四話 対面
出発の時間がきた
「あなたから見て、ウィルバー・ギャレットはどんな人間でした?」
そう問われた意味をどれだけの人間が正しく理解しただろう。俺という人格に上書きされてしまう前の、この身体で生きていたはずの青年。彼がいったいどんな人間だったか、俺は知らなければいけないと思った。
俺のこのおかしな願いに付き添ってくれたロイドさんが、俺の代わりに街の住人に問いかけてくれる。おかしな勘ぐりもせず質問に答えてくれた人たちは、年齢も仕事もバラバラだった。
洗濯をしていた婦人が答える。
「ウィルバーはそりゃあ優しい子だったよ。一人身の親無しってんで最初はみんな警戒してたけどね。こっちの気が抜けるほど善人で、疑うのがバカらしくなっちまったのさ。だってあの子、あたしが足をくじいた時におぶってくれたんだよ? あんたが何考えてこんな質問するかわからないけど、この地区の人間はみんなウィルバーの味方だよ」
仕事帰りの労働者が答える。
「ウィルバーは良い奴だったよ。ちいっと気は弱いが、自分の意見は決して曲げない強い漢だ。俺にとっちゃ息子みたいな年齢だからな。ついお節介しちまうんだが、あいつのお節介の方が一枚上手だった。俺が昼飯代金忘れてった時、通りかかったあいつがサンドイッチを分けてくれたんだが、後からよくよく確かめてみたらそれ、わざわざ俺のために買ってきてくれたやつだったんだよ。実の息子より可愛いったらねぇ」
通りすがりの大家が答える。
「ウィルバーはね、見てるこっちがつらくなくらい優しい子だったのさ。四年くらい前に、そこの通りで人が馬車に
他の者も大抵同じことを言った。ウィルバー・ギャレットはこの街の人間に慕われ、大切にされていたのだ。底抜けに善人で聡明、そして強い意思を秘めた男。
彼がずっとこの街に帰ってきていないことについて、「アンドロイドに騙されて何か利用されているのでは?」と尋ねると、皆口をそろえて言うのだ。
「あいつが騙されてるなんてありえない。もしそうだとしても、それは彼の意思だ」と。
「気は済みましたか?」
隠れて話を聞き続けていた俺の元へロイドさんが帰ってきた。俺は彼に頷き、傍らのジーナさんへ視線を送った。
ジーナさんが路地から出て小さな笛を思い切り吹く。俺に音は聴こえない。あれは犬笛だ。人間には聴こえない音だが、アンドロイドにはその音を拾える者がいるという。
そうやって付近に合図を送るのだ。一番近くで待機していたケルティスがすぐに合流する。代わりにロイドさんとジーナさんは本来の持ち場に戻っていった。アンドロイドたちの動きはまだ続いている。それの対処には人数が必要だった。
そうして俺とケルティスは並んで街を抜け出した。
ロンドンの郊外にある元工場地帯の一角で、二人の男は俺たちを待っていた。この時間、この場所に来ると事前に日本語で新聞へ告知を掲載していたのだ。だから、ここに来るとすればそのメッセージを受け取った誰かの手先だけだ。
男達は俺と共に現れたケルティスに警戒を示した。だが俺は何も一人で来るとは言っていない。「友達も連れて行っていいかな?」と俺が問うと、二人はしぶしぶ承諾してくれた。
「それではどうぞ、
停車していた馬車へ案内される。一人は
自然と沈黙が満ちる。車内の全員が別々の方向を向いている。これから全ての始まりと終焉を決めに行くのだ。俺もいまさら緊張が襲ってきた。逃げ出したい衝動は、それでも不思議と湧かなかったが。
これは、今までとは違う。俺が自分で決めたことだ。「いいんだね」と、何度も念押しするスマイルス所長にも俺は、大丈夫ですと言い切った。現在のアンドロイドの動きは異常だ。向こうが俺に興味を持っているのなら、俺が直接乗り込んだほうが事態の収束が早まると思った。
そしてなにより、これはきっと、俺の問題だから。
スピードがあったわりに到着までずいぶんと時間がかかった。追っ手を警戒して迂回を繰り返したのかもしれない。そのせいもあって、俺にはここがどこなのか分からなかった。
GPSどころか防犯カメラもない世界だ。きっと今さら地図を渡されたって現在位置を特定できないだろう。
促されて馬車を降りる。夕暮れ迫るオレンジの空に似合わない陰鬱な林の奥に、中規模くらいの洋館が見えた。
二階建てで、中央部分が大きく迫り出し、両側は引っ込んでいる。窓には全てカーテンがかかっていて中を窺い知ることができない。洋館への一本道が木の影になって暗いせいか、不安を掻き立てられる。建物の言いようのないアンバランスさが気持ち悪かった。
けれどいつまでも立ち止まってはいられない。俺はケルティスと並んで、男二人についていった。
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