3話 多種族同盟連合軍基地/軟禁


 多種族同盟連合軍基地。そう呼ぶべきだろうその場所は……基地と呼ぶには余りにも前時代的だった。瓦の塀に囲まれ、方々に物見櫓が立ち………中央にあるのは雪を被った天守閣。


「お城……」


 などと桜は暢気に呟いていたが、他に言いようのない、それこそ古い戦国の世の城が、どうやら多種族同盟連合軍基地、らしい。


 勿論、それそのものではない。随所にヒトの技術を流用したのだろう機械的な装置は見受けられる。洋風の建物、見慣れたプレハブもあり、完全に昔と同じ生き方をしていると言う訳でも無いらしい。歩んでいる者は皆、額に角があり、ある者は和装を纏い、ある者は洋服に袖を通し……全員、奇異と疑心の入り混じったような目を俺に向けている。


 角のない人類も時折見かける。だがその数は少なく、また、ヒトではない。小柄で筋肉質なドワーフや、耳の長いエルフ――すべて亜人間デミ・ヒューマンだ。


 元々、この大和の地に住んでいた亜人間は、オニだけだった。ヒトと――大和帝国との戦争において世界中の亜人間が同盟を結んだ結果、技術協力員として他の大陸の種族もいはするが、あくまで基本構成員はオニ。


 行き過ぎた機械化を好まない、またそれを必要としない強靭さを持ち合わせたオニ達は、この国にかつてあった文化を多いに残したままに生きている。


 あるいは、その生き方が主流だった頃から生き延びているオニもいるのだろう。長寿とはそう言う事だ。


 ヒトと比べて世代交代が遅いのだ。だから古き暮らしを好み、だから……ヒトと亜人間デミ。ヒューマンとの同盟は結ばれない。ヒトとは違って、実際に血を流し、争った世代が未だ現役を張っているのだから。


 基地に連れて行かれ、身体検査を受け………装備も服も奪われ、代わりの服を与えられ、俺と桜が通されたのは、小屋だった。


 木製の、簡素な、物置の様に味気ない部屋。窓から覗く戸口の外には、太刀を佩いたオニの姿がある。監視だろう。要は、軟禁だ。牢獄に入れられないだけマシと言えなくも無いが……歓迎されているわけではない。協定があるから一応生かしている、そんな程度なのだろう。


 桜を帝国に帰すためには、装備を整え、食料を手に入れ、また足―運ぶ手段も必要だ。竜の現在の分布を知って、逃走ルートを構築する必要もある。それらの為に、ここの責任者と話すべきだが、その交渉の席すらも設けられていない。


 亜人間を頼ったのは失策だったか。結果的に装備を全て奪われた上で軟禁だ。拘束すらされていないのは、生身のヒトがどうめいたところでオニからすれば大した脅威にならないから。他に手がなかったとはいえ………。


「えっと……ヒーター……あ、動いた。あれ?これ……あ、スルガさん!乾パンがありましたよ!飲み水と……あと、缶詰も!デミ……コホン。オニさんたち、用意してくれたんですかね?」


 桜は妙に能天気だ。状況を理解していないのか?お姫様なら、さぞ世間知らずだろう。

 まあ良い。世間を教えてやろうなんて気はない。ただ届けるだけのお荷物だ。


「さば缶ですよスルガさん!一個しかないけど……スルガさんどうぞ。…………。

………とっときましょうか……。じゃあ、乾パン食べましょう、乾パン!おなかすいてますよね?私実はおなかぺこぺこで……」

「桜」

「はい!」

「一人で食べろ」

「…………はい」


 食事は必要だ。生きる上で、任務をこなす上で。だが、騒がしく食べる気にはならない。

 いや、それ以前に……生き残る為に必要ならその行動をそぎ落としたいとまで思う。


 第3基地を後にして、1日と少し。おそらくもう………仲間は、全員……。

 なぜ、俺だけ生き残っている。命令されたからだ。なぜ、命令された。お姫様が居合わせたからだ。

 それと仲良く談笑する気にはなれない。


「……乾パンって意外と美味しいんですね。カロリー高いのかな……」


 時たまそうやって、桜は能天気な事を呟くが、俺は一切返事をする気になれなかった。


 *


 軟禁は、数日続いた。監視が入れ替わるほかに変わり映えのしない数日だ。暇を持て余したのか、桜は部屋の中の掃除なんてやっていたが、どうせ仮宿だ。無駄な行動に過ぎない。


 俺はただ、何もせず待った。何をする気にもならない。死んだように生きている、そう考えると多少気楽になる。あるいは……この先、やっかみで処刑されるならそれも良い。


 どうあれ、ここまで完全に放置されているのは妙だ。この古ぼけた基地であれ、物資は無限ではない。協定があって保護しているとはいえ、生かして置いておけばそれだけロスがでる。さっさと殺すなり、あるいは追い出すなり……その辺りが合理的な行動のはずだ。


 けれど、それがない。簡単な監視だけで数日放置されている。

 となれば……俺と桜にかかずらうよりも切迫した問題でもこの基地を襲っているのか。


 そんな事をいぶかしみ始めた頃に、漸く、状況が動いた。


「腰抜け。……来い」


 訪れて早々、そう言い放ったのはオニの男だ。使者、だろう。この基地の管理者と面会か……あるいは、単純に口減らししようとでも思ったか。

 どうあれ、俺はすぐさま立ち上がった。そして、桜もまた立ち上がろうとする。


「あ、じゃあ、私も……」

「ここにいろ」


 気付くと、俺はそう言い放っていた。お姫様の安全を考えるなら、なるべく目を離すべきではないだろう。そんな事は理解している。だが………。


 鬱陶しかったのだ。

 やたら能天気に、騒がしい。……元凶の分際で。


「……はい。あの……。いってらっしゃい」


 その桜の声に、振向く事すらせず、俺は、小屋を後にした。


 *


 辿り着いたのは、天守閣の頂上だ。畳張りのその場所、警護か監視か、最初に会ったオニの女が腕を組んで隅に佇んでいる。

 御座に胡坐をかいているのは、老齢のオニだ。纏っているのは、和装ではなく青いローブ……エルフがよく着ている服だ。


 白髪、髭も白く、肌にはしわが寄っている――長寿でこの見た目なら、一世紀半は生きているだろう。

 でありながら、瞳に老いはなく、どこか暗いような冷たさを宿し、老齢のオニは口を開く。


「話は聞いた。ヒトの子。……わしは、この防陣の全権を預かっている、将羅しょうらだ」

「駿河鋼也少尉です」


 硬い声のまま言った俺を、将羅は睨む。当然ながら、歓迎、と言う雰囲気ではない。

 ヒトと実際に戦った事のある――なんなら戦い続けていた世代なのだろう。要職に就く亜人間は、大抵ヒトに強い恨みを持っている。将羅も例に漏れないのだろうが……。


「保護を求めていると、そう聞いたが?」

「そうです。一時的なもので良い。桜が帝国に帰り着けるなら、他はどうなっても構わない。具体的な要求は、食料と防寒着。あるなら足も」

「なぜこちらに立ち寄った。直接帝国に向かった方が楽だっただろう」

「竜が後方に陣を作っていた。突破は困難だと判断した。迂回する場合には、装備が足りない。その提供を受けたいと考えている」

「……突破が困難だと判断したのなら、状況は変わっていないぞ」

「…………」

「こちらでも物見は出していた。貴様が所属していた基地は陥落した。かのトカゲ共は未だそこに留まっている。陣は解かれていない」


 陥落………した?わかっていたことだ。そうだと、俺はあらかじめ知っていた。そうなる事は間違いないと。

 だが………仲間が皆、いなくなったのに……なぜ俺はまだここにいるんだ?なぜ、俺はまだ生きている?俺だけが………。

 黙り込んだ俺を前に、将羅は淡々と続ける。


「大きく迂回路を取る場合はその限りではないだろうが……こちらとしても足は貴重だ。見返りもなくくれてはやれない。運搬できる方法がなければ、貴様は良くても、ツレは耐え切れないだろう」

「こちらから今提供できるものは、ほとんどない。手土産を用意する余裕はなかった。提供できるのは、FPAのデータか、俺が把握している対竜戦術。もしくは……仲間を置いて逃げ出した、腰抜けの兵士一人分の命ぐらいだ」

「……貴様の命に、なんの価値がある?」

「100匹くらいは連れて行ってやる」

「……なに?」

「来てるんだろ、竜が。第3基地が陥落したなら、矛先がまず向かうのはここだ。俺と桜を数日放置したのも、そっちの対応に苦心してたからじゃないのか?」


 将羅は返事をしなかった。当たり、らしい。俺は、続けた。


「こちらからの要求は変わらない。桜を……同行している俺の連れを帝国に無事、返せ。代わりにここの為に命がけで戦ってやる」

 

 そうだ。それが良い。どこであれ、戦場で、仲間を殺したあの怪物を道連れに……。

 お姫様のエスコートなんて、性に合わない。怪物を連れて奈落に落ちるのが、俺にはお似合いだ。


 と、そこで声を投げたのは、部屋の隅で佇んでいたオニの女だ。


「つくづく、情けない野郎だね」

「……なんだと」

「投げ出すくらいなら最初から見捨ててりゃ良かったのさ」


 桜の話だろう。見捨てて、オニたちに後始末を押し付けて死のうとしている。

 その通りだ。今、俺がした提案は、そういう話だ。だが、それの何が悪い?

 助けたくて助けたわけじゃない。逃げ出したくて逃げたわけでも無い。生きたくて、生きているわけでも無い………。


 そこで、一触即発の気配でも感じ取ったのか……今度は将羅が声を上げた。


「……100匹だな」

「頭領?」


 僅かにとがめる口調になったオニの女を無視して、将羅は冷徹な目を俺に向けたまま、話を進める。


「それだけ減らしてくれるなら、こちらの被害も減る。我らとしても、損な話ではない。察しの通りだ。この防陣に、竜の一団が迫っている。数はおよそ2百。そちらの基地を襲った軍勢の一部だろう。相応の働きを見せたならば、そちらに協力しよう」


 偉く虫の良い話だ。竜200匹にてこずるほど、この基地は戦力が少ないのか。

 あるいは、どちらにせよ殺す気で、なら役立った上で死んでもらおうとでも思ったのか。

 どうあれ……俺にとっては都合の良い話だ。

 戦場で死ねるのだ。それ以上の望みは、今の俺にない。


「………俺の装備は」

「そのまま残っている。使え。扇奈センナ。案内してやれ」


 センナ――オニの女の名前だろう。呼ばれた扇奈は、苛立った表情を隠そうともせず、将羅へと噛み付いていく。


「爺、わかってんだろ?この腰抜けは――」

「死地が欲しいんだろう。ならば死ねば良い。こちらの条件は変わらない。相応の働きを見せれば、手を貸してやる。生死は問わない」

「けど、爺……」


 言いよどむ扇奈へと、将羅は冷徹な声で言い放つ。


「連れて行け、扇奈。後の事は任せる」


 将羅の目は、俺を睨み続けている。いや、睨むではなく――どこか見透かすように、冷静に俺を眺めている。

 死地を求めている。その通りだ。妙な命令のせいで数日、ずれただけ。

 俺は仲間のところに逝く。そうなるはずで、そうなるべきだった、正しい末路だ。


「……行くよ、腰抜け」


 かきむしり、漆の長髪を乱した末――扇奈は、苛立ちを滲ませながら、そう言った。


 *

 

 “夜汰鴉”――見慣れた黒いFPAは、特段壊される事も封をされることも無く、空き小屋にそのまま投げ捨てられていた。


 当然ながら整備はされていない。数日前戦ったまま、弾薬の補給も何も無い。だが、機体自体は問題なく動くはずだ。整備班は優秀だった。戦場でマシントラブルに見舞われた事がない、それが何よりの証拠だろう。殆ど気にすることなく、集中して死地に望む事ができていた。


 その、気の良い整備班の奴らも……もういない。基地が陥落したとは、そう言う事だ。

 気に食わない参謀連中も、馬鹿みたいに明るかった食堂の奴らも、医者も工兵も、………全員が、もういない。

 俺だけが、残ってしまった。


「連れにゃ、挨拶しないのかい」


 黙ってFPAのチェックを始めた俺に、扇奈はそんな声を投げてきた。

 連れ――お姫様の事だろう。挨拶もクソも無い。アレはよそ者の、ただ不幸なだけの、他人だ。仲間じゃない。家族でも無い。お荷物で、邪魔者で……元凶だ。


 あいつさえいなければ。あいつが、下らない演説なんざしに来なければ。

 …………俺も胸を張って死ねた。


「……勝手にしな」


 吐き捨てた扇奈をも無視して、俺はFPAを開き、その中に身を滑り込ませた。


 殺そう。……竜を。

 殺そう。………永らえてしまった俺自身を。

 …………望み通り、死地を得たのだから。



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