諦念乱立 -2-

 ――――目が覚める前は……そうだ、ユウの寝室に居たんだ。意識の奥底で眠り続ける彼女の横に。

 浜辺からわずかに見えた木立を目指して歩き出していた僕は、不安に震える身体に逆らうように半ば強引に冷静になろうとしていた。


 ――――君は彼女に会いたいか


 突然僕の前に現れた、黒いレインコートに身を包んだ男の言葉。

 体温を奪っていくような冷たい雨が降りつける中、影のように立ち塞がり、かすかな希望を見せたあの言葉――――


 あの人の提案に乗る以外に方法なんてなかったんだ。

 誰もが失くなった彼女の意思を取り戻すことはできないと言ったから。

 僕が彼女の奥底にある意思をわかってあげることができなかったから。

 だから、なんだっていい。

 もう二度と、後悔してしまうような道を選びたくはなかった。


 ――――だとしたらここがユウの中なのか。こんなに寂しい場所ににユウの意思があるっていうのか。

 背中に聞こえる波の音は次第に遠ざかり、砂を踏みしめる音が強くなる。雲のように薄く見えていた木々の緑ももう間近だ。暗い色ばかりを見ていたせいか、ただ何かが存在するということだけで少し安心した。行くあても分からないままたじろぐ足を、それでも前へ前へと進ませる。「……おい」

 遠くからでは分からなかったが、木々は複雑に折れ曲がって伸びていた。幹や枝をくねらせ地面の陰を一層と強め――――

「おい、待てと言っている」

 背後から誰かの声が聞こえた気がした。空耳だろうかとも思ったが、それはすぐに間違いだと気付いた。

 首筋に何かが触れるのを感じたからだ。


 視界の端で細長い銀の板が覗く。これは……刃だ!自分の顔が反射してしまうほどに研ぎ澄まされた刃が首筋に押し付けられている!

 唐突に向けられた凶器。金属の触れる感覚は全身の皮膚を収縮させ、喉の奥をぎゅうっと締め付ける。僕の身体はその場で凍ってしまった。

「お前はどこへ行こうとしている」

 刃を押し付けたまま、背後の誰かは問いかける。しかし、この異常な状態に僕の頭は混乱していた。どこへ行こうかなんて、そんなこと僕にも分からない。僕はどこへ行こうとしているんだ。

「答える気がないのか……それならば――」

 押し付けられていたそれが首筋を離れ、右耳でひゅうと空を切る音がした。切られる!

「待って!!」

 強く目を閉じ、力を振り絞って言葉を放つ。一瞬が何倍にも引き伸ばされたかのような時間。そして数秒後――――ざくっと砂を刺す音がした。

 自分のものでないかのように強張こわばった首をねじらせ、やっと僕は相手を確認した。


 かたわらに身長を越すほどの長さの矛を携えていたのは、同い年くらいに見える少年だった。整った顔に油断はなく、紺色のコートを着て凛々しく立つ姿はどこかの国の貴族のような印象だ。だが、とりわけ目を引いたのは肩から腕にかけてを覆う鎧のような白い籠手こてと、雪のように白く染まる綺麗な髪。

「では応えろ。お前は何が目的で此処ここへ来た。何処どこへ行こうとしている」

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