46話 鋼鉄の楔/命に執着を

 寒い、まどろみ。声が、聞こえる……。


『第6皇女、桜花です。この機におきまして、兄、大和紫遠の代行として、皆様のお耳を拝借いたします』


 妙に、騒がしい……眠れない。なんか、声が、する。


『今日と言うこの日から丁度30年、遡ったその日こそ、この大和の地に、平和が――』


 難しい話だ。いや、退屈?聞き覚えのある声な、気がする。そんな声が耳元で聞こえる。けれど、知らない、奴だろう。

 騒がしい。うるさい。……よく喋る。そういう、奴が、居た覚えはあるけど、そいつが言ってると、思えない。


 退屈な話が続いている。なんだ、これ。幻聴?……通信?広域の?

 帝国の、基地。動力も生きてたから。でも、うるさいばっかりで、ずっと続いて……。


『………私は、無事です。生きています』


 つねられたような気がした。妙に、拗ねた様に。

 やっぱり幻聴か………意識が、混濁して………。


『私は………多種族同盟連合軍の基地にいました。だから、なんというか………この式典って意味ありますか?』


 また、なんだか、難しい話が始まった気がする。学がないんだ。学校なんて行ってない。いや、軍事なら、勉強は、させられたし、それをちょっと教えた事もあるが……。


『もしも、竜がいなくなったら、またオニと戦争をする。この休戦は、そういう意味ですよね?だったら尚の事、ここで、ヒトだけで、好き勝手に仮初の平和を祝う事に何の意味があるんでしょうか?同時に、同じ場所で祝い、停戦に話を進めるのが、あるべき姿ではないでしょうか?』


 難しい話、だ。多分、血が、流れすぎて、そう感じるだけだろう。頭が回ってないだけ。

 難しい話を、知った声が………なんだか、難しい話だった気がするのに、言いそうなことな気がしてくる。


『私は……多種族同盟連合軍の基地に、オニの皆さんにお世話になっていました。竜に襲われた帝国の基地から逃がしてもらえて、近かったから、オニの人達の基地に行って。そこで暫く暮らしてました。良い人達でしたよ。親切で………ヒトだからって私に石を投げるような人達ではなかったです。感謝しています。本当に』


 あいつは、傲慢だったから。

 状況に抗わず、流されっぱなしに見えて……結局アイツは全部自分の物差しで物事を見て、振舞っていた。自分の行動を自分で決め続けていた。上手く行かなかったとしても、何かをしようとはし続けていた。


『……勿論、色々と、大変な事もありました。皇女なんて、ほら……扱いやすいですし。交渉のカードにされたりもありました。でも、それは、帝国に帰ってからもそんなに変わってません。私が何かをしようとしても、大体、話は私の頭の上を通り過ぎていくだけです。……さっき読んでた原稿だって、そんな感じです』


 他人の事も状況の事も、案外良く見えていて、確かにそこに沿うように振舞ってはいたが……なんだかちょっとずれている。聡い天然はああなるのか?


『……誰も、恨んでません。一瞬がっかりしたり、カッとしたり、その位は思います。でも、振り返ると、皆しょうがなかったのかなって。そんな風に思います。桜花を、皇女をカードとして使うのが、その都度、最適解だっただけでしょうし。今こうして話を聞いてもらってる私だって、皇女である事を利用して、好き勝手言ってますし』


『今が、なのも、その仕方のないことの一つなのかな、とは思います。でも、こうも思うんです。休戦じゃなくて、もっとちゃんと、仲良くなっていたら………傷つかないで良い人もいたんじゃないかって』


『戦場に、立ったことはありません。でも、そこで看護師の真似事みたいなことをしたことはあります。あれは……ああならないで済む道があったのなら、その可能性を押してまで大人の事情で休戦のままで、そのせいで流れた血が、流れずに済む血があったのであれば………この式典に意味はないと思います。祝うべきではないと、不謹慎だと思います』


 ……なんだか、笑えてくる。

 これ、休戦式典の演説なんだろ?否定してどうするんだ、………桜。

 笑い声が聞こえる。俺の声だ。確かに、俺は笑っている。

 ………笑う体力は残ってるみたいだな。


『―――今も、戦っている人達が居るそうです。確かに、他の種族です。オニやエルフ、ドワーフの人達です。でも、戦っている相手は竜です。帝国軍の第3基地で……』


 ばれてるな。怒るか?ほっといてって。……そもそも、怒られても良いって思いながら、来たんだったか?俺も、桜の様に、傲慢に……。


『……多分、私がお世話になった人達です。何一つ恩返しが出来ないままに、さよならも言えていない、そんな人達が、こんな、式典をやっている間に………』


『停戦なら。ちゃんと、仲良くなっていたのなら。そもそも、帝国の基地なのに。どうして、……どうして、帝国軍は動かないんでしょうか。その理由が休戦なら、こんな式典、しなければ良いのに。……どちらにせよ、私が直接、何かをできるわけではないんですが……』


『私には、何もできる事はありません。ここで、馬鹿みたいに、脈絡なく話す事しかできない。信じることのほかには、何もできません』


 何も出来ない訳じゃない。全部全部が上手く行く事はないだろう。けど、何もかも上手く行かないわけじゃないんだ。

 なんて、俺の、今のこの様で言える台詞じゃないな。

 ……行動で示そう。その方が早いだろ?


『……生きていて欲しい。生きて、また会いたい。心の底から、そう思います。心配をかけた人を、安心させてあげたいと』


 願いは同じだ。寝ぼけてる場合じゃない。身体中の痛みに意識を集中すればほら、イカレた馬鹿は動き出す。動くだろう?動け、………目の前の数字が、自爆のカウントダウンが終わる前に。まだ時間はある。まだ時間はある。死に装束を脱ぎ捨てて。帰ろう、馬鹿みたいに。生き恥をさらそう。どうせ俺も、恥はさらし切ってる。


『………私は、無事です。生きています。そう、お世話になった人達に、種族なんて関係なく、私は伝えたいです。伝わる事を、伝わらなくても良いから、また、生きて……』


 身体が、動く。意識を、手繰り寄せる。状況を認識する。

 目の前に<ゲート>。ここは帝国軍第3基地の奥深く。自爆装置を起動した上で撤退するのが現状の更新された戦術目標。後は………帰るだけで良い。


 聞こえている声は、帝国の公式放送だろう。休戦記念式典か?皇族の声、だ。帝国中にオープンにばら撒かれてる。帝国の基地が拾ったそれに“夜汰鴉”のチャンネルがあったのか?操作した覚えはないが……この鎧、若干、勝手に動くしな。

 勝手も何も、俺がオニの力で操作してるだけなんだろうが……もう、どちらでも良い。


 俺の分身なら、俺の代わりにここで死んでくれ。


 “夜汰鴉”を脱ごうとする。が……よく考えたら杭が貫通してたな。抜かないと脱げない。なんてシンプルな困難だろうか。女々しい馬鹿にお似合いだ。

 抜いたら出血が止まらなくなるが……もうどっちにしろ流れるだけ流れてる。今ここで寝て死ぬか、僅かでも生き延びられる可能性に縋るかなら、……選択肢はない。


『……帰って来て欲しい。それだけを、願っています』


 桜が、そう言っていた。だから、


「わかった、」


 そう、呟いて、俺は、俺に突き刺さっていた杭を―――。


「あああああああああああああああああああああ、」


 イタイイタイイタイ痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――。

 ……痛みの分だけ、意識が、はっきりしてくる。ああ、ポジティブに行こう……。

 後何本だ?数えるのも面倒だ。


 刺さっていた杭を全部抜く。身体中傷だらけだがまだ死んでない。痛いが、痛いからこそ意識がはっきりしてる。痛くて気を失って痛くて気が付いてって永遠やってたらもう杭がなくなった。よし………まだ、俺は生きてるぞ。


 這い出るように、“夜汰鴉”から出る。ずっと使ってきた黒い鎧死装束から。


 改めてみると、ボロボロだ。よくまだ中身が生きてるもんだ。だが、生きてる。そう生きてるんだ。生きてるなら、帰らないとな。


「……世話になった、」


 そんな事を嘯いて。

 いつ、投げたのか落としたのか、黒いトカゲの死体の最中、そこに落ちていた野太刀へと歩み寄る。

 杖にでもしよう、いつの間にか折れてて丁度良い長さになってる。

 そう、思ったが、拾い上げたところで、背後でドサッと音がした。


 振り返ったら竜が居る。今、<ゲート>から出て来たらしい。いや、生えてきた、なのか?

 肝心なトコ見損ねたな。……かなりどうでも良いが。


 とにかく、そこにいるのはただのザコだ。単眼を方々に向けて、やがてその視線が俺を向く。


 “夜汰鴉”の方は見向きもしない。……自爆前に“夜汰鴉”が壊れる心配はしなくて良さそうだな。……とか、考えている間に竜が遊んで殺して欲しそうに駆け寄ってくる。


 俺の手には、折れているとはいえ野太刀がある。

 だから、……やる事は一つだ。


 目の前で竜の首が跳んでいく。

 竜の尾が、俺の頬を掠める。かわしたって言うか、野太刀振ろうとしてふらついた結果だな。

 ………今、俺、また死に掛けたか?幸運なのか不運なのかわからない。まったく、


「やってられないな、」


 そんな事を呟いて、身体にこびり付いてるのが返り血なのか自分の血なのかもどうでも良い気分で、崩れ落ちる竜を見向きもせず、俺は、出口へと歩き出した。


 意識が飛びそうになる。

 歩くだけでずいぶん億劫だ。

 だが、倒れる訳には行かない。俺は、死なない。桜にまた会うまで、いや、その後も。


 俺は死なない。


 そう言い聞かせながら歩く。

 気色悪い模様の入った道を。

 暫く歩くと、開けた場所に出た。


 そこら中血と竜の死骸で真っ赤な場所。基地の動力が目の前にある。

 最後に俺の背を押した目を思い出した。その、派手な背中を。


 ……扇奈は何処だ?あいつは、死なない。死ぬわけがない。派手な背中を、捜す。絶対に生きている。

 死体がたくさんある。トカゲの死体が。一人で何匹やったんだ?あいつも十分化け物のはずだ。トカゲに殺される奴じゃない。俺に心配できるような女じゃないだろう?


 探して、探して、探して。


 ………見つけた。

 トカゲの死体が重なる通路。

 その壁に寄りかかる様に、寄りかかったまま崩れ落ちたように、倒れてる。

 真っ赤だ。返り血で真っ赤なのに、体中に大きな傷が見える。眠るように、目を閉じている。

 息遣いが聞こえる。まだ、生きている……。


 俺は、扇奈に歩み寄り、屈もうとして膝が崩れて転び、竜の死骸やら血やらがその辺に撒き散らされ、だがどうにか起き上がり、死んだ様に眠る扇奈の頬を、叩いた。


「う、……」


 僅かに呻く。鬱陶しそうに首が動き髪が流れ、億劫そうに開いた瞼の奥の目が俺を映し……扇奈は嗤った。


「驚いた……亡霊が見えるよ。あたしは、……ずいぶん惚れてたんだねぇ」

「……聞かなかった事にしておく」

「はは……。そう照れんなよ、色男。勲章だろ?引っかいてやろうか?」


 そう嗤って、扇奈は、冗談なのか本気なのか、俺へと手を伸ばしてくる。

 その手を、俺は掴んだ。


「その元気があるなら、問題なさそうだな……」


 本当に亡霊やら幻覚やらとでも思っていたのか、扇奈は目を丸めて……それから、今度こそ、笑った。


 来た時はあっという間だった道。と、言うより、竜が多すぎて長さまで気が回らなかった道を、肩を貸しあいながら、歩いていく。

 トカゲの死体だらけの、竜の巣窟を、ゆっくり、どうにか。


「……正直、ね。ビビッてたよ。大見得切った割りに、さ。また、あたしだけ残るのか、って。また死にそびれんのか、って、」

「俺も、似たようなもんだ」


 呻くような俺の呟きに、呻くように、扇奈は笑った。


「……お互い、運が良いのか、悪いのか、ねぇ……」

「悪運ばっかりだな」


 俺も、笑う。

 そうやって、うわごとの様に話しながら。

 俺は、扇奈は、一歩ごとに血と思考と命を流して落としながら、ゆっくりと、出口へ歩んでいく……。


「桜の演説が聞こえたんだ……だから、俺はまだ死ねない」

「ハハ……へえ……愛の力かい?」

「通信設備が、生きてたんだろう。基地のな」

「なんだい。そいつは、また、夢のない話だねぇ……」

「世の中、そんなもんだろ……」


 何を喋っているのか、わかるようでわからない。気力で、歩く。

 俺は大丈夫だ。生きている。生きて帰れる。そう、言い聞かせながら。


 だが、やっぱりまだ頭は回ってなかったらしい。

 そういや、俺達落ちてきたんだ。生身で、この傷で、どうやって昇れば良い?


 外の明かりが、曇り空が見えて……それが頭上高くからで、生身で上れる高さじゃない事に、辿り着いてから気付いて――。


 転んだ。パシャリと血が。


 俺が転んだのか、扇奈が転んだのかわからない。外は見えてるのに……。

 ここまで来て……体が動かない。

 倒れこんで、仰向けに、辛うじてなった先、体がまったく言う事を聞かなかった。


「扇奈?まだ、生きてるよな?」


 わからない。

 扇奈の返事がなかったのか。

 それとも、俺の声が出ていないのか。

 耳も目もどこか薄ぼんやりと遠く………。


 意識が途切れる………曇り空を見上げたまま。


 

 たまに、意識が戻る。一瞬だけ何かが見える。

 坊主、とか、姐さん、とか声。浮いてる?……金属のプレートに、俺も扇奈も乗ってる。そのまま、浮いてる。浮き上がってる。曇り空、近く。穴の隅から覗き込む。エルフ。女。口が動いている。なんだ、オマエ馬鹿しか言えないのか?とにかく、ピックアップ?あいつ、やっぱ何でもありだな……。

 思ったのか呟いたのか。

 横で扇奈が笑った気がした。なんだ、くたばってないじゃないか。しぶといなぁ……フ、


 笑って。

 途切れて。


 外。

 周りで味方が戦ってる。

 竜がたくさん、だが統率はない。突破できる数。この基地から出て行く竜も居る。味方に運ばれて。それを見ながら。


 断絶。

 浮上。


 ……曇り空に、鴉が飛んでいた。

 鋼鉄の鴉が、何羽か。


 いや、アレは、鴉じゃなくて………爆撃機だ。編隊を組んだ、爆撃機。

 竜を制圧する、帝国の、戦術プラン。

 まず、面制圧で、大雑把に数を減らす。


 トカゲごと。

 ………俺達ごと?



 そう、思っても、もう、できることは何もなかった。


 夜汰鴉の自爆装置がゼロになる―――基地の動力が誘爆。したんだろう。

 俺達がさっきまで居た大穴から、爆炎が吹き昇って。

 同時に、空から、幾つもの爆弾の雨が―――――。






 ……これ以上、寒い思いはしなくて済みそうだな。




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