諦念乱立
諦念乱立 -1-
「助けてっ、助けてえええぇぇぇ!!」
目の前に現れる草木を掻き分け、森の中を一心不乱に逃げ惑う青年。そしてそれを背後から凄まじい速さで追う影。人間では考えられない速度で迫りくるその影は、密林を住処とする獣のようにも見えた。
「あ〜ん、鬼ごっこ楽しいねぇ〜♡楽しいねぇ〜〜〜♡」
追手の姿はどこにも見えない。だが、上擦った甘ったるい声はどこともなく聞こえてくる。木々の海は逃げ惑う者に隠れ所をもたらすはずだったのだが。
「はぁ、はぁ……どこだっ!?あいつはどこへ行った!」
草木を縫って飛び出した空き地で、青年は息も切れ切れに右も左も関係なく辺りを見回す。そして――
「みぃ〜つけたあぁ〜〜〜ん!」
刹那、上空からの一撃が青年の背中を斜めに切り裂いた――――。
「今日の獲物も無事ホカク!ほっかほっかであったか〜い♡」
頰に飛び散った返り血を気にしないままに、少女はまるでタオルのように捉えた青年を肩から提げて歩く。ひと仕事を終えて軽やかに帰路についていた少女は、そこでふと何を感じ取り、じっと天を仰いだ。
頭に生えた尖った耳をぴくぴくとぱたつかせながら。
「おやっ??珍しく来客がっ!?それも二人!!すぐにおもてなししないと!!」
この島に人間が来ることは珍しい。たまに訪れる人間もほとんどの場合は一人だ。ましてや同時に二人が来ることなど。
「いや――」
――――三人か……
◆
耳元でザアザアという音が寄せては返している。
何も見えなかった視界が少しずつ利くようになって、僕は倒れ込んでいた体をゆっくりと起き上がらせた。
ここは――
「――海だ…」
何処だろう。見たこともないような場所だ。
石のように灰色に濁った空と、それを反射して鈍く光る海。遠くにある水平線の先には対岸も小さな島さえも確認することができない。
水にさらされていたのか、服はぐっしょりと濡れて重たくなっている。頰についた砂を手の甲で拭い去ると、急に胸が締め付けられるような心細さを覚えた。
ここには何もない。
波の音しか聞こえない。何もない、いや、何も居ない。海鳥も、沖から吹き付ける風さえ存在しない。ぐるぐると周囲を見回すと、海に対面するようにして少し先の陸地で木々が生い茂っているのが見えた。
僕はなんでこんなところに居るんだろう――。
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