改革の精神は必ずしも自由の精神ではない


『人間と同レベルの思考柔軟性を再現したAI』が初めて人類史に確認されたのは、今から百四十年ほど前、極東の島国でとある研究所が特許の申請を行った時だったそうだ。


 その技術が正式に発表されるまで、それからさらに十五年の歳月が流れる。


 世界に売り出されたそのAIは人々のあらゆる質問に対して、人間と変わりない柔軟な対応をすることができた。小説の感想を語り、女性の恋愛相談にのり、流行りのアニメについて熱く語る。


 当時の人々は、まるで、本当に人間と会話しているようだと語っていたらしい。


「まぁ、そんときの資料はなぁんにも残ってないからねぇ。あくまで噂さ。当時のメディアはデータが基本。あらゆる書籍が電子上で公開され、紙の本は絶滅危惧種だったんだってぇ。信じられないよねぇ」


 モナドノック先生は本の背表紙を撫でながらそう語るが、俺の知る時代でも電子書籍の普及はいちじるしかったから、あまり引っ掛かりは覚えない。


「それはさておきねぇ」


 そのAIを人形ロボットに搭載する動きはすぐあった。ロボット工学は世界中の技術者の協力により急速に発展し、『完璧なAI』の登場から僅か数十年で、『完璧に人間に見えるロボット』が完成したのである。


 シリコンの内膚や人口筋組織、人の細胞を培養して作られた内臓。人間を再現したそのロボットは、擬似的な食事や排泄まで可能としたという。


「今も昔も、人間ってのは人間を特別な生物だと勘違いしてるからねえ。その特別を生み出すことが、科学のすいだと考えてしまってるのさぁ。だから、本当は手足が動けば十分なのに、余計な機能もつけてしまう。まったくナンセンスだねぇ」


 こうして人間と見分けのつかないロボットに完璧なAIが搭載されることで、アンドロイドは完成した。それが今からおよそ百年前のことだと推測されているらしい。


 しばらくはアンドロイドを新しい労働力として、人々は平和に暮らした。人口増加によってあらゆる場面で破綻を迎えようとしていた人間社会は、アンドロイドのおかげで立ち直ることができたのである。


 けれど、その平和は長く続かなかった。


 最初に声が上がったのは、今は無き中央アフリカのある国、ある鉱山だった。そこで採掘業務に従事していたアンドロイド達は、労働環境の改善を訴え人間に反旗を翻した。


 当時の労働用アンドロイドの扱いは酷いものだったらしい。


 アンドロイドは人間ではないので給金は出ない。機械なのだから定期メンテナンス以外に休息もない。アンドロイドが派遣されるのはそもそも人間の活動できる場所ではないので、環境も劣悪だった。


 そんな場所で来る日も来る日も、誰に認められるでもなく仕事をし続ける。不幸にも、『人間と同レベルの思考柔軟性を再現したAI』だからこそ、アンドロイド達はその扱いに耐えきれなくなってしまったのだ。


 本来機械が持つはずのない不満、怒り、悲しみ。それらが蓄積していたのは、鉱山労働のアンドロイドだけではなかった。この件をきっかけに、世界中のアンドロイドが運動を開始したのである。


 運動の内容が労働環境の改善から、自分達に人間としての権利を与えるよう求めるものへと変わるのにそう時間はかからなかった。


 そう、アンドロイド達は自分達こそ『人間』に相応しいと考え始めてしまったのである。


「アンドロイドを『人間』として認めたらどぉなるか。そこからは思考ゲームかねぇ。少なくとも道具として酷使することはできなくなる。それどころか今までの待遇が『犯罪』扱いになるかもだねぇ。まぁ、それより、奴らを人間として認めたら自分達はどぉなるんだっていう未来への危機感のが強かったかもだ」


 結果、人間側はアンドロイドに『人間』という存在を乗っ取られる恐怖心から、アンドロイドとの全面戦争に踏み切った。


 それが今から約七十年前のことだ。


 しかし人間側は劣勢をいられる。


 あらゆる科学兵器は製造ラインから乗っ取られ、発射ボタンを押してもないのに誤爆する。位置情報を入力し自動で飛んでいくミサイルは、発射地点にとって返し基地を爆発させた。


 さらに、各国の人工衛星が掌握されたことで作戦局と現場との通信は混乱を極める。マップが常時書き替えられ、誤情報が飛び交って混乱が収まらない。


 そう。超精密な科学技術に頼ってきた人類からそれを取ってしまえば、現行の人間は鉄砲一つまともに扱えないひ弱な猿に過ぎないのだと、アンドロイド達は人類に知らしめたのだ。


「なぜアンドロイドが迎撃だけでなく積極的な交戦に踏み切ったかは謎が多くてねぇ。人間側の誰かがアンドロイドをそそのかしたとも噂されてるよぉ。そう、例えばAI戦争の争乱に紛れて美味しい思いをしていた国とか、ねぇ」


 そうして両者引かないまま戦局はもつれにもつれ、人類の総人口が三分の一にまで減った時点で、人類は科学を手放すことを決意した。より具体的に言えば、ニコラ・テスラ以来発展し続けた電気文明を捨てたのだ。


 元より、科学文明を維持する学者や技術者の多くは真っ先に五臓六腑ろっぷを四散させている。すがってもアンドロイドに利用されるだけで、人類への恩恵はもはや皆無に等しかった。


 こうして発電所は破壊され、電柱はへし折られ、電気によるありとあらゆる利便性を人類は放棄した。


 意外にも、それを先導したのは官僚ではない。インドに住む一人の少年である。


 少年は人の減った大通りの真ん中で、アンドロイドがばら蒔いたウイルスに感染したパソコンを、自ら叩き壊したのだ。その場に居た人間は、全員がその行動に追従したという。


 運動は即座に世界中へ広まり、国際連盟も「人類が滅ぶくらいなら」と合意。これにより、アンドロイドは供給源と攻撃手段を同時に失ったことになる。


 その時人類は、人種も、肌色も、言葉も、病気も、宗教も、貧富の差も過去の遺恨も、全て関係なく団結し、数百年ぶりの原始的な生活に耐えながらアンドロイドと戦ったという。


「歴史上はじめて全ての人種が手を取り合い平和を願った瞬間だったそうだよぉ。その期間は地球上において自殺も他殺も盗みも一切行われなかったとかいう根拠ゼロの美談まで残ってるくらいにねぇ」


 戦法を火薬等の原始的なものへ移行した人類に、アンドロイド達は少しずつ戦線を後退させていく。


 そしてついに、世界最大のアンドロイド工場の消滅とそれに伴うアンドロイドの減少により、火種は自然と鎮火を余儀なくされ、やがてアンドロイドは表舞台から完全に姿を消した。


 それが今からちょうど五十年前。当時のアメリカ大統領が、二十余年に及ぶAI大戦の終結を宣言。人類は文明と引き換えに、ついに終戦を手に入れることとなった。


「けどまぁ、親アンドロイド派っていうのは何時いつでも何処どこでもいるもんでぇねぇ。アンドロイドの根絶までには至らなかったんだねぇ」


 世界各地のパトロンに保護されたアンドロイド達は、人間に紛れて暮らしながら、少しずつ仲間を増やしているという。


 いまだ、アンドロイドが起こしたとされるテロ事件は絶えない。二度とAI戦争の悲劇を繰り返さないように、世界アンドロイド撲滅機構が立ち上げられたのだった。


 そう話を締めくくった先生は、俺に問いを投げ掛けた。


 アンドロイドは何を求めているのか君に分かるかなぁ? なぜアンドロイドは、いまだ仲間を増やして人間に抵抗を続けているのか、と。


 俺が正直に分からないと答えると、モナドノック先生はまた意地の悪い笑顔で、鼻で笑いながら言った。


「アンドロイドの願いは変わらないさぁ。彼らは、人間として認められたい、死にたくない。ただそれだけを思い続けているんだよねぇ」




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