第5話 パーティー前のあれこれ
あの食事会から、王宮に登城するというのもあってマナーやダンスのレッスンが厳しさを増していき、本当にあっという間としか言いようがない位に2カ月以上が過ぎて行った。
今の私は専属のメイドであるジャクリーンにジェシカと共に、王都のタウンハウスへとやって来ていた。
王宮に努めているお父様と、リンガイア王国陸軍司令部に勤めているライル兄様達が王都で住んでいる家なので、勤めている侍従達によって徹底的に整備されているから私の部屋として与えられている一室も埃ひとつ無い綺麗な部屋だ。
「これから2週間後には王宮での第3王子のお披露目を兼ねたパーティーになるのよね」
「はい、既に注文していたドレスも到着しており来週に衣装合わせを行いましょうね、お嬢様」
「…… うん、分かった……」
この2ヶ月間は正直に言うと、何の地獄だ、と言いたくなる位の毎日だった。
なにしろ現国王陛下ご夫妻までご臨席されてのお披露目となるので、ほんの僅かな粗相もあってはならないのだから、教育を担当していたレディンを含めた家庭教師の皆によって徹底的に仕込まれていたのだから疲れたとしか言いようがない。
だが、レディン達が作り上げた私のスケジュールに体調管理は完璧で、厳しいレッスンや授業を経て5日間の王都への旅を列車での道のりだったというのに全く疲れを感じさせないのだからすごいと言えた。
ちなみにだけど、この列車は煙突が無く石炭を燃やさない蒸気機関車と言えるもので、火属性の魔石で熱を発生させてボイラーの水を沸かして蒸気の圧力で動かすという、燃料が違う蒸気機関車であるけど煙突から煤煙を出さないからか、前世の機関車より良さそうだし機関の音も静かで車内は快適だったのは驚いたけど、余剰となっている蒸気の排出は行われていたので特徴的な音は聞こえていたりする。
前世の新幹線に乗っていた時と同じ位に車内は静かで、尚且つ空調が効いて快適だったのだから驚かされた、ジェシカ達にお願いして服を変えてお忍びで一般車両にも行ったのだけど、そこも空調が効いていて柔らかそうなクッションで作られた座席という快適な車内だったのだから、剣と魔法のファンタジー世界っぽいのに現代的な快適さがそこかしこにあるなと思っていたりする。
「そう言えばお父様やお兄様達は何時来るんだっけ?」
「レオン様は王宮で開かれるパーティーの2日前に来られる様に調整しております、旦那さまとカイル様は明後日から2日間を休日にしたので、お嬢様とご一緒されるそうです」
「という事は、二人とも職場に泊まって仕事を片づけてるのね」
「そういう事になります」
まあ、正直に言えば1月近く前に王都へと来ていてもやる事が無いし、公爵令嬢という立場でもあるから街に行く事は良い顔はされないし、もう少し歳をとっていたらお忍びな恰好をしてのお出かけは許されただろうけど9歳という年齢だから、絶対に許可なんて降りないよなぁと考えていた。
これは上のお兄様達も同じ様で、街中に出るのが許可されたのが14歳以降になってからと兄様達や他の皆からも聞いたし、その年齢に彼らが達するまで出かける事が許されていなかった事も一応は覚えているので、仕方のない事だと割り切ってはいる。
「…… せっかく王都に居るんだし……」
「お嬢様」
「分かってるよ……」
お父様やライル兄様は、今日と明日一杯で自分の仕事を片づけて私と一緒に過ごそうと画策しているようだけど、折角王都に来たんだし庶民が利用する商店街とか貴族が利用する商店に直接行ってみたいと考えるのは色んな好奇心から来る事だと言える。
だけど、ジェシカとジャクリーンにとっては私が街に出る事は許容できる事ではないようで、普段はおっとりとして穏やかな言葉使いをするジェシカが鋭い声で注意してきた上に、ジャクリーンが元から鋭い目をより細めているから、街中へと高位貴族の子供が出かける事の危険性を強制的に理解させられた。
改めて、前世の平和で安全だった日本という国とは違うのだ、と叩きつけられた形になっているのだし、気を引き締めておかないといけないと考えるのには十分な状況だった。
王都に到着してお兄様とお父様達と過ごした日から、2週間近くが経過して本日は遂に王城で開かれる第3王子のお披露目を兼ねたパーティーの日となる。
開始は午前11時からとなるが、起きた時からずっと私付きのメイド達がいそいそと動きまわり、更には家中の使用人が忙しそうにしていたので本日のパーティーの重要性が分かるというものだ。
「お嬢様にはこちらのリボンの方が……」
「だけど、このリボンでは地味では?」
「お嬢様が美しく着飾り過ぎていても、第3王子の婚約者に内定しているご令嬢に失礼になりますから、派手なものは避けた方が良いでしょう」
「ですが、あまりにも地味過ぎる装いではお嬢様が侮られる危険もあります」
「難しい所ね、お嬢様は元々の容姿からして優れているから、どうしても目立ってしまうし」
先ほど十数分ほど前に風呂に入れられて、ジェシカとジャクリーン達によって徹底的という言葉も生ぬるい位に、念には念を入れて体は垢を徹底的に落とされて、更には着ていく為のドレスや装飾品の選定が行われているのだけど、彼女達二人以外にも3人のメイド達が選定とかドレスの着付けに参加しているのだが、朝からの準備でへろへろになっている自分の耳にはほとんど届いていない。
むしろ朝ごはんも満足に食べていないから、せめて冷たいお茶とか水やらパンを頂戴と思うものの、王城でのパーティーの際に粗相をしてはいけないという事で、最低限度の水を摂取させられただけで腹は空っぽなのが悲しかったりする。
まあ、式典が開始されたらトイレとかで退室など国王陛下ご夫妻がご臨席されている場では許される筈はないし、正式な場で空気も読まずに不浄に行くというのは家の不名誉ともなるので、今日一日位は我慢しておかないといけないというのは理解出来るが、納得が出来るかと言われれば無理と言えるものではあった。
「それでは、お嬢様のリボンはこの色にして、他の装飾品は腕輪を着けるという事でよろしいですね?」
「それが良いでしょうね、この組み合わせならば目立ち過ぎる事もなく、かと言って地味過ぎる状態にはならないでしょうし」
ぐったりとソファーに座っていると、このタウンハウスのメイド長である女性の声と弾んだ調子になっているジャクリーンの声が聞こえて来て、漸くアクセサリーが決まったのかと思うと溜息を吐きだしそうになるが、気心を許した人以外の前で溜息を吐くというのは男女問わずはしたない事とされているので、我慢しながらゆるゆると首を向けてメイド達が選んでくれたのを見ると、確かに地味ではないが品が良くて派手過ぎでもない装飾品が選ばれていて、彼女達の能力の高さを実感させられる物があった。
ドレスの色は鮮やかな緑色エメラルドの様な色合いを持つドレスで、リボンは黒で腕輪には小さなルビーやエメラルドを含めた宝石埋め込まれており、下品にならない様に絶妙なバランスで配置されたのが選ばれていた。
「それじゃあ、髪型とかは任せるから着付けをよろしく」
『了解!!』
「ぴっ!?」
選ばれた装飾品の着付けとか、残りのドレス関係の作業を任せると言えば気合が入り【過ぎている】メイド達の声が聞こえて、情けない悲鳴が出るが彼女達はそんな私を気にしない事にしている様子で嬉々として着付けてくれていく。
ドレスを着なくちゃいけないと分かった時は着方が分からなくて絶望したものだけど、そう言えば公爵令嬢だから自分で着る必要すらなかったのを思い出したのは、流石に苦笑いが出てきそうだったけど、幾ら今の肉体が美幼女と言える容姿をしているとは言えど、メイド達の張り切りぶりにも引いてしまうのは人として当然のことと思って貰いたい。
そんなこんなで着付けの時間が慌ただしく過ぎて行き、会場でお腹が鳴らない程度に本当に軽くパンや水を改めて口にしてから、部屋を送り出されるが領でのレディンからの各種教育やタウンハウスに来てからの授業も含めても、授業をしている方が楽だったと言えるのは間違いない位の状況だった。
玄関へとトコトコと歩いているが、既にライル兄様は会場入りして警備体制の最終確認や会場設営の責任者達との調整を行っているし、レオン兄様も一昨日に王都へ到着して現在はライル兄様達と一緒に会場設営に携わっているという事を聞いていた。
そんな私を誰がエスコートするのかと言えば。
「おぉっ!私のシンシア!可愛いし綺麗だよ」
「ありがとうございます、お父様」
父である【フィリップ・ヤザム・ラウ・バルデシオ】が玄関ホールで待っていて、着飾り両側をジェシカとジャクリーンに挟まれて現れた私を見て目をキラキラとさせて褒めてくれる。
見事なゴールデンブロンドの髪を肩に差しかかる位置で切りそろえて、私達兄妹と同じく鮮やかな碧眼を優しげに細めて微笑む姿、中年に差しかかったというのに若々しくて美丈夫と表現するべき眉目秀麗なお人であり、滅茶苦茶イケメンなお兄様達や美人なお姉さまの親なのだという事を全力で示しているお姿だ。
「このまま抱きしめて、誰にも見せたくない位だよ!」
「そんな訳にはいかないです、本日はちゃんと王宮に行かないと……」
「断れるならば、そうしてしまいたいのだがな、本当に今のシンシアを他の者達に見せたくはないな!」
王宮でも敏腕を振るい現国王夫妻からの信頼が篤く、優れた慧眼によってレオン兄様へのフォローすら完璧にこなすという、まさに超人と言って良いお人なのだけどたまに疵と言って良い所が、お姉さまと私を溺愛し過ぎている所だろうか、レオン兄様やライル兄様への愛情も感じられるのだけど私達への溺愛に差を感じてしまうが、お二人はむしろお父様からの過剰な愛情が私達に向けられるのは好都合と考えていらっしゃるので、微妙な心境になってしまう。
ちなみにお父様が向ける少々過剰な愛情をお姉さまは【鬱陶しいですから、止めて下さいます? お父様】と、一刀両断にして落ち込ませていたりするが今は関係ないので置いておくとしよう。
「フィリップ様、そろそろお時間でございます」
「うむ、それでは行こうか、シンシア」
「はい」
一昨日にレオン兄様と同じタイミングで王都入りしていたレディンがお父様に対して進言すれば、公爵家当主としての顔となった彼は私に手を向けて来る。
その手をとってエスコートされながら馬車に乗り、王城へと向かっていくのだが、やはりファンタジー世界の首都は新鮮で目を輝かせながら馬車の外を流れる光景を見つめてしまったのは当然のことだと思って欲しい。
それに蒸気機関とかが実用化されているファンタジー世界だからか、色々と特徴的な街並みでもあったのだから余計に興味深くてお父様に色々と質問してしまったのだけど、こんな私をお父様はニコニコと嬉しそうに見つめながら色んな質問に答えてくれたのは有難かった。
サスペンションなどの機構が実用化されているからか、揺れなどの不快な振動はなく車内も魔法による空調によって極めて快適に保たれていて、科学と魔法の両立による恩恵を理解させられながら王宮で待つ色んな面倒事への覚悟を決めて行くのだった。
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