運命は我々を導き


「いっよおーっし! 全快だオラー!」


 などと叫びながらケルティスが事務所に顔を見せたのは、怪我を負ってからたった三日後のことだった。そんな馬鹿なと傷口を見せてもらったが、なんと小さい傷はもう薄皮が張っており、大きい傷口でもカサブタで覆われていた。


 化け物か、こいつ。


「んじゃシンルー、あの薬屋んとこに代金渡しに行くから付き合ってくれ」


「えー……、なんで俺」


「嫌そうな顔するなよ。所長からしばらく一人で行動するなって言われてんだよ」


「そういうことなら、まぁ」


 本音を言えば外出したくなかったが、暇なのが俺くらいしかいないから仕方ないか。所長もアウラさんも、なんだか忙しそうにしてるし。六人いるはずの事務所を二人で回しているのだから当然か。


 今の俺は道行く人間をみんなアンドロイドじゃないかと疑ってしまっている。でもケルティスと一緒なら大丈夫だろう。


 という訳で久々の外出である。昨日から外の寒さはいよいよ深まり、スマイルス所長が言うにはそろそろ雪が降るだろうとのことだ。コートをしっかり着込んで、首にマフラーを巻く。俺とケルティスはあの日薬屋のロイド氏から教えられた住所に向かった。






 住所を聞いたときからケルティスは苦い顔をしていた。それがなぜなのか、その時は分からなかったが、現地に向かいながら俺はその顔の理由を薄々感じ取っていた。


 中心街からどんどん離れていく。人通りも減り、道沿いに座り込む者が増えていく。格好もうやけに薄着だったり、ほころびたコートを羽織っていたり、とても裕福そうには見えない。かと思えば労働者風の恰幅の良い男性達が集団で荷物を運んでいたりする。


 このまま進めば、人間社会の闇を見る気がする。身体を強張らせながら秘かに覚悟を決めていると、予想よりも早くケルティスは足を止めた。


「この辺だな」


 メモに目を落しながら呟く。両側を高い建物に挟まれた狭い一本道だ。水溜りの前で子供たちが遊んでいる。近くを鉄道が通っているらしく、時折汽笛の鳴る音と振動がした。


「おいガキ共。この辺にロイドって青っぽい髪のチビ男は居ねえか?」


 ちょっ、ケルティスさん。見ず知らずのお子さんに対してガキ共とか。ご両親がお傍で聴いてたらどうするのですか。


 子どもに話しかけるケルティスをハラハラして見ていたが、小さい男の子は人懐こい笑みを浮かべて斜め前を指差した。


「ロイド兄ちゃんならそこいるよ!」


 差した方を振り向くと、そこには確かに低い背丈をさらに屈ませて老人と話し込んでいるロイドさんの姿があった。彼は子どもの声で訪問者に気づいたらしい。俺たちを振り返って、ぱっと顔を輝かせる。


「わあっ! ケルティスさんと、お友達の方ですね。まさか本当に代金払いに来てくれたんですか? いい人だなぁ」


 お爺さんに断ってから俺らのもとに駆けて来る。たぶん百五十ぐらいしか身長が無いので子供たちに混じっても違和感が無い。


 物珍しそうに辺りを見渡している俺の様子を不審に思ったのか、ロイドさんは苦笑する。


「こういうところに来るのは初めてですか?」


「えっ、いや……」


「構いませんよ。初めて来た人は大抵驚きますから。――ようこそお二人さん、ボクらの楽園、準貧困街スラムへ。ここは貧しい住民達が助け合って生きている、どこよりも優しくどこよりも苛烈な地区ですよ。ちなみにボクは、ここの代表です」


 そうあどけない顔で、ロイドさんは微笑むのだった。



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