かつまた翻弄する


 ニコニコと笑うロイドさんに先導されて、通りを奥まで進んでいく。大人が三人並べないくらいの狭い通りだ。建物の裏口と窓とが等間隔に並んでいる。


 けっこうな人が住んでいるようで、ちらりと窓の中へ目を向けるとこっちを睨むように見ていたご婦人に顔を背けられた。俺たちを見ているのは彼女だけではない。至るところから突き刺すような視線を感じる。


 視線に乗る決して気持ちの良いものじゃない感情の波に俺が怯えていると、俺の様子に気づいたロイドさんが申し訳なさそうに振り向いた。


「すみませんね。みんなケルティスさんの腕章を警戒してるんです。ここの住人は抑圧される側の集まり、悪口言われたり……アンドロイドじゃないかなんて酷いことを言われることも少なくないもので」


 そうか、ここの住人は俺を見ていたのではない。ケルティスの腕章を気にしていたんだ。視線を一手に集める当のケルティスは、憮然とした様子で鼻を鳴らす。


「ふん、気にしてない。これもセキュリティーホールの宿命だ。やってることは暴力機構そのものだしな。こっちは調査の元動いてるが、傍からは適当に暴れてるようにも見えるだろうさ。民間人に怪我させることもなくはねえし……」


「そう言っていただけるとありがたいです」


「そうだロイドさん、あのお爺さんはもうよかったんですか?」


 そういえばと思い出して尋ねる。俺たちが訪ねてきたことで、彼と老人の会話は半端に途切れてしまっていた。何やらロイドさんが老人の足に手当てを施していたように見えたが。


 俺の心配に、彼はなんでか嬉しそうな顔をする。


「優しいんですね、シンルーさんは。ええ、手当は終わってました。落ちてきたレンガの下敷きになっただけで骨折もしてませんでしたので」


「下敷き……」


 その言葉に妙な引っかかりを覚えた。なんだろう、今一瞬、頭の中に何かの映像が浮かんだ気がする。女の人が瓶を掲げているような映像だった。それだけじゃない、何かを忘れているような、しかもそれは割と大切なことのような……。


 この感覚はなんだろう。この時代に生きた俺の失った記憶と関係があるのだろうか。


 思考はロイドさんの言葉で打ち切られた。


「実はケルティスさんをセキュリティーホールの方と見込んで、ご相談したいことがありまして。ここじゃ落ち着かないでしょう? ボクの家で話ましょう。妹と二人暮らしですから、ご遠慮なく」


「ロイドさんも妹さんがいるんですね」


「シンルーさんもですか?」


「いや、ケルティスのほうです」


 言った直後だった。ロイドさんがすごい勢いでケルティスの手を握る。突然のことに驚いているケルティスとは対照的に、ロイドさんは光線でも発しかねないほど顔を輝かせている。彼はそのまま、興奮に頬を染めながら早口にまくしたてた。


「ケルティスさんも妹がいるんですか! 良いですよねぇ、妹。可愛いし、天使だし、お兄ちゃんが守ってあげなきゃって頑張れますよね!」


「ま、まあ、兄の務めは果たさないとな」


 あまりの勢いにケルティスは否定もままならず曖昧に頷くしかない。すごいなロイドさん。あのケルティスが押され気味だ。見てて面白い。


「妹は良いものです。最高! 世界の宝! もはや世界遺産!」


 言っている意味は分からないが。


 そうこうしているうちにロイドさん宅へ到着したらしい。裏口みたいな玄関を開け、ロイドさんが俺たちを招き入れる。四階に昇って正面の一室が、彼等の自宅らしい。


「お邪魔します」


 狭い部屋だった。ダイニングとキッチンとリビングが全部一緒くたになったみたいな光景だ。奥にもう一室あったが、広さを考えるとそちらもあまりスペースがあるとは思えない。


 そんな部屋の真ん中に置かれたテーブルで編み物をしていた女性が、俺たちに気づいて立ち上がる。肩口で切りそろえたクセのあるブロンドの髪で、表情の乏しい顔にはまばらなそばかすがあった。背丈はロイドさんと同じくらいだろうか。女性はロイドさんに微笑みかけた。


「お兄ちゃんお帰りなさい。そちらの方々は」


「ああっ! ただいま、ジーナ! ボクの可愛い最愛のひと! 紹介します、この子がジーナ。ボクの妹です。美人でしょう? ジーナ、彼等はこのあいだ話したあの崩落現場にいた人たちだよ。ケルティス・リギザムスさんと、シンルーさんだ」


 今にもジーナさんを抱きしめかねない勢いでロイドさんが彼女を紹介する。一方のジーナさんは落ち着いた物腰で軽く微笑んだ。


「ケルティスさん、シンルーさん、初めまして。ラジェンナと申します。ジーナとお呼びください。それと、うちの兄が大変ご迷惑おかけしました」


「迷惑なんかかけてないよ!」


「ううん、態度で分かる。ぜったいウザいと思われてる。だってあたしが思ってる」


「酷い! こんなに大切に思ってるのに!」


「ごめんなさい。こう見えてお薬のことに関してだけは、腕のある人ですから。どうか見捨てないであげてください」


 兄の涙に眉一つ動かさず、ジーナさんは俺たちにペコリと頭を下げた。編み物を片付け俺たちに席を譲る。彼女はそのまま外出の準備を始めた。


「どこ行くのジーナ」


「お隣さんのとこ。昨日、具合が悪いって言ってたから。お兄ちゃんは何かお話があるんでしょう。お茶くらいは出しなよ」


 振り向きもせず行ってしまう。ロイドさんと妹さんの態度に温度差を感じる。仲が良くないのか、それとも気安さのせいなのか。兄弟のいない俺には分からない。


「すみません、お二人さん。愛想の無い子ですが、あれで甘えるときはめちゃくちゃ可愛いんですよ! ホント、マジで!!」


「そっ、そうか……。それで話ってなんだ?」


 俺とケルティスは、ジーナさんに勧められたままテーブルにつく。ロイドさんはその対面に腰を下ろした。


「ええ、ご相談があるんです。もちろん、アンドロイドに関することで。聞いてくださいますか?」


「ああ。セキュリティーホールは市民からの情報提供をありがたく受ける。もちろんだ」


 ロイドさんとケルティスが、表情を改め声のトーンを落す。仕事の話だ。俺はここに居ていいんだろうか。同じ建物に居候させてもらってるだけで職員ではないんだが。たまに簡単な事務仕事を手伝うのは確かだが。


 ジーナさんのように気を利かせて席を立つべきか。判断も決心も付かないまま二人は本格的な話に入ってしまう。


 本当はさっさと立ち去るべきだったのだ。けれどできなかったのは、俺の中に一つの疑問がわだかまっていたからだ。


「……アンドロイドとは、いったい何なのでしょう」


 その言葉を俺は、自分の口から出たのかと思った。けれど実際に言ったのはロイドさんだ。自分の抱える疑問が目の前に提出されたことで、俺の意識は引きつけられた。立ち去るタイミングを完全に逃す。


「ロイドさん、それはどういう意味ですか?」


 つい、そう口を挟んでしまう。青髪の彼は俺に一瞥いちべつをやり、真剣な眼差しで喉を鳴らした。それから俺とケルティスの間あたりを見つめ、意を決したように語り始める。


「ボクがご相談したいのは、『バグ』に関してです。それと関連して、…………アンドロイドを生産する工場に繋がるかもしれない情報を、ご提供したい」



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