第41話


「父上?今なのですか?」


 アルトは考えた上で、カインドに言った。


「今すぐではない、近いうちにだ」


 今すぐと近いうちにって、結局余り日数的に変わりはないんじゃないのか?

 そう思ったが、言葉には出さない。


「その後はこちらにお住みになると……」

「そうだが、なんだ。何かあるのか?」


 カインドはアルトの言葉に何かあるのかと聞き返す。


「やはり、こちらに住まわれると。なら、何かしら働いてもらわないと……」

「何!お前は俺に対して働けと言うのか!」


 確かに王に対しては失礼な内容だが


「はい、父上は母上とどうやってお過ごしになるんですか?部屋は領主ビルに住まわれるなら、家賃は必要ないでしょう。ただ、食費やそれ以外の費用は掛かりますし、勿論、住民税だって掛かりますが、働かないで本当に大丈夫でしょうか?今なら色んな職場をご案内出来ますが?」


「うぐっ!……住民税は流石に俺は要らぬだろう」

「そんな、この町では領主の私も奴隷だって住民税払っているんですよ?退陣されたとはいえ、払わないようなことには、皆に示しがつきません」

「……」


 結局、カインドとローザの退任は見送りになった。

 まぁ、理由が理由なだけに退任は無理だった。

 ただこの開拓村の暮らしの基準が何処よりも良かっただけだ。


 そして、カインド達を含めた監査に来ていた人がまだ何日か滞在中に、俺を訪ねてきた人が居た。


「これは、アルト・ディオング・ミルフェルト殿下、急な来訪誠に申し訳ございません。私は、ゲーラ伯爵領にてバルムの代官を勤めさせていただいてます、サイマラ・フェルサスと申します」

「……はい、遠方より御来訪お疲れ様です。で、何かありましたか?」

「はっ、お忙しい中大変申し訳ございませんが、我が主である ルェリア・ドドルカ・ゲーラ伯爵様より、手紙と伝言を預かっております……」

「手紙と伝言?」

「はっ、こちらが手紙になります」


 ふむ、ゲーラ伯爵ね……今はお互いの領地間で交易も親睦もないはずだけど?


 ……内容自体は挨拶の定常文がメインで、この領地の事をヨイショする内容か……ふむ、意味わからん。


「代官殿、手紙は預かりました。して、伝言とは?」

「はっ、火急なお話があり、対談出来る日をと伝言を預かっております」


 普通、そっちを手紙に書くんじゃないか?


「ゼロス、スケジュールはどう?」

「はっ、短時間での対談なら明後日、それよりも長くと言われますれば再来月になりますね」

「再来月……殿下…そこをどうにかなりませぬか?」

「どうにかって言われてもね……ゼロス、スケジュール見せて。うゎ……びっしり…んっ?ここの日を変更出来ない?」


 何故俺のスケジュールにダンジョンマスターのクナイとの話し合いががっつり入っているんだ?

 会おうとすれば、会えるのに?


「こちらの日をでございますか?……畏まりました、先方にもお伝え致します」

「代官殿、来月の8日とお伝え下さい」

「か、畏まりました。ありがとうございます」


 使者の代官は日程を決めるとすぐ退出していった。

 俺はゲーラ伯爵と話をする内容は無いんだけれども、向こうはそうじゃないらしい。

 その問題はまた次の日、父上のカインドを連れこの町で極秘とされている工場の生産現場で起こった。


 この工場は陛下である父上カインド王の命令により、商業ギルドや他領に他国に対しても製造行程等を極秘として運用している場所だ。


 勿論、この場所に立ち入りが出来る者は限られていて、カインド王やアルトは勿論の事、ここの作業員(職人含む)である奴隷達と、執事のゼロスに将来の王となるオーウェンに、ここ専属の騎士のみだ。


 それ以外の者は存在はしない。

 存在してはいけない。

 また、ここに入るためには安全を期して作業服にヘルメットを着用としているのは当たり前だ。

 それにより、俺もカインドも例外なく着用している。


「アルトよ、ここは相変わらずだな……この服装はどうにかならんのか?」


 そう白いヘルメットをさしカインドは言う。


「安全のためです」


 前世の知識からそうしているだけで、半分はただのノリだったりもするが、それはアルトの心の中で閉まっている。


「前と作業内容や開発スケジュールは変わらんのか?」

「そうでもありません。町の開拓が進み、鉄筋鉄骨コンクリートの需要が減りつつあるので、今は電化製品を主に生産しています」


 前に視察に来たときも父上はこの工場に来たな?それほどに興味があるのか……まぁ、それも仕方がないかな?今までこの世界に無かった物たちだからな。


「そ、そうか。むっ、あそこのは新しい品か?」

「はっ、新しい農機具の開発と輸送トラックの改良現場ですね 」

「アルトよ、その場所を詳しく見させてもらうぞ」

「はっ」


 カインドは目を光らせるように、作業員や農機具を見ている。

 やはり、見ただけでは使い方が分からないので、しきりに聞いてきてはアルトは丁寧に答えていく。

 最後の方に、試作品や完成品の運用をテストするための実験場に案内することになり、直接使ってみたいとカインドはいう。


 そんな時、警備に当たっていた騎士の1人が慌てて入ってきた。

 何を慌てているのかと思ったら、ゲーラ伯爵が立入禁止区域を無視し、この機密工場までやって来たと……。

 で、騎士の1人がその対応に当たっているが、ゲーラ伯爵は激怒したようにそれを振り切ろうとしているとか……。


 俺は溜め息をつきカインドを見るが、カインドも同じように溜め息をついていた。

 念のため作業員を何名か連れていき、ゲーラ伯爵にはお帰り願うため入り口まで行く、アルトとカインド。


 入り口まで行くと最悪なことのにゲーラ伯爵は騎士の制止を振り切り、入口の中まで進入していた。


「ゲーラ伯爵、何をやっているんですか?ここは国が決める機密の場所ですよ?速やかに退出をお願いします」

「これは、これはアルト殿下。いや、それは火急なお話があるゆえにですな!取り敢えず、まずお話しの内容ですが……」


 体型からして太り気味のゲーラ伯爵は、相当騒いだようで1人汗をかいている。


「はぁ、ゲーラ伯爵もう一度言いますが、こちらは国が決める機密の場所となっています。速やかに退出をお願いします」


 これは人の話を聞かないタイプの人間のようだが、良くこの性格で伯爵に成れたな。と、考えてしまう。


「なっ!それはないでしょう!国の臣下の私に向かって!それに、アルト殿下さえ目をつぶってもらえれば良いことでしょう?重要機密よりも大事な話があると言うのに……アルト殿下はまだお若いから分からないのでしょうが、国が決める重要機密なぞ周りの貴族からしたら関係の無いことですぞ?」


 意味が分からん。


「関係無い?」

「そうですとも、私が見たことを喋らなければ良いだけですからな。ワッハッハッハッハ!」


 そうか、おバカさんなのか……。


「はぁ……頭が痛いな……。ゲーラ伯爵、次はありません。速やかに退出をお願いします」

「なっ!これでも納得いかないのですか!アルト殿下!こちらとしてもこの融通の気かなさは陛下に報告する義務がありますな!いくら、殿下といえその権力に我が儘な暴虐なやり方はいただけませんぞ!」


 納得する方が難しくないか?

 陛下って……ここに居るしな……。


 アルトはカインドを横目で見るが、どうやら下を向き居るのを隠しているようにも見える。


 何か考えがあるのか?


「……ゲーラ伯爵、貴方は何を言っているのです?……いえ、もう良いでしょう。では、あなたの言葉通りに少しばかり恩情を与えます。おい、この者を摘まみ出せ」

「「「はっ」」」

「なっ!何をなさるか!アルト殿下!おい!触るな!離せ!くっ、おい、聞いているのか!」


 騎士と作業員に引きずられ、来た道を戻されるゲーラ伯爵。

 視界から消えた辺りで


「……父上?あれは何なのです?」

「……ゲーラ伯爵だな」

「分かっております。……彼はいつもああなんですか?」

「……俺の前ではいたって普通だぞ?……だが、あれはないな。国の機密をなんと考えとるのか……アイツもそうだが、他の者も調べないとな」

「それは、ゲーラ伯爵が騒ぎをこれ以上大きくしない場合ですか?」

「そうだな。俺の経験で言えば、このままだと間違いなく問題を起こすな」

「なら、騎士や作業員には荷が重いでしょうね。……行くか…」


 カインドのその予感は残念な事に的中し、工場の外の更に立入禁止区域外に文字通り摘まみ出され、癇癪を起こしていた。


 立入禁止区域の外にはゲーラ伯爵をここまで護衛してきた兵士が居て、工場に勤めている騎士、作業員に対して武器を構えていた。


 ゲーラ伯爵の護衛兵も護衛兵で残念な事に素行は余りよろしくないようで、主人たるゲーラ伯爵が摘まみ出され、先ずは罵声を浴びせていたが、ゲーラ伯爵の一言により武器を構えたのだった。


「おう、おう、おう!よくも俺達の主人に対して、そんな行動が出来るな!……はっ、良く見りゃ大半が奴隷じゃねぇか!主人は伯爵様だぞ?奴隷が、貴族に対して、とって良い行動じゃねぇだろ?」


 ゲーラ領での護衛兵の装備をしている男は、ゲー ラ伯爵の前に立ちこちらを睨みながらそう言う。


「何か勘違いしてねぇーか?いくら伯爵様だろうと立入禁止区域をまたいだらそうなるだろうよでございます?。こちとらカインド陛下が決めなすったました極秘エリアだぞです?伯爵?関係無いだろうです?ゲーラ伯爵様よ、残念だがもう入らねぇ方がいいぞでございます?」


 その護衛に対し対応したのは、作業員の方だった。が、作業員は今まで敬語を使ったことが余りないのか、可笑しな言葉になっている。


「……変な敬語使いおって意味がわからん!ワシは急ぎアルト殿下へお話しがあるのだぞ!」


 摘まみ出されたゲーラ伯爵は護衛と並びそう言う。


「へぇ、お話がです?会う日程は今日の何時なんだです?」

「日程?そんな待っていられるか!こちらは忙しいんだ!」

「あぁ、理解した……なら、もう話すこたぁねぇです。どうぞお帰りをです」

「くっ、奴隷の分際で!もうよい、不敬罪で切り捨ててやる!」


 作業員の言い方や態度が気に食わなかったゲーラ伯爵は不敬罪と言って脅しをかけてくる。

 その脅しに便乗して、ゲーラ伯爵の護衛達5人はおもむろに武器に手を置き前に出てくる。


「へっへっへ。奴隷の分際で身を弁えないからこうなるんだよ!」

「ちょっと、待ってもらおうか。君達は本当に不敬罪でこちらの作業員を切り捨てる気か?」


 そこでようやく騎士がそう言う。


「ふん!わしは伯爵だぞ?それに刃向かうなら当然であろう?」

「刃向かうも何も、ここは第11王子様の御領地。しかも殿下の経営する町で尚且つ今回の件は殿下の御命令でそうしたまでです。……はて?どちらが不敬かは明白でございましょう。さて、ここはお引きいただけますよう……」

「う、五月蝿い!五月蝿いわ!!知ったことか!わしに恥をかかせおって!やれ!やってしまえ!」

「は、伯爵様…アルト殿下が絡んでるんですか……?それじゃ、いくらなんでも……」


 騎士の言葉に対し、ゲーラ伯爵は吹っ切れたように護衛に指示を出すが、摘まみ出され件にアルトが絡んでいることを知った護衛は、分の悪さを初めて知り怖じ気付いてしまうがそれは仕方ない。


 それが本当なら不敬罪で罰せられるのは、ゲーラ伯爵なのだから。

 それに手を貸せば当然護衛も含まれることになる。


「くっ……か、貸せ!」

「伯爵!」


 自分の護衛が動かないことに業を煮やしたゲーラ伯爵は、護衛の持っていた剣を取り作業員に向かい構える。

 護衛はその行動に対して引き止めようとするが、それだけではゲーラ伯爵は止まらなかった。







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