第9話

●第9話



 探偵のような格好をした二人のフレンズに、木の檻に入れられたキュルルは、そのまま台車で運ばれました。


「突然どうしてこんなことをするの!?」

「少し手荒ですが我慢してください」

「前、怪しいからって、追い払われたから仕方なくだね」


 最初は突然の連行に、驚いたキュルルも、徐々に相手のフレンズについて思い出し始めました。

 ゴリラさんたちの森に入る以前、アードウルフちゃん、アリツカゲラちゃんと一緒に、物件探しをした時の蟻塚で、このフレンズ達にあったことがあります。

その時は、二人はキュルルを探していたようですが、カラカルちゃんが「あなた達、怪しいわね」と言って、事情も聞かずに追い払ってしまったのです。

 カラカルちゃんは警戒心が強いので仕方ありません。


「……なんかゴメンね。センちゃんさんと、アルマーさんだっけ」

「それでは改めて自己紹介を……私は、オオセンザンコウです。親しいフレンズからはセンと呼ばれています。」

「私はオオアルマジロ。アルマーって呼んでね!」

「僕はキュルル。」


 お互い自己紹介を終えて、キュルルは疑問点を尋ねました。


「僕をどこへ連れて行く気?」

「はい。ヒトであるあなたを待っている、ある方の元へ連れて行きます。」


(ヒトである僕を待つ……?)


「ある方って?」

「それはあってからのお楽しみだよ」

「どうして僕を待っているの?」

「それは本人に直接尋ねてください」


 キュルルの疑問は、みんなはぐらかされてしまいました。


(直接あってみるしかないな……。とりあえずサーバルとカラカルには居場所をつたえないと)


 そう思ったキュルルは小声でボスに訪ねました。


「サーバルとカラカルに場所を伝えたいけど、どうすればいい?」

「トラクターを遠隔操作して、二人をこちらに誘導するよ」

「わかった」


 そうして、キュルルは、かごの中でおとなしく待つことにしました。



~~~~~~~~~~~~~~~~

サーバルちゃん、カラカルちゃん視点

~~~~~~~~~~~~~~~~



「カラカルごめん! 倒すの手伝ってもらって!」


 サーバルちゃんとカラカルちゃんは急いで、ライブ会場に戻っています。

 実はとても恐ろしいセルリアンが、ライブ会場に近づいていたため、一足先にサーバルちゃんはやっつけに行っていたのです。


「文句の一つも言いたいとこだけど、あんなに強いんじゃ仕方ないわよ」


 本来はサーバルちゃん一人ですぐにセルリアンを倒して、戻ってくる作戦でしたが、ペパプのライブが終わったあとも、戦闘が続いていました。

 カラカルちゃんはサーバルちゃんの状況を察して、キュルルを観客席に残して手伝いに行きました。

 キュルルちゃんの様子が心配です。


「キュルルちゃん! 遅くなってごめん! ……ってあれ?」


 サーバルちゃんとカラカルちゃんは、キョロキョロとキュルルちゃんを探しましたが、見つかりません。


「あっ、下に!」


 地面には、キュルルのバックとスケッチブックが落ちています。

 更に、キュルルちゃん以外の足跡が残っています。


「誰かがキュルルを連れて行ったんじゃ……」

「でも匂いも茂みで途切れているし」


 どうしたものかと二人で頭を抱えていると、トラクターが動いているのが見えました。


「あれ、キュルルが動かしてるんじゃない」


 操縦席には誰もいませんが、ある方向に向かっているみたいです。


「ついていこ!」

「そうね」


 そうして、二人はバックとスケッチブックを拾ったあと、トラクターのあとを追いかけていきました。




~~~~~~~~~~~~~~~~

キュルル視点

~~~~~~~~~~~~~~~~



「見えてきました。降りてください」


 アルマーちゃんがキュルルを檻から出してくれました。

 すると「クューン」と鳴き声が聞こえてきました。

 鳴き声が聞こえたほうを見ると、一人のフレンズが近づいて来るのが見えました。

 灰色の髪の毛に、白色の袖なしセーターに、灰色と白色が入り混じったジャケット、灰色のスカート、全身がモノトーンじみた色合いの中、右目は青、左目はオレンジ、そして、ネクタイのように胸元に付けてある赤いベルトがとても鮮やかに見えます。

 お互い、話せるほどの距離に近づきました。

 そして、そのフレンズは口を開きました。


「あなたはヒトですね?」

「え……君は?」

「私はイエイヌです」

「イエ……イヌ……」


 キュルルは、その名前を言葉にした時、かすかに感じる何かがありました。

 しかし、記憶も何もないので、その感覚の正体がわかりません。

 イエイヌちゃんは小声で言いました。


「会いたかった」

「え……」


 するとイエイヌちゃんは満面の笑みを浮かべて叫びました。


「会 い た か っ た---------------------!」


 キュルルに近づいて抱きついて来ました。

 キュルルは、「わっ」と驚きましたが、なんだか悪い気はしません。


「懐かしいなーこの匂い! この日をどれだけ待っていたことか!」


 あまりに力強く抱きしめるものですから、キュルルは「ちょっと苦しい」と言いました。


「あっ、ごめんなさい」


 そう言って、イエイヌちゃんはキュルルから離れました。

 そして、キュルルとイエイヌちゃんを見ていた、センちゃんとアルマーちゃんが話しかけます。


「これで、依頼達成ということでよろしいですか」

「はい! ありがとう御座います! これが報酬のジャパリスティックです。」


 そうして、イエイヌは、お菓子の箱をセンちゃんに手渡しました。

 センちゃんは満足げで、アルマーちゃんは大はしゃぎしています。


「わーい! やったー!」

「それでは、また依頼があれば、ぜひ私達をご贔屓ください」

「うん!」


 こうして、センちゃん、アルマーちゃんの探偵コンビは去っていきました。


(あのジャパリスティックって意外に高級品なのかな……)


 それはともかくと頭を切り替えて、キュルルはイエイヌに、自分のことを話しました。


「自己紹介が遅れたね。僕はキュルル」

「キュルルさん……ですね!」

「実は、連れのサーバルとカラカルの三人で、おうちを探していたんだ。あ、おうちってのはね」

「ヒトが住むところですよね」


 どうやらイエイヌちゃんは、ヒトについてすごく詳しいみたいです。


「私、おうちの場所を知ってます」

「え!?」

「こっちに来てください!」


 ――もしかしたら、本当に僕のおうちが見つかるかもしれない!


 キュルルは期待感で胸がいっぱいになりました。

 そうして、連れてこられた場所には、おおきなアーチ状の門があり、その先には、おうちがたくさん並んでいます。

 おうちはそれぞれ丸い形をしていて、一軒一軒カラフルで不思議な色をしています。

 子供が好きそうなメルヘンチックな村のようです。


「さあ、着きました」


 たくさんある中の、一軒のおうちの前に来ました。

 白くて丸い家に、目と耳がついています。

 動物の犬の形を模していて、とても可愛らしいおうちです。


「ここが、おうち?」


 キュルルには、ここがおうちだと言われても、あまりピンと来ませんでした。


「はい、ここにはずっと昔、何人ものヒトがいたんです。私も一緒にあそんでいました」

「ヒトと遊んでた!」


 キュルルは驚きました。

 ニ千年もたったあとでも、ヒトが最近まで暮らしていたのでしょうか?


「あ、記憶があるわけじゃないんですよ。でもそうして暮らしてた気がするんです!」

「何だ、気がするだけか……」


 そんなことはありませんでした。

 やはりもうヒトはいないのでしょうか


「いつか、誰か戻ってきてくれると信じていました。だからずっとおうちでお留守番してたんです。」

「イエイヌ……」


 イエイヌちゃんの気持ちを聞いたキュルルは胸が締め付けられました。

 しかし、それでも伝えなくてはいけません


「残念だけど、ここは僕のおうちじゃないよ。来たことがあるかどうかも正直わからない。

 がっかりさせてごめん。」


 キュルルには、記憶はありませんが、自分のイメージとして残っている感覚と、

 このおうちとでは明らかに異なるものでした。


 ――イエイヌは悲しむだろうな


 しかし、イエイヌちゃんはニコリと微笑みました。


「でもいいんです! あなたがヒトであることは間違いないんですから!」

「え」

「私はヒトに出会えただけで嬉しいんです!」


 想像より明るい反応に、キュルルは困惑しました。

 するとイエイヌちゃんはおねだりしてきました。


「さあ、何か言ってください! 私にあれをやれとか、あれをしろとか、どうぞ遠慮なく!」


 イエイヌちゃんはしっぽをフリフリして、体を前かがみ気味に、息をはあはあ吐きながら、次の言葉を待っています。


「突然言われても」

「なんでもいいですから! さあ!」

「お、落ち着いて……とりあえず座って」


 何気なしに言った言葉にイエイヌちゃんは反応しました。


「座れ……はい! わかりました! 座ります!」


 クューンと鳴き声を鳴らしながら、地面に正座しました。


「次は何をしたらいいですか?」


 イエイヌちゃんはキラキラした瞳で、キュルルの顔を見上げています。


「そんな、床に座らなくても……」


 そうして、キュルルは手を差し伸べました。

 それを見たイエイヌちゃんは、手のひらをじっと見たあと、喜びに満ちた表情で、軽く握った手をキュルルの手のひらの上に載せました。


「え?」

「久しぶりにできて嬉しいです!」


 イエイヌの目には涙が溢れています。


「そんな泣かなくても……」


 そして、イエイヌちゃんはベッドの上にあるものを指さしました。


「つぎはあれを投げてもらっていいですか?」


 それはフリスビーです。

 それを手にとったキュルルは、何気なしに投げました。


「わ、外に行っちゃった」


 開いていた窓から、フリスビーが出ていきました。

 するとイエイヌちゃんは興奮した様子で、窓から飛び出していきます。


「わはは! 待てー!」


 純粋に楽しんでいるイエイヌちゃんの様子に、キュルルは微笑ましい気持ちになりました。


「ふふ……」


(すごく面白い子だな)


 キュルルはドアから外に出て、イエイヌを追いかけました。



~~~~~~~~~~~~~~~~

一方その頃

~~~~~~~~~~~~~~~~



 センちゃんとアルマーちゃんは、ジャパリスティックをポリポリ食べながら、歩いています。


「ジャパリスティックは美味しいなー」

「そうですね。」

「けど、依頼がなくなるのは退屈だなー」

「依頼あっての探偵ですからね」


 すると、前から二人のフレンズが走ってきます。


「キュルルを捕まえたのはあなた達ね!」


 サーバルちゃんとカラカルちゃんです。

 探偵コンビの匂いを捉えたので、トラクターから降りて走ってきたのです。


「キュルルをどこへ連れて行ったの!」

「……それは依頼ですか?」


 カラカルちゃんの言葉に対して、センちゃんはこう質問をしました。


「そ、そうよ!」


 すると二人はキランと目を輝かせました。


「案内するね!」

「さあこちらです。」


 サーバルちゃんとカラカルちゃんは、なんだか不思議に思いつつ、ついていきました。



~~~~~~~~~~~~~~~~

少し時間が経ちました。

~~~~~~~~~~~~~~~~



「さあ、次はもっと遠くに投げるね!」

「はい!」


 飛んでいったフリスビーをイエイヌちゃんはジャンプして咥えました。

 キュルルとイエイヌちゃんはこうして、フリスビーを投げあって遊んでいます。

 すると、突然、キュルルを呼ぶ声が聞こえてきました。


「キュルルちゃん!」

「キュルル!」

「サーバル! カラカル!」


 どうやらふたりとも、自分の場所にたどり着いたようです。

 探偵コンビも一緒にいます。


「キュルルちゃん、良かった無事だったんだね。そっちの子は?」

「紹介するね、この子はイエイヌ」

「はい、二人のことはキュルルさんから聞いています。」

「ねえ二人は何で遊んでたの! 一緒にやろ! カラカルも! ……カラカル?」


 そうサーバルちゃんがカラカルちゃんに呼びかけました。

 しかし、なんだか様子が変です。

 するとカラカルちゃんが怒った口調で言いました。


「いいわけ無いでしょ! 急にいなくなって、私達がどれだけ心配したか!

 それなのに、こんなのんきに遊んでてさ!」

「ただのんきに遊んでたわけじゃ……」

「私達のこと忘れて、楽しんでたんじゃないの!?」


 キュルルはカラカルちゃんの怒りに対して、最初は申し訳無さがあったものの、

 徐々に理不尽さを感じ始めました。


「カラカルたちも勝手すぎるんじゃない! ライブの後、僕に何も言わずどっか行ってさ!」

「だって強いセルリアンが来たんだから、仕方ないじゃない!」

「そんな大事なことなんで言ってくれないの?! 僕だけのけもの?」

「そんなんじゃ……」

「ストップ! ストップ!」


 言い争いがエスカレートしていくところで、サーバルちゃんがストップをかけました。


「ふたりとも、落ち着いて、ね?」

「……そこがあんたのおうちなわけ?」


 カラカルちゃんはムッとした表情で問いかけました。


「えっと……その……」

「そう。見つかってよかったわね。帰るわよ、サーバル」

「え……? 帰るって?」

「私達の縄張りによ」


 そう言ってカラカルちゃんは来た道を戻っていきます。

 それを見たキュルルは、「ふん!」とむくれた様子で、イエイヌちゃんのおうちに戻っていきます。


「カラカル……キュルルちゃん……」


 サーバルちゃんはどうしたものかと、身動きが取れません。

 そんなサーバルちゃんに、イエイヌちゃんは話しかけました。


「ごめんなさい。」

「そ、そんな……」


 急なイエイヌちゃんの謝罪にサーバルちゃんがたじろぎました。


「キュルルさんのことは、私にお任せください。

 サーバルさん、カラカルさんのおかげで、キュルルさんはおうちにたどり着くことができました。

 二人には感謝しています。」

「イエイヌちゃん……」


 そうして、ペコリと頭を下げたイエイヌはキュルルが向かったおうちの方に去っていきました。

 それを見たサーバルちゃんはカラカルちゃんの方へ追いかけていきました。


「……どうやら私達の」

「出る幕はなさそうだね」


 無理やりキュルルを連れてきたのは私達だ、と説明しようとしたのだが、そのタイミングを逸してしまいました。

 そうして最後まで残された探偵コンビはこそこそと、立ち去っていきました。



~~~~~~~~~~~~~~~~

カラカルちゃん視点

~~~~~~~~~~~~~~~~



(どうして、あんな言い方しちゃったんだろう)


 カラカルちゃんはトラクターの方まで戻ってきて、そこでとても落ち込んでいました。


(キュルルのおうちが見つかったんなら、それでいいじゃない。それなのに……)


 カラカルちゃんにとって、三人での旅はとてもすばらしい時間でした。

 しかし、キュルルの旅の目的である、おうちが見つかってしまえば、終わってしまうかもしれなかった。

 それがとても嫌だったのです。


(でも、キュルルもキュルルよ! あれだけ私は心配してたのに、自分だけのけものって! 馬鹿じゃないの!)


 割り切れない怒りでモヤモヤするカラカルちゃんに、聞き慣れた声が聞こえてきます。


「カラカル」

「何よ」

「あれって本当にキュルルちゃんのおうちなのかな?」

「へ……?」


 サーバルちゃんはカラカルちゃんの隣に座り、語りかけます。


「本当のおうちなら、キュルルちゃん、もっと大喜びで、僕のおうちだ! って私達に言うんじゃない」

「……」

「最初にキュルルちゃんが言ってたこと覚えてる? 自分のおうちは、明るくて、優しくて、温かかったって」

「……確かに」

「だからね、キュルルちゃんにちゃんと聞きに行こ!」


 そうして、サーバルちゃんは明るい声で言いました。

 でもカラカルちゃんはあんな喧嘩をした後なので、勇気が出ません。


「でも……」

「ほら、スケッチブック。キュルルちゃんの忘れ物を届けないと!」

「あ……」


 そういえば、トラクターの荷台に、キュルルのバッグとスケッチブックをおいたままでした。


「ついでに、カラカルが本当に言いたかったことを言ってあげないと!」

「……そうね」


 サーバルちゃんの言葉に、カラカルちゃんはとても勇気づけられました。


(キュルルに、ちゃんと私の気持ちを伝えよう!)


 そうして二人は再びイエイヌちゃんのおうちに向かうのでした。



~~~~~~~~~~~~~~~~

キュルル視点

~~~~~~~~~~~~~~~~



 イエイヌのおうちの中で、キュルルはあることで悩んでいました。

 カラカルちゃんのこともそうですが、自分の言動に違和感を感じています。


(なんで、ここが、僕のおうちかって尋ねられたとき、すぐに否定できなかったんだろう?)


 ここは僕のおうちじゃないって、すぐに言っていれば、カラカルちゃんも納得したはずです。

 なのに、どうしてもこの言葉が出せなかった。言ってはならないような気がしたのです。


「はいどうぞ。暖かいお茶です。」


 考え事をしてるキュルルの前に、お茶が置かれました。


「ヒトは落ち着きたい時、お湯に葉っぱを入れたものを飲むと聞いたので、作れるように練習しました。

 飲んでみてください」

「うん……」


 イエイヌちゃんの気遣いは嬉しいのですが、喉に何かいれる気分ではありません。

 上の空の返事だけして、お茶には手をつけません。


「……やはりあの二人のことが気になりますか? キュルルさん」

「それもそうなんだけど……」

「はい?」

「ねえ、イエイヌ」


 キュルルは疑問に思ってたことを尋ねます。


「最初にあった時さ。なんでヒトにあったことがないのに、懐かしい匂いなんて言ったの?

 それとさ、僕にお手をした時、なんで久しぶりにできて嬉しいって言ったの?」

「……え? 私そんなこと言ったんですか?」

「え……覚えてないの?」

「……そう言われれば言ったような気がしますが……自分でもどうしてそういったのかわかりません。」

「……そうなんだ」


 ――結局、ここまで、旅を続けても、なんの手がかりも得られなかったな

 ――自分の思っていたおうちって何だったの?

 ――そのおうちは、長い長い時間の間で、どうなってしまったの?

 ――僕はこれから先、有りもしないおうちを探し続けるの?


 キュルルの頭の中で、どんどん嫌な考えが浮かんできます。

 そこに、ぽつんとイエイヌちゃんは言葉を発しました。


「私にはなんとなくわかりますよ。あの子の気持ち」

「え?」

「あの子もまた、ヒトと心を通わせたのでしょう」

「僕と、心を……」


 確かに三人で、旅をして、たくさんのフレンズに出会って、様々な経験をしてきました。


 ――けれど……!


 キュルルはこれまで自分自身が避けてきた考えが頭をよぎりかけました。

 しかし、その瞬間、恐ろしい咆哮が聞こえてきました。

 それを聞いたイエイヌちゃんは言葉を発します。


「けれど、心を通わすことができないものもいます。キュルルさん、絶対に外に出ないでください」

「この声は……?」

「ビーストです。フレンズになりきれなかった獣です。」


 イエイヌちゃんはあのビーストについて、自然発生した個体ではないことを知りません。


「あれはセルリアンに食べられるまで、放置するしかありません。安心してください。キュルルさんは私が守ります。」


 突然のビーストに、キュルルは、サーバルちゃんとカラカルちゃんことがとても心配になりました。


 ――あの二人にもしものことがあれば……!


 そうして、キュルルはドアを開けました。


「キュルルさん!」

「サーバルとカラカルに知らせないと!」


 そうして、キュルルは家を飛び出しました。


「だめです! 危険です! 外に出ちゃ!」


 イエイヌちゃんもキュルルを守るために、ついていくしかありませんでした。

 そんなイエイヌちゃんを気にかけることなく、キュルルは森の中を走り抜けました。

 そして、どれだけ走り抜けたでしょうか、それでもサーバルちゃんとカラカルちゃんを見つけることができませんでした。


「キュルルさん!」

「イエイヌ……」


 キュルルに追いついたイエイヌちゃんはキュルルにいいました。


「あの二人のことは忘れてください! この先、私が守りますから!」

「……イエイヌ」


 そして、キュルルはイエイヌと戻ろうとした瞬間、あの咆哮が聞こえてきました。

 そして、目の前に、ビーストが姿を表しました。


「キュルルさんは逃げてください」

「それじゃイエイヌは!」

「ヒトを守るのは私の使命……」


 ビーストとイエイヌちゃん、両者が睨みつけ合い、そして……


「がああああああああ」

「がああああああああ」


 お互いの命がけの戦いに、キュルルは一歩も動くことができませんでした。

 戦いは、ビーストが圧倒的に強く、イエイヌちゃんの体がどんどんボロボロになります。


「イエイヌ! もういいよ! これ以上はもう!」


 キュルルは自分の愚かな行動にとても後悔しました。

 しかし、それはもう後の祭りでした。


「戦わなきゃ……ヒトのために!!」


 どれだけ痛い思いをしても、イエイヌちゃんは戦うことをやめません。

 キュルルの瞳に、涙が溢れました。


 ――誰か! 助けて!


 ビーストのトドメの一撃がイエイヌちゃんに迫りました。

 しかし、それが届くことがありませんでした。

 なんと、カラカルちゃんが、紙一重のところで、イエイヌちゃんの体を持ち上げて、助けたのです。


「助けに来たわよ」

「カラカル! サーバル!」


 カラカルちゃんはイエイヌちゃんをおろしました。


「よく持ちこたえたわね。後は任せて頂戴!」


 そうして、野生解放したカラカルちゃんはビーストに突撃しました。

 しかし、カラカルちゃんは爪や牙を立てて攻撃しませんでした。

 近づいて、ビーストからの攻撃を誘って、それを避け続けたのです。


「さあ、こっちよ!」


 そうして、どんどんビーストが消耗していき、動きが鈍っていきました。

 あれだけ攻撃しても、ピンピンとしているカラカルちゃんに、イエイヌちゃんとキュルルを守るようにして立っている野生解放したサーバルちゃん。

 ビーストは状況の不利を察したのか、逃げていきました。

 ふう、とカラカルちゃんとサーバルちゃんは息をつきました。

 キュルルは傷ついたイエイヌちゃんに、近づきます。


「イエイヌ! 大丈夫?!」

「キュルルさんこそ、お怪我はありませんか?」


 体中泥だらけで、軽い怪我もあったが、衰弱してはない様子だったので、少し安心しました。


「僕はないよ。そんなことよりイエイヌの怪我を……すぐに戻って」

「待ってください。」


 イエイヌちゃんはそう言いました。


「私は一人で帰ります。」

「え……」

「キュルルさん、会えて嬉しかった。

 やはりキュルルさんは旅を続けて、二人と一緒に、ご自分のおうちを見つけるべきです。

 私も、あそこに住んでいた人たちが戻ってくるまで、お留守番を続けます。

 それが私に課せられた使命ですから」


 キュルルはその告白を静かに聞いています。


「そうだ! 最後に言ってくれませんか?」

「……」

「おうちにお帰りって……」


 キュルルはイエイヌちゃんのお願いに対して、そっけないような、冷たいような、そんな声音で言いました。


「……おうちにお帰り」


 イエイヌちゃんの目に大粒の涙が溢れました。

 一瞬寂しそうな表情をしましたが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべて、答えてくれました。


「ありがとう!」


 そして、イエイヌちゃんはそのまま、イエイヌちゃんのおうちに帰っていきました。

 サーバルちゃんとカラカルちゃんは、そのキュルルの態度にショックを受けました。


「キュルル!」

「キュルルちゃん! ……なんで……?」

「……」


 ――これまで……わからなかった。なんで、こんな気持になるのか。でもようやくわかった。


「いいよね、イエイヌは自分のおうちがあってさ。」

「え……?」

「サーバルもカラカルも、これまで会ったどのフレンズも、みんな、自分のおうちがあってさ。」

「……」

「誰も! おうちが見つからない苦しみを知らないんだ! わかってくれないんだ!

 ずっと、ずっと苦しかった! もう見つからないかもしれないと思うと、苦しくて仕方がないんだ!

 みんなにはあって……僕だけには無いんだ……」

「キュルルちゃん……」


 キュルルの苦しみは、限界を超えていました。

 あのイエイヌちゃんの告白すら、おうちが見つからないキュルルにとって、とても羨ましかったのです。


「そうだ……スケッチブック……」


 キュルルは初めて、探偵コンビに捕まってから、スケッチブックが無いことを思い出しました。

 そんなキュルルに、カラカルちゃんはスケッチブックを渡そうとしましたが、無いことに気づきます。


「ごめん……渡しに来たんだけど……どこかに落としたみたい。」

「……そう。僕一人で探しに行くから、みんなここで待ってて。」


 そうして、キュルルは一人歩き出しました。

 キュルルの本音を聞いて、サーバルちゃんもカラカルちゃんも、その場を動くことができませんでした。



●第9話 完



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