君の魂の中にある英雄を放棄してはならぬ


 俺を襲った暴徒はあっという間に鎮圧された。男たちはやはり全員アンドロイドだったらしい。彼等は今、縄で縛られ寝転がされている。スマイルス所長がモナドノック先生をせっつき、彼等を検分させていた。


「十三人か。さて、これで全員かな」


「じゃなぁい? 逃げるやついなかったはずだしねぇ。いても上からあの狙撃でズバンッ! でしょぉ? しっかし、これは駄目だねぇ。コイツら全員、どうやら言語機能が破壊されてるみたいだよぉ。お話聞けそぅにないねぇ」


「つまり使い捨て、と? ロイド君といったね。君たち、このアンドロイドは君たちの仲間かい?」


 優雅な笑みを称えたまま、所長がロイドへ問いかける。


「違いますよ、ニア・スラマー・スマイルス。ボクらは仲間にそんな酷いことはしない。むしろボクらはそいつらとは敵対しています」


 ジーナさんの破れた服を繕いながら、ロイドさんはそう言い切った。スマイルス所長はふむとあっさり引き下がる。むしろロイドさんに突っかかったのは、ケルティスのほうだった。


「おいロイド、どういう意味だ。お前が妹と呼ぶそいつ、人間じゃねえ。アンドロイドだろ。そのくせアンドロイドと敵対してるだあ? 道理に合わねえ嘘で誤魔化そうとしてんじゃねえよ」


「嘘じゃありません。アンドロイドを一枚岩だと思わないほうがいい。奴らはアンドロイドを作る大本です。ボクらの仲間はそこから逃げ出したレジスタンス。ただ平穏を望んでいるだけなんです」


「はっ、他にもアンドロイドの仲間がいると口を滑らせたな」


「今はそういうことを言っているわけじゃないでしょう」


 会話は平行線だった。二人の話題は噛み合ってすらいない。それもそのはずだ。アンドロイドを妹と呼ぶロイドさんと、アンドロイドを破壊することを望むケルティスに、相互理解など生まれるわけがない。このままではらちが明かない。そう思ったのは俺やロイドさんだけじゃない、ケルティスも同じだった。


 ケルティスがロイドさんの胸倉を掴み、額をぶつけるほど力強くその瞳を覗き込んだ。


「なぜアンドロイドをそこまで庇う。ロイド、お前は人間か、アンドロイドか!」


「人間だ!! そしてジーナも――彼らアンドロイドだって生きている人間だ!!」


 語気を荒げて怒鳴り返す。普段の彼からは想像できないほどの憤怒の表情だった。鼻息荒く、互いに至近距離で睨み合う。ロイドさんの言葉はよほど逆鱗に触れたらしい。ケルティスはロイドさんの胸元を放し、拳銃を手に取った。


「アンドロイドは人間じゃねえ。ただの機械だ。思いやりは統計、返答は確率、そうやって人間らしく擬態しているだけの鉄屑だろうが!!」


 一度ロイドさんへ向けられた銃口は、躊躇うように揺れた後ジーナさんへ向けられた。指はすでに引き金にかかっている。突然で身構えることもできないジーナさんと、その腕を引いて自分の腕の中に彼女を庇うロイドさん。そういうのを全部スローモーションに感じながら、俺は自分の足が勝手に動くのを感じた。


 だって、その選択は駄目だ。ケルティス、君はその境界を超えたら駄目だ。


 思考と行動は同時に。俺はジーナさんたちとケルティスとの間に滑り込む。


 ケルティスがアンドロイドを破壊する時、俺は毎回何もできなかった。


 本当はずっと、そのことを後悔してた。今までやったことを後悔してばかりだった俺が、何もできなかったことを後悔している。


 これ以上苦しい思いを重ねたくなかった。


「ケルティスやめてくれ!」


 悲鳴のように叫びながら、心の奥底で安堵する。よかった。今度は動けたと。


 急に割り込んできた俺に、ケルティスは面食らったように射線を外す。その顔には困惑と激情が交互にたち現れては消えた。


「なんでお前まで邪魔をすんだよ!」


 感情の噴出が行き過ぎて半ば泣くのを我慢しているような声になりながら、ケルティスが悲痛に拳を握る。俺はそれに少し胸が痛くなるのを感じながら、言わないわけにはいかなかった。


「人間なんだ!」

「ああっ?」


「アンドロイドは人間だ。心がある、感情がある。たとえ身体が機械でも、アンドロイドの心は人間なんだ」


戯言ざれごとをっ」


「違うんだ。ケルティス。これは感情論でも理想論でもない。頼むから話を聞いてくれ!」


「妄言に付き合うほど俺は寛容じゃ――――うおっ!?」


 いよいよどこかへ引き金を引いてしまいそうだったケルティスの頭が、後方からの一撃で大きく揺れた。ガツンと割と大きく鈍い音が路地に響く。


「――もうっ兄さん、話くらいは聞いてあげなよ」


 そうため息をつきながら姿を現したのはアウラさんだった。彼女がケルティスを止めてくれたのだ。

 当のケルティスは頭の痛みに耐えるようにして瞳に涙をにじませている。


「アウラぁ、てめえっ」

「兄さん、喧嘩で私に勝てると思ってるの?」

「…………思えねえ」

「それでよし」


 しぶしぶ銃を収めるケルティスに、アウラさんがにこりと笑う。アウラさんは普段と違う真っ黒な服を着こんでいて、腕にはセキュリティーホールの腕章をはめていた。

 いつもとの違いはそれだけじゃない。肩には銃身の細長い、映画でしか見たことない狙撃銃のような物を担いでいる。


 それも見たジーナさんが慌てた様子でアウラさんの元へと駆け寄った。


「あのっ、狙撃してたの、貴女あなたですか」


「はい、そうですよー」


「なっ、何度もきわどい所を助けていただき、ありがとうございました。すごい正確な腕前ですね」


「えへへ、ご無事でなによりです」


「でもあのっ、私がアンドロイドって気づいてましたよね。助けてよかったんですか」


 ジーナさんがちらと腕章を気にするのが分かった。アウラさんが空いているほうの手をパタパタと振る。


「あなたたちがシンルーさんを守ってくれてたのは何となく分かりましたし。私が所長から受けてた指示は、場を乱す輩の排除ですから。はい、つまりこういう」


「こらっ、兄を足蹴にするなっ!」


 アウラさんがケルティスのすねを執拗しつように小突く。ケルティスはまた涙を浮かべながらアウラさんから離れた。そうとう痛かったらしい。


 ジーナさんと一通りニコニコと会話していたアウラさんが、俺を振り向く。


「それでシンルーさん。先ほどおっしゃってた件、ご説明頂けるんでしょうか」


「…………ああ。説明するよ」


 アウラさんにも思う所があるようだ。打って変わって真剣な眼差しが俺を貫く。俺はその意思に報いようと深く頷いた。


「今から話すのは、俺の妄想じゃない。今日ケルティスと潜った場所で手に入れたとある論文から導き出したことだ。これはきっと、今の時代に生きる全ての人間にとって受け入れ難い話だと思う。でもどうか、最後まで聞いて欲しい」


 手を広げ、場の注目を集めるよう大声を張った。自分でも声が震えているのが分かる。及び腰になりそうなのを必死に耐えた。すべての視線を一身に受けながら喉を鳴らす。これから自分の語ることが、どれだけ彼らに衝撃を与えるか、恐ろしくてたまらなかったから。


「アンドロイドに搭載されているAIは、人間の脳から思考パターンなんかを取り出してデータ化し、再入力したものだ。科学技術が成し遂げたのは、“人間と同程度に柔軟性を持った思考プログラム”の生成じゃない。科学にできたのは、人間の魂をデータとして保存することだ。つまりアンドロイドとは、かつての意識そのものなんだよ」


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