナがいた。

「まったく不愉快だ。……まるで昔の自分を見てる様だったよ」

 なぜイライラしてたのか今わかった。

 自己嫌悪。つまり橘とオレが似ていたからだ。

「あんたのことなんかはどうでもいいのよ。それよりあの子、雨の中外に飛び出して行っちゃったけどいいのかしら?」

「勝手に出て行ったんだ。ほっとけよ」

 可能ならもうあいつとは関わりたくない。 

 けれでもオレがそう思っても現実はそんなに甘くなかった。

「別にいいんならいいいんだけど。あの格好だと少しまずいんじゃないかと思ったのよ」

「は? 格好? オレのジャージ貸してやってだろうが」

「いや、別にいいならいいんだけどね。あの子、下着まで洗濯機に入れてから」

「……つまり」

「あの格好で雨に濡れると、洋服が透けちゃうじゃない?」

 それを聞くと同時に、オレは傘だけを手に家を飛び出した。

 橘が家を出てから、時間は経ってないのでそう遠くへは行ってないと思うんだが。

「あ、いた」

 橘はオレの家から五分ほど行った道路をトボトボと歩いていた。

 雨に濡れた愛梨の姿は妙に色っぽく、濡れた髪から垂れる雫にドキッとしてしまった。

 ……こんなやつに今から『お前下着付けてないぞ』と言わなきゃいけないのか。

 どう話を切り出そうか悩んでいると、橘がオレに気付いた。

「……何しに来たのよ。あたしに用なんかないんでしょ?」

「いやー、追い出しといてなんなんだけど、外雨降ってるしちょっとまずいかなーと」

「何がまずいのよ。私にかまってる時間なんかないんでしょ! ほっといてよ!」

「ほっときたいのは山々なんだけど、とりあえず自分の胸に手を当てて今の状況考えてみ。相当やばい状況になってるから」

 胸に手を当てた感触で今のやばい現状がわかるだろうよ。

 オレの話を聞き、おちょくられたと思ったのか愛梨は怒って走りだてしまった。

「おい! ちょっと待てよ!」

「ついてこないで!」

「オレだってついて行きたくて、ついて行ってるわけじゃねーよ! ただこれをほっとくと後でまた面倒なことになりそうだなと」

「面倒なことってなによ! これ以上付いて来ると大声だすわよ!」

 オレが親切心でここまでやっているのになんだこいつは。

 この時のオレは怒りで自分の辞書からデリカシーという言葉がなくなってしまい。

「お前、今下着付けてねーから、雨に濡れたらやばいだろーがッ!」

「…………え?」

 橘は自分の胸やおしりに手を当て、やっと自分の現状に気がついた。

 全世界が停止した様な静寂の中で雨音だけが響いていた。

「キ、キ───」

 まあ、その静寂も長く続くはずもないんだが。

「キャッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

                  ◆

 自分の今の現状を確認した愛梨は、すぐさま近くにあった洋服店に駆け込んだ。

 オレは帰ろうか迷ったが、仕方なく後を追い店に入った。そして、後悔した。

 入った店は、俗に言うランジェリーショップで男性が一人で入る店ではなかった。

 速攻、帰ろうとすると、店の一角にある更衣室のカーテンから腕が出て手招きされた。

 たぶん、オレを呼んでいるんだろうなと思ったが、店から早く出たかったので無視。

「なんで帰ろうとしてんのよあんたわッ!」

 そんな怒号と共に勢いよくカーテンが開く。

 店員に借りたであろうタオルで髪を拭いていたのか、そこには一糸纏わぬ橘がいた。

 雨に濡れて輝く金色の長い髪。陶器の様な白い肌。美しい鎖骨からは水滴がたれ、やわらかそうな大きな胸へと流れていった。

「キャッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 はい。本日二回目。

「お、お客さま、大丈夫ですか⁉」

 橘の悲鳴を聞いて店員が駆け寄ってくる。

「あ、すいみません。騒いでしまって。大丈夫です。痴女が騒いでるだけなんで」

「誰が痴女よ! っていうか人の裸見ておいて何か言うことないわけ!」

「ありがとうございました?」

「感謝するんじゃないわよ!」

 店員は橘とオレのやりとりを見て、痴話げんかと勘違いしたのか、「店内ではお静かにお願い致します」と言い呆れて去っていった。

「ほら、お前のせいで怒られちゃったじゃないか。ってかもうオレ帰っていい?」

「言い訳ないでしょ! なんのためにあんたをここに呼んだのよ! 着る服がないのよ。あんた、何でもいいから買ってきて」

「はぁ? なんでオレが?」

「こうなったのは元はといえばあんたのせいでしょうが! いいから早く行く!」

 なんとも釈然としないが、これで風邪でもひかれればそれはそれで難癖をつけられそうなので、しぶしぶ橘の服を選びに行く。

「ちょっと待て、今のあいつの状態から考えると下着もだよな。あいつのサイズって……」

 考えながら下着売り場にきてサイズもそうだが、その種類の多さに驚いた。

 中にはホントにこれを着るのか? と疑問になるひもの様な下着もあった。

 早くここから出たい。こんな所を男一人で歩いていたらまた警察のお世話になりそうだ。

 さっさと選んで帰ろう。そのためには……。

「思い出せ。思い出せ。さっきの光景を。あれは確実にD以上はあったよな。しかし、女子高校生がEもあるか? いや! しかし! でも! あれの大きさは明らかに……」

「あ、あの、お客さま。先ほども申し挙げましたが、他のお客様のご迷惑になることは」

「へぇ? す、すいません!」

 男一人でぶつぶつ喋りながら、女性用下着を選ぶ。

 うん。普通に通報されるな。

 しかも、店員に呼びかけられ、よく見ず慌てて取った下着というのが……。

「Fカップの黒ッ⁉」

 これはない。

 これを恋人でもない、同級生から送られたら引くなんてもんじゃない。でも今からまた戻るのも。うーん。

                    ◆

「おい、橘。持ってきてやったぞ。ほれ」

「ずいぶん遅かったわね。ひとまず、ありがとうと言ってあげるわ」

「何様だお前は。とりあえず適当に選んできてやったが、文句言うなよ」

「べ、別にあんたが選んだ服に期待なんかしてないわよ。───って何このきわどい黒の下着はッ⁉」

 色々考えた末、このままいくことにした。

 橘にはドン引きされるだろうが、家での一件で愛想つかされてるしいいだろ。ちなみに洋服の方は選ぶのだるかったので、マネキンが着ていたのを一式もってきた。

「……あ、あんたこうゆう下着が好きなの? 今回はしかたなく。し・か・た・な・く! 着てあげるから感謝しなさいよ」

 あれ? 意外と気にいってる? 

 おいおい、あれを気にいるって大丈夫か? 最近の女子高生ってすごいな。

「ふぅー。これでやっと出られるわ。洋服はまあまあいいわね。下着はきつかったけど」

「なにッ⁉」

 Fカップできついだとッ⁉ ということはGカップってことかッ⁉ A・B・C・D・E・F・GのG? マジかッ!

「な、なによ。いきなり大声出して。また、店員さんに怒られるわよ?」

 オレの大声に驚いたのか、勢いよく試着室のカーテンが空いた。

 いきなり現れた橘の姿にオレは見蕩れてしまった。

染み一つない陶器のような肌に白いキャミソールがマッチしており、そしてなにより、胸元が大きく開いているので、美しい鎖骨のラインに濡れた髪が艶かしく張り付いて、胸元は見事に大きい谷間ができていた。

 あの白いキャミソールの下に黒い下着とか反則だろ。

「どうしたのよ? いきなり黙って?」

「い、いやなんでもない。だだ、お前をみくびっていた」

「ふん。今更、見直しても遅いわよ。もう頼まれたって弟子になってあげないわ」

「いや別にお前の実力の話じゃ───」

「それに。私は人を騙してヘラヘラしているあんたみたいなやつが大嫌いなの! 二度と私に話しかけてこないで!」

「おい、ちょっと待て」

 オレの呼びかけを聞かず、橘は店の外に走って行ってしまった。

人を騙してヘラヘラね。確かにその通りだが、勝手に期待して勝手に失望されてもな。

「あいつオレの傘パクってるじゃねーか。はぁ~。悪夢だ。仕方ない、走って帰るか」

「あのお客様」

 走って帰ろうとするオレを、笑顔の店員が呼び止めてきた。

「なんですか?」

「お連れ様のお品物の代金なのですが」

 下着の上下8千円。キャミソール1万8千円。帰った橘が出した金額0円。店員さんの笑顔プライスレス。

 一つ勉強になった。女の洋服って高いんだな。

                    ◆

 オレは友達が少ない。

 なぜこんなことを言うのかというと、慌てて家を出たオレは財布を忘れていたからだ。

 そうなると、誰かにお金をもってきてもらうしかない。

 しかし、そこで問題となってくるのが冒頭で話した友達が少ないということだ。

 まず、家にいる猫、ルナに持って来てもらおうとしたんだが、雨で毛並みが汚れるのが嫌と電話を切られた。はい。このバカ猫は晩飯抜き決定。

 次にゴリラこと竜に連絡を取ったのだが、電話にでなかった。後で確認を取ったところナンパの最中だったらしい。はい。エサのバナナなしとボコルの決定。

 律さんにも連絡を考えたが、ただでさえ家での橘との一件で、明日二分の一殺しが決定しているのに、橘に洋服を買ってお金がなかったなんて連絡をしたら二分の一殺しが三分の二殺しになってしまうので却下。

 他にも師匠や引きこもりの後輩、理事長などを考えたが、様々な理由でダメだった。

 改めて考えるとオレの友達や知り合いって両手で足りるんじゃ───いやいや、そんなわけない。武戦の時だってみんな声援(ヤジ)してくれるし卒業までには友達100人できるはず。……たぶん。

 そんな友達が少ないオレが、取った最終手段がこの人だった。

「ガハハッハー! なさけねーな真矢。女に服を買ってやる金もねーのかよ」

「慌てたから財布を忘れただけですよ。はぁー。絶対に馬鹿にされるから玄さんには連絡したくなかったのに」

 伊藤玄造。通称・玄さん。

 オレのもう一人の師匠で、主に戦術などの智の部分を鍛えてくれている。

 インターポール(国際警察)に勤務しており、普段は海外を飛び回っているのだが、今は日本で事件を追っているみたいだ。

「おい、真矢ちょっと付き合え。丁頼みたい話も」

「お断りします。玄さんの頼みなんて絶対にろくなことがない」

「おいおい、師匠が頼みごとなのに話を聞く前に断るなよ。それにお前、今断れる立場か?」

 うっ。痛い所をついてくるな。ってかこの人、頼みごとのためにきただろ。

「……話を聞くだけですよ」

「おお、いいぜ! 揉めたらいつもの方法で決めようや」

「話を聞くだけって言ってるでしょう。こき使う気まんまんじゃないですか」

「あ? 弟子はこき使ってなんぼだろ」

「それなら、師匠は頼り使ってなんぼです」

                    ◆

 結局、玄さんの話を聞くことになったオレは、玄さんに連れられ居酒屋に入った。

 居酒屋の中は平日の夜だっていうのに、みんながみんなビールを片手にドンちゃん騒ぎ。玄さんは慣れた足取りで店員に案内される前に勝手に席に座った。

「とりあえず、ビールだな。真矢もビールでいいか?」

「いいわけないでしょう。未成年ですよオレ」

「なんだ。オレの酒が飲めねーってのか? オレ警察だぞ」

「いや、あんた警察だろ」

 なおさらダメじゃねーか。

 そんなやり取りをしていると注文を取りに店員がやってきた。

「玄さん、オレはコーラで」

「よし。じゃあ、コークハイとビールをたのむわ」

「すいません。まずは通訳をお願いします」

 その後、オレはちゃんとコーラを注文し、玄さんはビールと数品の料理を注文した。

 数分で飲み物と料理が届き、それらを食べながら、玄さんは本題に入った。

「エンジェルって新種のドラックを知ってるか?」

「いいえ。天使ってまた安易な名前ですね」

「笑える名前だが効果が笑えねーんだよ。文字通り天国へ連れてってくれる効き目らしいんだが、体の中の神力神経を狂わせて、一時的にとはいえ能力が使えなくなるらしい」

「能力が使えなくなる? それはまたけったいな副作用ですね。……そういえば、最近能力を使ってこないチンピラに絡まれましたね」

 なるほど、昼間のあいつは能力を使ってこないと思ったら、ドラック中毒者だったのか。

「もう中毒者と会ってんのか? それなら話が早い。今は海外にもエンジェルが広まっててな。出所が日本って突き止めたはいいんだが、そこから進展しなくてな」 

 玄さんの話だと、日本のある製薬会社が怪しいとまでは突き止めたらしんだが、中々しっぽを出さないらしい。

 国際警察としては、能力を使えなくなる副作用を軍事利用する国が出てくる前に、エンジェルを撲滅したいらしい。

「で、そこでなんでオレなんです? 他に適任者が日本は沢山いると思うんですけど?」

「そう言うなよ。お前にしかできない仕事があるんだって。な。昨日会った中毒者をこれ以上出さないためにも協力してくれよ」

「ちょっと待て下さい。なんでオレがあったのが昨日って知ってるんですか? 昨日なんて一言も言ってないんですけど」

「あっ。やべ」

「あっ。やべじゃねーよ! やっぱりあんたか、昨日不良をけしかけたのは! おかげで変な女には付きまとわれるは、その不良にお礼参りされるは散々な目に合いましたよ!」

 しかもこの人、今ばれるのを承知で昨日って単語だしやがった。

 昨日の不良も含めてなんでこの人はこうオレを試すことばっかするかな。

「今の口ぶりだと、オレが不良をけしかけたって気付いてたみたいだな」

「いくら玄さんの尾行がうまいからって、二重尾行されたら流石に気がつきますよ」

 昨日は橘がオレの尾行をしていたが、その橘を玄さんが尾行していた。

 尾行がうまくても尾行の尾行は流石に気付く。

 でだ。ここで問題になってくるのが、なんで玄さんが橘を尾行していたかってことだ。

「玄さん。この際、百歩いや一万歩譲って不良をけしかけた件はいいです。その代わり一つ答えて下さい。さっき言ってた製薬会社ってどこですか?」

 その質問を待ってましたとでも言いたげ、玄さんはニヤリと笑った。

「株式会社 橘製薬会社」

                     ◆

「タイミングが良すぎるんだ」

 先ほどのくだらない雰囲気から一転、玄さんはまじめに語りだした。

「橘愛梨がランクSの能力者であるとわかったタイミングと、エンジェルが普及し始めた時期が一致してる。ランクSの能力者なんて国家レベルの怪物だ。そうそう隠しておけるものじゃない」

 ランクSの能力者は現時点確認されているのは世界で二十人程しかいなく。その全ての人物が政府によって厳重に監視されている。理由は単純で強すぎるからだ。

 一人一人が国家レベルの力を備えているランクSの能力者は、沢山の人々からなる国とは違い、個人の思考により簡単に世界のバランスを変えられる。

 言ってしまえば、この国がムカついたって理由で戦争にもなりうる。

 そんな危険な能力者である橘が、ランクSの能力者であると隠しきれた点は確かにおかしいのだが───

「考え過ぎだと思いますよ。今日橘と一緒にいましたが、悪いやつには見えませんでした」

「おっ。真矢が人を庇うなんて珍しいじゃねーか。やっぱりこれか?」

 玄さんが小指を立てながら、ゲスな笑みを浮かべる。

「……いやそういうのじゃなくて、単純にバカすぎて悪巧みができるタイプじゃないと思っただけですよ。こう見えても人を見る目はあるつもりですから」

「なんだつまんね。じゃあ、真矢は橘愛梨が完全に白だって確証を掴んで来いよ。お前のその人を見る目だって100%ではないだろ?」

「まあ、そうですすね。ここ最近、師匠選びを間違えたと思ってますし」

「ん? 善のやつのことか? 確かにあいつはまじめ過ぎる所があるからな」

「あんたのことだよ!」

 弟子にやっかい事を押し付ける師匠なんて玄さんぐらいなもんだ。

 この人は、修行時代から敵のアジトにオレを投げ込んだり、ジャングルの奥地に放置したり、勝てる相手でもないのに戦いを挑まされたりと散々な目に合わされた。

 あれ? 本当に師匠選び間違えてないかこれ?

「で! 今回のやっかい事は橘愛梨の尾行ですか? かんべんして下さいよ。男子高校生が女子高校生を尾行なんてストーカーとかに間違えられそうで嫌です」

「それだったらおっさんが女子高生を尾行の方がやべーだろ。警察なのに警察のお世話になっちまうよ」

 確かにその絵はやばいな。即通報もんだ。ん? ちょっと待てよ。

「いやいや! あんたの尾行がばれるってまずないでしょうが! 昨日の尾行だって二重尾行でやっと気付けたんですから! 押し付けようたってそうはいかねーぞ!」

「お前もばれずにできるだろうが! オレの尾行術は全てお前に叩きこんでんだ! 今じゃお前の方がばれねーだろ!」

「いやいや謙遜を。まだまだすごい尾行でしたよ。いっぱしの性犯罪者に見えましたもん」

「なんだとクソガキ!」

「やんのかクソジジイ!」

 この人とはほんとそりが合わない。律さんはオレと玄さんが日に日に似てきたと言うけれどとんでもない。こんなクソジジイに似てたまるか。

「いいかよく聞けクソガキ。今回にいたってはお前以上に適任はいねーんだよ! 弟子にしてくれって頼まれてんだろ? オレが学校での出来事を知らねーと思うなよ!」

「このストーカージジイ! 学校のことまで調べてんじゃねーよ! 通報するぞ!」

「いやー、尾行してたら驚いたぜ。誰か尾行してると思ったら真矢だったんだからな! こりゃあ面白いことになるなと確信したぜ!」

「あっ! 言った! この人言い切った! 面白いことを期待してるって言った!」

 面白いことってなんだよ! もはや本来の目的忘れてるじゃねーか!

「なぁ~、真矢君頼むよ~。弟子にしてやって身辺調査してくれるだけでいいからよ。弟子に取れば家のことからバストサイズまで丸わかりだろ?」

 い、言えない。バストサイズを知っているのと、もう軽蔑されて弟子を断られたことは。

「なんだ急に黙りこくって。ともかくお前が適任なんだよ。師匠の頼みだ。引き受けてくれるだろ?」

「話を聞くだけって約束でしょ? こっちだって暇じゃないんですよ」

「よし! じゃあ、いつもの方法で決めるか! 揉めたらゲームって約束だろ?」

 うぁ。出たよ。修行時代からの特殊ルール。

 チェス、囲碁、将棋、オセロ、トランプ、他エトセトラ。

 昔からこの人は、何かある度に自分の得意な頭脳ゲームに持ち込んできた。

 ちなみに現在の勝敗は0勝77644敗。

 この人は頭の回転だけはズバ抜けてるからな。

「た、たまには他のことにしません? 例えば男らしく殴り合いとか?」

「はぁ? もうオレがお前に武術で勝てるわけねーだろ。バカなのか?」

「そ、そんな自信満々に言われても」

「今は遊戯道具がねーからな。うーん。じゃあ、こうしよう。今からお前が紙に自分の名前を書いてそれを店内の誰かに渡せ。オレがそれを当てるからよ」

 玄さんは少年の様な眼差しで、ルールを説明してきた。

「渡されたのに渡されてないって言わせるのと、複数人に渡すのは禁止な。それだとゲームにならないからな」

「……これ完全にオレが有利なルールですけどいいんですか?」

「ん? これぐらいのハンデなきゃ勝負にならねーじゃん。じゃあオレがトイレ行ってる間に渡しとけよ」

 ムカつく台詞を残して玄さんはトイレに行ってしまった。

                      ◆

 ああは言ったがこの勝負は完全にオレが不利な勝負なはずだ。

『相手が提示してきた勝負は必敗の勝負である』

 玄さんに修行時代よく言ってきかされた言葉。

この勝負も普通に行えば必敗すだろう。

何か仕組まれている。

ならそれを逆手にとればいい。

『ただし、その必敗の理由がわかれば必勝の勝負に変わる』だったけ?

 これも玄さんに口がすっぱくなるほど聞かされた言葉だ。

 つまり、これらの言葉を教え教えられたものに対してはこの勝負は相手のイカサマ探しゲームに変わる。

 さぁ。今日こそ勝たせてもらいますよ玄さん。

 なんせ、オレの捻くれさは玄さんから学んだんですからね。

                      ◆

「じゃあ、ゲーム開始と行きますかね。さて、誰に渡したのやら」

 トイレから帰って来た玄さんは白々しく当たりを見渡しながらそんなことを言った。

 玄さんがやるイカサマで一番確率が高いのは共犯者の存在だ。

 オレが誰に渡したのかを合図で知らされたら一発アウト。

 共犯者に渡そうものなら目も当てられない。

 玄さんが何時帰ってくるかもわからないこの状況で、共犯者を探すことは不可能。

 ならその共犯者を逆手にとってやる。

渡されたのに渡されてないと言わせる。複数人に渡す。ルールはこの2点のみ。

裏を返せばそれ以外なら何をやってもオーケー。

ならあの人に渡せば問題ない。

「なんですか玄さん? ニヤニヤして」

「いや。その目は何かした目だなーと思ってな。オレの若い頃にそっくりだ」

「あれ? 今バカにされてます?」

「褒めてんだよ!」

 あっ。褒めてたんだ。てっきり最上級の侮辱かと思った。

「その捻くれた性格もオレそっくりだ。ったく。似なくていい箇所ばっか似やがって」

「師匠の育て方がいいんでね。ものすごく捻くれて折れ曲がった性格になりましたよ」

「じゃあ、この捻くれたゲームも終わりにするぞ。おい。ねーちゃん。お勘定頼むわ」

「勘定? まだオレが誰に紙を渡したか当ててないですけど?」

「いいんだよ。最初からお前が誰に渡したかなんてわかってるんだから」

 もうわかってる? 共犯者が教えたのか?

 それらしい合図を送ってるやつが店内に何人かいたが、もし共犯者が見たままを伝えたならこの勝負をオレの勝ちだ。

 しめしめと心の中で思っていると、店員がやってきた。

「おう。ありがとよ。──って1万8千円⁉ どんだけ飲んでんだお前?」

「酒と料理をガバガバ食ってたのは玄さんですよ。オレはコーラ2杯だけです」

「割り勘でいい?」

「財布忘れたからこんなことになってんだよ!」

 そうだよ。財布さえ忘れなかったらこんなことには。

 オレが後悔していると、しぶしぶ財布を出そうとしている玄さんが何事もなく言った。

「この店員だろお前が紙を渡したのは?」

「……」

「店員に渡すとは考えたが、ちと爪が甘いな」

 玄さんが勝ち誇った笑みを浮かべたので、今度はオレがニヤリと笑いながら宣言をした。

「おしいですね。実際は────」

「この店員に一時的に渡したことは知ってる」

 オレは玄さんにさいぎられ紙を渡した相手を最後まで言えなかった。

「お前はまずオレに協力者がいると考えたんだろ? そしてそれを逆手に取ろうと考えたはずだ。協力者を自分の協力者にするとは考えたな」

 玄さんはまるでオレの心を呼んだかの様に更に続ける。

「まあ実際にオレには協力者がいて、そいつがこの店員に渡したと合図を送ってくれてたんだが───なあ、真矢。ばれにくい協力者ってどんなやつだと思う?」

「やっぱり気配を隠すのがうまいやつですか?」

「自分が協力者だと気付いてないやつが協力者の場合だよ」

 くそ。ばれてる。

「でだ、このゲームはルールが2つしかない。そこでお前が着目したのは、『紙の指定がなかったこと』『譲渡を禁じていない』この2つ。実際に店員に紙は渡してたんだろ? 本人は気付かない形で」

「もういいですよ。で、オレは最終的に誰に紙を渡したんですか?」

「オレに渡したんだろ? 伝票という形で」

 玄さんは手で伝票をヒラヒラさせ、伝票の品名の中のオレの名前を指差した。

 そう、動揺する以前にオレはしっかり渡した相手を見つめていたのだ。玄さんを。

「店員と話して何かを渡すふりをして協力者にそれをわざと見せる。そこからオレかお前が会計をすれば伝票を持って店員がくる。お前は財布をもってないから、オレが伝票を持つことになるから、それを踏まえて伝票に名前を書いたんだろ?」

「はぁー。気付かれないと思ったんですがね。なんでわかったんです?」

 それを聞いた玄さんが今日一番の笑顔で言った。

「言ったろ。オレとお前は似てるって。オレもお前の立場ならそうしたからさ」

 やっぱり、師匠は師匠だな。まだ勝てなかったか。

 オレは今回の勝負で77645敗目を飾った。

                  ◆

「じゃあ、約束通り橘愛梨の監視よろしくな」

「へぃー」

「なんだよ。妙にやる気ないな」

「そりゃあ、勝負に負けて無理やりやらされるんで」

「ドンマイ! 良い事あるって!」

「ムカつくッ!」

 はぁー。明日、橘にどの面下げて会いにいけばいいんだよ。

 やっぱり弟子にしてやるよ! 却下。プライドが許さん。そして何より恥ずかしい。

 明日が憂鬱になり、どう橘に近づこうか考えながら玄さんと共に店を出ようとすると、店にいた客全員が玄さんにお礼を言ってきた。

「今日はごちそうさん!」

「うまくいったようやな」

「また、今度奢ってくれや」

 訳がわからず、玄さんの方を見ると玄さんも玄さんで。

「おう! テメーらまた頼むぜ!」

 どうゆうことだ? ───まさか!

「店全体グルか!」

「なんだ今更気付いたのか?」

「思わねーもん! こんなくだらねーことに店全体を巻き込むなんて! どうやって買収しやがった!」

「ビールを一杯奢っただけだぜ全員に」

 玄さんはヒラヒラとレシートを手で弄ぶ。

 ビールを奢る? そんな暇なかったはず。……まさか。

「はぁー。おかしいと思ったんですよね。店内に入った時みんながみんなビールを飲んでるなんて。……全員に奢ったから会計があんなに高かったのか」

 普通なら居酒屋では全員が思い思いの飲み物を注文する。

 みんながいっせいに同じ物を飲む時は、最初の乾杯の時か誰にご馳走になる時だけだ。

「オレを騙すためにそこまでしますかね?」

「ん? 昔教えなかったか? 敵を騙すならバカになれってよ」

「……言われましたね。勝負は事前準備が大切とも」

 今回、負けたオレのは悪いんじゃないバカすぎる玄さんが悪い。

「そう気を落とすなよ。負けるのは慣れてるだろ? 寝て忘れろよ」

「このやろう。はぁー。こんな時間まで連れまわしといてよく言いますね」

 気がつけばもう夜の十二時を回っていた。

 早く帰って寝よ。悪い事は寝て忘れるに限る。

 玄さんと別れ家路につこうとすると最後に玄さんが意味深なことを言ってきた

「そうだ。真矢。明日は絶対に学校に行けよ。絶対にな」

「はぁ? まあ、学生ですから学校には行きますけど。なんでです?」

「さっき言ったろ。良い事があるって。じゃあな、明日はがんばれ」

「……な、なにが起こるの? 明日?」

 オレが玄さんの言った良い事の意味を知るのに時間はかからなかった。

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