第7話 ぬぐぅ……



 あの第3王子アホが台無しにしたパーティー会場を後にした私とお父様は、馬車に乗り込んでタウンハウスへと戻った。

 既に連絡が行っていたようで私達が帰りついた時には使用人達がお出迎えをしてくれたんだけど、彼らの間にはピリリとした雰囲気があるのを感じ取れたのは、アレがやらかした事が本当にヤバい事だったのだという事を理解させられる。



「ジェシカにジャクリーン、シンシアを頼む」


「はい、お任せ下さい」


「シンシア様がお寛ぎ頂けるように全力を尽くします、旦那様」



 お父様や使用人の皆が私に向けてくれる笑顔や表情は優しいのだが、それでも静かな怒りや硬さを少ししか感じないから彼らのポーカーフェイスの素晴らしさを理解(多分だけどこの年の普通の令嬢や令息なら気づかないレベル)しつつ、お父様からジェシカとジャクリーンに私がパスされて部屋へと連れて行かれるのだった。


 そうして部屋に戻ったら今まで来ていた堅苦しいドレスを脱がされて、湯浴みをして体を洗浄してから、部屋着といえる動きやすいドレスに着替えさせて貰うのだけど、脱いだドレスはジャクリーンが洗濯の為に担当のメイドの元へと持っていった。



「んにゃふ…… 疲れた……」


「お嬢様、お茶をお淹れしますね」


「おねがーい、ジェシカ」



 それを見送った時に何時もの様に動きやすいドレス(それでも布の質は良く結構な飾りもある)に着替えられたことで、安心した息が漏れ出て来るし二人によって化粧等も完全に落とされて、本当の意味で気を抜ける空間になったのは有難かったので、ソファーにポスンっと座ってしまうのは致し方のない事でもあった。。

 ニコニコとした笑顔でジェシカが私のお気に入りであるお茶を淹れてくれて、それを飲んで一息つくと改めて第3王子アホの酷さっぷりというか、あの場での訳のわからない展開に辟易とさせられる。



「お嬢様、お茶菓子はいかがでしょうか?」


「うーんお腹は確かに空いてるけど、そろそろ食事の時間じゃない?」


「少しくらいはお食べになられても大丈夫ですよ、むしろ食べて下さいませ、お嬢様」


「う、うん……」



 あの第3王子アホの事を考えようとした瞬間に、ジェシカはお茶菓子を勧めて来るのだがハッキリ言って、貪り食いてぇ!!と淑女であり令嬢としての仮面を全て捨てて叫びたいほどに腹は減っている。

 気を抜いた瞬間に、ぐぎゅるるるぅぅっ!!となりそうなレベルなのだ、式典が順調ならば今頃は会場にあった料理に舌鼓を打っている頃だという事を考えれば余計にお腹が減って来るのは当然だ。

 何しろ美味しそうな手毬寿司や天ぷらに唐揚げだけじゃなくてオムレツとかステーキもあったし、スープやパンだけでなくゼリーやムースといったデザート類も物凄く美味しそうなのばかりだったのだから。

 これらを味わうという素晴らしい機会を奪ったあのクソガ、おっと、王子には恨み骨髄である。食い物の恨みは恐ろしいのだ。


 他の貴族の子女達も私と同じような状況だったのか、会場に料理が運び込まれた瞬間からそれをチラチラと見ていた子供が多かったのだし、私と同じようにお腹が空いていたのかもしれない。


 ジェシカが出して来たクッキーを齧ると、サクサクとした食感と共にバターの香りや砂糖の甘さといった優しい味が舌に伝わって来て、本当に美味しいと思いながら1枚をあっという間に平らげていた。



「お嬢様、厨房から連絡がありまして、本日の食事はお嬢様がお好きなものを用意する、とのことです」


「本当に!?」


「はい、ですので出来あがるまでの間、お時間を頂きたいとのことですが、大丈夫でしょうか?」


「うん大丈夫!よろしくね!」



 ドレスを洗濯担当のメイドに渡しに行っていたジャクリーンが戻って来ると、伝えてくれたのは本日の食事は私の好きなものばかりを用意してくれるという魅惑の報告だった。

 これに大喜びで返事を返すとジェシカとジャクリーンは微笑みを浮かべて頷くと、ジャクリーンは『それでは厨房に伝えておきます】と言って部屋を後にする。


 まあ、これで完全に分かったのは第3王子アホのやらかしは家にも完全に伝わっており、更には使用人の皆というか少なくともお父様やお兄様にレディン達は予想していた事も良く分かったけど、まさかブルーローズを付けた私に求婚して来るとは思いもよらなかったのは間違いないだろう。



「ねぇ、ジェシカ」


「はい」


「今までにブルーローズを付けた貴族に、王族が求婚した例なんてあった?」



 ジェシカに問いかけたのは、当然のものであろう。

 今までに教えてくれた家庭教師だけでなく、レディンやジェシカにジャクリーン達からブルーローズを付けた貴族の重要性と、それの意味について口を酸っぱくして教えられたのだ。

 この青いバラを付けた貴族は王族に対して求婚してはいけないし、逆に王族もその貴族に求婚してはいけないという決まり、これを破ることの意味なんて考えるまでもないしね。



「私が知る限りではありませんね、それにブルーローズの決まりは絶対に順守しなくてはならないものです」


「だよね、貴族間のバランスを考えたら、さ」


「まあ、あの王子愚か者は勉強をサボっていたご様子なので、その基本的な事も分からなかったのでしょう、お嬢様はもう悩まなくてもよろしいですよ」


「う、うん……」



 二百年前という過去、統一戦争のきっかけになったのは各地の王族と貴族が国内のパワーバランスを無視して力を固めようとして腐敗していき、政治も乱れてしまった為に一部の上級貴族が下級貴族や平民と共に立ちあがり、当時はバラバラだったリンガイア王国内の統一を掲げて戦争となったのが統一戦争だ。

 その経緯がある為に王家が一部の貴族家と親密になるという事は特に好まれる事ではなく、更には必要以上に王家に取り入ろうという動きも疑われる事になるので、王家と貴族が互いに気をつけることでバランスが成り立っているのが今のリンガイア王国である。


 これを王家が無視したとあれば下手を打つと内戦になりかねない事でもあるし、更には野心を抱いている連中からしたら第3王子は格好の神輿ともなりかねないが、軽過ぎだから取り扱い注意という部分があるのは間違いないだろう。

 なにしろ家庭教師の授業をちゃんと受けていれば普通に分かりそうなことなのを、全く分かっていないという酷い事実には流石に予想外にも程というものはあったけど、ジェシカの王子と呼んだ部分にはなんか妙なルビが振られていそうな響きがあったのは気のせいと思った方が良いね。



「救いと言えるのは王太子殿下と第2王子殿下は非常に聡明であらせられますので、彼らが上手にとりなして問題ない様にするでしょうね」


「確かにね、王太子のレオンハルト殿下と第2王子のアルベルト殿下の聡明さは有名だし、この辺の心配はあまりいらないかも」



 いや、本当に【レオンハルト・ルーギス・ルディオス・フォルス・リンガイア】王太子殿下と、第2王子である【アルベルト・ルギウス・バルディアス・フィン・リンガイア】殿下が聡明な方々でなければ、私の代でリンガイア王国は内乱になっていた可能性もあるんじゃないか? と、疑ってしまいたくなる程に第3王子は酷いのだから笑えない。

 幾ら母が王妹でありレオン兄様と私が末席ながら王位継承権(レオン兄様は王位継承権第4位で私が5位)を持っていると言っても、王家の人間が第3王子と似た者ばかりなら確実に国は荒れただろうし、他国の武力制圧という覇権を狙っている国に付け入る隙を晒す事にもなる。


 本当に危ういバランスで国の平穏ってのは成り立っているんだなぁ、と、考えさせられて自分がやるべき事もおぼろげながらも少しずつ見えた気がするのは、今回の事も無駄じゃなかったのだろうと思えた。







 それからすぐに戻って来たジャクリーンとも一緒におしゃべりをしたり、私が編みぐるみを作り出した時に色々と彼女達の希望を取り入れた物にしていたら、3時間位が経った頃に食事が出来たとタウンハウスのメイドが呼んでくれたので食堂へと歩いていた。

 今日のお兄様達だけじゃなくてお父様もお忙しいだろうし、部屋の中で一人のんびりと食べるのだろうと考えていたら食堂に案内されるので、私の部屋を整えてくれるジェシカを残して、ジャクリーンと一緒にお腹が空いてぺこぺこなお腹を抱えてトコトコと向かって行く。



「旦那様、シンシア様をお連れいたしました」


「ああ、入ってくれ」


「失礼いたします、お父様」



 私の傍に控えているジャクリーンが扉をノックして入室の許可を問えば、優しくも威厳のある声でお父様から入室を許可する声が聞こえてきた。

 それを確認したジャクリーンは扉を開けてくれて、それに目でお礼を言いながら入室してからカーテシーをして挨拶をする。



「それじゃあ、席に座りなさい、すぐに食事にするから」


「はい」



 挨拶を終えた私を微笑ましく見守ってくださっているお父様は、優しい声で言うとレディンが既に椅子を引いて待機してくれている所に座るように指示を出した。

 レディンも何時もなら厳めしい表情をしているのに、今までの生活の中で滅多に見た事がない優しい微笑みを浮かべているから、あの第3王子アホとの一件が伝わっているし私に心的なストレスを与えない様に配慮してくれているのかもしれない。


 そんな事を考えながら席につくと、私にはジャクリーンが付いて食事と飲み物の配膳をしてくれていき、目の前の皿に盛られたメインの料理は自分の好物を本当に用意してくれていたのだと分かった。



「あんな事があったからね、今日位は好きな物を食べようかシンシア」


「ありがとうございます!お父様!」



 実は前世からの大好物がエビフライなのだ、プリプリな海老とサックリとした衣のコンビの素晴らしい食感と味を齎してくれるエビフライを、ウスターソースで食べるも良しタルタルソースで食べるも良しな感じに今世でも大好きな逸品であるが、皿の上には大きな海老フライが2匹並んでいて目が輝いてしまうのは当然だった。

 ちなみにこの世界にもウスターソースはあるもののタルタルソースという名前は存在してなかったが、ほぼ同じレシピで作られるソースはあったので、やっぱNAISEIなんて出来る余地はねーな、なんて考えていたりする。


 それから始まった夕食は和やかに進んでいき、腕利きのシェフが作ってくれたエビフライを味わいながら、サラダやスープもうまうまと食べていたら、お父様だけでなく室内に居るレディンやメイドの皆も微笑ましそうに私を見ている事については意識の外にやって、この1日ほとんど食べられなかったので、余計に美味しいと思いながらもお行儀よく食べて行くのだった。

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