9.5話 裏側で進む事態/響き寄る破局の歪み

 鋼也達がFPAのパーツ確保から帰還して、数日経ったその日。


 畳の上に書類が投げ出され、後付の通信設備のケーブルを覆い隠す、酷く乱れた天守閣の一室。

 将羅の執務室に居るのは、3人だ。

 5000からなるこの基地のオニの軍勢を実質的に統率する、次席に位置する権力者、輪洞。白髪交じりの壮年のオニ。


 教導部隊、客員技術協力員、参謀補佐代行……この基地のエルフを束ねる男、リチャード。他二人と比べてとりわけ若く見える、エルフ持ち前の美貌に神経質な表情を貼り付けている男。


 そして、最後の一人………この執務室、ひいてはこの基地全体の責任者にして管理者の、老齢のオニ。

 将羅は口を開いた。


「………竜が?」

「はい。残存していた1万が、動き始めたと」


 輪洞はそう、即座に頷く。

 帝国軍第3基地――駿河鋼也の居た基地の跡地に残留していた竜の軍勢が、つい先ほど行動の兆しを見せたのだ。

 立地の問題からして、あるいは観測の結果からして、竜1万の行き先は……この場所。多種族同盟連合軍の、この基地。

 その全権を預かる老人は、思慮をその瞳に覗かせた末に、問いかけた。


「帝国の動きは?」

「その件についてですが………」


 既に問われると予想していたのだろう。輪洞は書類を将羅へと差し出した。

 その書類に軽く目を通し………将羅には珍しく、その目に動揺が走る。


「………人民蜂起?革命だと……」

「正確に言えば、それに近い思想を論拠に置いた軍事蜂起です。首謀者は幸島ゆきしま雁次がんじ少将。そちらに蜂起の演説文が――」


 輪洞の言葉を聞き終える前に、将羅はその演説文とやらに目を通していた。


 人民の貧困を憂いた。ただその一言だけで済む話が長々と連なっている。演説文とは、大抵そういうものか………。

 呆れに似たような表情と共に、将羅はその結びの一節を読み上げた。


「………この改革の成否問わず、私が新たなる大和をこの目にする事はないだろう。相応の大罪と理解したその上であっても尚、この国是を否とする事は………か。革命の後投げ出す方が責任感のない話だ」

「同じ立場になられたら同じ事をおっしゃるのでは?」


 輪洞の見透かす指摘に否定の言葉を持たず、将羅は別の事を呟いた。


「………帝国の貧困は限界だったか。他に、詳細は?」

「こちらの伝ではなんとも……」


 色良い返事をしない輪洞………その隣で、リチャードは何がしか打算をめぐらせているらしい。

 それを見て取った将羅は、飾り気なく問いかけた。


「リチャード。君の方は?」

「初耳です」


 即答したからこそ、そのリチャードの言葉は嘘だろう。


「とがめる気はない。君がしたたかである事は知っている。君の方にも、友達がいるだろう?そして今、君が、この基地の一員である事は間違いない。結果的に私も握る情報だぞ。遅いか早いかの問題に過ぎない。なら、脅威を前に、君の貢献を期待したい」


 これもまた演説と同じ。出しおしみせずさっさと吐け。その一言で済む話だ。

 リチャードはまだしばし、その目に打算を走らせた末……話した方が特、と、そう考えたらしい。


「………クーデターは確かに行われています。徹底的、かつ不備多く」

「曖昧な言葉を使うな」

「………大和皇帝は死去しました。また、継承権のある皇族についても、その殆どが既に死去しています。情報部と親衛隊の一部が主だって動いたようです。迅速に頭を潰しきる手法に関しては、鮮やかといって差し支えないかと」

「……皇族はもういないと言うのか?」

「国内には。公的に発表された皇族はもういないでしょう。例外は継承権を放棄し、国外に出た末に所在不明の元第3皇子。及び、帝国軍第3基地で演説の予定だったものの、その後所在不明となっている第6皇女」


 つらつらとリチャードの口から流れ出るのは、およそ敵国に漏れ出るはずのない革命の致命的な進捗だ。


「やけに詳しいな」


 混ぜっ返すように呟いた輪洞に、リチャードは自嘲を口元に応える。


「……まぎれた友人が多いんですよ。ハーフなもので。これと言う帰路のないのけもの同士、案外仲良くもなります」


 混血ハーフ。ヒト、とそれ以外の種族において、その見た目、身体能力、寿命と言うものは、どちら側にも転がるものだ。

 ヒトにしか見えないか。

 それ以外の、別の種族にしか見えないか。


 中間はそう現れず………だからこそ、どちらに精神的な論拠を置いているかによって、間諜としてそこら中で働いても居る。

 あるいは、彼らも、精神としてどちらにも付かず、なのか。

 相互に筒抜け。少なくとも、将羅や輪洞が持っているは、そういった類の人間だ。


 どうあれ、将羅は話を進めた。


「不備、の方は?」

「越権を成し遂げた後の見通しの甘さ、ですね。皇帝を討てば即座に全人民が鞍替えするだろう。クーデター側は、そんな見通しで動いていたようですが、風土柄か……」

「気運が動き切らないか」


 将羅の呟きに、リチャードは頷く。


「貧困は確かでしたが、あるいは生活と上を切り離しすぎていたのでしょう。国全体として酷く反応が鈍い。クーデターに動いた一派は軍全体の2割未満。即座にクーデターへの反抗を決めた親衛隊含めた派閥も、全体からすると1割程度。他の軍の大部分、予備部隊含め殆どが様子見の状態です。政治に関しても、根回し済みだったろう内閣はひるみ、推移を眺めるだけに留まっています」

「期待したほどの賛同者を得られなかった、か」

「改革を謳う方も、改革を嫌う方も、です。だからこそ、帝国軍第3基地の竜は放置されていた」


 そこで、少なくとも将羅の頭の中では、話が繋がった。

 現大和皇帝――既に討たれたらしいその人物は、竜に対して強烈な恨みを持っている人間だ。軍備の拡充に余念がなく――だから貧困が進みすぎたのだろうが――とにかく健在なら、陥落した基地をそのまま放置する事は考えにくい。


 だから将羅も、帝国の動きを待った。いや、期待していたのだが………。


「命令を出すはずだった頭がすげ変わる途中、と言う事ですね」

 

 輪洞の呟きに、将羅は頷いた。


「動かないわけだ。………日和見主義が大多数とは」


 その将羅の呟きを形だけとがめる様に、リチャードは補足する。


「内乱において無駄に兵力を損耗する事を愚、と考える前線指揮官が多いとも言えます。ある意味優秀さの証かと。………とにかく、帝国の動きに期待するのは難しいかと」


 問題がまた、将羅の手元へと戻ってきた。

 そう、将羅が革命の正否について思い悩むのはお門違いも甚だしい。オニの方も、内政干渉しているほど戦力に余裕があるわけでは無いのだ。

 まして、将羅の手元の戦力は。


「……自力で1万か。勝算は?」

「前とほぼ変わらず、五分です。知性体は確認されています。おかしな報告も受けました………そちらの真偽、規模如何で、あるいは5分以下まで落ち込むかと。連邦本国に予備兵力の動員を求めてみては?」


 輪洞は応える。5分、と言う事は負ける可能性がある、という事だ。

 おかしな報告、も扇奈から将羅の耳に入っている。

 知性体。単体で<ゲート>を発生させる能力がある。瞬間移動、だ。

 ……その知性体一匹だけが瞬間移動をするのであれば、まだ楽だろう。取り逃がす公算が増えるだけだ。が、仮に、その能力が現存する1万全てにまで及ぶとしたら?


 あるいは、この戦域外からも呼べるとしたら?

 仮定の積み重ねは愚だが、指揮官として可能性を考えないわけにはいかない。最悪、延々と増援が敵に入るのだ。


 対して、こちら――オニの方は、増援に期待できない。


「既にやってある。………色気のない返事だった理由が、さっきわかった」

「動員が帝国を刺激する可能性がある、と?」


 輪洞の問いに将羅は頷く。

 戦術的に勝利できるだけの絶対数を確保しようと、本国に既に打診はしてあるが、あの様子では期待できない。

 本国も帝国の不安定さを掴んでいたのだろう。

 この機に、仮に前線の一極に戦力を集中されれば?

 ヒトから見ると、帝国を攻めようとしている……そんな風にも見えかねないと言う話だ。


 帝国の基地が落ちた、だけではオニが本腰を入れる対外的な論拠は薄い。上はそう判断したのだ。

 上が本気になるのは?………この基地が地獄の果てになり、対外的な論拠を手にした、その後だろう。


 オニの国、連合側には帝国ほどの貧困はない。だからこそ、腰が重い。

 時世と生活を切り離すのはオニもヒトも大して変わりはない。災害の多い島国の宿命だろう。


「日和見はこちらの上もそう変わりないな。……多大な損害を覚悟する必要がある、か」


 そう呟き、将羅は思慮に沈んだ。


 現状の戦力では、危ない橋に他ならない。味方は頼れない。戦術、戦略でどうにかできる範囲ではあるが、それも結局賭けの要素が多い。


 となれば、やはり、増援が必要だ。

 無い増援を作る必要がある。………そして、その為のを、将羅はいつの間にか握りこんでいたらしい。


「………やはり、切るべきか」


 情も手札も。

 決めるのは将羅。その責任が将羅にはある。この基地、全ての人命を預かる責任、が。

 あるいは、どれを決める責任が。


「………第6皇女の所在を?」

「………私からは状況に置ける推察、としかいえません」


 将羅の問いに、リチャードはそう、丁寧に言葉を選びながらも……確かに頷いた。

 現状で将羅の伝より確かな情報源を持つリチャードも、やはり、同じ結論に辿り着いているらしい。


「補強するには十分だ。………知らず転がりこんでいたらしいな」

「確証が?」


 輪洞は首を傾げる。勘付いていた、可能性として考慮していた。輪洞はその位の理解度らしい。つい先日まで将羅もその程度だった。

 が、補強する論拠を、将羅はつい先日手にしてもいた。


「扇奈は握りつぶそうとしたらしいがな。……何人も首輪が付いているのはあいつも知ってるだろうに」

 ……扇奈は、わかった上で握りつぶそうとしていた。

 ヒトにとりわけ情が移ったのか、はたまた賢しく立ち回っているだけか。

 信頼の置ける部下ではある。だが、時折、何処に重点を置いて立ち回っているのか、将羅からしても読みきれない。

 ………だからこそ手元に置いてあるのだが。


「………扇奈には、何か対処を?」


 輪洞の問いに、将羅は首を横に振る。


「いや。泳がせた方が価値のある女だ。わざわざ扇奈が伏せると言ったおかげで、こちらとしても知らなかった事に出来る」

「こちらの悪巧みを、扇奈への信頼で欺瞞できる、と?」


 輪洞の呟きに将羅は頷く。


「……ある意味こちらに得な行動でもあった。器用な女だ。それに、今は駒を捨てられる状況でも無い。私も日和見と行こう」


 そう、将羅は冗談めかして話を結んだ。

 しばしの沈黙………真っ当に働く頭が、その場に三つ。

 やがて、口を開いたのは輪洞だ。


「……で?手札はどうお使いに?」


 その問いを、将羅はそのままリチャードへと投げる。


「……欲しがるのは?どちらだ?」

「両陣営共に」


 リチャードの答えは明瞭にして当然だ。

 手に入れた途端、根拠を得るのだ。革命側も。それを嫌う側も。握った場合にメリットが発生するのはどちらも同じ。

 なら、考えるのはその真逆。


「……では、絶対に敵に渡したくない、と考える方は?」


 リチャードはしばし、思慮を働かせた末に、結論を出した。


「……クーデター派ですね。親衛隊側は、もう一人の生き残りの方を手に入れれば済みます。……仮に死んでいたとしても、誰かしら背格好の似た奴を立ててしまう手もある。またそもそも、忠義で動いている軍団です。全て無視してここに取り返しに来る可能性もあります。逆にクーデター派の方は、……膠着に対する焦りもあるでしょう。革命は熱病のようなものです。停滞はそのまま死に繋がる。クーデター側の方が、脅しは効く」


 敵に渡したくない、そう考える者の方が、時に欲しがる者よりも動かしやすい。

 まして、目論み外れて追い詰められ始めているのであれば、飛びつくのはそちらだろう。


「色よい返事がなければ、商売敵に売りつける、か」


 そう輪洞が呟くと同時に、将羅もまた頷いた。


「決まりだな。保護した時の写真があるだろう。それを突きつける。それから……イワンも写真を撮っていたな」


 そう将羅が呟いた途端、輪洞は露骨に顔を顰めた。

「……大分、ふざけたものですが」

「構いはしない。そちらは、握らせるだけにして置け。クーデター側が調べれば見つかる範囲に流せ。………探した末に気の緩んだ写真、だ。保護が真にも迫るだろう」


 あの写真は、それこそ、こんな硬い会議には似つかわしくない代物だ。完全に伊達で酔狂以外の何者でも無い、と将羅は思うが、だから利用価値がないと言う訳でも無い。


 探そうとして何気ない写真を手にしたのなら、手がかりを見つけたと思うのが人情だろう。


 話は進んでいく。次に問いを投げたのはリチャードだ。


「駿河鋼也は?消しますか?」

「………残せば手に余る可能性が残る。が、ただ捨てるには惜しい手札、か」


 片側の価値が跳ね上がった結果、手札の重さが入れ替わった。

 駿河鋼也自身も、価値のある戦力である事は間違いない。ましてこの基地は窮地だ。

 かといって、無事残せば、お姫様を差し出す時に、その矛先がこちらに向きかねない。


 つい先日までは、それこそ将羅の手元に置いて扇奈に使わせよう。そう、将羅も考えていたが………ある程度分断はしておくべきか。


「リチャード。君に任せる。下らない死に方はさせるな。竜1万だ。………使い潰せ」

「わかりました」

「イワンに陣地の設営を。並列して戦術の構築を」


 リチャードはまた頷き、そのまま、踵を返す。

 方針が決まれば即動く。優秀な参謀の脳裏に何があるか。少なくとも表面上は将羅の損は生まないだろう。あちらも、この基地に住処を置いている以上、なくなれば困る。

 ましてリチャード達は、ハーフだからといわれなく、気高くも気品溢れるエルフ様方の祖国を追い出された身だ。


 忠誠は期待しない。だが、貢献は期待できる。


 去っていくリチャードを見送りながら、将羅は輪洞に視線を向けた。


「交渉、工作は任せる。竜の動向についても基地内に噂を流しておけ」

「覚悟はさせておきます」


 端的にそう頷き、輪洞もまた、この執務室を去っていく。

 輪洞とは長い付き合いだ。今更裏切りもしないだろう。仮に裏切られれば、それは見抜けなかった将羅の失策だ。


 どうあれ、書類ばかりが詰み上がった執務室には、たった一人の老人だけが残った。


「………駒。手札。………若者を使い捨てて生き残る、か」


 誰に当てるでもなく、ただ、将羅はわずかばかり沈んだ声で呟き、そして将羅はそんな自分を嘲笑う。


「………今更、綺麗事だけで済むはずもないな」


 そこにいたのは、一人の老人。

 永い、永い時を、ひたすら来た老兵の成れの果てだった。

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