諦念乱立 -夢-

「数十年前は空に電線が張り巡らされてたって話は知ってるよね」

 学校からの帰り道。ユウは唐突に話をはじめた。

「教科書とか映画で見たことがあるから知ってるけど……」

 架空がくうの電線は今はほとんど無くなってしまって、地下に埋まっているかワイヤレスになっている。電線はアスファルトの地面の下でうなぎのように這っているらしい。

「今でも電線が空を覆ってるところはたくさんあるわ。場所が違えば、国が違えばそういった光景を目にすることができる」

「空を覆うか……。あんまり想像できないな」

「そうね。見たことのないものを想像することは難しい」

 ユウは少し立ち止まって、今にも雨が降り出しそうな空を見上げた。



「でも、飛び降り自殺なら想像できるんじゃないかしら」

 彼女が自殺というような物騒な言葉を使うのは珍しいことではない。呆れるほど気遣いに溢れるこの世界で、彼女は常に違ったものの見方をしている。

「ユウは相変わらず変なことを言うなぁ……。想像できなくはないけど、飛び降りだって見たことないよ。それに、それが電線とどう関係してくるんだよ」

「この街には高い建物なんてビルか電波塔くらいしかない。だけど昔は二十メートルを越すような鉄塔があちこちに立ってた。線が空を覆うためには送電塔とか電柱が必要だったのよ」

「そこから人が落ちてたってこと?」

「そう。塔はホットスポットでもあったの。死ぬためのね」

 遠くからゴロゴロと雷の唸る音がする。

 空模様をうかがう僕の前を何事もないかのようにユウは歩く。表情は髪に隠れて見ることができない。

「だけどそんな危険な場所、簡単に登れなかったんじゃないかな」

「登れたのよ。この世から居なくなりたかった人たちにはね。当時は進入されないように柵で囲ったり人気の少ない場所に建ててたらしいんだけど、高い建物っていうのはそれだけで人の目を惹きつける魅力があるから。きっと、生きることに疲れていた人は誘惑されちゃったの。命を食べる塔に。それに――」



 彼女の家の前に着いて、僕たちは足を止めた。

「飛び降りるだけが死にかたじゃなかった。この話はまた今度にしましょう」

「遠慮しておく、って言っても話すんだろ?」

 黒い雨雲が僕たちを見下ろしている。

 雷雨が来る前に早く帰ろう。





「ただいま」、って誰もいないか。

 結局、帰り道で急に降ってきた雨に打たれてずぶ濡れになってしまった。靴下を脱ぎ捨て、タオルで髪を乾かしながらテレビをつける。

『いまだに途上国との格差は解決しておりません。先進諸国は危険源との分離やAIによる精神診断の下、ストレスフリーな生活を謳歌している。しかしアフリカ諸国では貧困にあえぐ子供たちが生きるために働いている。勉強もせずに。そんな場所でインフラを整備していったところで差は埋まらない。テクノロジーは正しい知識のあるものにしか取り扱うことはできません。道具だけ与えても無知な子供には使うことができない』

 過激な発言で話題のコメンテーターが画面に映る。

『すこしショッキングな映像かもしれませんがこの光景をご覧ください。少年たちが電柱に登って遊んでいる。しかし……あぁ!彼は電線に触れて感電してしまった。ぐったりとなっている彼はこの事故で命を落としました。日本は無電柱化が進んでおり、事故にも災害にも強くなりました。しかし途上国では見合わないテクノロジーによって凄惨な事故が起きています。知らないことが文字通り命取りになっている。彼らを救いたいのなら、まずは教育機関の整備を行うべきだ』



 ユウが言っていたのはこのことか。

『各国の技術者もこのような事故を起こすために尽力したのではないんですがね。いまの彼らは動物と一緒です。自分で考えることもなく、訳もわからず飼い慣らされている。電線が空を覆うこの光景だって、まるで電気柵に囚われた家畜だ』

 わざとらしくスタジオがざわめくところまで見て僕はテレビを消した。

 部屋の中に雨の音が響いていた。

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