第6話 美味しそうな料理があったのに……!
馬車の中から見た王城【インヴィンシブル】の姿は荘厳なもので、前世での中世から近代にかけての欧州の宮殿や城の如き美しさを誇っている。
白亜の宮殿という奴か、なんて思っていたのだけど私が住んでいるのも前世で例えるならハイデルベルク城に似たお城に住んでいるので、この王城と比べた場合は様々な点において王城が勝るけど、それに匹敵する位の広さと立派さを持つバルデシオ公爵家の居城にも溜息が漏れ出てきそうだった。
前世は普通の一軒家に幼い頃は住んでいて、大学に進学したころから安い6畳1間でトイレ風呂付のアパートで独り暮らし、卒業してから死ぬまで同じアパートに住んでいた事を考えると本当に信じられない状況があるもんだと思う。
「それじゃあシンシア、降りるけど準備は良いかい?」
「はい、大丈夫です、お父様」
流れていた景色が止まって、先ほどまで聞こえていた馬の蹄の音も聞こえなくなった事から目的としている場所に着いたのだろう。
後ろをついて来ていたレディンの乗る馬車から彼が出てきて私達が乗っている馬車の扉を開けると、まずはお父様が立ち上がり外へと出ると手を差し出してきてエスコートの姿勢をとっていく。
「それじゃあ行くよ、シンシア」
「はい」
何時も着ているドレスよりもデザインが凝っていて歩きにくいという事もあって、隣を歩くお父様は気を遣ってくれいるのが分かる歩き方をしてくれる。
まあエスコートだから、コレが普通なのだろうと考えていたが先導してくれる王宮近衛兵に失礼にならない様に回りに視線だけ向けると、明らかに近代化された個所が幾つもあって空調の設置や灯りを灯す為の専用の器具への入れ替え後等も確認出来る。
なので科学技術の発展と同時に城も、中身を最新のものに入れ替えているのが良く分かる光景があった。
「本日のパーティーが行われる間は、こちらとなります」
「ああ、ご苦労だった」
暫くの間、大体20分近くは歩いただろうかという距離を経ると、私達の前に大きくて立派な扉が姿を現した。
そこに着いたのと同時に近衛兵が恭しく頭を下げると、扉の中央に待機している明らかにベテランという風格を漂わせるメイドが扉を開けて私達親子を中に招き入れる。
前にレディンの授業で知ったのだが、このリンガイア王国では上位貴族が入場する際に、○○公爵のおなーりー!などと言ったりはしないらしい、リンガイア王国と同盟国のラスヴェード公国だと言われるし他の国でも行う所はあると聞いていたのだけど、貴族の階級で入る扉の大きさが変わると言っていたので、会場内にいる人達は入って来る人間がどの階級の貴族なのかというのを分かり易くもしているという事を聞いていた。
「ぁぅ……っ」
「シンシア、大丈夫だよ」
私達が通った扉は公爵家用のもので、二百畳以上はありそうな広いホールに足を踏み入れた瞬間、中にいる貴族や子供達全員からの物理的な圧力を伴った視線が降り注ぐ。
コレを感じた瞬間に怖気付きそうになるが、お父様が優しく手を握り安心させるように声を掛けてくれたから冷静さを取り戻す事が出来ていた。
前世での色んな経験のあるオッサンだった自分が情けない、そう思いながら自分に叱咤して気合を淹れなおして背筋をピンと張り、堂々とした姿を維持してお父様の横を歩いている。
周囲に視線を向ければ2人の兄様達も会場内に居て、護衛としての近衛軍の軍服に身を包んだライル兄様と、有力でバルデシオ公爵領と付き合いを持っても構わないという貴族との折衝をしていたレオン兄様達が、初めてこう言った場に足を踏み入れた私を心配そうに視線を向けるのだけど、冷静に見た目を取り繕っているのを見て、安心したように自分達がするべき事に集中していくのを横目に見ていた。
その後はお父様に挨拶をしに来た貴族と、その子女達に囲まれていき対応をしていかなくてはならなかったので、公爵令嬢としての仮面を全力で被って対応しながらお父様の邪魔にならないように気を張って会話をしていくのが本当に疲れたと言って良いものだった。
だけどお父様と当主貴族の方々の会話に耳を少し傾けると色々と収穫もあったので、ホクホクとして情報を悦んで整理していたのは言うまでもなかった、それに艦船の動力がレシプロエンジンって聞こえた時は興奮しそうになったが、前世の物と名前は同じで中身は全く違うという可能性もあるから、調べる機会を得られたら調べてみようと考えている。
そんな時間を過ごしていたら、近衛兵の入場の声と共に国王陛下夫妻が3人の王子を伴って入室されて、玉座が据えられている舞台へとレオン兄様とライル兄様が傍について歩いて行っていた。
室内にいる貴族と近衛兵の全てが国王を迎え入れる礼をとっていき、私も事前に教え込まれていた通りの動きで臣下の礼をとる。
「皆の者、楽にせよ」
国王陛下である【アーヴィン・ライオネル・バルディアス・フォン・リンガイア】の厳かな声が響き渡り、臣下の礼をとっていた貴族達は公爵から順に立ちあがり姿勢を楽なものへと変えていく。
この辺の動きにも色々とマナーやルールがあって、まずは私の家である4公爵家の人間達が陛下の名を聞いてから体勢を楽なものに変えないと、他の侯爵や辺境伯に伯爵達は動こうにも動けないとレディンから厳しく教えられていたので、お父様の動きに合わせて自分の体を動かしていた。
ちなみに母のアンジェリカは国王陛下の妹だったので、アーヴィン陛下とは叔父と姪に当たるのだがお会いするのは何気に初めてである。
陛下の容姿は私と同じくプラチナブロンドの髪を肩口の所で切りそろえており、立派な顎髭を蓄えた口元と切れ長と評するべき瞳などで威厳に満ちて恐ろしく冷たい印象を他人に与えそうになるが、声には威厳と厳かさの中に臣下に向ける温かさや優しさに似たものを感じさせる不思議なお声をしていた。
「……」
全ての貴族が立ちあがり体勢を変えて行くのを隣に立っている王妃である【セシリア・フェリル・ヴェンシェル・フォン・リンガイア】様が陛下と一緒に、ゆっくりと会場内を見渡していたが、お二人は何故か私を見た時に一瞬だけ驚きつつも懐かしさを感じさせる表情を浮かべたのは何故だろうと思った。
だけど隣にいるお父様が身内にしか分からない程度に、ポーカーフェイスを装いながら楽しそうなご様子で陛下ご夫妻を見ているから、彼らが何故驚いているのかは私には分からないがお父様ご自身には分かっている様子ではある。
「皆の者、本日は良く第3王子であるユージオの為に集まってくれた、礼を言うぞ、ささやかではあるが宴の席を用意した」
厳かな声で挨拶をしていく陛下の言葉、これを合図としたのか周辺にいたメイドやボーイといった給士が、動き始めた気配すら分からない程に静かに尚且つ自然に飲み物を配って行き、会場内に大皿に盛られたとても美味しそうな料理を運びこんでいく。
陛下と王妃様にはレオン兄様とライル兄様がグラスを渡し、3人の王子達には他の3公爵家の嫡子と思われる若い男性や女性達が渡して行くが、王太子に飲み物を手渡した女性の胸元には私が今付けているブルーローズが付いているので恐らくは彼女が、ヴェンシェル公爵家の次期当主である女性なのだろう。
姉と仲が良く一度だけお話しした事があるだけのご令嬢だったので、人柄は良く分からないが次期当主としての誇りを持ち自らを磨く事に余念のない美しい女性だった事は覚えているが、気の強い姉と気が合う女性なので油断は出来ないお人なのは間違いないだろう。
残る2家のご令息は写真で見た事のある顔であったので、彼らが残る公爵家であるエルネシアとリーンダスの次期当主達だという事が分かる、彼らもまた美麗な容姿をしていて本当に王家や公爵家等の上流階級の貴族達は何で見目麗しいのばかりなのだろうか、と疑問には思っていたりする。
「今宵は披露出来たユージオを祝い、存分に宴を楽しんでもらいたい!乾杯!」
『乾杯!!』
国王陛下の音頭の元、各貴族家の当主達が合わせて音頭を言ってグラスを掲げ、私達子供は何も言わずにグラスを掲げる中で気になるのは第3王子と思われる少年だ。
横柄というか周囲を見下しているというか、悪い意味での貴族や王族の姿そのものと言える様子なのだ、兄である王太子と第2王子は知性と気品に溢れるご様子なのとは対照的と言って良く、今も陛下が挨拶をしていても自分は一言も喋らせてもらえない状況に不服そうな顔をしている。
更には私達も行っているグラスを掲げるという行為もしようとせずにいたら、第3王子の横にいる恐らくはエルネシア公爵家の次期当主殿が突いているから、問題行動は日常なのかもしれないがエルネシア公爵令息や他の人達がユージオ殿下を見る目が妙に冷たいというか、白いのは気にかかる所でもある。
9歳という子供なのに、そこまでの目で見られるような問題の多い酷い少年なのか? という疑問が浮かび上がってくるけれど、挨拶しに行った時に分かるかと思い直して続きの陛下の挨拶を聞いているのだった。
まあその理由はパーティー開始直後に、嫌と言うほど理解させられるんだけどね。
お父様が国王陛下を含めた王族方にご挨拶をしたのを確認して、促される様に背中に背を回されたのでカーテシーをして向上を述べていく時に、それは起こった。
「初めまして国王陛下、王妃殿下、わたくしはシンシア「父上!私の婚約者は彼女に決めたく思います!!」……?」
「………… ユージオ、お前は一体何を言っておるのか分かっているのか?」
「分かっておりますとも!本日は私の婚約者と側近を決める場でありましょう? それで決めたのでございます!」
開いた口が塞がらない。
挨拶をしている時には相手の言葉を絶対に遮ってはならないというルールがあり、前世の世界でも自己紹介の挨拶の際に無視したりする事はいけない事だというのは同じなのだけど、この世界の貴族の場合だともっと徹底的だ、何しろ相手の挨拶を遮るという事は敵対するとか良い感情を抱いていないという主張になるのだから。
流石の陛下もいきなりとんでもない事を言いだした第3王子の姿には、呆気にとられたというか事実を飲みこむのが遅れたようで一瞬だけ呆けた様子を浮かべたものの、速攻で般若というか鬼と表現出来る程の冷たい視線と表情に変わっていた。
だけど、そんな国王陛下のご様子など気にしていないのか、もう第3王子と書いてアホと読むで良いかと考える程の事を言いだしたために、私もポカンとしそうになるのを堪えながら扇子を取り出して口元を隠す事に成功する。
「ユージオ、本日の場はお前の我儘を言うべき場所ではない、今朝も注意しただろう?」
「何を考えているのかは知らないが、兄上の言った通りお前の意思が挟める場であると思うな、そう私からも警告をしていた筈だが?」
「それに彼女はブルーローズ持ちだという事を理解しているの? 控えなさい!ユージオ!!」
私達が挨拶に行く前までは小声での会話や音楽団による演奏も行われていて、会場内は少しの喧騒に包まれていたのだけど、
チラッと横目で窺えば、恐らくは側近や婚約者として選ばれたであろう令嬢や令息達が特別な場所に居るのが分かるけど、彼らの
王太子殿下に第2王子殿下、更には王妃様まで
「何故ですか!? ブルーローズなどという下らぬふうs「黙っておれ!この愚か者が!!」っ!」
「愚物が…… 妹によくも……」
「追って沙汰を下す!謹慎しておれ!衛兵!!」
「そ、そんなっ!? なゼですか!!父上、ちちうえぇぇ!!」
流石の陛下も公式な場での狼藉としか言いようがない
それと同時に近くにいたライル兄様と、別な近衛兵の男性が
ちなみにレオン兄様は仮にも王子に対して愚物と言っていたけど、大丈夫なのかしら? とも思いながら、これって王家の醜聞になったりしないよね? と、周囲を見渡せば他の貴族達は
「バルデシオ公爵家当主フィリップよ」
「…… 何でございましょう?」
「後日、シンシア嬢と共に城に来て貰いたい、今回の
「御意に」
今までのやり取りですっかりと式典は台無しになるが、国王陛下を含めた4人の方々は表情こそ真顔というか威厳のあるものを崩していないが、目元には私達に対する申し訳ないという謝罪の意思の籠った視線を向けて来てくれている。
だけど、様々な目があるここで謝罪する訳にはいかないのが王であり王族でもある為に、限りなくオブラートに包み込んだ言葉で持って日を改めた再びの登城を要請してきた。
「では、式典が始まったばかりですが、失礼させていただいても?」
「うむ…… 許可する」
お父様は恭しく頭を下げると、礼を終えたのと同時に私の手を握りながらにこやかな笑みを浮かべているが、間違いなくキレていると言える硬い声で退出の許可を貰うと、私の手を引いて会場を後にしていく。
挨拶もなしに会場を出ても良いのかと思ってレオン兄様にアイコンタクトをすれば、彼は頷いていたから後の事はフォローしてくれるのだろうという事も理解出来たし、ライル兄様も戻って来たのでお兄様達に任せた方が良いと判断して足を動かすのだけど、国王陛下と王妃様は非常に残念そうな顔で私を見送っているから、何故だろうとは考えていた。
ホント、あそこまでアホだとは予想外過ぎる。
そうとしか言いようがない、初対面の従兄である王太子殿下に第2王子殿下ともお話しするのが楽しみだったのだけど、それが流れてしまったので溜息を吐きたくなるのは当然といえたし、あの会場に運び込まれた美味しそうな料理の数々に下鼓を打てなかったのが本当に心残りだ。
何気に和食の手毬寿司に天ぷらっぽい料理もあったから、楽しみだったのに!この世界には東の方に武蔵の国と呼ばれる、前世の日本と似た文化や風習を持っている国から伝来した料理が普通にあるので、王家で調理されたこれらを見て本当に食べたかったのに!と後ろ髪を引かれながらではあったけどね。
王都のタウンハウスに戻る馬車の中で、この辺だけが憂鬱な事であった、異世界のお城で出されたお寿司とか天ぷら食べたかった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます