36話 別れの日々/沈む日/おぼろげに帰路へ

 目の前に、漸く道が出来たのか。

 霧が晴れた、そんな気分なのか。


 ………いや、結局、実感がないことは確かだ。報せを聞いても、どこか、どこかが空虚なまま。ぼやけた報せを聞いただけで、聞かされたから、それに即した行動をただ取っているだけのような……。


 まだ、俺は、他人に言われるままに動いているだけなのかもしれない。

 目の前にあるすべき事を順番に片付けている、ただそれだけのことなのかもしれない。


 これまで、失ったモノが帰って来たことは無いのだ。だから、喜ぶに喜びきれず、けれど確かに、前よりは楽になったような、そんな気がしながら、どこか腑に落ちないような気分もあって………あっという間に、その後の数日は流れていった。



 *



 書類ばかりが積み上がった、執務室。

 その片隅で、鋼也は、ドワーフ達から借り受けたプロジェクターに、“夜汰鴉”から抽出した情報を投影する。


 壁に描き出されたのは、巨大な、の図面だ。


「……帝国軍第3基地。少なくとも、俺が暮らしてた頃の設備位置は、これだ」


 そう言って、懐かしい――今は竜の巣になっているらしいその図面を眺めた末に、鋼也は、その場所にいるもう一人――老齢のオニ、将羅に視線を向ける。


「解説は?いるか?」

「可能な限り頼む」


 将羅の言葉に頷き、鋼也は、かって知ったる我が家の構造に対する説明を始める。


「基本的には、地下に主要施設が固まってる。材料を運んできてわざわざ高い塔を建てるよりも、穴掘って拡張した方が早いし楽、って言うのが、地下ばっかの理由だろう。防衛上の利点は、引きこもれることだな。最悪、地下に引きこもって地上のトカゲは全部空爆で焼き払えば良い。地上構造物は3階程度で、重要なのは………」


 鋼也は、説明を続けていた。

 客員技術協力員。その役職名に直接似合いそうなことをしたのは、こうして、去る事になって初めてだ、そんな風に思いながら。


 *


 深手から目覚め、扇奈から桜が生きている、と聞かされて数日。

 鋼也は、事務的な意味で、忙しかった。

 理由は単純だ。

 <ゲート>が、どうやら帝国軍第3基地………鋼也が桜をつれて後にした、あの場所にあるらしい、ただそれだけだ。


 将羅も、他の誰も、その<ゲート>攻略戦に加われと、鋼也に言う事は無かった。

 変わりに、可能な限り情報を提供しろ、とそう命じられた。

 この間戦った黒い竜の情報。

 そして、第3基地に関する情報。


 帝国軍の防衛設備の情報だ。間違いなく機密ではある。だが、………結局、鋼也はそこまで帝国に思い入れは無かったのだろう。世話になったこの場所の人間、の方が、鋼也には大事だったのだ。兵士としては失格だろうが、情報を渡す事に一切抵抗は無かった。


 出来れば、その攻略戦に加わりたいと、そう、心のどこかで願ってもいる。

 だが、同時に、桜が生きているなら、これ以上この場に留まらず、早く顔を見にも行きたいとも思う。

 どちらも、本音だ。

 忙しさにかまけ、深く考えないまま………鋼也は、決断せず流れるままに、こうして、事務仕事ばかりをこなしていた。


 *



「………現有戦力で、ゲートの攻略戦をするのか?」


 あらかた説明を終えた後になって、鋼也は、思慮深い目をした老人に、そう問いを投げた。


「その予定だ」

「増員は?……この間の防衛戦の後、戦力は補填されてないんじゃないのか?」

「こちらも一枚岩ではない。オニは気長で、祭りが好きだ」


 珍しく冗談めかすような風情で、将羅は応える。


「祭り?」

「休戦記念の式典がある。帝国でも、おそらくやっているだろう?」

「休戦記念日………」


 それが存在すること自体は知っていた。

 ただ、正確な日付まで……鋼也は興味が無かったのだ。


 オニとヒトの間での戦争が、終わるわけではなくともその兆しが見えた、とそう示す式典。帝国でもオニの国でも、近いうちにそれは催されるのだろう。軍事パレードのようなものだ。


 中立地帯で共同開催、とまで行っていないのは、間に今鋼也が居るこの場所のような竜の住処があり、中立地帯が全て交戦区域になっているから。

 ただ、同日には開催されるはずだ。

 ………問題は、


「そんなパレードの為に、ゲート攻略の兵員を出し渋るのか?」

「本国の連中は、平和ボケが過ぎるんだ。休戦の相手の方が動かしやすいほどにな」


 革命軍を動かした件……将羅は、わびようと言う気はさらさら無いらしい。

 結果的に、この老人はこの老人で、状況の中で最善をつくしていただけなのだろう。

 そんな、同情的な感想が浮かぶのは、まだ鋼也の激情が遠いからか、それとも、桜が生きていると聞いて、緩い安堵の中にいるからなのか。


 何かもが、どこか、遠い。

 そんな抽象的な感傷を抱きながらも、鋼也は将羅へと提案をしかける。


「もし、戦力が足りないなら、俺も………」

「お前は信用できる戦力ではない」


 叱責に似た、子供に言い聞かせるような雰囲気をにおわせながら、将羅は鋼也の言葉を遮った。


 扇奈と言い、この爺と言い、俺はオニからすると、随分ガキに見えるらしい。そんな事を思いながら、鋼也は問いを重ねる。


「片目が見えないからか?」

「いや………」


 将羅はそこで言葉を切り……やがて、冗談めかすようにこう言った。


「………脅す材料が見当たらない」


 趣味の悪い冗談だ。笑えない、と鋼也は文句を口にする。


「脅されないとまともに働かないと思ってるのか?」

「ヒトとオニは、休戦状態だ。……敵である事に違いはない」

「……今更それを言うのか?」

「事実は事実だ」

「……竜が共通の敵だって事も、事実なんじゃないのか?」


 熱は無くも確かに食いかかっていく鋼也を、将羅は、常の暗さが薄い、ただ年月を感じさせる目で眺め、問いを投げる。


「志願するというなら、使ってやらないことも無い。祖国の女を置いてここの為に戦うのか?」

「…………」


 的確な問いかけに、鋼也は、応えられなかった。

 ……未だ、内心迷いがあるのだろうか。

 何に迷っているのかも、鋼也は自分でこう、と言い切れない。

 桜に会いたいのは間違いない。

 だが、このまま、世話になった相手が戦うと言うのに、それを放置していくのは、気分が悪い。


 若さ、かもしれない。将羅は、問いを重ねた。


「駿河鋼也少尉。君は、そもそも志願兵か?それとも、徴兵されたのか?」

「…………」


 あるいは、この老兵は、かつて鋼也と同じような悩みを持った事があるのか。

 そう思えてくるほどに、将羅は的確に、鋼也の内心を明文化した。


「戦わない選択肢がある。扇奈はそれを望んだ。おそらく、藤宮桜も、それを望んでいる。その上で、選択するのはお前だが………悩む位なら帰ってやれ」


 戦わない選択肢。

 鋼也が迷って、いや、戸惑っている理由は、それなのだろう。


 無かったのだ。戦わなくて良い、と、そう言われた事が。

 物心ついた頃には孤児院で、笑顔で軍へと送り出され、その後は実戦ばかり。


 戦闘経験は豊富だ。年齢からはありえないほどのベテランだろう。

 だが、……そうなる過程で、そうならない可能性に出会った事が無かった。

 それに、今、初めて出会った。

 

 戦わずに、幸福を得られるのか。

 そもそも、幸福を得る為に戦っていたのか?

 他にする事が無かったから、それこそ日常の雑務と同じ感覚で、命を賭けていた。

 それが当然だったのだ。だから、今更そんな青い問いに戸惑う事になる。

 ……何の為に戦うのか。


 将羅は、また、冗談めかして言う。


「……ガキ。帝国に居場所がなかったら、あの娘を連れてこちらに逃げて来い。人質持参の経験豊富な兵士なら、使わない手はない」


 その言葉に今度こそ……僅かではあるが、鋼也は笑った。


「………おかしい。妙にあんたが良い奴に見える」

「敵兵をかくまうのは、決まって親切な老人だ」

「割りに働かされた気がするけどな」

「薪割りぐらいはやらせる」

「偉く危険な薪割りだったな……」


 案外、この老人は話し好きだったのか。

 そんな事を思った鋼也へと、老兵は笑みを消し、老兵然とねぎらった。


「良く働いた、駿河鋼也。貴殿の武勇に感謝する」


 感謝されたくて戦っていたわけではない。そう、鋼也はすぐに思った。けれど、なら、なんの為に?

 ………鋼也の中に、その答えは見つからなかった。



 *



 プレハブ小屋。

 桜と過ごしたその場所で、この数日の鋼也は過ごしていた。

 光陰矢のごとし、感慨を抱く暇も無く事務に追われ、それも、つい先ほど終わりが来た。

 伝えるべき情報は伝えた。鋼也がこの基地を去るための準備も、イワンがしているらしい。それが終わり次第、鋼也はこの基地を後にする。


 プレハブ小屋を眺める。……特に、何があるわけでも無い。

 ここで、どのくらい暮らしていたのか……そんな事を思った。ストーブを囲んで桜に教えたことは、結局役に経ったのかどうか、とか。


 去る準備は出来ている。荷物はもう、まとめてあった。

 そもそも、まとめるほどに荷物があるわけでも無い。


 鞄一つすら必要ない程度の荷物。

 写真が一枚。ドッグタグがいくつか。それだけだ。


 思い起こす。最初に知性体にあった時。あの、“夜汰鴉”のパーツ探しの時に、親衛隊から回収しておいた、ドッグタグ。


 もってかえる必要があるのは、それくらいだろう。後は、“夜汰鴉”位か。

 一番重要なは、どうも先に帰ったらしいから、帰り道は気楽なものだ。


 そんな事を思ってみて、戻れば桜に会えると、写真を引き出してみても、……いまいち実感が沸かない。


「……生きてる、か」


 鋼也は、荷物を元に戻してから、立ち上がった。

 去るなら、その前に、挨拶はしておこうと思ったのだ。


 *



 鋼也は、特に宛ても無く、その基地の中をふらついた。そこらにいるオニは、鋼也を見ても特にいやな顔もせず、中には声をかけてくる者もいる。戦域4-4の生き残り、やら、他にも。


 こうして、何も考えずふらつけるとは、この基地に来た当初、軟禁されていた頃は思いも寄らなかっただろう。それだけ、鋼也は、この場所に馴染んだ、という事だ。


 冬の枯れ木がいくつかある、和風に近代が入り混じったような基地。

 考え様によっては、これはこれで綺麗な景色かもしれない。何処となく寂寥と退廃が滲むような、景色。

 帰って、桜と共にまた訪れるのも良い………そんな思考に浸りきれないのは、<ゲート>の件が頭を過ぎるからだろう。


 全てに、喪失の可能性がある。そう、鋼也は、人生全てを使って刷り込まれている。

 世話になった人間が、次の瞬間いなくなる可能性……。


「思い出めぐりか?」


 不意に、鋼也はそう声を掛けられた。

 視線を向ける先に、エルフがいる。エルフの男、あの、クソ女アイリスの兄。

 リチャードだ。


「……挨拶しておこうと思っただけだ。扇奈がどこにいるか、知らないか?」

「任務に出ている」

「……そうか」


 この数日、扇奈とは顔を合わせていない。それこそ、桜が生きていると聞かされて以来、会っていないだろう。

 避けられている気はする。避けられている理由も、思いあがりのようなそれも、一応、心当たりはある。……ずいぶん、気に入られていたらしい。


 だが、だとしても、この場所で一番世話になったのは、扇奈だ。去る前に挨拶ぐらいはしておきたかった。


 そんな思考を読み解いたかのように、リチャードは声を投げた。


「会って何を話す気だ?傷口抉るのは止めてやれ」

「……お前、」


 ……そういうことを言う奴だったのか。半分呆れたような視線を向けた鋼也を前に、神経質な顔つきのエルフは、それこそ妹と同じく気取った様子で、肩を竦めた。


「と、アイリスが言ってる」


 その言葉の真偽は置いておいて、……鋼也は呆れたような気分と共に、別の問いを投げる。


「……お前の妹の方は?」

「そちらも任務だ」


 ……アイリスも、竜の掃討に出ている?扇奈とアイリス、両方が、となると……この近辺の竜の数はまた増しているのかもしれない。


「竜が……そこまで?」


 問いかけた鋼也を、どこか馬鹿にしたように眺めながら、リチャードは言った。


「一時的に戦域の安全度を確実にしておきたい理由が、今目の前でふらついてる」

「帰り道の世話までされてるのか………」


 どうも、そう言う事らしい。

 鋼也が無事に帝国へと帰りつける様に、現れる竜を速やかに排除している、と言う事のようだ。

 もしくは、単純に両方に避けられているだけかもしれないが、それでも鋼也の帰り道の安全、を確保していることは間違いないだろう。


 まったく。こうなってみると、この基地には親切なやつしかいない。

 そんな事を思いながら、鋼也は、言った。


「……世話になったな」

「伝えておく」

「兄の方に言ったんだ」


 その言葉に、リチャードは澄まし顔で肩を竦めた。

 その様子を鼻で笑って、鋼也は続ける。


「……俺の事避けてる奴らにも伝えといてくれ」


 酷く、曖昧な気分だった。

 自分が戦場にいない事が。

 こうして、誰かが戦っているその瞬間に、談笑している事が。



 *



 本当にこれで良いのか。

 その問いは、脳裏を過ぎり続ける。

 こうして、笑って送り出されて良いのか。

 戦わなくて良いのか。


 結論がでないままに、また数日、ただ流されるばかりように………、鋼也はその、別れの日に辿り着いていた。



 *



 足しげく通っていた、なんならこの一ヶ月ほぼ住み着いてもいた整備場の横に、トレーラがある。

 鋼也がこの基地に対してした貢献に対する報酬、だ。帝国へと帰るための、足。当初の契約どおりの品が、今更になって提供された。

 夕陽の中にあるトレーラ。その横に、髭面の小男が立っていた。


「よう、坊主。トレーラはばっちり整備しといた。“夜汰鴉”もな。ばっちり。ここに乗ってる」

「…………」


 イワンを前に、鋼也は僅かに目を逸らす。

 その様子に、イワンが眉を顰めた。


「どうした?嬉しそうじゃねえな。……おっさんじゃ見送りに華がないか?贅沢な悩みだな、おい」


 その軽口に、鋼也は肩を竦めた。


「……あんたは、変わらないな」

「もう若くねえし。人間固まったらこうなるんだよ。……で?なんで喜んでねえんだ?嬢ちゃんが生きてたんだろ?これ以上はねえじゃねえか」

「………嬉しくない訳じゃない。ただ、実感がわかないんだ。何もかも」

「そういうもんだろ」


 そういうもん、なのか?

 鋼也には、わからなかった。わからないままに、戸惑いを口にする。


「……戦わなくて良い、って、そういう選択肢が現実的だった事がないんだ」

「なら、なおさら帰れよ。さっさと嬢ちゃんに会って一発ヤれ」

「お前………」


 あんまりな言い様に眉を顰めた鋼也に、イワンは開き直った様子で言う。


「そういう単純な生き物だろ、坊主。で、安心してゆっくりして、その後趣味でも何でも探したら良いさ」


 趣味でも何でも。

 この間、落としどころの話をしたことを思い出した。

 ……夜汰鴉の整備まで含めて、この髭面のおっさんにも、なんだかんだ鋼也は、かなり面倒を見てもらっていたような、そんな気がした。


「……アンタにも世話になったな」

「趣味だ。FPAいじれて面白かったぜ?」

「ホント、親切な奴ばっかだな……」


 そんなだからだろう。

 後ろ髪引かれる思いなのは。

 寂しいと思えるのは、……それだけ良い場所だったという事だ。


 髭面のおっさんに見送られながら、鋼也は、トレーラに乗り込んだ。

 帝国に帰る。

 桜に会う。

 一発、ヤる。

 ………酷い言い方だが、案外、そんなもんなのかもしれない。

 寂しい割りに、鋼也は、笑えてもいた。笑えるように、おっさんが気を使ったのかもしれない。


 そんな事を思って、鋼也は、トレーラのエンジンを掛けた………。



 *



 去り際は静かだ。

 夕陽の中、トレーラは進んでいく。

 ルートは検討してある。竜と交戦する可能性の低いルートを、あらかじめ決めてあった。

 仮に竜と遭遇したとしても………後ろに“夜汰鴉”もある。どうとでもなるだろう。


 そもそも、お姫様一人抱えて潜り抜けた道だ。隻眼だろうと、単身で突破するくらいは訳ない。


 ハンドルを握り、アクセルを踏みこみ、溶けかけの雪が夕陽に輝く様を窓の外に………。


 鋼也は、まだ、どこか後ろ髪惹かれるような思いだった。

 あるいは、それを断ち切ろうとでも言う気分だったのか。


 手荷物を片手で漁り、その中から、一枚の写真を取り出した。

 ふざけた遊びの最中。その騒ぎの片隅で桜と話していた時に、イワンに撮られた写真。


 その写真に写っている少女の顔を見る。

 ……桜が、生きていた。

 帝国にいるらしい。なら、会いに行く。それで良いはずだ。


 帝国で、桜はどうしているのか。第6皇女として活動し始めたのなら、皇女として、安全に暮らしているのか、政治でもやっているのか。


 休戦記念式典。

 案外、そこで演説でもするのかもしれない。


 それを、遠巻きに眺めるか?………そもそも、だ。一介の兵士が帝国の皇女においそれと会えるのか?

 

 今更そんな事を思い、それから、すぐに結論が出た自分に、鋼也は笑う。

「また、攫えば良いか……」


 ……どうも、俺は馬鹿らしい。そんな風に、やっと、帰路の中で、鋼也は実感を得始め………トレーラは、沈む陽の中を進んでいく――。




 *




 夕陽の最中、夕暮れになっても、多種族同盟連合軍基地、その周囲に散発的に、竜の小集団は現れていた。

 竜の焦げ色がオレンジに染まる、気色の悪いその光景に、扇奈は眉を顰める。


「……まだ、いんのかい。ホント、切りがないね……」


 そんな悪態を漏らす扇奈に、部下の一人が言う。


「いけなかったっすね、見送り」

「……そもそも、暇でも行く気無かったよ」

「姐さん、気に入ってたんじゃないんすか?」


 その部下の言葉に、扇奈は演技ではなく普段通り、いや、かつての通りに、吹っ切れた調子で言い放った。


「だからこそ、さ。もう十分寂しいんだ。これ以上しんみりしてどうするよ?アレは、桜のモノ」

「はあ………」

「良いから、ちゃっちゃとあのトカゲ血祭りにするよ。………憂さ晴らしには持って来いだ」

「……竜に同情しそうでさぁ」


 そんな事を言った部下に、扇奈は笑い、笑ったままに、視線を竜の集団へと向けた。


 錆が落ちたような、そんな貌で。

 と、そこで、扇奈は気付いた。


 逆光で判別が付き辛かったが………トカゲの中に一匹、妙な奴が混じっている。


「……アイツは、」


 オレンジ色の、尾、爪、翼、単眼………その集団の一角だけが、妙に、


 ……がいた。

 装甲を、武装を、を真似したような、そんな格好に変化した、竜の亜種。

 その半透明な皮殻の奥。単眼が扇奈を見て、……嗤っている様に見える。


「鋼也がやった一匹だけじゃなかったのか……」


 呆れのような、その声音に警戒を織り交ぜながら………。

 扇奈は、太刀に手を掛ける。


 沈む日の中。

 ………これから訪れるのは、また、長い夜だった。

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