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 盗難? そんな、その説は却下されたはず。今更なにを言うんだ。

「盗難ではない、という結論が出ているはずよ。さっき話したでしょう」

「さっき話した内容とは少し方向性が違います。盗難は盗難ですが、犯人は部屋に侵入することはなかったようです」

「どういうこと? 部屋に入らずなにを盗んだのよ」

「白川さんは見ていたはずです。なにが盗まれたのか」

どういうこと? 白川が見ていた? 共犯だったってこと? まさか白川が。

「あなたがたは白川さんの証言をもっと大事にすべきでした。白川さんの証言のなかの重要なことをいくつか見逃しています。一つは、天気。放課になって急に大雨が降ったと言っていましたね。これは私にも記憶があります。さらに、男性の様子にこそ、この事件の取っ掛かりがあるんです。男性はどんな格好だったか」

刈谷が答える。

「えっと、制服を着てて、姿を見せないように隠していたんだよね」

「そう、なにで隠していた?」

私が答える。

「傘よ、人が隠せるぐらいの大きな傘」

今まで固い顔で訥々と話していた惣田は、急に微笑んだ。

「それが、盗まれたものです」


「犯人は学校の生徒です。おそらく二年生でしょう。犯人は放課になって家に帰ろうとしたが、そこで予想外の雨が降った。しょうがなく途中まで走ったが、思ったより雨が強く、この寮まできて足止めを食らった。するとそこには傘置きがあって、傘が何本かあった。魔が差したんでしょうね。傘をさしたところで、不運にも白川さんと鉢合わせしたわけです。自分が制服だったことに気づき、慌てて制服を隠した。制服から特定させるかもしれないと不安だったんでしょう」

 私はあっけにとられて、なにも言えなかった。傘? 傘を盗んだだけ? そんなくだらない、そんな単純なことのはずがない。

「事件は意外と単純だったのよ。私たちは全く違うところで踊ってただけだった。能力のない私たちは最初から首をつっこむべきじゃなかったの」

白川は子供を諭すようだった。

 なんでいつも私にはできないんだろう。なんでいつも見上げてばかりなんだろう。自分は無能だって諦めるのが、なんでこんなに怖いんだろう。

「なんで、なんでわかったのよ…… なんで私にはわからなくて、あなたにはわかるの? なんで、どうして、みんなそういうことを軽々しくやってのけるの!」

 久しぶりに本音を口にしたと思う。

 その本音は、今まで出口がなかった分だけ語気が荒くなった。

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頭隠して ピクリン酸 @picric_acid

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