27話 引き裂かれるセカイ

 革命軍野営地。

 空からは冷たい雪が降りかかり、地面には燃えるテントが熱を撒き散らす。

 寒く熱く、ぐちゃぐちゃの地獄。その場所は、ただ静かだった。


 つい数分前までは、革命軍の銃声が轟いていたのだろうが、今はもう、それすらもない。

 夜襲。

 忽然と現れた竜の軍勢に、整然と対処するには……青年将校エリート達は若すぎた。


 抵抗は散発的で、踏み潰されるまでにはそう時間は掛からない。

 残ったのは、燃えて破れたテントと、ぐちゃぐちゃにFPAヒトガタの残骸と、炎に照らされてるだけにしては、雪景色。


 その全てを、単眼のトカゲ達が無感動に踏んでいる。

 誰も、何もしない。

 誰も、何も考えない。


 ただ、これ以上ないほどに明確で鮮明な“滅び地獄”の絵画がその雪景色にあるだけ。



 トン――。

 静かな夜だからこそ響く音。

 響き渡った、ほんの僅かな、着地音。


 周囲のトカゲは、反射的に蟲のようにその音へと単眼を向ける――。


 地獄の片隅に、それは立っていた。

 黒い鎧ヤタガラス

 左手に、まるで飾りのないただただ機械仕掛けな杭の束バンカーランチャーを。

 右手に、馬鹿みたいな長く重い刀野太刀を。


 何一つとして飾り隠す気のないむき出しの凶器狂気をその身に帯び、黒い鎧はゆっくりとふらつくように、雪に足跡を残し始める。


 悪趣味な亡霊デュラハンのようだ。片割れを探して、宛てもなくただ、地獄の中をきょろきょろと。


 オルフェウス我欲の為にイザナギ地獄に下りて。見るなの禁忌タブーが、……目を合わせてはいけないが、見てはいけないモノを探して、雪の地獄冷たい世界をきょろきょろと。


 その動きがあまりに緩く鈍く頼りなく見えたからか………周囲のトカゲは始め、ただ無感動に眺めるだけだった。

 けれどもすぐに、トカゲ達は、天啓でも経たかのように理解する。

 

 夜汰鴉ソレは敵だと。放置してはいけないと。

 理解した直後には、竜は動き出す。


 赤い雪を踏み散らし。

 燃えるテントを踏み散らし。

 よだれを垂らし、足元をただぐちゃぐちゃに、どこかじゃれ付くようなを帯びて、夜汰鴉へと駆けて行く――。


 尾が届く距離。爪が届く距離。牙が届く距離。

 そこまで肉薄されて尚、夜汰鴉はただゆらりと、きょろきょろと………。


 竜は何も理解しない。その夜汰鴉タブーが何を考えているか。何を悲しんでいるか。何を探しているか。

 理解しないまま殺しに掛かりじゃれついていき―――


 ――何も理解しないまま死んだ。

 単眼が二つに分かれている。首が二つになる。降りしきる雪を赤い染料が色づかせ溶かす。

 そんな趣味の悪すぎる噴水オブジェを横に、返り血のついた野太刀を片手に、夜汰鴉はゆっくりと、きょろきょろと………。


 その場の誰も、その光景の意味を理解思考しようとしない。

 周囲の竜も。

 そのオブジェを作った鎧も。


 理解しようとしないまま、地獄の舞台は切って落とされる。

 竜が迫る。竜が迫る。竜が迫る――。


 黒い鎧は、ただゆっくり、きょろきょろと………。

 地獄の中を歩きながら、周囲に竜の死体を作っていく。


 月光の雪景色に剣閃が。

 爛れた地面に血の杭が。


 誰も何も考えない。考える前に、染み付いた反射が、殺しに行き殺し返す。


 反射。被我距離。レーダーに映る敵の配置。野太刀か、玩具バンカーか、対処順、杭を回収する場合の利用範囲。背後に迫る竜の、そのレーダー上ではミリ単位でしかない被我距離における誤差からの、経験則的な攻撃手段の予測と対処。


 何も考えようとせず、それらを無意識に考えて、夜汰鴉は何十と迫る竜の死骸を量産しながら……


 積み上げた技術死なせないと望み続ける積み上げざるをえなかった精神性死にたいと自分を責め続ける。その上に重なった生まれ持った何か強烈な疎外感の、臆病さの根源


 黒い甲冑ヤタガラスは、極めて合理的な動きで、これまでのいつよりも尚速い動きで、静かに、ゆっくりと、周囲にオブジェを量産し、雪の夜を歩んでいく―――。


 夜汰鴉は傷一つ負わない。あらゆる意味で兵器として完成しきった動きは、傍目には一切の淀みを見せない。


 ……ナカミがどれほど混沌としていようぐちゃぐちゃだろうと、それを理解しようとする者は、その地獄にはただの一人たりともいなかった。


 スルガコウヤは、地獄の中で救いカノジョを探しながら、ただ、ただただ、夢を見ていた――。



 *



「学校……結構面白かったですよ?なんだかんだ」


 他愛のない話をあの子がする。その声をずっと聞いていたいとだけ、願っていた。

 いつのことだっただろうか?あのプレハブ小屋?それとも廃墟?それもなぜだか、思い出せない。靄の向こうに消し去ってしまったかのようにその光景は不確定で不安定で強く願えば尚消えるようでけれど耳朶にこびり付くようにあの子の声が忘れられない。


「勉強はあんまりしなかったですし。でも、遊んでばっかりって程遊んだ気もしません。なにやってたんだろ私………。色々やってた気がするけど、何にもやってなかった気もします。うん。………でも、なんか面白かったです。よくわかんないんですけど」


 その笑顔に、俺はなんて言ったんだろうか?相槌くらいは打ったのか?

 何かを話した気がする。何を話したのか思い出せない。話して聞かせて、面白いような、そんな人生を歩んできたような覚えはない。いや、けれど、それは、いつも、最後が最悪だったから、消して忘れてしまっただけだ。


 あの子の声は覚えている。


「……鋼也も、なんだかんだ、楽しかったんですね?」


 そういったあの子が、嬉しそうだった。だから俺も嬉しくなった。


 ああ。そうだ。楽しかった。楽しかったよ。楽しい日々が、俺の人生にも確かにあった。

 だから………不安になる。


「今は、私だけを見て。……それで良いから。大丈夫だから」


 そんな言葉と共に抱きしめられた。抱きしめ返した。俺は何を願った?いや、何も願わなかったのかもしれない。ただ、それだけで良かったから。


 緩やかに。緩やかに。緩やかに。

 寝転がって、怠惰にだけ過ごして、腕の中で、昨日の話の続きをあの子がする。


「ホント、ちょっとずれてたらこうはならなかったですよね……。良い働きでした少尉。その武勇に国主代行として、襟に飾りを差し上げましょう。この勲章は私からの、そして皇帝陛下からの、感謝の印です。………だけで全部終わってたりとか、ね?」


 本当に演技の上手い子だった。騙されていても別に構わなかった。

 好きだった。愛していた。

 俺は、そうなってたら最悪だったって、そう言ったからあの子は笑ったのだろうか。


 同時に、こうも考えた。

 そうなっていたら。そうなっている方が。

 ……あの子にとっては、幸福な、少なくとも平穏な人生だったんじゃないかと。


 崩れていく。壊れていく。靄の向こうに消えていく忘れていく消していく忘れていく


 原風景。壊れた最初。

 居場所と思えば壊れてしまう。

 背を向けて、看取る事もできない。


 雪をぶつけられた。妙に満足げにあの子が笑っていた……気がする。

 性格悪いと、そういったら拗ねる。それを見ていたような………。


 その全てが、あの子を地獄への道連れにしてしまったのか。

 願わなければ、失わずに済むと、俺は何度学べば気が済むのか………。


 混沌。混沌。混沌。

 混濁混濁混濁混濁混濁………。


 ……失くしたくて、手を伸ばすわけじゃない。

 ただ……覚えていると、幸福が色彩を帯びていると………酷く、辛いんだ。


 夢の中に落ちて。夢ばかりを見て。


 現実で、黒い鎧は救いを探す………。



 *



 右側から迫る竜を両断する。単眼の首が跳ね飛ぶ2秒後に右後ろで尾を振り上げている奴がいるから左に少しずれておいて振向かず野太刀を逆手に単眼を抉ると同時に手前20メートル直線上の竜へ杭を放つ。2秒、2歩の間隔の後左手側から牙が迫るがそちらは撃たない杭を噛ませて足元に投げて踏んで殺し0.5秒後の頭上の竜へは杭を放つ。落ちる竜の落下地点は5メートル手前そこに到るまでに左右から来る奴を両方野太刀で両断し歩き目の前に落ちてきた竜の死骸から杭を回収し更に進み合間に2匹切って20メートル先にあった杭も回収―――。


 黒い鎧は、雪道をゆっくり歩き続けた。

 背中に膨大な死骸ばかり積み重ねながら、返り血だけでその装甲を一切傷付けさせず。


 経験則から来る予知めいた戦場分析と、反射神経と、圧倒的な練度。

 感情ノイズが抜け落ちた動きは、ただただ、皮肉なほどに合理的で流麗だった。神業の連続を当然にしてしまうほどには、その騎士は


 真っ赤な道をゆっくりと、頭の中はぐちゃぐちゃのまま、身体ヤタガラス完全にミリ単位でイメージ通りの挙動レスポンスを取り。


 夢に沈みながら無感動に、完成した兵器は忘却の果てにある救いを探し歩む――。



 ……その瞬間に静寂があったのは、ただの偶然だ。

 周囲にいた、交戦に動いた竜50匹強の悉くをその足跡の赤い染みに変えた結果、その瞬間、一瞬だけ地獄に静寂があったと言うだけの話。


 夜汰鴉は足を止める。

 豪華なテントがあった。豪華だったのだろうと、そう言う名残が確かにあった一つのテントを横に。


 が、落ちていた。

 桃色の、髪飾り。それが、テントの外――放り捨てられた様に半分雪に埋まり、覗いている桃色が、………。


 忘れようと、、しようとしたのだろう。

 夜汰鴉は顔を掻き毟る。その地獄に降り立って初めて、感情的な動きを見せ。

 そんな動作の最中で、地獄の静寂の中で、黒い鎧は音を聞く。


 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 豪華な、その名残のあるテントの切れ間。

 見覚えのある服が、最後に見送られた時にも確かに見た服が、あのボロ小屋に座っていた服が………その、裾が見える。

 影が隠している。喜色悪い生命体の影が、その裾を、身体を。


 白かったのだろう。もう、焼け爛れて茶色い生命体。羽は一つない、片翼のそれ。小さな腕が蠢いている。気色悪く動くそれの指が、赤い。赤い。赤い………。


 白銀の竜。その単眼が、笑っている様に見えた――――。


「ああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 その後の、全ては一瞬だった。


 禁忌タブーを目にした甲冑は吼え。

 刃が翻り――――

 ―――野太刀は重く空を裂く。


 白銀竜の姿が消えている。

 その一瞬、隠していた気色の悪い生命体が消えた事で、目の前に現れたを見たくないと、―――あるいはもう壊れ切って何も理解できていなかったのか―――夜汰鴉は即座に背後へと振り返る。


 振り返った先には尾があった。左目の、そのすぐ目の前に。


 壊れた騎士は経験則だけを用いて状況の全てを理解する。

 知性体。変異種。瞬間移動。背後を取られた。振向いた瞬間にはもう、反撃は――。


 左目で見えたのは、もう避けられない位置にある鋭利な尾の先。

 右目で最後に見えたのは、どう視ても嗤っている白銀竜。


 懺悔も。

 後悔も。

 走馬灯も。


 すべてがもう遅い。


 スルガコウヤは音を聞いた。

 すぐ傍……自分の頭の中、左目が抉り取られる、そんな震動のような音を―――。



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