第2話 無知無能《むのうなしょうねん》

────超能力。

世界人口約七十億人、その全ての人に神様が与えたプレゼント────超能力。

人間には大なり小なり、その恩恵を受け社会は発展してきた。

しかし、発展の一方で超能力を利用した犯罪が世界で増加し、社会問題になっていた。

日本もその例外ではなく、能力犯罪が増加していた。

そこで日本政府は、超能力を子供の頃から正しく行使させようと、超能力を鍛える学校を設立させ、同時に治安維持に協力させるという政策を打ち出した。

そういった学校では、能力向上を名目に生徒同士を戦わせ、序列を付けるという方法『武戦』をしている。

能力の強さはA~Fにランク分けされ、能力を使うのに必要な力を『神力(ジン)』と呼んだ。

世界中の全ての人間が超能力を持っているのが世界のルール。

ランクにより社会の地位が大きく左右されるのが現代社会。

しかし、ルールには例外が存在する。

神様から貰えるはずだったプレゼントを貰い損ねた者。

世界でただ一人能力が存在しないという世界のバグ。

誠心高校 二年E組 神崎真矢。

存在がイレギュラーなだけでなく、存在以上にイレギュラーなのが武戦での成績だ。

───無敗。

一年生の時から公式戦無敗を誇っており、序列一位。つまり、誠心高校で最強の存在。

そんな無能で最強なアンバランスなオレが今どんな生活を送っているのかというと……現在、理事長室に呼び出され説教を受けている最中である。


「はぁー。悪夢だ」

「おいッ! 聞いてるの神崎ッ!」

「ふぁ~あ。ん? はいはい、聞いてますよ。三葉先生」

「あくびをするんじゃないわよ! まったく、こんなのが序列一位なんて世も末だわ」

オレの目の前で怒っているのは、誠心高校の理事長である、三葉優子先生。二十九歳という若さで理事長を任されている、異色のキャリアを持つ怪物だ。

「いやー、今日も荒れてますね。あっ、もしかして昨日の合コンが失敗し────」

「それ以上喋ったら、二度と口がきけなくするわよ」

 三葉先生はこの学校の理事長としての立場だけじゃなく、日本の能力者の中で十番目に強いという肩書きを持っている。三十路が迫ってきて婚期を気にしているだけのただのババアじゃないのだ。……つまり怒らせるとかなり怖い。

「はぁ~。あんたね、もう少し序列一位としての自覚を持ちなさい。序列一位───つまり、この誠心高校で最強なんだから。せめて、白髪とその濁った目をどうにかしてよね」

「体のことはどうにもならないでしょう。はぁ~。わかりました。とりあえず、着信音をロッキーのテーマに設定しときますよ」

「そういうことじゃない! いい! 序列一から十二位の生徒には捜査権と逮捕権が与えられて、許可さえとれば武器の所持だって認められるの。つまり、警察とほとんど同じ権力を与えて貰ってるの。それだけ責任のある立場なのよ」

「わかってますって。その為に、実戦に近い戦闘を行って、生徒の選別しているんでしょ。」

 オレみたいな低ランクな無能が序列に入るなんて、考えてなかったんだろうけど。

「あんたみたいな例外がいると武戦の意味が損なわれるの。せめて、試合の度にとんでもない数の武器を申請するのやめてくれない。申請すれば使えるからって、能力社会の現代に一位が武器で武装ってカッコつかないでしょ」

「仕方ないでしょ。もうオレには武器がないとやっていけないんだよ」

「そんなアルコール中毒者みたいなこと言われてもね。なになに、拳銃、短剣、防弾コート、スタンガン、催涙スプレー、閃光弾、毒針、煙幕って……ランボーなのあんた?」

「本当なら戦車を申請したい所ですよ」

 昨日だって『迅雷』の光速攻撃を紙一重で避ける際、何度チビリそうになったことか。

「そんな姿勢だから苦情がくるのよ。今回もすごい苦情の量よ。『インチキ』『ずるだ』『ペテン師』『目つきが悪い』『不細工』等々」

「おい。最後の二つただの悪口だろ」

 オレが武戦を戦った後には、必ず苦情が来る。〝無能が勝てるわけない〟と。

 この世界では能力の価値が人間の価値に直結している。

 でもまあ、仕方がないだって───。

「悪口を除いて全(・)部(・)本(・)当(・)で(・)す(・)し(・)」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。あんたはちゃんと武戦で勝ち上がってきたんでしょう」

「まあ、ほとんどマグレですけどね」

「マグレ。マグレね。マグレで日本序列十位の私が負けるとは思えないんだけど」

 誠心高校に入学するには、一定以上のランクに到達していなければならない。

当然、『 』ランクのオレはその条件を充たせていない。

 そこでオレは理事長である三葉先生にコネを使って会い、ある条件を飲んでもらった。

『あなたを倒し実力を証明できたら入学を認めてくれ』と。

「私もそこそこ強いからね。ああいう申し出を受けるのは初めてじゃなかったけど、『ただし、二回チャンスを下さい』って言われたのは初めてだったわ。しかも、一回目はボロボロになるまで蹴散らせたのに、二回目は攻撃が一発も当たらず負けるなんてね」

「勝ったて言っても、手加減してくれてる相手に、一撃攻撃を当てただけですけどね」

「無能力だっていう子供に一撃くらったら負けよ。まったく、あんたを入学させるのは本当に骨が折れたんだからね。神力が観測できれば楽だったのに、数値が不能で『 』ランクにするしかないし、能力が不明でしょ。書類作成が大変だったわ」

「その書類作成の不備が今現在、オレを苦しめてるんですけどね」

 神力が少なすぎるのと能力が観測不能なので、先生が面倒くさがって役所の人に説明をろくにせずランク記載欄を『 』で提出した。

 その後、役所をいくつか通す中の手違で、世界初『 』ランクが誕生した。

「まさか、あのまま通るとは思わなかったわ。どこかのタイミングで返ってくるかと」

「あそこでFって素直に書いてくれれば注目されなくてすんだんですけどね」

 ジト目で先生を睨みつけると、先生が誤魔化す様に弁解してきた。

「ま、まあ、入学できた上に、今じゃあ学校最強の序列一位。結果オーライね。多少、苦情があってもこれは大したもんよ!」

「先生の試験を受けてからもう一年か。色々あったなー」

 本当に色々あった。半分以上、黒歴史だけど。

「まあ、この際、苦情はどうでもいいわ。誠心高校の代表だっていう自覚をしっかりもって、ここに説教に呼ばれない様にしてくれれば」

「善処しますよ。で、今日はなんでしたっけ? 理科室から薬品を盗んだ件でしたっけ?」

「なにそれ? 初耳なんだけど。今回呼んだのは授業中の居眠りについてだけど」

「……ああ、なるほど。別件か」

 やべ。墓穴掘った。

 しばしの沈黙が場を支配した後、オレは動いた。

「さらばッ!」

「こら待てクソガキッ! 捕まえて体罰のフルコースをくらわしてやる!」

「そんなことしたらPTAが黙ってませんよ」

「PTAがなんぼのもんよ! ボコボコにしてやるから逃げるな!」

 先生がガチでオレを捕まえしようと動いて来たので、申請しておいた閃光弾を使用。

「くっ、室内で閃光弾って───もう気配がないッ! 逃げ足だけはランクAかあの野郎ッ! 次見つけたら血祭りにしてやるわ!」

 ほんと、色々申請しておいて助かった。

                     ◆

 先生から逃げる為に廊下を駆け抜け、やっと安全な所まできたので一息ついた。

「ふぅー。危ない危ない。あの人マジで人を半殺しにす――――あっ、すいません」

 先生を振り切り安心して、目の前が疎かになってしまい人とぶつかってしまった。

「おいッ! テメー! どこ見て歩いてんだブッ殺すぞ!」

「……」

「なに黙りこくってんだ。なんとか言えよ!」

 ぶつかった相手は、見たことない顔で、いかにもヤンキーって顔をしていた。

 しかし、オレは焦らなかった。なんせ見たこと事がない顔でも知り合いなのだ。

「なにやってんだよ竜」

「りゅう? 誰だそれ?」

「そんな顔の生徒はうちの学校にいない。オレを騙したいなら既存の生徒に化けるんだな」

 目の前のヤンキー面の竜は、無言になったが少しするとニヤリと笑った。

「やっぱバレたか。何? お前全校生徒の顔覚えてるのか?」

「覚えてねーよ。デタラメに言ってうちの学校にいないってカマかけただけだ」

「うぇ。性格悪」

「それ以前にお前のレベルじゃ、顔は変えられても声は変えられないだろが。……まあ、オレはお前が喋る前から気づいたけどな」

「声も精一杯変えてたんだけどなー」

 まだ、気づいてないのかこいつは。

 オレは仕方なく、竜の足元を指さして言う。

「オレを驚かせたいなら、上履きぐらい履き替えてこいよ。名前、書いてあるぞ」

「あっ。やべっ」

 竜はそう言いながら、顔をオレが知っているゴリラ顔に戻した。

「おい、顔が戻ってないぞ。それじゃあ完全にゴリラだ」

「これは自前だよ!」

「ああ、悪い悪い。ゴリラにそっくりだったんでついな。あれ? お前、ゴリラの惑星とかに出演してたこととかなかったけ?」

「ねーよッ!」

 お決まりの言い合いをしていると、やれやれと竜が昨日の試合の話をしてきた。

「まったく。人がせっかく昨日の勝利を祝いに来てやったってのによ」

「いらねーよそんなもん。これからも勝ち続けるんだ」

「なに格好つけてんだよ。昨日だってギリギリだったくせによ。はぁー、タネを知ってるこっちなんか一撃一撃が鳥肌もんだったぞ」

「安心しろ、やってるこっちはチビリそうになってた」

 オレと竜は二人揃って笑い出した。

 竜は昨日のトリックを含め、オレの秘密を知る数少ない友人の一人だ。

 入学当初からの付き合いで、顔が広さと変装能力でかなり力を貸してもらっている。

「また苦情がすごい量だったらしいな。お前も少しは正々堂々と戦えばいいのによ」

「正々堂々? バカ言うなよ。オレがそんなことしたら、一分と経たずに負ける自信があるね。そういうことは才能があるやつら同士がやってくれ」

「そうか? お前かなり体鍛えてるだろ。それだけでそこそこ戦えるんじゃないか?」

「そこそこの相手ならな。武戦に出てくるやつには通用しないよ」

 今現在、体を鍛え人間はほとんどいない。体を鍛えるより能力を鍛える方がずっと効率がいいし、役に立つからだ。体を鍛えるのは体を使う能力者か、よほどの兵だけだ。

「でもよ、律さんも言ってたぜ。真矢さんは家の道場の一番弟子だって……あッ!」

「なんだよ、いきなり大声出すなよ」

「校門で待ってますって伝言を、お前に伝えるよう律さんから頼まれてたんだったッ!」

「なんだよそんなことか。それならこれから行くよ」

「その約束したの一時間前だぞ、律さん絶対まだ待ってる!」

「それを早く言えバカ!」

 オレは竜をその場に残し、校門に向かい走り出した。

                       ◆

 かなり慌てていた。

普通なら一時間も待たされれば帰るか連絡を入れるかするだろうが、律さんの場合、律儀というか融通がきかないというか、一度決めたことや約束を決して破らない人だ。

 上級生。しかも女性を一時間以上待たせるなんて後輩としていや、男としてヤバイ。

 諦めて先に帰ってくれればいいのだが、案の定、校門で律さんはまだオレを待っていた。

 ――――天道律。

 黒く長い髪。整った顔立ち。凛とした立ち振る舞い。大和撫子を体現した様な姿。

 制服姿の律さんは、優しく微笑みながらオレに語りかけてきた。

「お待ちしてました。真矢さん」

「すいません。長い時間待たせてしまったみたいで」

「いえいえ。私が勝手に待っていただけですから」

 十人が十人振り返るであろう笑顔でそう言われると返す言葉を失うと共に、この人を待たせてしまったという罪悪感が半端ない。

「でも、ずいぶんと時間がかかりましたね。何かあったんですか?」

「い、いえ。その、理事長室にちょっと呼ばれてまして……」

「またですか」

「えーと、そのすいません」

「はぁー。いいですか真矢さん。あなたは誇りあるこの誠心高校の序列一位であり、天道流の弟子である自覚をですね―――」

 ああ、さっき聞いたばかりの話で耳にタコができそうだ。

 律さんの父親。天道善はオレの武術の師で、中学生三年から高校一年の間、オレを引き取って内弟子として鍛えてくれた。

 つまり律さんは師匠の娘であると同時に姉みたいな存在で、つまり何が言いたいかと言うと、とにかく頭が上がらない人なのだ。

 一通り、オレに対しての説教を終えた律さんは、オレに根本的な質問をしてきた。

「それで、今回はどんな内容で呼び出されたんですか?」

「その、苦情が多かったので―――うわぁ⁉ どうしたんですか律さん!」

 言葉を全部言い終わる前に、律さんは涙目でオレに抱き付いてきた。

「真矢さんは何も悪くありません! その様な苦情はただの嫉妬です!」

「は、はい。そうですね」

「そうです! 現に真矢さんは人の何倍も努力し、鍛錬を経て勝利しているんです! 他人にとやかく言われることなどありません!」

「そ、そうすっねー」

 言えない。本当は素行が悪くて呼び出されたあげく、閃光弾を投げて逃げてきたなんて絶対に。話を逸らさなくては。

「いやー、序列四位の律さんにそう言ってもらえて嬉しいです。……てっか、いい加減離してもらえません」

「離しません! 沈んでしまった真矢さんの心を癒して差し上げなければ!」

「いや、別に落ち込んでなんか――――」

「いえ! 落ち込んでいるはずです!」

「は、はい! なんか落ち込んでる様な気がしました!」

 抱きしめる力が強くなって内臓を圧迫してきたのと、律さんのやわらかい胸を押し付けられてテンパってしまい、落ち込んでることになってしまった。

 それから律さんは、三分ほどオレを抱きしめた後、満足したのかオレを離してくれた。

「名残惜しいですが、今回はこの辺りで」

「できれば、金輪際やめてもらいたいです。色んな意味で心臓に悪い」

「本当なら真矢さんから抱きしめてほしい所ですよ」

「聞いてませんね」

「真矢さん」

 律さんは、いきなり姿勢を正し丁寧に頭を下げてきた。

「昨日の試合本当にお疲れ様でした。見事な戦いに私は感銘を受けました」

「見事な戦いって。ほとんどズルみたいなもんですけどね」

「いえ。武力が足りなければ知力で。これは戦術の基本です」

「戦術っていうほど立派なものでもないですけどね。一か八かって所もありましたし」

「それでも、あの光速の攻撃を連続して躱すのは至難の業。相当な努力とお見受けします」

 まあ、二ノ宮先輩への布石と、『迅雷』を躱せる様にするのは相当骨だった。

 それをわかってくれている律さんは、オレの目を見て言う。

「真矢さん。あなたのことを卑怯と罵る人もいるでしょう。それでも、私の様にあなたの努力を、認めている人がいることを忘れないで下さい」

 昔のオレとは違い、今のオレにはオレを認めてくれる人達がいる。

「さて、それでは帰りましょうか真矢さん。道場には寄られますか?」

「そうですね。師匠にも昨日の報告をしたいですし」

「ふふっ。真矢さんと一緒に道場へ帰るには久しぶりですね」

「久しぶりって、ちょっと前まで一緒に住んでたじゃないですか」

「そのちょっとが私には永遠に感じました。今でも私は真矢さんが一人暮らしするのは、反対なんですよ」

「一人暮らしじゃないですよ。ルナがいますし」

「ほら、そうやってまた屁理屈を言う。私は真矢さんをそんな子に育てた覚えはありませんよ」

 そんな話をしながら、オレと律さんは道場に向かった。

                       ◆

「ふぅー。結局ゆっくりしちゃったな」

 最寄駅に着いた時には、もう六時をまわっていた。

 律さんと道場に行った所、あいにく師匠は留守だった。

 仕方がないので、また後日に来ようと思ったのだが、律さんに引き止められ結局二時間も滞在してしまった。

 夕食も一緒にとのことだったが、昨日の試合の疲れを理由に遠慮した。

「さて、帰るか。しかし、やっぱり慣れないなこの騒がしさには。治安も悪いし」

 オレが利用している最寄駅は、そこそこ発展しているのでかなり賑わっていた。

 誰かと待ち合わせをしている人、電話を片手に歩くサラリーマン。街中にも関わらずかくれんぼをしてるやつ、コンビニ前にたむろする若者。オロオロしながら一人で泣いている子供────ん、子供?

 流して見ていた人達から泣いている男の子へ視線を向ける。

 周りに保護者らしい人がいない所をみると、どうやら迷子みたいだ。

 男の子をスルーして通り過ぎていく人達。

「はぁー。悪夢だ。まあ、オレも警察もどきだしな。……説教されたばっかだし」

 このまま放置するわけにもいかないので、仕方なく男の子の元へ向かう。

「こんばんは。迷子かな? うわぁ⁉ 怪しい者じゃないから防犯ブザーを鳴らすのは待って! ほらこれ!」

 慌てて、懐から生徒手帳を取り出し男の子に見せる。

「グスッ。お兄ちゃん誰?」

「神崎真矢だよ。えーと、一応警察みたいなもんかな」

「うそだー。お兄ちゃんみたいな怖い人が、警察なわけないよ。それにお兄ちゃんまだ子供でしょ?」

「……こ、怖い人って。まあ、オレが警察に見えないってのは同感だけど」

 一部の学生に、捜査権などの権利が与えられていることは、まだあまり知られていない。ましてや、こんな子供が知っているはずもないか。

「まあ、悪者じゃない。君、迷子だろ? とりあえず交番にでも。ああ、そういえば名前はなんていうんだ?」

「……知らない人に付いて行ったり、名前を教えちゃダメだって、ママと先生が」

「う~ん。正論」

 オレが子供だったら、オレに付いて行くだろうか? いや、行かないだろうな。

 オレがどうしようか悩んでると、『グゥー』と男の子のお腹がなった。

「ん? お腹空いてるのか?」

「う、うん」

「じゃあ、そこのマッグでも行くか?」

「し、知らない人に付いてちゃダメだし、物もらっちゃダメ」

 なるほど、教育がしっかり行き届いてらっしゃる。

 仕方がない。

オレは男の子に気付かれない様に、自然にわざと財布を地面に落とした。

 落とした財布に気付いた男の子は、財布を拾ってオレに渡してくれた。

「はい。お兄ちゃん落としたよ」

「ああ、ありがとう。これはお礼をしなきゃダメだな」

「え? ただ、落とした物を拾っただけだよ」

「日本では物を拾ってもらったら、お礼をする法律があるんだよ。だから、気にするな」

 厳密には、警察に届けたり色々と手続きをしなきゃならないので、今回の様なケースで、謝礼が発生することはまずないのだが、子供に言い聞かせるだけなのでいいだろう。

「それに、兄ちゃんもお腹が空いてるんだが、一人じゃマッグに入りづらいんだ。一緒に来てくれたら、財布のお礼にハピハピセットをご馳走しよう」

 それを聞いた男の子は、オレのもっともらしい話に葛藤していた様だったが、空腹とハピハピセットのおもちゃの誘惑には勝てなかったのか、一緒に来てくれる様だ。

「うん! わかった!」

「よし。じゃあ行こうか。あっ。いいか。こういう例外は今回だけだから、次からは知らない人に付いて行ったらダメだぞ。ママと先生の言うことをちゃんと守るように」

「はい!」

「いい返事だ」

                    ◆

「わぁーい! ピーポー戦隊の銃だ!」

「こら、あんまり暴れるなよ浩太。ほら、遊んでないでハンバーガー食べな」

 迷子だった男の子は浩太という子で。どうやらお母さんの誕生日プレゼントを買いに、二駅隣からやって来た様なのだが、帰り方がわからなくなって迷子になってしまった様だ。

「しかし、偉いな浩太。小学校一年生でママにプレゼントか」

「うん! ママをビックリさせるんだ!」

「でも、ママに黙って出てきたのはダメだ。きっとママも心配してるぞ」

「……うん。ごめんなさい」

「わかればよろしい。帰ったらしっかりママに謝るんだぞ」

「うん!」

 この歳の子は素直でいいな。……それに比べて───。

「ねえ、お兄ちゃん。あの、お姉ちゃんもしかして困ってるんじゃない?」

「ん? ああ、あれはいいんだ。ほっとこう」

 浩太も気付いちゃったみたいだな。教育に悪いから、あんまり見てほしくないんだが。

 オレと浩太の席から十メートルぐらい離れた席で、少女が不良に絡まれているという、一昔前のヤンキー漫画の様な光景があった。

「えー! ダメだよ! 困ってる人がいたら助けなさいってピーポーレッドと、ママが言ってたよ。それに、お兄ちゃん警察なんでしょ? 助けなきゃダメだよ」

「うぅ。痛い所を突いてくるな」

「お兄ちゃんが行かないなら、僕が行って来るよ!」

「いや、待て! ピーポーレッドと浩太のママが言ってるんじゃ仕方ない。オレが行こう」

「僕も行くよ! 僕とっても強いんだよ!」

「ダメ。こういうのは警察の仕事なの。浩太はここでハンバーガーでも食べてな」

「えー! やだやだ! 僕も行く!」

 もし、浩太に怪我なんかさせたら切腹もんだし、律さんや師匠に殺される。

 でも、このままじゃ浩太が付いて来てしまいそうだ。そこでオレは浩太に条件をつけた。

「よし! じゃあ、そこにあるハピハピセットを全部食べ終わったら、一緒に戦ってくれ。食事中に立ち歩くのはお行儀が悪いなからな」

「え? わかった。急いで食べるから、それまでお兄ちゃんが悪者と戦ってて」

「ちっちっ。オレは正義の味方じゃないからな、ちゃんとは戦わないぜ」

「ん? どういうこと?」

「まあ、ゆっくり食べて待ってな」 

 普段なら助けることなんてまずないが、子供の前だし仕方ない。

                  ◆

オレがまず行ったことは、二人の仲裁に入ることだった。

「そこの二人、とりあえず落ち着────うわぁ⁉」

「なにすんだテメー!」

不良を落ち着かせようと駆け寄ると、何もない所でこけて不良に倒れかかってしまった。

その行為が不良を切れさせてしまったようだ。

「え、えーと。わざとじゃないんです。仲裁に入ろうとしただけで」

「仲裁だ? 俺がなにしてるってんだ!」

「だから、こちらの人にしつこく」

オレはここで、言葉が詰まってしまった。

ハーフらしい彼女は、長く栗色の髪、左右均一に整った顔。つり目がちの瞳は青く輝いており、制服の上からでもわかる日本人ばなれした抜群のスタイルをしていた。

不覚にも一瞬、見蕩れてしまった。

ふむ、これなら不良に絡まれても無理ないな。

「テメー! いい度胸してるじゃねーか! 一人でこの俺に挑もうなんてよ!」

「挑んでもないし。一人でもないよ」

オレはそう言うと、不良の席から十メートルほど離れた青年に手を振った。すると、その青年はこちらへ会釈を返してしてきた。

それを確認した不良は、舌打ちをしながら、口に咥えていた火の付いてない煙草を捨て、改めて、煙草を咥え人差し指を煙草に向けたが、何かを思い出したのか再び舌打ちした。

見て見ると、灰皿には吸ってもいない煙草が大量にあった。

「仲間を呼んでやがったのか」

「別に一人なんて言ってないだろ。南条亮さん」

「ッ⁉ なんでオレの名前を!」

「南条亮。武弦高校二年五組出席番号二一番」

「だからなんで知ってんだよッ!」

 南条が向かいに座るオレの胸倉を掴もうとするので、オレは座りながら上半身を少し背中に倒し、回避した。

「クソッ! 俺の思考を読んでるのか? だとしたら心読系の能力か⁉」 

「さぁ? 他にもわかるぞ。能力は発火能力だろ?」

「そ、そんなことまで」

「読みやすいな。───おっと、また胸倉を掴もうとする」

 オレの指摘に激しく動揺したか南条はそのまま手を伸ばし、胸倉を掴んできた。

「いい気になるなよ! チクショウ! 能力さえ使えればお前なんか消し炭にしてやる!」

「アホか。わざと捕まってんだよ」

「うるせーよッ! 心読能力なんて攻撃のなんの役にも───」

「はーい。ここでクイズ。今、机の下でお前の足に触れている。トリガーを引くと弾が出てくる銃みたいな物はなんでしょう? あっ。銃っていちゃった」

 オレは懐からカードを出して南条に見せ付ける。

 それを見た南条の顔が驚愕に染まる。

「じ、銃険ッ⁉ なんで学生のお前が!」

「学生で銃の所持を許されるのは、今の所一つしかないだろう」

「ま、まさか、国立高校の序列保持者か⁉」

「お。知ってるのか?」

 胸倉を掴む南条の手が緩んだので手をはじいて、拘束を解く。

 オレは最後の追い討ちをかけるために、自由になった片手で店舗の外を指さした。

「驚いてる所申し訳ないが、外を見てみろよ。マッグへじゃなくお前に客だぜ」

 入り口がガラス張りになっているので、外が見えるのだがそこには警察の姿があった。

「て、テメー! 警察を呼んでやがったな!」

「日本国民なんだから警察を呼ぶ権利ぐらいはあるだろう?」

「じ、冗談じゃね! 話が違う。オレは帰るぜ」

 そういい残すと、南条は慌てて店を出ていった。

 オレはわざとらしくため息をつく。

「はぁ~話が違うか」

 やっぱり裏があったか。だから、あんまり関わりたくなかったんだよな。

「ねぇ。あんた」

 オレが悩んでいると、終始ずっと無言だった絡まれていた少女が話しかけてきた。

「心読能力があなたの能力なの?」

「助けてもらって第一声がそれかよ」

「べ、別に頼んでないわよ! あれぐらいのやつなら私一人で」

「その割にはずいぶん怖がっていたみたいだけどな」

「う、うるさいわね! ……で、どうなのよ」

 どうして、オレの能力が気になるんだ?

とりあえずいつもの様に流すか。

「まあ、心読能力ではないな」

「嘘よ! そうじゃなきゃ、あいつの名前や能力がわかる訳ないじゃない!」

「聞いといて否定かよ。あいつの名前がわかったのはこれだよ」

 少女にオレの物じゃない生徒手帳を見せる。

「あいつの生徒手帳? いつの間に」

「最初にあいつに倒れこんだ時があっただろ。その時にな」

 現代では生徒手帳は身分証明だけじゃなく、電子通貨、通信機器、定期などの様々な役割を果たしているので、学生ならまず持っていると言っていい。

「……な、名前や学校名はこれでわかるわ。でも能力までは書いてないわよ! あんたは能力名まで言い当てたじゃない!」

「能力がわかったのは煙草だよ」

 彼女は不思議そうに首を傾げる。

「あいつ煙草を持っているのに、ライターを持っていなかった。煙草を吸う発火能力者は、ライターを持たない人が多いんだ」

「でもあいつ煙草に火を付けなかったじゃない! ライターを忘れたとか、別の能力って可能性も─────」

 少女の言葉を遮るようににオレは人差し指を彼女の唇の前に運んだ。

「あいつが煙草をくわえた時に必ず指をこうした。それは人差し指から火を出して、煙草に火を付けるために。……煙草に火を付けられなかったのは、まあ別件だろうな」

「……」

 まあ、仮に外れていたとしても問題はない。

 南条は個人情報を知られいてることにより、オレが心読能力者だと思い込んでいた。

一度付いた思い込みは中々取れない。

「……はぁー。能力がわかった理由はわかったわ。じゃあ、あんたの能力はなんなのよ?」

「さぁ? 別なんでもいいだろそんなこと」

「よくないわよ! 私は────」

「私は?」

「な、なんでもないわ」

 少女は歯切れが悪くなり、誤魔化す様に話題を変えた。

「それにしても用意がいいわね。仲間まで呼んでるなんて」

「仲間? 誰それ?」

「さっきあんたが、手を振っていた人よ。向こうも会釈してたじゃない」

「あの人、赤の他人だよ」

「だってあの人と挨拶しあっていたじゃない」

「日本人はまじめだからな。知らない人が挨拶してきたら十人中八人は会釈ぐらいしてくれる。お前もないか? 挨拶されていると思って挨拶し返したら、実は後ろの人に挨拶してただけって勘違い」

「あ、ある」

 相手が自分より多人数と勘違いしてくれたおかげで、南条はあまり暴れられなくなっていた。すぐ胸倉を掴む様なやつだ。一対一なら殴りかかってもおかしくない。

「でも、銃と警察はいくらなんでもやり過ぎじゃない?」

「銃ってこれか?」

 オレは懐に隠しておいた、おもちゃの銃を出した。

「こ、これって」

「ハピハピセットの③のおもちゃ。ピーポー戦隊の銃だ。浩太に借りたんだよね」

「はぁ⁉」

 見えない場所だとはいえ、普通、銃を突きつけられたなら偽者と疑うだろうが、銃険を見せた場合には、意味合いが大きく変わってくる。

 こいつは銃を持っている。攻撃手段に銃があると勝手に思い込む。

「じ、じゃあ、警察は? 警察はどうやって呼んだの?」

「その理由はこいつだよ」

 食べ終わったのか、浩太が走って俺の元にやってきた。

「お兄ちゃんすごいね! あの人慌てて逃げちゃったよ!」

「ああ、浩太の銃のおかげだよ」

「僕の銃で⁉ すごい!」

 浩太に銃を返すと、再び少女に話を始めた。

「オレは迷子のこの子を保護してたんだ。だから、最寄の交番に連絡してこの子を引き取ってもらおうと思って警察官を呼んだだけだ」

「じゃあ、これも私や不良が勝手に思い込んでただけ?」

「勝手にじゃないな。オレがそう思い込む様に少し誘導しただけだ」

「あ、あんた何者よ」

「そうそう、それ。そのセリフが聞きたかった」

「はぁ? どういうこと?」

 この少女は今までオレに様々質問をしてきたが、本来なら一番初めに聞かなければならない、肝心な質問をオレにしていない。

「『お前は誰だ』これをオレに聞いてないぞ」

 この質問を最初にしないのは二つのケースだけ。

 一つ、オレにまったく興味がない。

二つ、すでにオレのことを知っている。

真っ先にオレの能力のことについて聞いてきたということは、後者だろう。

本当はもう少し追求したかったが、丁度、警察官がオレを尋ねてきた。

「ご苦労様です。神崎さんでよろしいでしょうか?」

「そうです。わざわざご足労頂いてすいません」

 浩太を警察官に引き渡そうとすると、浩太はオレの袖を掴んで離れようとしなかった。

 まあ、そうだろう。いきなり警察官がきたらビックリしちゃうもんな。

「自分も同行させて頂いていいですか? その方が浩太も安心できると思いますし」

「それはこちらとしても助かりますが、お話中じゃないのですか?」

「大丈夫です。話すことは終わってますので」

 オレは浩太を連れて、警察官と共に出口へ向かう。

 店舗から出る前にオレは一つ少女に忠告をする。

「あ、そうそう。オレとかくれんぼしたいなら、もう少しうまく隠れろよな」

「……気付いてたの」

 少女は駅からオレを尾行していたのだ。

 目的はなんなのかはわからないけど。

「じゃあな。もう知ってるらしいから言う必要はないかもしれんが、オレの名前は神崎真矢だ。お前の名前はいいよ。もう、会うことはないだろうしな」

                  ◆

オレはこの時、この少女とはもう会わないし、名前など知る必要もないと思っていた。

しかし、オレは次の日の朝にはこの少女の名前を知ることになる。

                   ◆

 これがオレと橘愛梨の出会い。

 この時のオレは思いもしなかった。

 愛梨がオレの弟子になることも。

 愛梨がオレを倒し、誠心高校序列一位になることも。

 愛梨との戦いがオレにとって最後の敗北となることも。

 でもまあ、それはまだ少し先の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る