第63話

「ア、アルト殿下!ど、ど、どうしてこちらに!」

「バルムギルド長。お世話になってます。あっ、こちらは手土産です」

「有り難き幸せ……って、そうでは無いです!アルト殿下ぁぁぁ!!」


「「「えっ(はっ)……」」」


 現在アルトは、クエストの完了報告のため冒険者ギルドに来ていた。


 しかし、依頼書を女性の受付嬢であるサァスに提出すると、アルトを放置し何処かに行ってしまった。

 仕方が無く酒場の方に居たギルド員のミルに声をかけ相談をすると、同じく酒場で働いていた同僚のフルムに、サァスを探しに行ってもらった。


 だが、その際アルト本人が持っていた食糧品等をギルドに卸し、冒険者達のテンションがMAXになり唐突に宴が開催された。


 そしてその宴はどんどん町に広がり、周辺にいた冒険者や住民が集まりだしたのだ。

 結果どうなったのかというと、ギルドの建物に収まらない人達は、道路で宴を始めてしまったのだ。


 そんな時に、ギルド長やフルムにサァスがギルドに到着し、現在に至るのだった。


「…………」


 で、バルムギルド長のせいで俺の素性がバレてしまい、先程の騒ぎは何なのかと言う程辺りは静かになってしまった。


 ある者は口に含んだ酒が、口を半開きにしたまま、少しずつこぼれていたり。

 ある者は肉にナイフを突き刺したまま固まったり。

 ある者はアルトの頭を叩き終わったまま固まったり。

 ある者はアルトの肩に肘を置き、なんかかりながら酒を飲む姿勢で固まったり。


 ただ、ギルド長の大きな声は外まで聞こえなかったのか、外では宴の騒ぎが聞こえてくる。


「やべぇ……俺死んだ……」

「だ、大丈夫だ、俺もだ……」


 ただ、肘を肩に置いていた人と、頭を叩いてきた人の声だけ微かに聞こえる。



 ◇◇◇


「誠に申し訳ございません!」


 場所をギルドの接待室に移動し、今目の前ではバルムギルド長がキレイなお辞儀をしていた。


「えっと……完了報告の件ですね。宿も探さなきゃだから、早くして貰えると助かりますが……もうこの時間だから夜ご飯はやってないでしょうね……」


 バルムに来てまだ宿も取っていないのに、受付嬢のサァスが、完了報告の受領をあの時してくれないから、こんなに時間が掛かってしまった。

 こりゃ最悪アディに戻って寝るしかないが、気持ち的に微妙だ。

 せっかく初めて来た町なんだから、ここの宿に泊まってみたい。

 まぁ、バルムの状況からするなら、アディに戻って休んだ方が良さそうではあるが……。


 まぁ、宴自体はかなり楽しかったので、たまにはああいうのも悪くはない。


「そちらの方も別途謝罪を致します。また、冒険者がアルト殿下に行った侮辱発言、行為等は、私、バルムギルドのギルド長マクロ・ファジーが、謝罪とともに本人達にも後ほど……」

「あー、待って待って」


 侮辱発言・行為ってそんな気にはしていないのにな。

 まぁ、他の気難しい貴族は侮辱罪だーって騒いでいるみたいだが、あれくらいでこうなるなら、うちのハンスさんは何百回……いや、それ以上罪に問われているんだけどね。


「あれくらいはアディでは普通なので、他の皆さんにも言っておいて下さい。あぁ、それに、何気に騒いだりするのは好きなので、またやりたいと追加でお願いします」


「ふ、普通で…ございますか……あの事が……。で、では!下に心配している者が居ますので、伝えて来ても宜しいでしょうか?」

「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!ミル、ここは任せた!フルム、クエストの処理をサァスとしてきてくれ」


 そう言って、バタバタと出て行くギルド長。

 それに残された、顔が青く冷汗をかいている、3人のギルド員達。


 ……気まずい…。

 物凄く気まずくないかこれ?


 ギルド長が出ていって、少しの時間が経ったが、アルトは気まずい雰囲気を味わっていた。


「お、お、お、お、お、お、お、……」


 ミルが何か声を掛けてくるが、正直壊れたラジオみたいに言葉を繰り返す。


 お?……さっぱり分からん。


 少しでも理解しようとミルの顔を見るが、上手く言葉を喋る事が出来なかったことが恥ずかしく、顔を茹でダコのように赤くしていた。


 そんな様子が気になったのか、クエストの完了報告の処理をしに行こうかとしていた、サァスが盛大に転ぶ。


 そして、サァスが手に持っていた、紅茶を持ってくる時に使った、銀のお盆がフルムの顔面にヒットし、よろけ家具に頭をぶつけ倒れる。


 それと同じく緊張のピークにきたミルがその場で倒れた。


「ふぁ!」


 で、それを見たサァスは信頼していた先輩の2人の様子を見て、勝手に気絶した。


「……めんどくせぇ…勘弁して…」


 残ったアルトは小声で呟き…机に肘をつき右手で顔を抑えた。



 ◇◇◇


「おい、お前ら!アルト殿下から伝言だ!喜べ!侮辱罪は執行せず、お咎め無しだ!しかも、しかもだ、アルト殿下は宴は好きだからまたやりたいだとよ!」


 ギルド長は酒場でお通夜のように死んだ顔の冒険者達にそう言った。


「「「おおおおおおおっ!」」」

「やべぇ!俺生きている!!」

「全くだ、死んだかと思ったぞ!」

「アルト殿下!アンタは英雄だ!」

「いいなそれ!英雄アルト殿下!」

「酒の英雄にカンパーイ!」

「英雄酒殿下!カンパーイ!」

「「「カンパーイ!!」」」


 一方、ギルドの1階にある酒場ではギルド長が、アルトの言葉を伝え冒険者や住民達が活気を取り戻し、誰もがアルトに対して乾杯を捧げ宴会が始まった。


 ◇◇◇


 俺が出て行った僅かな間に一体何が起こったと言うのか全く分からない。

 どんな状況なのかここに居る部下に聞きたいが、残念ながらそれは叶わないようだ。


 サァスとフルムは床に倒れ白目を向いて気絶してやがるし、ミルはソファに寄りかかるようにし、泡を吹いて気絶している。


 で、アルト殿下は気絶してはいないようだが、顔を右手で抑えながら何やら意気消沈していらっしゃる。


 で、この状況俺にどうしろと?

 まぁ、とりあえず、近くに倒れているサァスを起こしながら


「ア、アルト殿下…これは一体何が…?」


 と、聞くしか無かった。


「う…うぅん…」


 どうやら、サァスは気が付き始めたようだ。

 次にフルムを起こしに行き、この状況を整理するため、頭をフルで回転させる。


「…ギルド長か…良かった、本当に…」


 そうアルト殿下に言われたが、何が良かったのか未だに分からねぇ…


 何とかフルムも起き出し、ミルを起こす為に体を叩きながら声を掛ける。


「ゴボァ、ふぁ!ふぇ?……一体何が…?」


 おっ!ミルが気が付いたようだ。

 これで3人から話が聞けるな。


「……オ」

「オ?」


 ミルが俺の顔を見て何かを言いかけている。


「ひぃ、オーガ!」

「誰がオーガだゴラァァ!」


 全くひでぇ奴だ。

 気が付くなり誰がオーガだ、全く……違うからな?俺はただのドワーフとヒューマンのハーフリングだからな?


「あっ…ギルド長…」

「…気が付いたな。で、何があったよ」


 気が付いた3人と、アルト殿下からあの状況の話を聞いた俺は、アルト殿下に再度謝罪をする事になった。


 俺が心配していた状況ではなかったにしても、全くめんどくせぇ事になっちまった。


 初めはアルト殿下が3人を襲ったんじゃないかとヒヤヒヤしたが、ただの緊張やドジで気絶していただけであった。


 で、問題なのは普通の冒険者なら良かったが、相手は貴族でもなく王族のアルト殿下だ。


 そのアルト殿下の目の前でのこの失態は流石に不味い。

 それ相応の謝礼金なりを出さないといけなくなる……一体いくらになる事やら……。


 このバルムのギルドには現状そこまで贅沢な貯えがある訳が無い。

 何せ、前領主に毟り取られていたからな。


「で、ギルド長」


 ほら来た。

 アルト殿下も王族だ、やっぱり金銭を要求されるに決まっている……ここは私財を投げ打ってでも払わないと行けないだろう。


「はっ、申し訳ございませんアルト殿下!」


 とりあえず、誠意を込め謝ろう…それくらいしか現状は出来ねぇ…。


「いや、それはもういいよ。もう、帰っていいですか?クエスト報酬はまた後日取りに来るので……良いですかね?」

「はぇ?…は、はい!申し訳ございません、大丈夫です…謝礼金もその時に……」


 帰りたいと?……確かに早く出たいだろうな。

 俺も今凄く帰りてぇ……。

 謝礼金か……ここは払うしか無いだろうな。

 クエストの依頼を幾つか取下げ、依頼主に謝罪をし、ギルド自体でクエストをその分こなすしかねぇか……。

 明日から地獄だな……。


「謝礼金?何の?いらないよ?…まぁ、では疲れたので今日は帰りますね。では…」


 いらない?えっ?謝礼金…いらないの?


 俺は心の中で盛大にガッツポーズをし、アルト殿下を外に送ろうと腰を上げ、アルト殿下がいた方を見上げると……


「は?……アルト…殿下は?…一体何処に?」


 居なくなっていた。

 今のは全て幻だったのかと思うくらい、きれいさっぱりと居なくなってしまった。


 接待室に残った俺は、ソファの下を見たり、クッションの下を見たりしたがやっぱり居なかった。


 幻か?と思うが、飲みかけの紅茶に、クッションの暖かさからやはり、アルト殿下はそこに居たのは事実だった。


 ◇◇◇


「はて、アルト様?バルムに行かれたのでは?」


 アディの私室に戻ってきた俺は、晩のご飯のお願いにゼロスのとこに来た。

 ゼロスはアルトがバルムに行き、今の町の様子を見に行っていると思っていたが、普段見せないような、疲れた雰囲気でいるのが気になった。


 アルトが産まれてゼロスは専属の執事になったが、ここまで疲れた様子は見た事がなかった。

 陛下であるカインド王達と、アルトは神の子…つまりは神から何やら使命を授かった神の使徒…と思い、何時も常識が外れたアルトを見てきたが……。


 いくら神の子と言えど、アルト様は陛下の子…つまりは人間だったと言う事ですな。


 と、一人頭で考えながら疲労したアルトを介抱し、食事を手配する。


 アルト様はまだまだ子ども。

 いつも凄いことをやって来たからこそ、忘れがちだったが、今よりも私等がサポートせねば!


 普段はお互いをいじり会う2人だが、ゼロスはアルトの信徒となっていく。


 その後食事の用意が出来る頃になると、アルトはいくらか元気になり、バルムで何があったのかを聞いた。


 ゴミに病気……以前、王都でのアルト様の行動は正解だった様ですな……ですが、バルムでは残念ながら、間に合わなかった人が出たとあったが、実際に依頼をしなかった人も居たはず。

 そうなると被害はそれ以上……何とも恐ろしい…。


 で、ギルドでおこった内容に密かに怒りを覚えたが、アルトから不問にする。と、言われればそれ以上何も言えない。


 ただ、お忍びで町の状況は確認出来なくなったであろうから、明日はどうするのか聞いたら。

 また明日はバルムに行くと本人に言われ、その際に何名か、暗部メイドを連れて行って欲しいとお願いしたゼロスだった。

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