二話 接近

良友にまさるものはない


 息を切らせて現場にたどり着くと、そこは騒然とした空気に包まれていた。


 おそらく爆発によるものだろう。建物が一棟まるごと崩壊し、瓦礫が道の中ほどまで迫っている。出来事に無関係な人々が、それを遠巻きに眺めているのだった。


 両側の棟は幸いにして無傷で、長らく陽に当たらなかった側面の濃い色合いを通行人へ幾年かぶりに晒していた。


 火事になりかけたのを鎮火したらしく、崩壊現場には水に冷やされたレンガの香りと、細く立ち上る白い煙とが、足元と顔に別々に漂ってくる。


 動物の肉を焼くのとは違う、鼻の奥にへばりついてくる異臭に顔をしかめつつ俺は辺りを見渡した。


 通りすがりの人々が崩壊現場に垣根を作るようにして集まっていて見通しが悪い。俺は背伸びをしながら、昨日と今日とで見慣れてしまったあの赤毛を探した。


 挙動不審に人垣を横歩きで横断する。端っこまでやって来て、ようやく見知った青年の姿を見つけた。


 ケルティスは煤に汚れたコートのまま現場の瓦礫に腰かけていた。怪我をしているようで赤毛が所々系統の違う真紅に染まっている。


「ケルティスさん! 大丈夫ですか!?」


 呼びながら駆け寄ると、俯いて頭にタオルを当てていた彼は顔を上げる。そして道端でふいに知人と遭遇したみたいな何でもない態度で俺を迎えた。


「んぁ? シンルーお前、なんでここに居るんだよ。アウラと買い物に出たんじゃなかったのか」


 虚を突かれた俺は、勢いを削がれながら彼の疑問に答える。


「それが途中でスマイルスさんと会って」


「所長と?」


「それで、買い物はスマイルスさんが同行して、俺はその人の紹介でお勉強を……」


「ならなんでここに居んだよ」


「そのっ、帰り際に爆発が見えて。そしたらモナドノック先生がケルティスが見張ってる現場じゃないかって言うから」


「……心配して見に来たと」


「うん」


 頷くと、ケルティスは舌打ちして顔を背けてしまった。俺なんかが勝手に心配などして、不快に思われたのかもしれない。


 ケルティスの顔がちょっと赤くなっているのが見える。頭に血が昇るほど怒ってるのか。恐いなぁ。出血は止まってるみたいだし、話を逸らそう。


「それであの、この有り様はいったい?」


 辺りを見渡して尋ねると、ケルティスはムッとした表情のまま仕方ないというように説明してくれた。


「アンドロイドの工場の手がかり探して見張ってたら、燃え始めてな。証拠隠滅されてたまるかと踏み込んだら爆発しやがった」


 しかしその説明はいまいち要領を得ない。


「それは……えっと、よく生きてましたね……。その、工場っていうのは?」


 ここはどう見ても工場という感じではない。口ごもった俺にどう思ったのか、ケルティスは呆れた様子で片眉を吊り上げる。


「お前、ほっとけばアンドロイドが勝手に生まれるとでも思ってんのか? アンドロイドは人工知能の設定だけじゃねぇ。人口筋肉に人口皮膚、各パーツを作るのにも手間がかかる。アンドロイドの出現傾向的に、この町のどこかに必ず工場があるはずなんだ」


 前提知識の差ゆえか、どこか会話がズレているようにも感じたが、ケルティスの言いたいことは分かった。


 彼は、アンドロイドを生み出す工場そのものの在処ありかを探しているのだ。そして、その手がかりを彼はまだ掴んでいない。


「じゃあここは、アンドロイドの集会場か何かだったんですか?」


「いんや。ここはコソ泥のアジトだよ」


 ケルティスは軽い調子でかぶりを振る。予想外の単語に、俺は首を傾げた。泥棒とアンドロイドに何の因果関係があるというのか。


「それはなにゆえ?」


 相互理解がないことにケルティスは一瞬怪訝けげんな顔をしたが、すぐ「そういやお前、記憶なかったな」と一人納得して舌打ちした。


「……アンドロイドってのは、定期メンテにも整備にも金がかかるからな。人間に成りすまして稼いでるだけじゃ足りねぇ。だから奴らはよく。おかげで人間様の頭の中じゃあ、泥棒イコールアンドロイドの方程式が出来上がってんのさ。必ずしもそうじゃねぇっていうのにな。全く、無駄に誤情報が入って面倒くせぇ」


 最後の言葉には私怨が混じっていた。空中を睨むように歯ぎしりしている。

 ……だから君、目付きが悪いからそういう表情するとすっごく恐いんですが。


 怯える俺に気付かず、ケルティスは続ける。


「ここはコソ泥が出入りしてるって事務所にタレコミがあった場所だ。泥棒の集まりなら、そこにアンドロイドが紛れてる可能性もある。こっちに気づかれないように泳がせておけば、工場の位置が割り出せたかもしれねぇのに」


 そうして見張ってたら火をつけられて、あげく殺されかけた、と。これがケルティスを狙ってのことなら、アンドロイド側には一枚上手うわてな者がいるというわけだ。


 事情も分かって納得したので、ケルティスの怪我の具合を見る。迷惑そうにされながら傷口を見ると、止血だけでなく薬が塗られているようだった。


 すり潰した草の匂いがする。


 市販の軟膏ではないようだと考えていると、人並みを掻き分けて近づいてくる人があった。


 柔らかな目元をした優しげな男が駆け寄ってくる。青みがかった不思議な色の髪が低い位置で揺れているのが印象的だった。

 成人はしているようだが身長が低いので幼く見える。


 彼は不機嫌顔のケルティスの前で立ち止まり、困り眉を作った。


「もぉ、ケルティスさん。起きたら駄目じゃないですか」


「うるせぇ、もう傷口くらい塞がってんだよ」


 二人は俺を置いて話し始めてしまう。

 これはあれだ。知り合いと話している時に別の知らない人が来て楽しげに喋り始めちゃって俺だけ疎外感にさいなまれるあれだ。


 ……よし、空気を読んで気配を殺しておこう。


 しかし俯いて視界から消えようとしたのが逆に目立ってしまったらしい。青髪の青年は人懐っこい笑みを浮かべて俺にも会釈えしゃくする。


「あっ、ケルティスさんのご友人ですか? ボクはロイド。通りすがりの薬屋です。爆発現場から彼が這い出て来たんで、畏敬の念をこめて手当てしてた所です」


「あぁそうなんですか」


 友達ではないけど、見ず知らずの人にわざわざ否定するのも手間なので会釈を返す。ケルティスも訂正するつもりは無いのか、ロイドさんを見上げるばかりだ。


「おい、ロイドっつったか。薬代いくらだ。手持ちで足りなきゃ後日返すから住んでる所教えろ」


「ええー。いいですよ、ボクが勝手にやったことですから」


「オレは! 人に借りを作りっぱなしにするのが嫌いなんだよ!」


「そんなこと言われましてもねー」


「くっそ。へらへらしてんじゃねぇよ」


 メンチを切りながらロイドさんの胸ぐら掴んでガクガク揺らす。ロイドさんは終始笑顔だ。


 なるほど、ケルティスが機嫌悪かったのは、人に借りを作ってしまったからだったのか。律儀な人だ。でも首を絞めるのはやりすぎでは。


「けっ、ケルティスさん。さすがに胸ぐら掴むのはよしたほうが……」


「おいシンルーお前もだ!」


「はぇ!?」


 俺ですか!? いきなりガンを飛ばされ縮み上がってしまう。


「お前もいい加減、畏まってんじゃねぇよ! 普通にハキハキ喋れんだろうがっ!」


「ごっ、ごめんなさい!?」


 怒られてしまった。アレかな。歳が近そうなのに距離感ある喋り方してたから、慇懃いんぎん無礼に思われたのかな。そうかもしれない。へり下り過ぎても見てる方はイライラするだろうし。


 今後は気を付けよう。俺はそう心に誓った。


「ところでシンルー」


「はい、なんでし──何かなケルティス」


 睨み付けられて慌てて口調を柔らかくする。


「……お前、事務所まで戻る道のりは分かるのか」


「あっ……」


 そういえばケルティスが心配で急いでたから、走って来た道なんか覚えてない。


 顔に出ていたのだろう。ケルティスは俺の反応を見て、苛立ちを抑えるように顔を伏せ深くため息をつくのだった。


 怒らせないよう気を付けように誓った直後なのに……。俺は本当に駄目な人間だな……。


「ごめんなさい」


 もう頭を下げてケルティスに謝ることしか俺には出来ない。ロイドさんはそんな俺たちを微笑ましいものでも見るようにして笑っていたけど、何故だったのだろうか。


 そうやって怯えながらも楽しく笑っていたから、俺は俺たちを見つめる視線に気がつかなかった。

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