第11話 やっぱロマンに満ちた艦は良い……!
そうして私はお父様に連れられて、現在のリンガイア王立海軍にて最大の艦艇であり、10年ほど前に就役したばかりであり最大の戦艦である【コロッサス】に乗艦していた。
「本日、フィリップ公爵閣下とそのご息女であるシンシア殿下をご案内させて頂きます、アデレイド・ローン・ゾウチ大尉であります」
「ああ、今日はよろしく頼むよ…… シンシア?」
「は、はい!お父様!?」
「ご挨拶をなさい?」
乗艦した私は、ほぇ~っと言わんばかりに常備排水量で言えば1万5千トンになるだろう戦艦を眺めていた。
日露戦争で活躍して第二次世界大戦後に復元された戦艦三笠を見学した事はあるけど、その艦とは違う艦橋の造りをした三脚のマストの一番上には、測距儀と思われる横棒に似た構造物があり、他には恐らくだけど方位盤と思われる装置が搭載されているのか、人員が多数待機可能な構造物があるけど、マストの根元部分にある航海艦橋や司令塔と言った部分も既に第1次大戦末期辺りの艦艇が持っていた艦橋の特徴を持っていて、やっぱり私が前世で歩んできた世界とは全く違う歴史を辿って来ていたのだという事を理解させられる。
ただ主砲塔の形状も洗練されているのだが、艦首と艦尾に配置された連装砲塔2基4門と言う主兵装を見る限り主砲配置を含めた艦内の構造については、特に目新しい進歩がなさそうというのが正直な所でケースメイト方式の副砲や衝角を持っている艦首の形状などがあって、色々とちぐはぐというか、艦艇建造技術の円熟が待たずに射撃指揮や観測関係の装置が先に円熟を迎えているという印象だった。
「シンシア・ユニ・ヒューリエ・バルデシオと申します、本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、シンシア殿下」
そんな事を間抜け面して眺めていたら、お父様に促されたので、カーテシーをしながら挨拶をしたけれど、目の前の女性の軍人さんであるアデレイドさんに失礼な事をしてしまったと思ってしまった。
「まずは居住区画のご案内をさせていただきます」
「分かりました!」
この明らかに歴史が違う建造経緯を辿って来た戦艦の艦内、それも居住区を先に見せてもらえるという事に少々興奮する。
何しろ軍艦の建造技術がいかなるものなのかは、居住区を見れば大凡の予想が立てられる程に重要な物なのだし、艦橋の内部以上に見てみたかった場所だった。
ただ、アデレイドさんは少々驚いたというか意外そうな顔をしていたのはどうしてだろう? と、少しの間だけ考えたけど、多分だけど見学に来た貴族の子供達は大抵、艦橋とかに行きたがっていたのに居住区の案内で喜んだのが珍しいのだろう。
「階段が急なのでご注意くださいませ」
「シンシア、気をつけるんだよ?」
「はい、気をつけます」
やはりというべきか艦内に続く階段は急な勾配であり、ここを乗員たちが訓練や実戦で配置に着く時に素早く動いているのだろうと思うと、この訓練風景なんかも見学したくなってくる欲が出てくるが我慢である。
艦内は前世の蛍光灯ともLEDのライトとも似ていると言える様な光源が天井にあり、廊下の形状や水蜜扉なんかも前世で見た事のある艦艇の物と違いはなさそうだったが、ピカピカに磨きあげられていて手入れが非常に良いので乗員の訓練が行き届いている事が良く分かる光景があった。
「最初にご案内させていただくここは、士官室となります、ここで士官たちは食事を行い士官同士での交流が行われていますね」
「ここが……」
最初に案内されたのは士官用の食堂を兼ねた多目的室と言える場所で、青を基調とした上品なテーブルクロスがテーブルには掛けられており、木目調の樹脂か何かであろう材質で作られたと思われる椅子が整然と並べられている。
奥には長い机が置かれている事から、恐らくだけど食事の配膳台等に利用されているのだろうというのは推測できる。
この後は特にこれといった出来ごともなく私はお父様に連れられて、艦内の見学を続けていたけれど機関室や主砲の内部など軍事機密に該当する部分は見せてもらえなかったので、この辺の機密管理はちゃんとしているのだろうという事は分かった。
それに主砲と副砲を含めた兵装の規模や配置も敷島型戦艦が属している前弩級艦と呼ばれるグループ、ドレッドノートと呼ばれる戦艦が就役する2世代前の戦艦達とほぼ同等の物だという事も分かったけど、やはりというべきか王族や上位貴族が他国へ訪問する際の専用居住区があるのは、王政国家の海軍主力艦の特徴なのかと奇妙な納得もしたりしていた。
そんなこんなで艦内の案内が終わり、厨房や兵員食堂の構造が何気に自分の知る軍艦と同じで妙に興奮しちゃったりとか、兵員の居住区では2段ベッドに加えて意外にベッドが大きい上に兵士が寛げる個人スペースも大きい事から、居住性には気を配っているのだと思った。
だけど、ゾウチ大尉が言った処によると一度出港をすれば数カ月は作戦行動に入るし、港への寄港は食料等の補給位しか無い上に基本的に上陸も出来ないので、艦内の居住性を良くして気を紛らわせるものを充実させるのが大事なんだそうだ。
前世の世界だと潜水艦が請け負っていた役割を、この世界では戦艦に与えられているのだと分かったけど、更に印象的だったのは艦橋内の事だろうか。
「では、こちらが艦橋に続くラッタルとなります」
「はい」
「うむ」
やはり急なこう配のラッタルがあるが、その先には密閉式の艦橋の入口がある。
周辺には私達を見守るというか敬語の為か女性の海軍兵士の姿があるが、今までに男性海軍兵士の姿を見ていないけれど、恐らくは私に過保護なお父様が手を回したのだろうと思うが正直に言えば有難いというか、急こう配でドレスのスカートの中が見えてしまいそうになるラッタルを登らないといけない時に、男性兵士がいたら躊躇したのは間違いない。
…… こんな思考が出てくる度に思うのは、自分が既に女として生きる事に全く違和感なく馴染んでいる事と、前世の男であった自分が消えて記憶が記録になっているという事も理解していた。
「これが、艦橋の中……」
「本艦は10年前に就役したばかりの新鋭戦艦でございますから、航海艦橋内にある機器も全てが新型の物ばかりです」
「ほぅ……」
見た目は日露戦争の戦艦に第一次大戦時の戦艦の艦橋が乗っているという印象だったけど、中に入ってみると驚くべき事に伝声管の数が少なくて艦内用の有線電話を含めた通信機器が充実しているのが驚く要因になっていた。
何しろ伝声管は今居る航海艦橋より上の射撃指揮装置との連絡用としてのモノが中心で、艦内との連絡は明らかに電話を通じて行う(更に言えば内線を切り替えられる方式)ようなので、兵装や艦体構造と艦内の通信機器や射撃指揮の構造が余計にチグハグな物として私の目に映っていた。
「あの、どうして伝声管が少ないんでしょうか?」
「はい、シンシア様、伝声管が少ないのは本艦が就役する前に起きた遭難事故の教訓によるものなのです」
「遭難事故の教訓?」
「はい、ご説明させていただきますね」
これはかなり気になったことで伝声管が少ないという事は、その事を後押しした何かがあったという事なのだけど、バルデシオの屋敷にあった本には艦内通信機器の刷新については特に書いていなかった。
更に言えば10年前の遭難事故と言うのも触れている本は多かったけど、それが艦内通信機器の刷新に繋がるというのが想像できなかったのもあって、オウム返しに聞き返してしまったのは勘弁してと言いたくはなる。
「10年前に巡洋艦が訓練後に遭遇した荒天において、艦隊から逸れて遭難し沈没してしまった事件はご存知でしょうか?」
「ええ、当時の事を書いた新聞とか雑誌を見て知ってはいます」
「お嬢様が拝見された雑誌や新聞にある通りの経緯で、巡洋艦は沈没してしまったのですが、艦内への激しい浸水の原因の一つとなったのが伝声管であったのです」
「伝声管が艦内と密に繋がっていたから、艦内にある重要な区画に大量の浸水を生んだ、そういうことかしら?」
「そうでございます……」
10年前に起きた巡洋艦の沈没事件と言うのは、同盟国でもあるラスヴェード公国と言う国の海軍との合同軍事演習が終わった後に、両国海軍が遭遇した大型の台風と言うべき嵐であり当時の観測機器の問題で気が付いた時には避けられる位置ではなく、何とかやり過ごそうとしていたそうだ。
この時の嵐による損害はリンガイア王国側は巡洋艦1隻が沈没、戦艦2隻に駆逐艦3隻が大破するなどの大きな損害となったのだが、まさか沈没した巡洋艦の方に伝声管が廃止と言うか大幅に縮小された原因があるとは思わなかった、雑誌には伝声管云々はちょこっとしか書いてなかったから直接の原因になっていたとは思わなかったし。
「だから、艦内の有線電話を中心にした通信方法に切り替えたんですね」
「そうでございますね、当時は私も新兵でしたのですが、巡洋艦の沈没原因を聞いて驚きましたから……」
「そう、なんですね……」
前世でも伝声管が艦内への浸水の原因になりかねるし、浸水を助長させるという論調はあったけど伝声管に蓋が出来る事とかの要因や他の艦内通信機器の信頼性の事もあって、艦の内部と艦の上部を繋ぐ伝声管の完全な廃止は戦後暫く経ってというか、かなり後になって行われのだから艦内電源が落ちても利用可能な通信機器と言うのが如何に重要視されていたのかが良く分かる。
私が今現在において見学している戦艦は艦内との連絡を行える伝声管は存在せず、航海艦橋の上にある射撃指揮装置や見張り所との連絡用の伝声管があるだけなのだから、余計に今の状況を促す切っ掛けになった事件が気にはなったけど、聞いてみれば前世の世界で懸念された事が最悪な状況で起こってしまった事が分かる為に何も言えなくなった。
だが、そのおかげ(?)と言うべきか、そんな感じで技術が進歩しているのだなと思ったのは当然だけど、エンジンをチラッとでも良いから見てみたいと思いつつ航海艦橋内部の案内をされて各種機器の説明を受けていた私は考えていたけれど、流石に最高軍事機密の塊を見せてくれる訳もないだろう。
明日に行く博物館には旧式の艦艇用エンジンが展示されているとの事なので、そっちを楽しみにしながら前世で見た事のある現代軍艦とはまた違った航海艦橋の内部を、目をシイタケみたいに輝かせながら鑑賞していたりする。
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