第2話 失語症ママ。
静かな時間は流れていく。そして、三角の角が加わった。
その日、“ねぇさん”はいなかった。私は退屈で退屈で、わふぅ、とあくびをしながらベッドに転がった。
伏せていために視線を感じる。
昨日まで空いていたベッドに人が座っている。多分私より年下だ。明るい髪にブラウンの瞳。じぃー、と見つめられていた。白い白い肌の頬っぺたは可愛らしいピンク。
へらぁ、というように笑みを見せる。私は少し首を傾げた。
「いつ来たの?」
そう問うと、彼女はまた、へらぁ、と笑う。
その時、なぜだろう、理由はわからないけれど私はおもむろに手帳に五十音文字を書いた。
「名前は?」
そう言ってペンで指して、と付け加えその子にペンを渡したけれど、その子はペンを持つ握力すらなかったのだった。
それが初対面。そして、私は思った。
この子とはしゃいでみせる、“ねぇさん”とその子と走り回ってやる、と。
自分でも不思議だった、なぜそんなことを思ったのか。
それから数日して彼女のところにクリクリの眼をした可愛らしい子供が来た。多分幼稚園にはまだ通っていないくらいの。彼女が本当に幸せそうにその子を抱いた姿を覚えている。
相変わらず、へらぁ、と笑うだけの。
その微笑みを、空気を、鮮明に、でも霧がかかったように掴めないまま私は生きている、あの時からずっと。そう、あの時に生きるように。
僅かな私の記憶のなかで。
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