第4話 可愛がってくれるのはありがたいけど……
抱きかかえられてから暫くの間、私はライル兄様に愛でられていたのだが、レオン兄様の絶対零度の視線に晒されたのと同時に。
「ライル、いい加減にしなさい?」
「わ、分かりました兄上……」
剣で切られたと感じてしまう位に鋭い声で発して来た言葉に、ライル兄様は私を降ろすと定位置の椅子に座らせて自分も着席する。
この部屋にいるジャクリーンの目が危険水域に行っていたのもあって、ハラハラとしていたのだが何とかレオン兄様が納めてくれて本当に助かったと思いながら周辺を見渡して行く。
長方形のテーブルの何時もならお父様が座る席、上座の位置にはレオン兄様が座っていて私の対面にライル兄様が座っているという感じだ。
『レオン様、お食事を運んでもよろしいでしょうか?』
「ああ、よろしく頼む」
『失礼いたします』
それを見計らったように扉がノックされて、何時も料理を運んでくれるメイドさんが良く通る声で許可を取って来る。
彼女にレオン兄様が許可を出したら静かにドアが開いて、カートに乗せられた私達の食事や飲み物が運ばれてくるので、腕の良い料理長が張り切って作ってくれたのだろうご飯の美味しそうな匂いが室内に広がって行く。
お茶は飲んでいてもお菓子を食べたりとかの間食をしていなかったので、お腹が鳴りそうなのを必死で我慢していた。
「本日のメニューは……」
2人のお兄様には、それぞれの専属メイドが食事を用意していき、私の分はというと本日はジャクリーンが配膳をしてくれていた。
それらの光景が広がる中でレディンがメニューの事を言っているが、前世の高級なレストランのように複雑というか長ったらしい名前がつらつらと続いているのが、異世界であっても色々と共通している事はあるのだな、と思って妙に感心する事でもある。
まあ簡単に言っちゃえば、南のヴェンシェルという公爵領から輸入した良質な牛肉を使ったソテーに、バルデシオ公爵領で採れた新鮮野菜を使ったサラダと、同じくバルデシオ公爵領で採れたキノコを使ったスープに、何時ものパン業者が納品してくれたパンといった内容だけど、勿論のこと私やお兄様達の食事の量に違いはあるのは当然だ。
私の分は少なめで幼女がちゃんと食べきれる量が盛られていて、お兄様達の方はと言うと見た目が下品にならない様に盛られていて、更には量も多いが私の皿に盛られている料理との差を感じさせないという、プロの凄まじい技術も感じさせる盛り方であった。
デザートが食後には付くと言っていたので、これは食後の楽しみとして今は目の前の食事に集中するとしよう。
「兄上、3カ月後に王都で開かれる例のパーティーについての話はシンシアにしましたか?」
「今からする所だね、一応はジャクリーンが少しは話していると思うが」
「はい、先ほどジャクリーンとお話をしていた時に少し聞きました」
「では、それを前提として話をする」
他の貴族家ではどうなのか分からないが、我が家では口の中に物を入れて喋らない限りは食事中の会話は普通に行われるし許されている。
基本的に前世でのフランス料理におけるテーブルマナーとほぼ同じなので、生まれ変わってから鍛えられて来たのもあって、何とか厳しいレディン達のお眼鏡に適うレベルになったとは自負していたりはするが、油断すると素が出そうになるので気は抜けない。
たまにレオンお兄様もいない時は自室に運ばれて一人で食べるので、この時は気追う事無く食事をしていたりする。
まあ、この辺は置いておくとして3カ月後に王都で開かれるパーティーの打ち合わせの為に、ライル兄様は帰って来たのだという事が分かった。
そうでないと普段は忙しく働いている彼が帰ってくる時期としては不自然だし、レオン兄様が確認する様に聞いて来た言葉に頷いて答えると彼は口を開いて行く。
「明後日には仕立屋が来るから、シンシアの予定は一旦キャンセルでドレスの採寸やアクセサリーの選定が行われる」
「分かりました、レオン兄様にスケジュールの調整はお任せ致します」
「その辺は任せておきなさい、後は当日におけるシンシアのエスコートだが」
ドレスの仕立てとか当日着用するブルーローズ以外のアクセサリーの選定とか、正直メンドクサイと言いたくはなる。
だが国内で最も力がありトップの家でもある公爵令嬢が、下手なドレスやアクセサリーを着ける訳にはいかないので、家の格に見劣りしない一流の物が選ばれるし身に着けないといけないが、品物の格に負けてもいけないので色々と調整をしなくてはならないのだ。
それに我が家の様な力のある家柄だとあまり流行を気にしなくてもよいが、流行に後れていても良くないし逆に流行に乗り過ぎていても良くない。
これが貴族としての義務かと思うと色々と面倒なものでしかないと感じるのは、庶民であった前世の事もあって仕方のないものだろう。
「定石では兄上か父上になるのでしょうか?」
「そのつもりだが、父上は何と?」
「シンシアが了承してくれるのなら、エスコート役をやりたいとテンションを上げ過ぎな様子で言っていましたね……」
「相変わらずの溺愛ぶりだな……」
さて貴族がパーティーに参加する際には、もう一つ面倒な事もある。
それはエスコート役についてだ、必要が無いものもあるのだが大抵の場合は婚約者や父親とか兄弟に令嬢はエスコートして貰い会場へと入場するのが常だ。
令息の場合はなんかもっと面倒というかややこしいルールがあると聞いた事があるけど、この辺は割愛だ今の自分には関係ないし。
なので特に婚約者候補もおらず、フリーな身である私はお父様かお兄様達にエスコートされるのが通常なのだけど、どうやらお父様が張り切っているのが言葉の端から分かるが、藪を突いて蛇を出す気はないのでレオン兄様が言っていた事はまるっとスルーする。
「シンシア、どうする父上にエスコートして貰うかい?」
「はい、お父様にお願いしようと思います、その事も含めた手紙を書きたいと思いますのでライル兄様、渡していただけますか?」
「分かった、任せておけシンシア」
レオン兄様だと当日は色んな調整や次期当主としての挨拶回りもあって忙しいだろうし、ライル兄様は陸軍のしかも近衛軍に居るという事もあって忙しさは察せられるから、色々と張り切っていらっしゃるお父様にお願いするのが筋だな。
そう思いながらライル兄様にお父様宛ての手紙を書くから渡して欲しいと頼めば、彼は張り切った様子でニコニコとした笑顔で了承してくれるし、レオン兄様も珍しく柔らかい笑みを浮かべているからこれが正解だったようだ。
それにお父様と会えるのは年に数えるほどしかない事もあって、色々とお話ししたいと思うし、ご機嫌をとって色々と王都を含めた都市や海軍基地何かの観光をしてみたいという打算もあったりする。
この後は運ばれて来たデザートである、様々なベリーを使ったタルトに兄妹3人で舌鼓を打ちながら和やかな食事会を済ませていた。
あの食事会から数日が経つ、ライル兄様は食事会の翌日には私がお父様に宛てた手紙を持ち王都に帰って行った。
「ぬふぅ……」
「お疲れさまでした、お嬢様」
「あぅぅ、ありがとうジェシカ……」
今の自分はだるだるになった状態でテーブルに凭れかかっているが、こんな私をジェシカは微笑ましそうに見ながらお茶を淹れてくれたので体を起こして丁度良い温度にされているという、至れり尽くせりのお茶を美味しく頂く。
「あんなに徹底的に採寸する必要あるのかなぁ……?」
「今のお嬢様はお身体が成長する年齢ですからね、ドレスも幾らかの余裕を持たせないといけませんから」
「まあそれは分かるけど……」
本日はレオン兄様が言っていた通りに、3カ月後のパーティーで着るドレスの採寸が行われたのだ。
採寸に来た仕立屋さんは、まさにマダムの見本と言って良い熟女でありながら淑女としての礼節も持ったお人で、今の女としての自分はこんな風に歳をとって行きたいと思うほどの風格と品格と気品に満ちている人物だった。
そんなお人から徹底的と言って良い位に体の色んなサイズが測定されていたのは、前世で経験のなかった事だから困惑したし、幾らジェシカやジャクリーンに仕立屋の女性しか居ない所とはいえども下着姿になった事も恥ずかしいという感情が荒れ狂った原因の一つでもある。
まあ今は成長期であるし、徹底的にサイズを測って3カ月後に備えるというのは分かるのだけど、下着姿を仕立屋だけじゃなくてメイド達に見られたのも結構なストレスというか羞恥心に塗れた感じではあったのは当然というかなんというかだった。
「それに今から3カ月の間で急激に成長して、折角のドレスが入らなくなるという事態にならない為にも徹底的な採寸が必要だったのです」
「う、うん……」
「ですので、わたくし達はお嬢様の成長具合を確かめられるとか、そういう事は考えず、邪な気持ちも抱かずに採寸に参加させていただいたのです」
「そ、そう……」
なんか、語るに落ちる、って諺の意味を実感した気がするのは気のせいだろうか? そう言いたくなる。
ジェシカやジャクリーンは本当に優秀で普段から助けられているものの、たまに見せるこういう姿が本当に疵と言って良いレベルの女性達なのは、勘弁してほしいと思うけど視線以外での実害と呼べるようなものはないし、私が欲しいと思った物を先んじて用意してくれる位に有能だしなにも言えねぇという状態ではある。
普通に話したりしていたら本当に楽しいし、彼女達は私が楽しんだりすることを最優先にしているのでお兄様達からの信頼も篤いので、この辺だけが何とかなれば完璧なのにと思うが、長年の付き合いでもあるので慣れてきている自分がちょっと恨めしい。
「だけど、第3王子がバカってのは確定したみたいね」
「まさか、ライル様が否定せずに、むしろ肯定されるとは思いませんでしたね……」
「噂は噂だと思っていたかったのですが、お嬢様、お気をつけください」
「うん、当日はお父様もお傍に居てくれるから、対応できないと判断したら頼るわね」
ただ、あの日の食事会において第3王子の事について聞いたら、ライル兄様はにが虫をたっぷりと噛み潰した表情を浮かべていたから、今度のお披露目がなされる王子の評判は噂の通りなのだという事が良く分かってしまった。
それ処かレオン兄様まで第3王子と私を接触させたくないとまで言っていた事から、一体どれほど酷いのかとツッコミを入れたくなってしまうけど、これからその王子と会わないといけないから憂鬱にもなろうというものだったが、当日はお父様が傍に居てくれるだろうから心配はいらないと思いたいと思う他にない。
だけど、最悪というのは自分の予想をあっさりと越えて来るものだという事、これを全然理解出来ていなかった私の見通しの甘さを、当日は存分に理解させて貰えたのは本当に嫌なものだった。
まさか、あそこまでアホだとは思わなかったのだ……
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