第7話 「入れる」「入ってくる」「入れられる」
女の子の体には入れることができる場所があるわけだけれど、自分にそんな深い場所があるということは、子供の頃はまったく意識していなかったし、少し大きくなってからも普通は意識しない。入れることができる場所がある、という風に意識するのは高校生くらいからだろうか。周りの友人どもを見ていると、男の子とどうだこうだと妄想話を公然とし始めるのがそのころからだから。とはいえそんな話で盛り上がるやつらの95%(100%かも?)は実際に男の子と経験があるわけではないし、経験がある子だったら多分そんな猥談にのってこないとおもう。
で、わたしはどうか。このころ男の子には興味がなくて、というか現実のものとは思えなくて、そういう話には適当に合わせていただけだったけれど、「入れる場所」あるいは「入れる」ということにとても敏感になったのは、やはり高校生になった頃のことだった。
私は生理が始まったのがけっこう早い方で、小学6年になる前のこと。だから中学受験の時はすでに生理になっていた。なるのは不定期で、それも何の前触れもなく始まるのでいつも緊張していた。でもかりにうっかり失敗しても服の外に響いてしまうほど派手な被害は出なかった。ところが高校生になったああたりから事情が変わった。相変わらず周期は不定期で予測不可能だったけれど、少しだけ前触れが感じられるようになった。じゃあ、失敗はなくなったかというと全然そんなことはなくて、その出てくる量が格段に増えて、服に影響を及ぼすようになってしまうほどになったのだ。寝ている時に始まってしまえばベッドにも。それから始まって2、3日目は、普通のナプキンでは吸収しきれず、惨事が起きるということもしばしば。
そこでとっても抵抗があったのだけれど、タンポンを導入することにした。多くを吸収し被害を引き起こすことが防げると聞いたからだ。でも、タンポンっていうやつや、要するに入れることのできる場所に「入れる」ものなわけである。それは抵抗感というか、恐怖でしかなかった。体の中心に他者が入ってくるわけである。というか、「穴」が開いているということを意識すらしていなかったのに、そこへ異物を挿入するというのは本能として怖いと思うのは普通だろう。ただ日常生活を脅かすこの被害を防ぐには仕方がない。一番短くて細いやつを試すことにした。
意を決してやってみると、事前の恐怖感とは裏腹に、何に違和感もなくすんなり入った。入れるときの感覚もほとんどないし、入れている間は何にも違和感がない。以来、定期的に取り替えれば下着や服に被害を及ぼすこともほとんどなくなった。とっても快適だ。
こうして私の「入れることのできる場所」に初めて入ってきたのはタンポンだった。指も入れたことさえないのだから文字通り初めてだ。などということは普通の高校生だったらそれ以上考えないのだろうけれど、私は考えてしまった。私にはものを入れることができる穴があいている。いや、女の子はみんなあいている。しかもそこには普通、男の子のあれが入ってくることが想定されている。それは何ともリアリティがなく、かつ想像する範囲では何ともグロテスクで恐怖をそそるものだった。それまでそんなことは想像もしていなかったのだけれど、タンポン導入と、日頃の友人どもの猥談が頭の中で重なり合って、そんな何とも言えないどろどろした、自分の肉体を感じさせるような、そういう嫌な感覚に悩まされるようになってしまった。感覚といっても、肉体的なものじゃなくて、観念的なものに過ぎないのだけれど。
男性のアレというのは、自分が使い始めたタンポンよりもずっと長く太いはずだ。ネット画像で調べればそれは一目瞭然だ。ただ、ネット画像で調べたあれは、超巨大なものから小さなものまでいろいろ出てくるわけで、どれが標準かわからないけれど、でも一番小さなものでもタンポンよりずっと大きい。それが体に入ってくる?そんなことは絶対にいやだ、と頭の中で変な嫌悪感がぐるぐると回り始めてしまった。
一方的に「入れられる」という状況性も嫌だった。それに「タンポン使っている女は***だ」といったような、いく種類もの差別的な言説があることも知った。男性の間で勝手に言われているだけではなく、女の子たちの間でも、一部ではそういうことを言われていることを知って、ショックだった。さすがに、私の周りにそんなことを言う友達ははいなかったけれど。
そんなこんなで、高校一年生の夏、タンポンを使い始めて以来、学校生活も、部活も、合宿も、余計なことを気にせずアクティヴになることができて、気持ちは前向きになった。でも同時に「入れる」「入ってくる」「入れられる」といった動詞が頭の中をぐるぐると回り始めた。女は肉体的に受身にできているのではないか。あまりにも弱い立場ではないか。「入れられる」形状を持っているということは「入れる」形状を持っている肉体に支配されてしまうのではないか。肉体は変えられないのでどんな頑張ってもダメなのか。とはいえ、自分が男になりたいと思ったわけでは全くないのだけれど。むしろ男の子との恋愛は、自分は無理かも、と思ってしまったりもした。
とにかく、その頃はそんなことで頭がいっぱいになってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます