第8話 ん、今何でも良いって言ったよね?



 メインの食事を全て食べ終わり、デザートが運ばれて来る。

 お父様がいなければ、えふっ、とかの声が漏れそうな位に食べていたが本日のデザートの内容を聞いたら不思議と食べられるから、別腹というのを想い知っていたりする。



「あの…… お父様、お時間は大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫だよ、今日はレオンとライルに全て任せてあるから、あの子達もそろそろ、ね」


「そうなのですか……」


「だから気にしなくて大丈夫だよ」



 どうやらお兄様達は王城に居残って、本日の第3王子がしでかした事やお父様がさっさと城を後にした事等の処理に追われているようだ。

 今の幼女となった私は食べるペースもゆっくりだし量も少ないので、成人した男性が一緒に食べるとじれったく感じるだろうに、お父様はニコニコと微笑んで私のペースに合わせて食事をしていたから、デザートを出す頃にはかなり遅い時間になっていた。

 なので少々遠慮がちになったけどお父様に問いかければ、私の質問を聞いたお父様は微笑みを崩さないままで嬉しそうにいっているから、今日は時間が取れているのは事実なのだろうと分かったけど、お兄様達のお忙しさは察して余りあると考えていたりする。


 何しろ王家主催のパーティーを他ならぬ主役の王子が台無しにしたのだ、今日という日に備えて集まっていた貴族達への謝罪に加えて埋め合わせの為の調整、確か他国の賓客も夜には呼ばれていたはずだから、この辺のスケジュールも色々と弄っていかないといけない。

 そう言った事に巻き込まれているのは間違いないお兄様達は、筆頭公爵家という事もあって恐らくは明後日までを含めた日数を王宮の中で過ごさなければならない事になるだろう。



「それに少し落ち着いたら陛下からの呼び出しもあるだろうしね、私はその時で良いのさ」


「えっと、その時には私もご一緒した方が良いのでしょうか?」


「そうだね…… 陛下もシンシアを一緒に呼び出すだろうから、心構えはしておきなさい」


「はい」



 そう言えば陛下は【落ち着いたら私達親子を呼び出す】と言っていたけど、本当に私も一緒に行かなくてはならないのだろうかと思って問いかければ、お父様は少しの間だけ考えると首肯と共に呼び出しがあるから構えておけと言って来る。

 あの王城の中に入るのは良いけど、あの第3王子アホが居るのなら嫌だなぁ、そんな事を考えた。



「私達が王城へと登城する際にはユージオ殿下がいない様に取り計らわせるから、シンシアは心配いらないよ」


「え、えっと、それはよろしいのでしょうか?」


「私達はリンガイア王国の筆頭公爵家でもあるしね、融通は利くのさ」


「そ、そうなのですか」



 黒い笑みを浮かべたお父様、ブラックお父様が国王陛下に融通を聞かせると言っている事に、本当に良いのかと思いながら問いかけるけれど、返ってきた言葉は納得できるものでもあった。

 我が家はリンガイア王国の筆頭公爵家だし、更には私が挨拶をしようとした時に王子が自ら遮ったという事実まであるので、あの時の事は上級貴族が集まった会場で準王家と言える我が家を、王家が敵に回したという事を宣言したと受け取られても文句は言えないレベルのやらかしだ。



「まあ、あの愚か者を私の大事な娘に近づける様な真似はしないよ、この辺はしっかりと釘を刺すさ」


「なら、安心です……」



 多分だけど、第3王子アホのこれからの行動には厳しい制限に加えて、今までに予定されていた側近となる貴族の子女達とは違う、監視という意味での側近が与えられる上に婚約も見直されるのは間違いない。

 というか、あの場にいた貴族のほぼ全員が表情こそ落ち着いていて無表情を保っていたのだけど、目だけは全く温度を感じさせずに第3王子アホを見ていた事もあって、妙な野心を持っているであろう貴族でさえも利用しようという気を持たせない程の愚か者だという事は、落ち着いて考えれば考えるほど分かる。


 お父様が本当に怒っている声で国王陛下達に意見具申するという事を言っているのだから、あの場で言っていた事は本当にヤバかったのだという事を理解させられるし、私もあと6年も経って15を過ぎれば公式の場(今はチュートリアルみたいな場に行けば良いだけだから楽)に出て行く事ばかりになるのだから、気を着けないといけないと考えていた。

 ただ、何故国王陛下ご夫妻が私を見て驚いた表情をしたのかについては、いずれ分かるだろうと考えて今は問う事はなかった。






 そんな感じで会話を楽しんでいたら、一段落した時を見計らってレディンに率いられた侍従の皆がデザートを私とお父様の所に配膳してくれる。



「おぉぉ……っ」



 小声で驚きつつも目がシイタケみたいに輝いてしまうのが自重出来ない位のメニューが出て来たから、余計に嬉しかった。

 お父様を含めた皆が微笑ましく私を見ている事も気にならない位に、目の前に置かれたデザートに釘付けとなっているのは当然とも言うべき事でもある。


 少々はしたないと言える声を出してしまうもののレディンが少し眉を顰めた程度で許してくれたのは、本日の王宮であった事を考慮してくれたのだろうという事は想像に難くないけど、それでも普段は出されない一品なのがテンションを上げる原因になっていた。



「ミックスベリーのムースをシンシアが好きだと聞いたからね、用意したんだ」


「ありがとうございます、お父様!頂きます!」



 前世で言えばブルーベリーやクランベリーにブラックベリー等と似た果実はあり、更には前世の記録を取り戻す前からの好物であった事から子煩悩なお父様が王都のタウンハウスだけじゃなくて、領地の城にまで植えさせて育ててから旬の時期になれば私達の口に入るように出来ているのは有難かった。

 こうして私の大好きなミックスベリーのムースを口に出来るのだから、調理してくれた料理長にも感謝で一杯だ、後で直接お礼を言いに行こうと思いながらスプーンで食べれば、心地良い酸味と甘みに混じりながら良く冷やされたムースの心地良いふんわりとした食感が舌を包み込んでくれて、本当に美味しいと思いながら口にする。


 ちなみにだが私以外のお兄様やお姉さまの好物も領や王都の家の庭に植えられており、お嫁に行ったお姉さま宛てに年に数回は好物の果物を送っていたりするし、お兄様達は気が向いたら植えられている場所に行って直接齧っているらしくたまに青筋を立てたレディンに雷を落とされている事があったりする。



「シンシア」


「はい?」



 笑顔になってムースを食べていたら、私の口の中に入っていない所を見計らってお父様が声をかけて来る。

 返事を返すのだけど、なんか企んでいそうな雰囲気があるのは気のせいだろうか? と、思う。



「王都を発つのは来月になるんだけど、私も一緒に領地に行けそうなんだ」


「本当ですか!?」


「ああ、それでねシンシアが希望するなら途中の街で一度観光でもしようと思ってね」


「い、良いのですか?」



 お父様と一緒に帰れるという事実は純粋に嬉しい行きは侍従の皆がいたけど、やはりというべきか自宅の中ではなかったので一歩引いた対応になっていて部屋の中では暇を持て余してしまったのだ。

 それに何があるか分からないからと読書以外は控えて欲しいと言われて、趣味の編みぐるみはおろか刺繍といった手慰みの事も出来なかったので余計に暇が辛かったりする。


 だけどお父様がご一緒するなら話し相手には困らないという事だし、それに途中の街で観光をしようというのだからワクワクとして来る。

 ちなみにだけど鉄道網の発達と同時に、平民も国内の旅行は結構活発で観光地などはシーズンになると人でごった返して大変な人ごみになるという事も、今までの授業で習っているがお父様だけじゃなくて他のお兄様達もお忙しいのか旅行に行こうという事がなかったので、余計に楽しみになっていたりする。



「それでね、シンシアが行きたいと思っている所があれば、そこに行ってみたいと思うんだ」


「私が、行きたい所ですか……」


「うん、何でも良いし、何処でも大丈夫だよ」


「えっと…… それじゃあ」



 何でも良いし何処でも良いという言葉には、お父様の子煩悩っぷりが現れていて本当に子供を愛しているのだなと、思って胸の中が暖かくなるが何処でも良いと言われても普通のご令嬢だったらすぐに思い浮かぶものではないと思う。

 いや、普通のご令嬢だから風光明美な観光地の事とかがすぐに浮かんでくるのかもしれぬ、だけど今の私は絶対に行ってみたかった所があるのでお父様に伝えようと口を開く。



「我がバルデシオ公爵領にある軍港を見る事って出来ますか?」


「軍港を、かい?」


「はい、あの船に興味がありまして……」



 そう我がバルデシオ公爵領を含めた4つの公爵領には、それぞれに一つずつは大きな軍港と海軍工廠が併設されており、更に近くには海軍の歴史を展示してある博物館もあるという事を、この世界の雑誌で知っていたりするけど、こんな所は前世と似たような感じなんだなと妙に感心していたりする。

 なのでお父様にお願いしてみれば、彼は虚を付かれたというか思わぬ所からツッコミを食らった感じにぽかんとして私を見ていて、周りにいる侍従の皆も同じ様な様子だから今の年頃のご令嬢が望む所としては意外な場所なのだという事も窺えるのだが、もう限界なのだ。


 この世界の軍艦を見たい!という気持ちを我慢して生きるというのは、軍港がもしも公爵家の近くにあったらこっそりと覗きに行っていたかもしれないと思う位に、その欲求が高まっている。

 煙突がない蒸気機関車なんてものを見た以上は、軍艦がどうなっているのかにも凄まじい興味が湧いているのだから、チャンスが出来れば利用しない手など存在しないと言えた。



「うーん……」


「あの、ダメ、でしょうか……」


「分かった、シンシアの希望通りに軍港の視察に近くの博物館の見学を中心にしようか」


「ありがとうございます!お父様!」


 少しだけ難しそうな顔をするお父様に、断られてしまうのではないかと思ってしまうのだけど、私の顔を見たのと同時に決意したのか色々と周辺を見て回る事を了承してくれる。

 それに弾んだ返事をすると、お父様は私を見てニコニコと頬笑みを浮かべていたが、レディンが時間がもう遅いと言って来たので私は部屋に下がってジェシカ達にお世話をされて眠りに着いた。


 ただ、その後のダイニングではこんな会話がされていたみたいだけどね。



「旦那様」

「レディン、直ちに港に視察の名目で連絡を入れて当日、シンシアと私を案内するのは女の軍人が付く事を厳命せよ」

「ハッ」

「それと男の軍人、特に若い者は遠目に我々を見るのは良いが近付いてはならぬともな」

「了解いたしました」

「国防に興味を抱いていた我が妻アンジェリカの娘という事なのだろうな」


(ねぇ、公爵様ってやっぱり……)

(シンシア様には特に過保護よねぇ……)



 という、公爵家当主としての顔と言葉使いとなったお父様による命令がレディンに下されていたのを見ていたメイドが、心の中で呆れていたりする光景だった。


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