諦念乱立 -7-
「殺されるって……」
殺人なんて前時代的な話だ。
ゲームのようなフィクションでも、拘置所でもないのなら、誰も人を殺すことなんてしない。それに、そんな危険因子が見つかったら、すぐにでも警察に調べられて、最悪は更生施設行きだ。
ここが僕の元いた世界ならば、だが。
「何故だか分りませんが、近頃のレンライ様はすごく荒れてらっしゃいます。何もかもを壊してしまうほどに。だから、森の中でもう幾つもの、その……死体を、見てきました。えっと、どこから話せばいいんだろう……」
余程怖い思いをしたのだろう。
震える小さな身体は両手を結んで胸に寄せていた。
「大丈夫。ゆっくりでいいから話してくれないか」
俯いた顔をあげ、はいと頷いてサキは口を開いた。
「この島には私以外にもたくさんの人がいて、島の情報を交換したり、食べ物を分けあってそれぞれに協力して過ごしていました。私たちはみな、この島で生前の罪への赦しを積み上げなければなりません。それがいつまで続くのか、どこまで積み上げればいいのか、終わりがあるのかは分かりません。毎日毎日、石を集めては積み上げ、すこしの食事をとったらまた石を積み上げる。同じ日々が繰り返されるようなこの果てしない生活には、支えとなってくれる存在が必要でした。だから、自分以外の人間を見つけた島民同士は自然に打ち解け、関係を広げていきました」
島にはサキ以外にも人がいる。海岸からここまで歩いてくる間、ハクという少年以外には誰にも遭遇しなかったが、それは確かなのだろう。そしてここが死後の世界ということであれば、おそらくその人たちもすでに死んでいる。
なんとも現実味のない話だ。死人に囲まれているだなんて。
「ですが、ただ石を積み上げていくだけとはいかないんです。積み上げたものを壊しにくる存在がいます。それが」
「レンライ様ってことか」
「……その通りです。レンライ様は島中を徘徊されては気まぐれに石塔を壊していきます。どんなに頑張って作り上げていても、私たちの気持ちなどお構いなしに、時には原型が分からなくなるまで破壊されていきます。それに、島民同士が協力することも良しとしません。交流が見つかってしまえばレンライ様は機嫌を損ねられ、両者の石塔を壊し尽くしてしまいます」
「そんなことに何の意味が……」
「意味なんて、私たちにも……」
それはレンライ様にしか分りませんとサキは首を横に振って答えた。
だけど、ここではきっとそれが当たり前なのだ。今までの話を聞いて、ここが僕の思っている死後の世界なら。
地震や台風が生活を脅かすように、一種の災害のようなかたちで「レンライ様」という存在があるのだろう。
「だけど、石塔なんてどこに作ってるの?」
「どこ……ですか?ここですよ。この塔自体が私の作った石塔なんです」
「 ―――――― 」
――――――言葉が、でなかった。
それは彼女の言っている石塔がもっとずっと小さいものだと思っていたからだ。
言われてみれば、終わりなく続けているのであれば、石ころを積むと言えど見上げるほど高いものになるだろう。だけど、こんなに巨大で緻密な塔を僕より小柄な少女がたった一人で作ってるって言うのか?
だとしたらサキ、君はどれだけの時間と労力をかけて自分の過去と――――
「レンライ様は物を壊すことはあっても、私たちを傷つけるような残忍なことはなされませんでした。なのに、どうしてみんなを……」
「辛いことを思い出させたみたいだね。ごめん」
「あっ、いえ、ヨウヘイさんが悪いわけじゃないですよ。……はぁー、ダメですね、私。私がこんなに暗くなっちゃってたら、何も分からないヨウヘイさんも暗くなっちゃいますよね」
話をして気が楽になったのか、サキの震えは落ち着いていた。
「……ユウは僕ひとりで探しにいくよ」
「えっ……?ダメですよ!そんなの危険すぎます!」
「でも、サキを巻き添えにはできない。今だって僕と一緒にいるのが見つかったらマズいんだろう?」
「それは……」
それ以上はお互いに何も言えなくなってしまった。
胸に騒めきを残したまま、二人の夜が過ぎた。
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