諦念乱立 -8-

 少年は足を止め、枝々に囲われて小さくなった空を見上げる。

 森の中には木漏れ日が差し込んでいた。


 ――――よく私の居場所が分りましたね


 どこからか声がする。

 見渡す限りの木々の中。隠れる場所ならどこにでもある。

 声の主の居場所は、まだ正確に把握することができない。


 ――――こんな辺境の地に御足労いただき感謝致します

 ――――狩りに夢中になっていたら貴方様のお出迎えが遅れてしまった


 頭上からの声にも少年は微動だにせず、凛と構えていた。

「おふざけはやめろ。遊びに来たわけじゃない」


 ――――あー……はいはい、相変わらずカったい頭してるねぇ

 ――――深部の騎士様がワタシの領地に何の用かにゃ〜?


 まるで森が話しているようだ。

「姿を見せないつもりか」

 少年が語りかけるが、依然として相手は姿を見せない。

 それなら――と、少年は足元の小石を器用に空中に蹴り上げて右手で掴むと、一本の木の幹に向かってぶんっと投げつけた。

 ガサガサと葉が揺れる。

 太い枝に座って下の様子を伺っていたは尻尾を枝に巻き付けて空中に身を投げると、くるりと回転して地面に着地した。



 間も無くして影から現れたのは、人間とも獣とも言い難い何かだった。

 姿はおおよそ人間であるが、頭には人間にはあるはずのない猫のような耳が生えている。あばらまでの丈の中華風のドレスの上にコートを羽織り、腕の先には鋭利な五本の爪。裾を絞ったパンツの後ろには長い尻尾が見えていた。

「あっぶないな〜!人に物を投げつけちゃダメだってママに教わらなかった?」

 わざとらしい演技をする獣人の少女を見つめ、尚も少年は冷ややかだった。

「……で、なんなのさ?こっちも忙しいんだけど」

「これ以上、民を傷つけるな。主人が悲しむ」

 飄々ひょうひょうとしていた少女は不意打ちを食らったかのようにきょとんと脱力してしまった。

「ぷっ!あははっ!悲しむ?ユウが?それ、今日一番笑えるジョークかも!ごめんね。大真面目に言ってるんだよね?ふふっ。あ〜、涙出てきちゃった」

 獣人の少女は目尻を拭う。

 ふうとため息をつくと、今度は肉食獣のような鋭い眼差しで少年を睨みつけた。

「アンタにユウの何が分かる。一番近くに居た存在がユウを助けられなかった。あの子のことを知ることもできず力になってやれなかった。だからこのザマだ!間抜けもいいところだ!」

 罵声を浴びせられ、少年の口元に少しだけ力が籠もった。

「……返すこともない?それじゃ、話はもう終わり。ヒト狩りいこうぜ〜ってことで。バイバ〜イ」



 そう言うと少女は背を向け歩き出す。

 彼女が再び森の中へ消えようとしたその瞬間、少年は十数メートルの距離を跳躍する。そして背負っていた矛を空中で引き抜き、少女を目掛けてざくりと振り下ろした。

「……何の真似?これがユウの意思だっていうの?止めてくれ、なんて言わないでね」

「止めてくれ。そうでないとお前を倒さなければいけなくなる」

 足下で地面をえぐる刃を一瞥いちべつすると、少女はギリリと歯軋りした。

「まだ騎士のつもり? ハク。分かってるとは思うけど、ユウが意思を閉ざしてしまったからにはアンタの使命はもう果たせない。御役御免の切捨御免だ。あいにく私の領地でもコメディアンは探してなくてね。要らない役者が舞台に上がらないでくれるかな」

「御役御免なのはお前も同じだろう、レンライ。なのに何故お前は掻き乱す」

「掻き乱す?それは違うよ。私はアンタと違って柔軟だから。白雪姫のために頭を捻ってるんだよ。因果応報って知ってるかな?まあ、知ってても知らなくてもどっちでもいいんだけどっ!」

 レンライはタンッと地面を蹴り、ハクとの距離を取った。

 手足をついて音もなく着地すると、彼女の纏う空気が変わっていく。

「今のワタシは特別最高バチバチにイラついてるんだ。だから邪魔をするって言うなら、まずはオマエから動けなくしてやるよ――――!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る