第5 話 最後に強くなれた

 私は自分でそんなに人見知りする方じゃないと思う。あんまり仲良くない人ともしゃべれるし、知らない人とでもとりあえず喋れる。女子校でぜんぜん男の子慣れしてないけど、でも塾とかで他の高校の男の子に普通に話しかけるぐらいだったら苦にならない。塾に一緒に行っている友達が、他の高校の男の子を一方的に好きになっちゃって、話しかけたいけど話しかけられないと相談された時も、私が仲介してあげたくらいだ。そんなわけで、恥ずかしくて話しかけられないと言うのは、実はどんな感じなのかよくわからなかった。


 けど高二の秋、その気持ちがわかった。何かの拍子に高三の先輩が突然好きになってしまった。好き、といってもこの感情っていったいなんなんだろう、うまく自分でもわからないのだけど、恋愛みたいなものだったのかもしれない。これまでも憧れの先輩はいたけれど、そう言う感じと全然別種の、体の中に急に電気が通り抜けるみたいな感じで、つーんというような感じで、とにかく好きになってしまった先輩がいた。K先輩だ。

 私より少し背の高い、ダンス部の先輩。割と低めの声でいつも落ち着いている。その時は引退していたけれど、それまで生徒会長もやっていて、誰にでも等しく話しかけてくれる。いつも背中もまっすぐで姿勢がかっこよくて髪型も一般女子みたいじゃない、なんというかとにかく自然でクールなのだ。理由はわからないけど、私が高二の秋に、突然ときめいてしまった。


 いつもいつも気になって仕方がない。それじゃあ、出会った時は話しかければいいだろいと言うことなのだけれど、廊下ですれ違う時も話しかけられない。K先輩のほうから「こんにちは」と声をかけてくれる。みんなにそうしているからなのだけど、そんな挨拶にも私は言葉を返せなくなってしまう。他の人には、いつも私から挨拶しているのに。特に相手が先輩の時は。ああ、こういうことか、一方的に好きになっちゃうと話しかけられなくなって、苦しくなってしまうと言うのは。この時私にもその気持ちがようやくわかったのだ。


  先輩はあと半年しか高校にいない。半年後は卒業式だ。三学期も受験だから学校にほとんど来ないはず。あと少ししか会えないではないか。「会えない」というか、「見ることができない」ということだけど、正確に言えば。そんなことを考えると、私はどんどん胸が苦しくなった。K先輩が卒業する前にせめて握手したい。握手というか、正直に言えば手を握りたい。先輩の目を見ながら、好きですって手を握りながらいいたい。でも勇気が出なくてできない。私はやっぱり弱いんだ。好きですっていったって、きっと先輩は普通に受け止めてくれるだろう。他の人からもきっと、今まで何人からもいわれているだろうし。かくいう私だって後輩から好きですって言われたことがある。その時嫌な感じはなかったし、優しく受け止めてあげようって思ったし。それで、じゃあ本当に恋人になろうってわけじゃないんだし。

 でも私はK先輩の恋人になりたいとか、思っていたのかもしれない。でも、そのとき恋人ってどんなことかよくわからなかったし、恋人になったらそうじゃない時と何が変わるのかもわからなかった。だから好きですって、先輩に言わせてもらうだけで、やっぱり良かったのだと思う。でも、なかなかできなかった。手紙を書こうか、でもそれは重すぎるだろうから、やっぱり言葉にしたい。最後のチャンスは卒業式前の送別会だ。


 私は、その日、突然強くなれた。K先輩に直接、好きです、と言えたのだ。今日、私先輩に手を握ってもらうから見守っててね、と何人かの友達に言っておいたので、ずいぶんとたくさんの友人が後ろで見ていてくれて、で、K先輩のめを見て「好きです」と言った。先輩は、いつもの素敵は低い声で「ありがとう」と言葉を返してくれた。そして手を握らせてください、といって右手を差し出した。先輩はその手をぎゅっと握ってくれた。

 そしてこの日、私はもっと強くなれた。「ハグしてもいいですか?」と。こんなこと言おうとは自分でも持ってなかったので、自分でも自分にびっくりした。先輩は無言で私を引き寄せて、肩と背中に手を回してぎゅっと抱きしめてくれた。先輩の胸の感触を感じたかったけどよくわからなかった。私は自分の胸を先輩の体にぎゅっと押し当てた。香水なのか、すごくいい香りがした。後ろでは私の友人どもが、応援のような掛け声をかけてくれたり、スマホで撮影してくれたり、そんな気配を感じていたけど、私も先輩のほっそりした体に手を回した。細いのに、思っていたよりもずっと柔らかいしなやかな感触だった。本当に幸せだった。何秒くらいかわからないけど、体をはなして、また握手をして、「じゃ、これからもお元気で」を私に言葉をかけてくれた。「はい!先輩も!」と言葉を返すのがやっとだった。すると、先輩はスカートのポケットからハンカチを取り出して、私の胸のポケットにぎゅっと押し込んだ。「プレゼント」、と一言言って。これが先輩と言葉を交わした最後だった。


 先輩が他のグループの方へ移動してからもぼーっとしていた私に、友人どもが拍手喝采、囃したててきて我に返った。みんながとってくれた写真や動画を、春休みの間、バカになったみたいに毎日見返したりした。いざとなったら私強くなれるんだ、と、自信がなくなりそうになった時、いつもこの時のことを思い出す。

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