第4話 借り物のジャージを抱きしめて

 体育の授業がある日、ジャージを忘れた。高二の一学期のこと。ついでにシャツも忘れた。体育着一式を忘れたのだ。今までも時々こういうことはあった。そんな時は、他のクラスの友達に借りに行く。私が貸す時もある。ところがこの日はあてにしていた他のクラスの友達とどうしても出会えない。一人は欠席してるし、他の何人かは本当に見当たらない。休み時間内になんとかしなくては間に合わない。

 階段でおろおろしていると、たまたま部活の高三の先輩が通りかかった。あまり話したことはないのだけれど、でも私の一番の憧れの先輩だ。先輩が話しかけてきた。

「どうしたの?」と。

 私は慌てて事情を話した。すると先輩は、

「私のを貸してあげるよ。」と。

 私がどう反応して良いかまごまごしていると、

「いいからおいで。貸すから。」と、高三のクラスのドアの前でジャージ一式を貸してくれた。

「ごめん。実は昨日、ちょっとした練習で少し着て、洗濯してないんだ。いい?」

 私はもちろんです、全然大丈夫です、と、天にも上る嬉しさでジャージ一式を受け取った。洗濯して必ず明日返します、というと、

「明日から中間試験じゃん。だからそんなに急がなくていいよ。じゃ。」と言っていってしまった。


借りたジャージに着替えようと袋を開けると、シャツも入っている。どきっとした。友人同士で貸し借りする時は、肌に密着するシャツはお互い気味が悪いので借りず、制服のブラウスの上にジャージを着てごまかすのが普段の我々の習慣だった。でも、その時私は自分でも驚くようなことをしてみたくなってしまっていた。先輩のシャツを着てしまおう。どうせ洗濯して返すのだから。それに先輩は一度着たといっていた。ということは間接的だけど、先輩と直接肌を密着させることになるではないか。先輩のシャツを手にとって香りを確かめてみた。かすかに香水のような香りがした。

 ああ、なんて変態なことをしているのだ。そんなことより急いで着替えて授業に出なきゃ、と、慌てて着替えて体育館へ向かった。


 自分自身のやってることに戸惑いを感じたのはむしろその後だ。借りた体操服を家に持って帰った。洗濯して翌日返すつもりだった。ところが、明日からの試験に備えて試験勉強をしている最中、どうも気が散って仕方がない。先輩のあのジャージ一式が気になって仕方がないのだ。まるで先輩の一部が家に来てくれているようで。気にしないように勉強に集中しようとしてもしばらくするとまた考えてしまう。

 そんな私はとんでもないことを考えてしまった。先輩のジャージをもう一度着てみよう、と。しかも何かの衝動で考えてもいなかった行動に及んでしまった。着替えるために部屋着を脱いだのだけれど、勢いで下着もすべて脱いでしまったのだ。その全裸の状態で先輩のジャージを抱きしめた。いちばんの憧れのあの先輩と裸で抱き合っている、そんな妙な性的興奮を感じ始めてしまっていた。

 私の行為はエスカレートしてしまった。下着をつけないまま、直接借り物のジャージを身につけてベッドに横たわった。もう自分をどうして良いかわからない状態だった。性的興奮を慰めるために自分自身の手でするということをまだ覚えていなかった。もちろん知識では知っていたけれど、なぜか高校生の時はそこに手が伸びなかった。あるいは伸ばして触ることが怖かったのだと思う。だからこんな性的興奮状態を自分でどう処理すれば良いかわからず、びっくりするくらい変な高ぶりに達してしまった。

 ベッドに横たわり、先輩と抱き合っていることを想像しながら、ジャージの上から自分の胸を撫でたり、脚の内側をさすってみたり、お尻を撫でてみたり、脚

をすり合わせてみたり、それだけで興奮の絶頂だったように思う。絶頂といっても、もちろん本当のあの絶頂ではないけれど。その部分には手を伸ばしていないし。それにその頃はそんな絶頂の境地自体も知らなかったし。

 たぶん30分くらいそんなことをやっていた。自然に鎮まった時、ああ、私は何をやっているんだろうという思いと、先輩と一緒になれたという幸福感と、早く勉強に戻らねばという現実的な思いがドッと襲ってきた。こういう時は勉強を再開するに限る。ジャージを着たままで。こうした諸々すべてに、深刻な自己嫌悪を感じてしまう。


 洗濯してジャージを先輩に返したのは、試験最終日のことだった。結局二日間、ジャージを着たり脱いだりしながら間接的に先輩と過ごしたのだ。

 お礼のお菓子を買って先輩にジャージを返しに行く時、すみません、すぐに洗って持ってこようと用意していたのだけれど、昨日の朝カバンに入れるのを忘れて・・・ と言い訳をしてみた。

「ぜんぜんいいよ。サイズ私と同じでよかったね。また困ったら声かけてね」と笑顔でそんな風に声をかけてくれた。

 私は幸福で卒倒しそうだった。と同時に憧れの先輩に対して、美しい先輩に対して、自分はなんて薄汚いことをしてしまったのだろうと、そんな自分が嫌いになった。






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